『第5回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞』参加作品
彼女が帽子をかぶるワケ
「なあ葵」
「なあに司」
「俺たち映画観に行くんだよな?」
「そうだけど?」
「なんでそんな格好しているんだ?」
「え!? もしかして……帽子似合ってない?」
「いや、そのニット帽は可愛いと思うけど……」
「けど何よ」
「目出し帽にニット帽の重ね着はちょっと防御力高すぎるんじゃないのか」
「貴様、何を申しておるのか。このような事象は、非常識であると言い張るのか」
(何言ってんのよ、こんなの普通だって)
どうやら触れてはいけなかったらしい。葵は動揺すると言葉遣いがおかしくなるクセがある。
「いや、別に悪いって言ってるわけじゃないんだ。ただせっかくのデートだろ? 葵の可愛い顔が見れなくて残念だな~って思ってさ」
「ば、馬鹿なり。わが身、可憐なりとか、あり得ぬことなりや」
(ば、馬鹿じゃないの!? わ、私が可愛いとかありえないし)
いかん……機嫌を取るつもりが深みにはまってしまった。
これ以上葵を動揺させると理解不能なこと言い出しかねないからな。
「とりあえず映画館入ろうか。もうすぐ始まるみたいだし」
「そうだな、貴様の言う通りだ。この世界は、私たちの想像力次第で、いかようにも変えられるのだ。だが、それを為すためには、私たちは、決断すること、己を信じ、そして、過去の自分自身をも超えることが必要だろう」
(うん)
ふう……危なかったな。どうやら厨二病レベルに戻ったみたいだ。このまま落ち着いてくれると良いけど。
「わあ……すごい迫力だね!!」
良かった。葵も映画を楽しんでいるみたいだし。さすがに暑かったのか、上映中は目出し帽もニット帽もかぶっていない。
「……可愛いな」
横目で眺める葵は本当に可愛い。おそらく地球上のあらゆる生物の中でも上位に入ると思う。割と本気で猫といい勝負になるんじゃないかな。
「映画楽しかったね」
「そうだな」
上映が終わると再び目出し帽にニット帽の重ね着が復活した。
「何よ……その残念そうな顔は?」
「ダッテ、カオミエナイカラ」
「なんでカタコトなのよ」
お前が動揺しないようにしているんだけどな。
「そんなに見たいの?」
「うん」
「でも駄目」
ガックリ
「だって司以外の男に見られたくないから」
葵さああああん!!!
「それより司こそなんで似合わないサングラスかけてんの?」
「だって直に見たら葵の眩しさで目がやられちまうからな」
「……ば、馬鹿なり、彼女を口説くことに何等の意味があるのか」
(……ば、馬鹿、彼女を口説いてどうするつもり?)