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夜の橋  作者: 坂本梧朗
5/11

その5

 竹夫が光子に出会 ったのは映画サークルの中だった。学生時代、映画研究会に人っていた竹夫は、帰郷してもどこかで映画とつながっていたいという気持から、地元の映サに入ったのだった。自分で事務所まで出向いて、手続きをしたのも、それが奪われた学生時代の夢に通じる唯一の通路のような気がしたからだ。父親の竹吉の急死によって、竹夫は郷里に呼び戻された。竹吉の死は店が駅前に新店舗を出して間もない頃の出来事だった。経営主のいない新店舗は利益もあげぬまま手離された。負債だけが残った。とにかく母親の俊子を助けて本店を守り、負債を返すことが先決だった。竹夫は卒業式を待たずに郷里に帰り、働きだした。卒業式の日だけ上京し、卒業証書を手にすると、それか大学とのお別れだった。慌ただしさの中で、映画会社に就職するという竹夫のビジョンは霧散してしまった。


 映画サークルは月に一回例会を持ち、映画を見て、グループ毎に合評する。合評といっても喫茶店でコーヒーでも啜りながらの雑談だ。竹夫は銀行員たちのグループに割り振られた。学生時代に蓄えた知識がものを言って、合評会ではほどなく竹夫が中心的な発言者になっていた。グループのメンバーは女性が多く、彼女達の発言は「好き」「嫌い」に終りがちで、映画の主題や特色、監督の作品歴や傾向を話す竹夫のもっばら聞き役にまわっていた。竹夫は帰郷後の味けない生活の中で、そのサークルに一つのオアシスと、大げさに言えば生甲斐を見出した。竹夫が光子を発見したのはそのグループの忘年会の時だった。光子が竹夫の前に座ったのだ。ビールや酒を注いでもらい、話を交わす内に、竹夫は光子の顔立ちの美しさに気づいた。目は切れ長で、色白の頬はふっくらとしており、ヘラで削られたような薄い唇は端正だった。話しぶりも気さくで明るかった。一度美しいと感じると、まるで別人がそこに居るように、その場に居るどの娘よりも光子が美しく見えた。光子は竹夫が入会する前からのメンバーであり、この時が初対面ではなかったのだが、竹夫は初めて光子に出会ったような気がした。合評会では熱弁をふるっているので、いつも端の方に座ってほとんどしゃべらない光子は、目に入っても意識に上らなかったのかも知れない、と竹夫は考えた。しかし思い出してみると、たまに発言する光子の顔を眺めていた記憶がある。その時、美しいとも何とも感じなかったのはどうしてだろう、竹夫は不思議だった。帰郷してからも文通のあった東京の看護学生との恋が終息した直後だったせいか、とも考えた。


 明けて新年の例会の時、竹夫は光子に交際を申し込んだ。光子は受諾した。つき合い始めて三ヶ月ほど経た頃、竹夫は結婚を前提にした交際をしたいと 改めて光子に申し出た。光子は少し考えさせてくれと言った。次に会った時、返事を求める竹夫に、ここに座っているのが返事と光子は微笑して答えた。「今すぐ結婚というわけではないんだったら」とつけ加えた。それから一年半が過ぎていた。                

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