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夜の橋  作者: 坂本梧朗


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その10

 八時過ぎの街はまだ人通りが多い。竹夫は駅前商店街のアーケイドを南に下っていった。歩きながら、対抗して歩いてくる人々の足許に自分が沈み込んでいくのを竹夫は感じた。自分の人生においては何事も成就しないのではないか、という観念が竹夫を苦しめていた。                       

 電車道を渡り、再びアーケイドに入った。アーケイドに交叉する最初の路地へ左折して入るとその店のネオンが見えた。客引きが立っている。あの店に入ることになるだろうと竹夫は思った。光子とデートした後にその種の店に入るのは初めてだった。サロンに入る度に竹夫は光子への罪を感じた。デートした日には機会があっても自制してきたのだ。今は自由だった。俺は自由になったんだと竹夫は思った。ことさら大股に竹夫は入口に向かった。                  


 ポーイが案内する席に座り、竹夫はHを指名した。もっと若い娘がほしいとも思ったが、この前別れた時の自分の言葉に義務を感じていた。誰でもよかった。酒を飲んで酔えればよかった。Hが来るまで待てず、竹夫はグラスにビールを注ぎ、一口に飲んだ。                          


「あっ、いらっしゃい」                                     


 Hは竹夫の顔を見ると両手を口に当てた。                            


「ありがとう、指名してくれたのね、嬉しいわ」                           

 竹夫は「おう」と答えて尻を横にずらした。Hは竹夫の横に腰をおろした。相変らず量感のある体だ。竹夫はHのむき出しの大腿を撫でた。これしかないんだ、これが本当なんだ、と噴き出すように思った。ざまあみろ、男はこういう女がほしいんだ、きれいごとばかり並べやって。居ない光子に毒づく。続けざまに二杯グラスを干した。 Hの肩を抱き寄せる。赤いワンビースの上から乳房をつかむ。「痛い」とH は言った。手を離すと、股間に差し入れる。動作をする度にツンと悲しみがこみあげてきた。 Hは竹夫の手を上から押さえた。                              

「どうしたの、荒れてるわね」                                   

 竹夫はかまわず指を奥へ進めようとする。                                                                                        

「今日は何色はいてるんだ」                                   


「手をどけたら見せてやる」                                           

 ハハと笑って竹夫は手を引いた。Hは両手でワンビースの裾をゆっくり上げていった。太もものつけねに、ふくらみ通りにもりあがる横縞の布が覗いた。竹夫は唸るとそこへ手を差し入れようとした。Hが慌ててその手を押さえた。手を取られたまま、竹夫は今度は顔をそこへ顔を押しつけていった。                         

「何かあったのね」                                       


 Hは膝の上の竹夫を見おろして言った。「ふられたんだよ」「え」顔を押しつけたまま言うので聞きとれない。竹夫は横縞の布のふくらみに唇を押しつけた。しばらくそのまま動かなかった。やがて小きざみに肩をふるわせ始め、頭を上げた。竹夫は笑っていた。Hの顔を見つめて、「あんたと同じだよ。ふられたのさ」と言った。                    


 竹夫はひどく酔った。「蛍の光」が流れている。Hにしきりに何か言う。Hが頷いている。こいつは優しい女だ、と胸の内で反芻する。店内がパッと明るくなった。立ち上がって歩き出している。ホステス達が並んで拍手をしている。手を上げる。ドアが開いて外に出た。H何か指示する。頷く。歩き出す。喫茶店のスタンドサイン。入る。若者達が四、五人たむろしている。ゲーム機の音がする。雰囲気がよくないなと思う。テレビゲームのついたテープルに座る。テープルが揺れる。水を飲む。うまい。 「おい、水をくれ」自分の声が遠くで聞こえる。コーヒー。何時だ、カウンターの上の時計は十ニ時。少し醒める。ふーと息を抜くと酔いが一挙に戻ってくる。ドアが開いて、中年の女が人ってきた。こららを見て笑う。頬のたるみ、アイメークの中に埋まった表情のない瞳。明るい照明の下でのHだ。横に座る。ため息が出た。「俺、ホテルに行く金、持ってない」「そう」スカートに灰色のコート。襟元に銀色のプローチ。「保健の外交員みたいだな」「おばちゃんと言いたいんでしょっ」やはり竹夫を見ずに前を向く。「 ハハハ」笑いながら不意にHがあわれになる。横顔をぼんやり眺める。

「あまり見ないで」「あ、ごめん」「あやまることないわ、失礼ね」「ふむ」水を飲む。「ラーメン食わないか」竹夫は空腹を覚えた。


 橋の袂にテントを張ったラーメン屋がある。中に人ると屋台の横に四、五本の腰掛けが並べてある。テープルも何もない。客は器を手に持って食べる。店が退けたホステスや酔客が腹ごしらえをしている。Hに何か言いなが座る。手に渡されるラーメンの器。とにかくかきこむ。味など覚えない。ドロリとしたスープを啜る。「寿司でも食わせりゃいいんだけど」「いいわよ、私ラーメン好きだから」Hの声が聞こえる。「畜生、金がないってことはつまらねえな」ポケットの中には千二、三百円しかないはすだ。「またいい娘が見つかるわよ。大したことじゃないわ。私でよかったらいつでも相手になるけど」「へっ、そりやいいな、ホテル行こうか、ホテル」「今日はいいわ。この次ね」

 ラーメン屋を出ていた。体の前をヘッドライトを光らせて車が通り過ぎる。ニ人は橋の歩道に立っていた。風が冷たい。Hがふん切りをつけるように言った。

「私、門限があるから、これで帰るわ」

「門限」

「寮の門限よ。一時過ぎたら入れなくなるの」

「ああ」

「大丈夫、まっすぐ帰るのよ。車止めようか」

「いらない。少し歩きたい」

「そう。それじゃ、気をつけてね。今日はどうもありがとう。また来てね」

 Hは背を向けると、うつむき加減に去っていった。ハイヒールと後ろ脛の動きを竹夫はしばらく目で追った。ぺっと唾を吐くと歩き始めた。


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