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ギルド・ティルナノーグサーガ『還ってきた男』  作者: 路地裏の喫茶店
第三章 ルカ平原の戦い
35/38

長弓と菓子袋、告白

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登場人物:


フィオレ: かつて王立図書館で働いていた女魔法剣士(ルーンナイト)

スッパガール:斧戦士(ウォーリアー)の女傑。アウグスコスに勝利した

セバスチャン:騎士風の甲冑剣士(ソーズマン) 。負傷中

セイラ:優男風の野伏(レンジャー)。負傷中

ミーナ:美しき回復術師(ヒーラー)。セイラを治療中

ヴァント: 鬼付きの長刀使い(ツヴァイハンダー)


12


時は少し遡る――。



「頼む……城壁の上まで、俺を……肩を貸してくれ、ミーナ」


 エルフと見紛うばかりのスラリとした野伏はだが、身体中に傷を負っている。回復術師であるミーナが集中的に治癒魔導を施したものの、短期間でその全てを癒す事はできぬ。

 とりわけ痛めつけられていたのは脚だった。逃げられない様にする為か、それとも拷問役のアウグスコスの戯れであったかはわからぬがすぐに走ったりはとうてい出来ぬ程に傷つけられていたのだ。


「なんで!アナタは傷を癒さなくちゃいけないのに!」

 ミーナが治癒魔導を施しながら涙目で言う。


「……だが皆、城壁の外で豚鬼(オーク)共と戦っているのだろう?俺にも――やれる事が、ある筈だ」

 そう言い脚を引きずり城壁を上る階段に向かうセイラ。倒れそうになるこの男をミーナが肩を貸す。


「やめて……駄目だよ、セイラ……」

 嗚咽を漏らしながらも身体が階段を登ろうとするセイラに逆らえず、ミーナの助けを借りて城壁の上へと登った。



「貴方はティルナノーグの……」

 城壁の上で弓を射て味方の援護をしている弓兵の一人がセイラに気がついた。本来ならば強固な城壁を盾に壁上から攻め寄せる敵を撃退する為に多くの弓兵がいたが、取引で敵と対峙する為にその多くは門外へと出ていた。


「すまぬ、長弓をお貸し願いたい。俺もここから援護射撃をする」

 弓兵はチラとセイラの下半身を見やったが有無を言わさぬ野伏の圧に武器庫から長弓と矢を持ってきた。

 先のヴェスカードの一騎駆けを見た弓兵である。この人ももしや相当の手練なのでは……と、普段仲間が使わぬ張力の強い長弓であった。



「有難い。下半身は自由に動かなくとも、これなら……」

 セイラは腰を胸壁に預け、長弓を平に構えた。ヒュンと音がすると矢は弓兵の誰よりも遠く飛び、遠くの豚鬼の胸を穿った。


「よし……この脚では皆の様に平地で戦働きは出来ぬが、ここからなら危うい味方やティルナノーグの皆の手助けをする事ができる!剣はセバスチャンさんの後を追う俺だが、弓は野伏である俺の矜持でもある……絶対に、絶対に外さぬ!」


 たまに身体の痛みに意識が遠のきそうになるのを唇を噛み締め気付けがわりにする。誤って味方を誤射する事など彼のプライドが絶対に許さぬ。一射一射痛みに堪えながらも彼の矢は正確に敵を射抜いて言った。


 ミーナは泣きながら彼の背中に治癒魔導を施している――。





 オオォオ――ッ!!という地鳴りの様な、悲哀を帯びた声が響いた。


 妖魔達右翼の者達の嘆き声である。

彼等の強さの象徴である超大型豚鬼アウグスコスの勝利を彼等は決して疑ってはいなかった。対峙する一人の人間戦士如きを楽に屠る筈だった。

 だが、その勇者は人間との一騎打ちに敗れて脳をかち割られてしまったのだ。


 反面その一騎打ちを取り囲んでいた防衛隊の士気はスッパガールの勇姿に上がっていた。


 この時代、戦では単に兵力の差だけではなく、この様に稀に起こる将や勇者同士の一騎討ちの勝敗であったり勇壮な者の見事な武者働きによって士気が大いに左右される事があった。

 とりわけスッパガールやヴァント、モンドのいる左陣、ヴェスカードやパジャの活躍する中陣の士気は大いに向上しており、その熱は防衛隊右陣まで伝播して今の所防衛隊は士気高く豚鬼軍の進軍を防いでいると見えた。


「さて、ヴァントと共にモンドのところまでいかなくては……」

 大技の影響と胸に負った傷により脚の震えるスッパガールだったが、拳骨で腿に喝を与えると自身の馬を呼んでまたがり未だ狼狽の色見える敵右翼へと斬り込んでいった。





「あっ……やばッッ……!!」


 モンドを追うヴァントはいつしか敵陣深くまで単騎斬り込みすぎたと思った。

 本来ならば味方防衛隊の前線の押し上げを待って共に上がっていかなければならないのである。スッパガールに言われた事を思い出した時にはもう、遅かった。


 長刀のリーチを活かして馬上から雑兵を薙いでいたが、気付くと豚鬼がある一定の距離を保って近寄ってこない。その代わりに彼を取り囲む様な動きを見せている――何かを狙っている!


