表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢は引退して「おやつ屋さん」を始めます!  作者: 秋月 もみじ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/12

第12話 幸せのレシピ


 私の提案を聞いたクロード様の顔は、まるで砂糖と塩を間違えたクッキーを食べた時のように歪んでいた。


「……たまに、なら。本当にいいんだな?」


 彼はすがるような目で確認してくる。

 その手には、四個目のマドレーヌが握りしめられていた。

 私は小さく息を吐き、頷く。


「ええ。お客様としていらっしゃる分には、追い返したりしません。……ただし」

「ただし!?」

「代金は頂きますし、他のお客様――動物さんたちの迷惑になるような行為は禁止です。武器の持ち込みもご遠慮ください」


 騎士たちが「えっ」と声を上げて剣を見下ろす。

 武装解除。それは近衛騎士にとってあり得ない要求だ。

 けれど、クロード様は即答した。


「分かった! 約束する! だから、あのカスタードタルトも焼いてくれるか!?」


 ……プライドよりも食欲。

 この国の未来が少し心配になるけれど、まあ、平和でいいのかもしれない。


「おい、人間」


 冷ややかな声が、和やかな空気を裂いた。

 シルフィードだ。

 彼は私の背後から音もなく歩み出ると、クロード様の前に立ちはだかった。

 身長差はない。けれど、纏っている空気の質が違う。

 王者の覇気と、絶対強者の冷気。


「勘違いするなよ。メロディは僕の料理人だ。お前たちはあくまで『おこぼれ』をもらう立場だということを忘れるな」


 シルフィードの翡翠色の瞳が、妖しく発光する。

 クロード様がごくりと喉を鳴らし、一歩後ずさった。

 本能が警鐘を鳴らしているのだろう。この銀髪の青年が、ただの居候ではないことを。


「……貴様、何者だ? ただの人間ではないな」

「名乗る必要はない。だが、覚えておけ。この森で彼女を傷つけたり、無理強いをしたりすれば――風がお前たちの国ごと吹き飛ばす」


 ぞわり、と肌が粟立つような殺気。

 騎士たちが一斉に青ざめる中、私は慌てて二人の間に割って入った。


「もう! 喧嘩しないでください! シルフィードさんも、お客様を脅さないで!」

「フン。しつけをしているだけだ」


 シルフィードは不満げに鼻を鳴らしたが、私の頭にポンと手を置き、それ以上は何も言わなかった。

 その仕草はまるで、「これは僕のものだ」とマーキングする猫のようだったけれど。


「……分かった。今日は引き上げよう」


 クロード様は、悔しげに唇を噛みながらも、最後にもう一度私を見た。

 その目には、以前のような支配欲や怒りはなく、ただ純粋な未練――と、次回への期待が宿っていた。


「また来る。……絶対に、また来るからな!」

「はいはい。お待ちしています」


 捨て台詞のように叫んで、クロード様は馬上の人となった。

 騎士たちがマドレーヌの食べかすを丁寧に拾い(なんて行儀がいいの)、整列して去っていく。

 蹄の音が遠ざかり、森に再び静寂が戻ってくるまで、私はその場に立ち尽くしていた。


 ◇


 翌朝。

 私はペンキと木の板を持って、庭に出た。


「何をしている?」


 テラスの椅子で日向ぼっこをしていたシルフィードが、片目を開けて聞いてくる。

 私は筆にたっぷりと茶色のインクを含ませ、板に向かった。


「看板です。ちゃんとしたお店にするって決めたので」


 サラサラと文字を書く。

 迷いはなかった。

 王宮を追い出され、行き場を失った私が、ようやく見つけた私の場所。

 誰かのためじゃなく、私が私らしくいられる場所。


『森のカフェ こもれび』

『〜美味しいお茶と、魔法のひとときを〜』


「ふん。悪くない」


 シルフィードが背後から覗き込み、口元を緩めた。


「だが、書き忘れているぞ。『精霊王の加護あり』と。そうすれば、雑魚どもは寄ってこない」

「そんな物騒なこと書きませんよ。……あ、でも」


 私はクロード様が昨夜、強引に置いていった羊皮紙を見る。

 そこには王家の紋章と共に、『王室御用達』の文字が仰々しく記されていた。

 これを貼っておけば、変な盗賊避けにはなるかもしれない。


「まあ、いっか」


 私は看板の隅に、小さく羊皮紙を貼り付けた。

 釘を打ち込む音が、森の朝に小気味よく響く。

 

 木の上からリスが顔を出し、茂みからは昨日の親熊が鼻を鳴らして挨拶してくる。

 厨房からは、仕込み中のアップルパイの甘酸っぱい香りが漂い始めていた。


「さあ、開店準備をしなくちゃ」


 私はエプロンの紐をきゅっと結んだ。

 これから忙しくなりそうだ。

 気難しい元婚約者や、食いしん坊の精霊様、そして森中の動物たちのお腹を満たすために。

 

 でも、不思議と気負いはなかった。

 だって私には、最強の「美味しい魔法」があるのだから。


「いらっしゃいませ!」


 誰もいない森に向かって、私は今日一番の笑顔で声を張り上げた。

 木漏れ日が優しく、私の新しい一日を照らしていた。


(完)


最後までお読みいただきありがとうございます!


よければブックマーク・評価・いいねなどしていただけるととても嬉しく思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
>食いしん坊の精霊様 いつの間にか精霊王様にランクアップしていましたわよ、何があっても安心ですわね。 美味しいは正義ですわねえ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