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ギルド・ティルナノーグサーガ『還ってきた男』  作者: 路地裏の喫茶店
第一章 クリラの依頼
8/38

フィオレ・ウェストマール


登場人物:


ヴェスカード: 獅子斬りと呼ばれた斧槍使い

フィオレ: ティルナノーグの女魔法剣士

パジャ:老人の暗黒魔導師

スッパガール: 斧戦士の女傑

セバスチャン:騎士風の甲冑剣士

モンド:侍見習いの若者

セイラ:優男風の野伏

ミーナ:美しき回復術師

ヴァント:快活な長刀使い




8



 三階建ての建物『大鹿の毛並み亭』の一階の大部分を占める大酒場には幾多ものテーブルが置かれ、その殆どが宿泊客ないし酒場の利用客で賑わっている。


 歓談する者、乾杯する者、一気飲みのコールを皆でかける者……。人々の熱気が渦巻くように酒場には満ち満ちていて、二つ隣のテーブルでさえ何を言っているか聞き取りづらい。


 第二陣の面子と合流し依頼メンバーが勢揃いしたティルナノーグの戦士達はこれ幸いにと角の壁側に面した大テーブルに卓を囲み依頼についての作戦会議が始まった。この卓ならば彼等の話を盗み聞きされる可能性は低い。




「――という訳でクリラはオーク砦に潜入しリリを救い出した。彼奴の見立てでは、単なる人攫いというだけではなく砦のオークどもは何やら邪悪な企みがあるのではないかと言う。その証となるのがこの鍵と古文書なのだ」


 山男が自身の前に古びた鍵と古文書を置く。それらを皆が覗き込んだ。



「まさにこの鍵と古文書が今回の依頼の鍵となる訳ですね、鍵だけに――鍵だけに…………バフォッブプッ!!」


 パジャが自身の駄洒落に自分で吹き出す。

 フォオレとミーナが汚らしいものでも見るような眼で導師を見やると、導師は耳まで真っ赤になった。


「パジャ、どうでもいい事を言って話の腰を折るな」

 山男が導師を睨んだ。

「は、ハイすみませんでしたね……」


「…………ブプフォオッ!」

 かなり遅れたタイミングでヴァントが顔を見上げたかと思うと吹き出した。周りの者、沈黙。

 パジャは静かに若者の横に行き、肩に手を回して杯に酒を注いだ。



「この鍵は何の為の鍵だ……」

「相当昔の物に見えるが、だが装飾は立派なものだから余程大事な鍵なのは間違いない」

「古文書も古いぞ。当たり前だが共用語ではないな、地方の言葉でもない……オイ、誰か読める者はいるか?」

「こんなんわかる訳ないっスよ……」

「あたしにゃーサッパリだね……」

「――」






「――少し――わかるかもしれません――」



 その一言に、皆が顔を集中させた。


 言葉の主は、フィオレだった。





 フィオレ・ウェストマールは十七歳の時大学を飛び級して卒業し院に入った。産まれた地では名の知れた麒麟児であり、古文学と考古学を専攻していた。


 机に向かうことが幼少より苦でもなかった少女のフィオレは、いつもニコニコと楽しみながら歴史や文学の書物を読み漁った。

 ルミナリアの各地に眠る埋もれた歴史や遺跡の事について知りたい、触れたいという探究心は止まることを知らず、二十歳の時に院を卒業すると、王立図書館司書として勤務をすることにした。



 ベルクフリートにある王立図書館は古来よりの蔵書が何万冊も保管された権威ある施設である。

 数え切れぬほどの棚に並ぶ価値ある古書を目にして、二十歳のフィオレの胸は抑え切れんばかりに高鳴った。


 だが、王立図書館司書は本来であれば長い研鑽を積んだ選ばれた者だけが職に就くことを許されるポジションである。ストレートにことが進んだとしても、平均して三十歳前後の歳になってやっと憧れの司書となる事ができるのだ。


 自然、異例の大抜擢を受けたフィオレへの同僚からの当たりは強くなった。嫉妬からくるものであった。


 勤務中大なり小なりの嫌がらせを受けるようになった。上司は優しくしてくれたが、同僚の、主に三十路、四十路の女性司書の当て擦りは次第に苛烈になっていった。


 それは、これまで学業に没頭し邁進してきたフィオレにとってはショッキングな出来事だった。先輩と慕っていた人間から誹謗中傷を受ける事も、憧れであった王立図書館にそんな人間関係のいざこざが起こる事。

 フィオレは深く失望した――。



 自然、ため息が多くなった。

 真っ直ぐで笑顔の絶えなかったその性格は、時として、たまにではあるがくどくどと人に意見してしまうという場面が見え隠れした。

 フィオレはそんな自分に歯止めの効かなくなる時、まるで自分が失望していた先輩女性司書のようだと、自責の念に囚われた。


 そして睡眠時間もめっきり短くなった。


――だが、これは精神的苦痛からくるものではなかった。


 フィオレは、溜まった鬱憤を晴らすかのように、勤務の休憩時間、食事時間、終業から館内に居残っていい時間、勤務前誰よりも朝早く来て、休みの日――館内の自信が興味のある分野を読み漁った。


 同僚達はフィオレは本の精霊に取り憑かれたのだと囁いた。それくらいに古書を読み漁るその時のフィオレの姿は、或いは鬼気迫ったものを感じさせた。


 元々細かった腰は更に細くなり、白い肌は白いを通り越して青ざめて見えた。

 だが、その期間、フィオレは膨大な、数多くの知識を吸収していった。


 誰でも――多くは少年、少女から二十代くらいまでの間に、まるで時空魔術にでもかけられてしまったかのように、時間が短く感じられて、しかしこれ以上ない集中で、多くの物事を吸収、会得する事がある。

 幼少期から多くの時間を学業に専念してきた。それでもなお、この時ほどの没頭のエネルギーが起るのは初めてだった。それは怒りにも似ていた。


 そんなある意味では荒んだ生活が二年も続いたある日、古い春画を閲覧しにきた導師パジャに見出されて、フィオレは王立図書館を退職してティルナノーグへといざなわれた。


 本を飽くる程読み上げたフィオレは今度は本からではなく、自身の眼で、身体でルミナリアの歴史や遺跡に触れようと思った。


 ティルナノーグの依頼をこなす中でフィオレは食の細さも戻り健康的な身体を取り戻した。

 戦闘経験はなかったが、自身の適性を考えて魔法剣士がよいと考えた。まだまだ修行を要するが持ち前の真面目にコツコツと取り組む性格で、上達のスピードは中々に早かった――。




「――か――み――、ふた――?……よみがえ……り。か……鍵…………」



 戦士達は、固唾を飲んでフィオレの一言一句を見守った。





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