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悪役令嬢は引退して「おやつ屋さん」を始めます!  作者: 秋月 もみじ


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第11話 再会、そして和解(?)


 夜風に乗って漂う松明のすすの匂いが、鼻の奥をツンと刺した。


 目の前に広がる光景に、私はバスケットを持つ指を白くなるほど強く握りしめた。

 闇を切り裂く無数の炎。

 整然と並ぶ銀色の鎧。

 そして、その中心で馬から降り、鬼のような形相でこちらへ歩いてくる金髪の青年。


「……ッ」


 息が止まる。

 クロード王太子殿下。

 以前見た時よりも頬がこけ、目の下にはどす黒い隈がある。

 その青い瞳は血走っていて、獲物を見つけた肉食獣のようにギラギラと輝いていた。


(怒ってる……すごく怒ってる)


 やっぱり、逃げたことが許せなかったんだ。

 私は反射的に半歩下がろうとした。足がすくんで動かない。

 背後で、シルフィードが静かに魔力を練り上げる気配がする。

 だめ。ここで彼が動けば、本当に戦争になってしまう。


「メロディ……!」


 クロード様が低い声で唸った。

 ジャリッ、と砂利を踏む音が、処刑台へのカウントダウンのように聞こえる。

 騎士団長らしき大男が、剣の柄に手をかけているのが見えた。


 もうだめだ。

 私はギュッと目を閉じた。

 せめて最後通告くらいは、凛として聞こう。

 そう覚悟を決めた、その時だった。


「その手に持っているものを……よこせぇぇぇ!!」


 絶叫。

 え?

 目を開けると、クロード様が私の目の前まで迫っていた。

 しかし、その手は私の首ではなく、胸に抱いたバスケットへと伸びている。


「死ぬ……死んでしまう! 頼む、一口だけでいい! その甘い匂いのするものを、俺にくれ!」

「は……?」


 思考が停止した。

 クロード様は、なりふり構わずバスケットの蓋をこじ開けた。

 中に入っていたマドレーヌを鷲掴みにする。

 貴族にあるまじき所作で、それを口に放り込んだ。


 ガツッ、ムシャァ……!


 咀嚼音。

 その瞬間、彼の体からカッと金色の光が溢れ出した。


「お……おおぉぉぉ……!」


 クロード様が天を仰いで咆哮した。

 こけていた頬に瞬時に赤みが戻り、濁っていた瞳が宝石のような輝きを取り戻していく。

 まるで、枯れた大地に雨が降ったかのように。


「生き返る……! これだ、俺の身体が求めていたのは、この魔力あじだ!」

「殿下! 抜け駆けはずるいですぞ!」


 後ろで剣を構えていた騎士団長が、悲痛な声を上げて走り寄ってきた。

 彼もまた、幽鬼のようにやつれている。


「我ら近衛騎士団も限界なのです! メロディ嬢、慈悲を! 我らにもその恵みを!」

「え、あ、はい。たくさんありますけど……」


 私が呆然とバスケットを差し出すと、屈強な騎士たちが雪崩を打って押し寄せた。

 

 ◇


 十分後。

 私の家の前は、異様な光景になっていた。


 焚き火を囲んで、国一番のエリート騎士たちが体育座りをしている。

 全員の手にはマドレーヌ。あるいは、追加で私が淹れた紅茶のカップ。

 さっきまでの殺伐とした空気はどこへやら、そこには「遠足のおやつタイム」のような平和な時間が流れていた。


「……で、私を殺しに来たんじゃないんですか?」


 私は切り株に腰掛けたクロード様に、恐る恐る尋ねた。

 彼は三つ目のマドレーヌを名残惜しそうに齧りながら、大きく首を横に振った。


「殺す? とんでもない! 君がいなくなってから、城は地獄だったんだぞ」


 彼は切々と語り始めた。

 食事が砂の味しかしないこと。

 兵士たちが訓練で骨折しまくっていること。

 そして何より、彼自身が夜も眠れず、私のことばかり考えていたこと。


「君が必要だ、メロディ。……君の料理がないと、俺はもう生きていけない体になってしまったらしい」


 クロード様は私の手を取り、真剣な眼差しで見つめてきた。

 その瞳に宿るのは、熱烈な――食欲と依存心。


「城へ戻ってくれ。待遇は改善する。もう二度と『出ていけ』なんて言わない。毎日三食、いやおやつも含めて四食、俺のそばで作ってほしいんだ」

「……」


 私は彼の手から、そっと自分の手を引き抜いた。

 なるほど、状況は理解した。

 彼らは私を憎んでいるわけでも、罰したいわけでもない。

 ただ単に、私の「魔法付きご飯」が食べられなくて禁断症状を起こしていただけなのだ。


(なんだか、拍子抜けだわ)


 張り詰めていた緊張の糸が、ぷつりと切れた。

 同時に、ふつふつと別の感情が湧き上がってくる。

 それは、安堵よりも少し強い、料理人としての矜持。


「……お断りします」


 私の言葉に、クロード様が目を見開いて固まった。

 周囲の騎士たちも、マドレーヌを食べる手を止める。

 背後の闇の中で、シルフィードが満足そうに喉を鳴らす気配がした。


「え……な、なぜだ? 婚約破棄は撤回する! 聖女リリィの件も再調査させる! 何が不満なんだ!?」

「不満はありません。ただ」


 私は振り返った。

 リフォームされた可愛い家。

 窓から心配そうにこちらを覗いている動物たち。

 そして、私の作る料理を「美味しい」と純粋に喜んでくれる、新しい家族(シルフィード含む)。


「私は今、ここでの暮らしが気に入っているんです。誰かの顔色を伺って作る料理より、食べたいと言ってくれる人のために作る料理の方が、ずっと美味しいですから」


 きっぱりと言い放つと、クロード様は絶望に顔を歪めた。

 まるで、世界が終わったかのような顔で。


「そ、そんな……。じゃあ俺は、明日からまた砂を噛むような日々に戻れと言うのか……?」

「……はぁ」


 その情けない声を聞いて、私は大きなため息をついた。

 やっぱり、お腹を空かせた人を放っておくのは、私の性分に合わないらしい。


「戻りませんけど……たまになら、食べに来てもいいですよ? お客様としてなら」


 その提案に、クロード様の顔がパァァァッと輝いた。

 現金な人だ。

 でも、その単純さが、今は少しだけ憎めない気がした。

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