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夜の橋  作者: 坂本梧朗
2/11

その2

 女がビールを持ってやってきて腰を降ろした。

「遅かったね」

「ごめんなさい」女はそう言って竹夫の耳許に口を寄せ、「着替えてきたの」「え」「あなたがあまり上手だから」どうやら、パンティーを穿き替えてきたらしい。スカートをめくると、それは黒っほい布に変っていた。「へえー、そんなに濡れてたかな」竹夫は再び興が乗ってきた。「何色なんだい」店内の光では色がはっきりしない。「むらさき」女は小声で答えて、にっこりした。「ふーん、なんか黒く見えるね」再びスカートをめくって竹夫は見た。小さな布がデルタを覆っている。女の両手がその上に置かれた。「あんまり見ないで、恥ずかしい」その言集は竹夫の気持をくすぐった。竹夫はにやっとして顔を離した。女がグラスにビールを注ぐ。「一日に何回くらいはきかえる」女は聞こえないようだった。音楽のポリュームは相変らず大きい。竹夫がもう一度聞くと、女はクスッと笑って「大体、三枚は持ってきてる」と言った。「そんなに濡れるの、 一日に」「いやーね、みんなはきかえるわけじゃないわ」「使用済みのはどうするの」「捨てるわ」女はあっさり言った。「もったいないね」「安物だからいいのよ」「ぼくに一枚くれないか」竹夫がそう言うと女は身をくねらせて笑いだした。「どうするの、頭からでも被るの」そう言って女はまた笑った。何がそんなにおかしいのかわからなかったが、竹夫も笑った。二人の哄笑が店内に響いた。こういう場所でもこんなふうに笑えるのかと竹夫は思った。


「あんた初恋はいつ」                                       笑いがおさまって、竹夫が聞いた。女への親近感が生まれていた。「初恋」女は繰り返した。「つまりあんたが処女を失ったときさ」竹夫が茶化すと、女は「高三」と答えた。 「ほう高三。相手は。 あんたの学校は女子高か」「そう」「へえー花の女子高、すると相手はスケベ教師か」竹夫はグイとビールを飲んだ。「お・て・ら・の・む・す・こ」「え」「お寺の長男」女はそう言ってふふ、と笑った。「寺の息子か、ちょっと変わってるな。……寺の息子が女子高生に手を出したのか、けしからんな」「幼な馴染なの。小学校、中学校は同じだった」「同じ年」「そう」「同じ年か、ふーん。それで、なに、相思相愛だったわけ」「卒業したら結婚するつもりだった」「ほう」「でもだめだった」 「だろうね。結婚してればこんな所にはいないんだから。その息子の気持が変ったんだろう」」「親が反対したの」「その男のか」「そう。うちの親もだけど。……お寺は村の中心だったから。村長と住職が村の顔役なの。村中お寺の檀家だし。その奥さんに簡単になれるわけないわ。ただの漁師の娘が」「村は漁村」「そう」「ふーん、つり合いがとれないってわけ」「息子には決まった人がいますって、あちらのお母さんがすごい剣幕でやってきて。うちの親は頭を下げるばっかり」「今時、封建的だな」「田舎でしょう」「で、男の方はどうした」「仕方がないって感じ。もともとおとなしい人だったけど」女は前を向いたままうすく笑った。「坊っちゃんにはそんなのが多いんだよな。イザとなるとだめなんだ」竹夫はそんな例をいくつか見てきたような気がした。自分もその坊ちゃんの部類に入るのかも知れないと苦く思った。「それからちょっとぐれちゃって。……煙草吸っていい」女は竹夫が吸わないので遠慮していたのだろう。「ふむ」「ごめんなさい」火をつけるとフーと煙を吐き出した。「男の人と遊んだりして。……水商売に入ったら、もう家に居れなくなっちゃった」「ふーん。水商売ってこんな」「違うわよ、もちろん。少し離れた町のスナックだったけどね。水商売というだけで、変な目で見るのよね。狭い村だし、うわさはすぐ広まるし。女には特にきびしい土地柄だから」「親が出て行けって」「自分で出たわ。家は弟がいるし 、働いてお金ためようと思っていたから。親戚のおばさん達も、女がすることじゃないって感じで、相手にしてくれないのよ」後の方は呟くような言い方だった。前に女が長州の女はきつい性格と即座に肯定したのは、このおばさん達の事が頭にあったんだな、と竹夫は思った。                     


「ここは良いわ。干渉がないから」                                 女は店の寮に入っていた。六畳に二人同居らしい。竹夫はその女ーHを指名して飲みなおした。かなり酔った。竹夫を送り出して扉口に出たHは、両手で顔を覆った。街路は外燈やネオンで人の顔がはっきり見える明るさだ。こういう場合、多少の照れはお互いにあるものだが、両手で顔を覆った女は初めてだった。横に座っていた時もHは竹夫の目から顔をそらせ勝ちだった。美しくはないが、顔に醜い傷があるわけでもないのに、と竹夫は思った。自分を恥じている、そんな痛みのような感覚が顔を覆った両手から伝わってきた。指の間から「ありが とう、また来てね」と小さな声でHは言った。「ああ、また指名するから」竹夫は早口に言うと、追いたてられるようにその場を離れた。                       


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