第2章:ささやかれはじめた“違和感”
LUNAの名前は、瞬く間に広がっていった。
テレビには出ていない。雑誌にも出ていない。
でも、Spotifyのバイラルチャートで1位になり、TikTokでは彼女の歌で作られた動画が何千本も並んだ。
“どこにもいないのに、どこにでもいる”――そんな存在になっていた。
ある女子高生は、受験勉強の合間に彼女の歌を聴いて涙した。
あるサラリーマンは、終電の車内でふと流れてきたフレーズに心を掴まれた。
ある主婦は、料理をしながらふと口ずさんでいて、自分でも驚いた。
「まるで、心を読まれてるみたい」
「どうしてこの子、こんな言葉が書けるの?」
ファンはますます増え、LUNAは現代の“夜を照らす言葉の綴り手”とも呼ばれはじめた。
だがその裏で、別の声も、静かに増えていく。
匿名掲示板の一スレッド。
YouTubeのオーディオ分析系チャンネル。
SNSの奥のほうに、ぽつりと投稿される疑問。
「この声、抑揚に不自然な規則性がある」
「共鳴のクセがなく、むしろ機械的すぎる」
「ライブ配信中、マイクノイズが一度もないのはなぜ?」
ある日、とあるYouTuberが「LUNAの声を分析してみた」という動画を投稿する。
音声波形を分解し、リアルタイムボーカルとの違いを論じたその動画は、一夜で数十万回再生を超えた。
コメント欄は分かれていた。
「これ、完全に合成音声じゃん」
「いやいや、逆にこの表現力は人間だろ」
「リアルすぎて逆に怖いんだよな……AIだったら夢壊れるわ」
「でも、正直どっちでもよくね?歌がよければそれでいい」
真実は、まだベールの向こうにある。
だけど、疑いは確実に芽吹いていた。
LUNAの名前が注目されればされるほど、
その“正体”は、ただの音楽を越えた話題へと変わっていった。
そして、ある日。
きっかけは、ある“生配信の事故”だった。