“あれ”
遅くなりましたぁ
受験も終了しまして、復活第一号です。
「待て」
その言葉を発したのは先程まで籠の中にいたシャンティアだった。
彼女はドルヴァの振り上げた刃を素手で掴んだ。血が流れるのも厭わず・・・・・・
「ガキ、クズ野郎を庇って何になる?」
「私とてこのような輩、庇うだけで反吐がでる。・・・・・・ただ、聞き出す必要がある。」
そう言って彼女は貴族に向き直った。
「“あれ”は何処だ。“あれ”は私のものだ。在処を吐け」
先程までの何にも関心を示さない椅子に座っていただけの少女とは思えない。
「あ・・・・“あれ”とはなんだ」
刃を向けられ、既に気を失う直前の貴族野郎に聞いても返事が来るとは思えない。
多分今こいつに自分の名前を聞いても答えられないのではないかと思う。
それほどにこいつは混乱している。
「ドルヴァと言ったな。その剣、私に寄越せ」
俺の方を見ずに告げられた言葉。
用件は己の血の付いた剣を渡せというもの。
「何のために?返答によっちゃ断るぞ。」
納得できるわけがない。素手で剣を掴んで止めるような危なっかしいガキにこんな危ねぇ得物渡せるわけがねぇ。
「たった今、私の中で“こやつ”の存在価値が消えた。首を切り落とすためにそなたの剣を寄越せと言っておる。」
「命を奪うためにか?お前が?笑わせるな」
バルドルにだって、命を奪わせたことはない。子供には必要のないことだ。
だがこいつは事も無げにそれを言ってのけた。本当に、こいつの中で貴族野郎の生存価値は0もしくはそれ以下の-にまで下がったのであろう。先程までは己の身を挺してまで庇う程に価値があったらしいのに。
「ま・・・・・・待て、その“あれ”とやらが見つからなくてもい・・・・・・いいのか?わ、私しかあ・・在処を知らんのだろう?」
気を失う直前でここまで言葉を紡げたことはほめてやれる。だが、無茶苦茶だ。
「知っているはずの貴様が知らんのだ。私がわざわざ貴様を生かす理由は消えた。生きたければ“あれ”を・・・・・・在処を思いだせ。」
幼い少女は一歩貴族に歩み寄った。
手を伸ばし、素早く貴族の腰の剣を奪い取った。
一瞬の出来事だった。
周りの誰もが反応できず、少女の手に剣がおさまり、貴族の首に当てられた瞬間に何が起こったのかを理解した。
「おまっ・・・いつの間に?」
ドルヴァは慌ててシャンティアの手に収まった剣を己の剣ではじこうとする。
が、振るったその先にシャンティアの剣は無かった。
「邪魔をするな。こいつがいては屋敷内を自由に探せぬ。私の邪魔をすると言うなら貴様も斬るぞ」
ただ、彼女の切っ先が己の首筋に添えられていた。。
薄皮一枚分
少しでも動けば鮮血が流れるであろう距離。
「動くな!」
視界の端に見えた自分のクルーを牽制する。自分を助けようとするのを止めるなんて変な話だ。
けど、そうせずには居られなかった。
初めて真っ正面から見た彼女の瞳に“俺”は映っていなかったから。いや、俺だけではない。何も映っていない。悲しみも怒りも悲哀も映さない。ここに在るようでここには無い。全く別の世界のモノのようで。
「兄貴?!けど・・・ッ」
バルドルの反応は至って普通のものだ。誰だって助けるなと言われれば疑問と抵抗を口にするだろう。
「いいから、動くじゃねぇぞ。船長命令だ。」
それだけ言って俺はシャンティアに視線を戻した。
「もう一度言う、邪魔をするな。私は何としてでも“あれ”を取り戻さねばならぬ。」
一瞬、悪寒に襲われた。戦場にでたものなら誰もが知っている殺気は確かに俺を突き刺した
「今まで、私を生かしていたことにだけは感謝してやろう。だが、“あれ”を貴様は失った」
彼女はそれだけ言って剣を貴族の首に振り下ろした。