隘路の戦い
隘路の戦い
登場人物:
ヴェスカード: 獅子斬りと呼ばれた斧槍使い
フィオレ: ティルナノーグの女魔法剣士
パジャ:老人の暗黒魔導師
スッパガール:斧戦士の女傑
セバスチャン:騎士風の甲冑剣士
モンド:侍見習いの若者
*
5
翌朝、早朝に目が覚めたヴェスカードは横のベッドで暗黒魔導師パジャがいびきをかいている声で目が覚めた。
自分でも驚くほど深い眠りについていたらしい。夢を見たような気がするが覚えていない。中庭に出ると夏だが少し涼しかった。
「――ホッ、フッ」
昨晩のモンドではないが、軽く身体を動かしてみる。良質の睡眠が取れたせいか、驚くほど身体は軽かった。
「――ウム、調子がいいな……」
ここ数年でも思い出すことができぬくらいの調子の良さだった。なんにせよこれで万全の状態で依頼に臨めると思った。
*
そうして一行は初日、二日目の道程を無事にバレーナを街道沿いに目指した。ところが、事件は三日目の昼下がりに起こった。
「オークだ。オークの部隊がいる――」
眼と耳のいいスッパガールが一番に気づいた。
そこは低い岩山に挟まれた隘路だった。真ん中を抜ける街道を見下ろすように、右側の斜面をオークの部隊が突然駆け降りてきたのだ。その十数頭を超えている。
「白昼堂々こんな場所で。街道は人間の領域だぞ」
「とはいえ隘路、襲撃にはうってつけの場所というわけか」
「ご丁寧に進路側の通路にも二匹構えてる」
「来るぞッ!武器を抜けッ!」
一行に一瞬にして緊張が走り、馬を降りるとそれぞれの得物を構える。
「パジャ、フィオレ!後方で馬を守ってできれば魔法で援護も頼む!見たところ片側からの襲撃だが万一挟撃には注意してくれ!」
山男がよく通る声で後方に叫ぶ。
「心得ましたよ!」
「え、ええ!」
「戦士隊!あ奴らを後方に抜かせるなよッ!スパ、進路側の二匹頼む!」
「合点!」
魔法銀の斧槍を突き出してヴェスカードが先頭に出る。横にセバスチャン、進路側を塞ぐオーク二匹にはスッパガールが対峙する。
「何故俺の前に立つんだ!」
護るように若者の前に出る甲冑剣士に怒りに震えた声で叫ぶ。
「モンド、君は集団戦は初めてだろう。多対多は出会い頭の入り方が一番難しいッ!私とヴェスカードが戦端を開く!合図をするからそうしたら斬り込んでくれ!」
甲冑剣士が抜き放った長剣を若者の前に留めおく。使い込まれた様子の長剣の柄にはなにやら紋章が刻まれているが、損傷しているのかボロボロに傷がついていて何の紋章かわからぬ。
「ふっふざけるな!俺もやれますよッ!ギルドの対集団戦のマニュアルは既に頭に入れてあるっ!」
「それは結構な事だが実践とマニュアルは違う!とにかく最初は我々に――」
「そんな事やってる場合か!セバスチャン、行くぞッ!」
「〜〜〜…――応!」
崖を駆け降りてくるオークの部隊は十メートル先まで迫っていた。セバスチャンはヴェスカードの剣域に入らぬ様少し距離を取ると、二人して先陣を切った。
「ま、待て――!」
甲冑剣士の剣にギリギリまで遮られたモンドは出足が遅れる。自分も早く斬り込もうと焦るあまり、腰の刀を抜き放とうとするが手が震えてなかなか上手く抜くことができぬ。
「くっ、クソ、なんだよ――!」
山男が斧槍を構え先頭の一匹を薙ぎ倒した。続いてその後ろから駆け降りるオークを先端の槍部分で突く。この集団戦では迂闊に駆け斬りは使えない。コンパクト気味に的確に続く後続を相手しなければならぬのだ。
同時に山男の右から戦闘に入った甲冑剣士は出会い頭のオークの横を素早くすり抜けるように走り込んだ。すると、そのオークは自分がいつ斬られたのか分からぬほどに一瞬にして横腹を切り裂かれていた。影を縫うような動きだった。
*
先駆けを薙ぎ倒してゆく戦士二人の技を目の当たりにして、勢いづいていた豚戦士どもの脚が一瞬止まった。斧槍、長剣を油断なく構える熟練の人間の戦士達に、人数で優っているとはいえ力任せに攻めても撃破されるのではないかという考えがよぎった。
一方ヴェスカードとセバスチャンもまた、後方に馬と魔導師達がいる為、あまり積極的に斬り込んで後ろをおろそかにはできないでいた。
するとその両者の間を――。
「オッうおぉお――ッ!!」
若き侍が抜き放った曲刀――刀でオークどもに斬り込んで行ったのだった!
