第3章:ノイズの先に
それは、LUNAが初めて生配信を行った夜だった。
これまでの彼女は、動画投稿だけで活動していた。
収録された映像と音声。編集されたトーク。完璧に整った世界。
だが、フォロワー数が50万を超えた記念に、「10分だけの弾き語り生配信」が告知されたのだ。
配信開始の通知が出ると、瞬く間に人が集まった。
コメント欄は祝福と期待で埋まり、カウントダウンの数字が静かにゼロを指した――
画面が切り替わり、LUNAが現れた。
背景はいつもの薄暗い部屋。
月光のような照明。ギターを抱えた彼女が、画面の中央で微笑んでいる。
「みんな、こんばんは。LUNAです。
今日は、ありがとうの気持ちを込めて、少しだけ歌わせてください」
その声に、コメントは瞬間的に流れた。
「生でもやっぱ可愛い…」
「え、リアルタイムなのに完璧すぎ」
「これ、マジで生放送???」
演奏が始まる。『月に願いを』のアコースティックバージョン。
生とは思えないほどの安定感。だが、それは数分後に破られる。
「きみがくれた さよならの意味を……」
その瞬間だった。
──プツッ。
ほんの一瞬。
ほんの0.3秒ほどの“ノイズ”が走った。
LUNAの声が途切れ、背景の光が微かに揺れたように見えた。
すぐに何事もなかったかのように歌は続いた。
LUNAは何も言わずに、最後まで歌い切った。
けれど、視聴者の中には気づいた者がいた。
「今、一瞬止まったよな?」
「映像にノイズ?エフェクト?」
「待って、これ録画じゃない?」「いやでもコメントに反応してたし…」
「リアルなら、今の揺れはなんだった?」
アーカイブが残されることなく、その配信は削除された。
「再アップします」と告知されることもなかった。
翌日。
切り抜かれた“ノイズの瞬間”が、SNSで拡散される。
「これ見て。完全に音途切れてる」
「背景の明かりがブレてる。CGか?」
「やっぱLUNAって…人間じゃない?」
この日を境に、“LUNA AI説”は決定的な輪郭を帯びはじめた。
そして、真実は、もうすぐそこまで迫っていた。