第12話 幸せのレシピ
私の提案を聞いたクロード様の顔は、まるで砂糖と塩を間違えたクッキーを食べた時のように歪んでいた。
「……たまに、なら。本当にいいんだな?」
彼はすがるような目で確認してくる。
その手には、四個目のマドレーヌが握りしめられていた。
私は小さく息を吐き、頷く。
「ええ。お客様としていらっしゃる分には、追い返したりしません。……ただし」
「ただし!?」
「代金は頂きますし、他のお客様――動物さんたちの迷惑になるような行為は禁止です。武器の持ち込みもご遠慮ください」
騎士たちが「えっ」と声を上げて剣を見下ろす。
武装解除。それは近衛騎士にとってあり得ない要求だ。
けれど、クロード様は即答した。
「分かった! 約束する! だから、あのカスタードタルトも焼いてくれるか!?」
……プライドよりも食欲。
この国の未来が少し心配になるけれど、まあ、平和でいいのかもしれない。
「おい、人間」
冷ややかな声が、和やかな空気を裂いた。
シルフィードだ。
彼は私の背後から音もなく歩み出ると、クロード様の前に立ちはだかった。
身長差はない。けれど、纏っている空気の質が違う。
王者の覇気と、絶対強者の冷気。
「勘違いするなよ。メロディは僕の料理人だ。お前たちはあくまで『おこぼれ』をもらう立場だということを忘れるな」
シルフィードの翡翠色の瞳が、妖しく発光する。
クロード様がごくりと喉を鳴らし、一歩後ずさった。
本能が警鐘を鳴らしているのだろう。この銀髪の青年が、ただの居候ではないことを。
「……貴様、何者だ? ただの人間ではないな」
「名乗る必要はない。だが、覚えておけ。この森で彼女を傷つけたり、無理強いをしたりすれば――風がお前たちの国ごと吹き飛ばす」
ぞわり、と肌が粟立つような殺気。
騎士たちが一斉に青ざめる中、私は慌てて二人の間に割って入った。
「もう! 喧嘩しないでください! シルフィードさんも、お客様を脅さないで!」
「フン。躾をしているだけだ」
シルフィードは不満げに鼻を鳴らしたが、私の頭にポンと手を置き、それ以上は何も言わなかった。
その仕草はまるで、「これは僕のものだ」とマーキングする猫のようだったけれど。
「……分かった。今日は引き上げよう」
クロード様は、悔しげに唇を噛みながらも、最後にもう一度私を見た。
その目には、以前のような支配欲や怒りはなく、ただ純粋な未練――と、次回への期待が宿っていた。
「また来る。……絶対に、また来るからな!」
「はいはい。お待ちしています」
捨て台詞のように叫んで、クロード様は馬上の人となった。
騎士たちがマドレーヌの食べかすを丁寧に拾い(なんて行儀がいいの)、整列して去っていく。
蹄の音が遠ざかり、森に再び静寂が戻ってくるまで、私はその場に立ち尽くしていた。
◇
翌朝。
私はペンキと木の板を持って、庭に出た。
「何をしている?」
テラスの椅子で日向ぼっこをしていたシルフィードが、片目を開けて聞いてくる。
私は筆にたっぷりと茶色のインクを含ませ、板に向かった。
「看板です。ちゃんとしたお店にするって決めたので」
サラサラと文字を書く。
迷いはなかった。
王宮を追い出され、行き場を失った私が、ようやく見つけた私の場所。
誰かのためじゃなく、私が私らしくいられる場所。
『森のカフェ こもれび』
『〜美味しいお茶と、魔法のひとときを〜』
「ふん。悪くない」
シルフィードが背後から覗き込み、口元を緩めた。
「だが、書き忘れているぞ。『精霊王の加護あり』と。そうすれば、雑魚どもは寄ってこない」
「そんな物騒なこと書きませんよ。……あ、でも」
私はクロード様が昨夜、強引に置いていった羊皮紙を見る。
そこには王家の紋章と共に、『王室御用達』の文字が仰々しく記されていた。
これを貼っておけば、変な盗賊避けにはなるかもしれない。
「まあ、いっか」
私は看板の隅に、小さく羊皮紙を貼り付けた。
釘を打ち込む音が、森の朝に小気味よく響く。
木の上からリスが顔を出し、茂みからは昨日の親熊が鼻を鳴らして挨拶してくる。
厨房からは、仕込み中のアップルパイの甘酸っぱい香りが漂い始めていた。
「さあ、開店準備をしなくちゃ」
私はエプロンの紐をきゅっと結んだ。
これから忙しくなりそうだ。
気難しい元婚約者や、食いしん坊の精霊様、そして森中の動物たちのお腹を満たすために。
でも、不思議と気負いはなかった。
だって私には、最強の「美味しい魔法」があるのだから。
「いらっしゃいませ!」
誰もいない森に向かって、私は今日一番の笑顔で声を張り上げた。
木漏れ日が優しく、私の新しい一日を照らしていた。
(完)
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