「モンド!?」甲冑剣士が驚きの声を挙げる。
やれる――いや、やってやる!
竦む自らを鼓舞して無理くり突っ込んでしまえば、意外にも身体は動いた。相手は数に勝るとはいえオークの雑兵である。生家での幼い頃の修行、西国に来てからの自らの鍛錬は、考えるよりも先に刀を相手の急所に滑り込ませていた。
躊躇し戸惑いを見せた豚戦士どもに、その斬り込みは半ば急襲となって成功する。
一の太刀、二の太刀――!確実に豚戦士を薙ぎ倒してゆく――。
何のこともないではないか、いつもの鍛錬の成果が出たのだ。
あの小うるさい甲冑剣士の渡し人には討伐数で負けたくないと思った。
*
やはり中々筋がいい。
突然斬り込んできたモンドに山男もやや驚いたが、気を取り直して再び豚戦士の掃討に向かう。甲冑剣士も一瞬モンドを見やると、再び他の敵兵に斬りかかった。
奇しくも若き侍の時間差攻撃によって瞬間狼狽した豚戦士どもだったが、再び戦意を取り戻して人間どもを殲滅しようと躍りかかった。
が、人間達の先駆け三人の戦士達はどれも手練のようで、味方は次々と薙ぎ倒されてゆくのだった。
――負けたくない!
ちらりと横目で追う甲冑剣士の動きは、自身が訓練で見たものよりも数段素早い。長剣が流水の様に舞うと豚戦士は次々と倒れていった。
だがあの人には負けたくないのだ。若輩扱いして自分を舐めているあの剣士に、自分も甲冑剣士が考えているより強いのだと見せつけたかった。
自然、四肢に力が入った。もっと早く敵を倒さなければ討伐数で負ける!
モンドは腰を落として力を溜め、一合で敵を仕留められる必殺の袈裟斬りを放とうとした。
「バッ、馬鹿それは乱戦では――」
斧槍を振り下ろしたヴェスカードがモンドに叫んだその時、モンドは既に技を繰り出していた。
あの――宿場町での夜に見た一撃――!
モンドの繰り出した斬撃は凄まじい勢いで放たれ、ゴウっという音を立てて標的のオークが一撃の元に倒された。
だが力を込めに込めるため極端な前傾姿勢で刀を振り終えた若き侍の技後の一瞬の隙を、部隊の後方にいた歳を食った部隊長のオークは見逃さなかった。
オーク雑兵の影から現れた部隊長は、手に持った槍を地面スレスレに滑らせモンドの足払いを狙う。
「!!!」
それに足を取られた侍はつんのめって転び、前方に手をつき刀を手放してしまったのだ。
しまった!と思った瞬間、慌てて上を仰ぎ見ると、そこには太陽に逆光となって醜い豚戦士のシルエットが見えた。その手は両手で剣を掲げていて、それを振り下ろさんとしているところだった。
シルエットの中にかろうじて見えるオークの口元には、まずは一人目という血肉に飢えた魔物の愉悦が浮かぶ。
モンドの両眼は、振り下ろされる剣が近づいてくるのをスローモーションのように凝視していた――。