 すると周囲の豚鬼は棒の先に鉤爪のついたものをヴァントの服に引っ掛けて彼を馬から引き摺り落とした。


「うッ、うわあッッ!!」


 背中をしたたかに打ちつけて一瞬息が詰まるヴァントだが、追撃を警戒しすぐに起き上がる。が、その眼前には手斧を振りかぶった三匹の豚鬼がいたのだった!




(しまった――!殺られるッ!!)

 右手をかざし身を庇おうとする長刀使い――。







『ドレマ――ッッッ!!!』



 絶叫が聞こえると、しかし手斧は彼の身に振ってはこなかった……。



「な、何が……」


 見ると、三匹の豚鬼のうち中央、一番前にいた豚鬼が仲間を制しているのだった。



 ポカンとするヴァントにその豚鬼が一歩歩み寄り、ニヤリと笑った。



「コ……コレ……ウマカッ……タゾ……」


 その豚鬼は腰紐に見覚えのある袋を着けていた。どこであったろう、と考えてすぐにピンとくる。



「と、図書館の……!!」


 そうだ、図書館でフィオレとサンヴァルト語の辞典を探していた時、辞典を読むでもなく持っていてヴァントに譲った小汚い男――バルフスの言葉によれば、変化の術にて人間の姿をさせられ古文書の解読をしている者を待っていたという――確かに、あの時の男と背格好は似ていたのだった。

 そして腰に下げていたのはヴァントが礼にと渡した菓子袋だったのだ。



『何故その人間を殺さない!!?』

『コイツは、コイツは待ってくれ!!』



 その豚鬼の静止も、そろそろ仲間の猛りを押し留める事ができなくなってきた様であった。

 わわわ……とヴァントは立ち上がり馬までまろびよると、慌てて騎乗した。


「すまないッ!!恩に着る!!」


 ヴァントが馬上からそう叫ぶと、その豚鬼はどこかホッとした様な顔をした。ヴァントは一旦敵の囲みを突破すべく防衛隊の方まで下がる。それを見届けると、ヴァントを助けた豚鬼の後ろからついに他の豚鬼が長刀使いを追いかけようとした――。



 ズガァッッと風を切り裂く音がしたと思うと、走り出した豚鬼達の前に一本の雷を帯びた矢が大地に突き立ち、周囲に放電する。蜘蛛の子を散らしたかの様に飛び退く豚鬼達――!


「!!」ヴァントはその矢の放たれた方角を見やる。

 小さくて確証は持てないが、城壁の上に己の渡し人がいる様に見えた。



「セイラさん――!?」





「――フィオレ、すまぬ、もう十分だ……」


 城門前でセバスチャンの治癒を施していたフィオレの肩に手を置くと、薄緑の甲冑剣士はよろと立ち上がった。


「ま、まだ全然傷が――!」

 初めパジャと二人がかりだったとはいえ、回復術師であるミーナよりも女魔法剣士と暗黒魔導師の治癒魔導では後者の方が効き目は低い。


「モンドを――彼奴を連れ戻す!」

 セバスチャンは馬を一頭引くとすぐに跨ってしまった。その動作だけでどこか傷がまた開いたのか、血が滲む。


「モンド――今行くぞ」


「セバスチャンさん!!」

 しかしフィオレの静止も振り切り、甲冑剣士は手綱を操ると駆けて行ってしまったのだった。




 ――その後方、城壁の上――。



「――ヴァントの奴、迂闊だったぞ!」


 長弓を引き味方の援護射撃をするセイラは、弓を使うだけあってスッパガールに次ぐ視力の良さであった。遠く左陣にモンドを追うヴァントを見つけたは良いが、敵に引き摺り落とされあわやと言うところだった。


 だがいかなセイラの長弓と言えど、弓が届かせられるかという距離ではあったのだ。力の限り弓を引き絞るセイラだったが、突然ミーナはその矢に雷撃の付与魔導を施したのだった。付与効果を得た矢はより遠くまで強く、速く飛び結果ヴァントへの追撃を押し留めたのだ。



「……ミーナ、助かった」

 野伏が弓を引きながら言う。


「ううん、ヴァントに何かあったら私も困るもの」

 ミーナは口を引き結んで治癒に戻っている。先程から魔導を連続使用している彼女の方も、外傷はないとはいえ精神力を疲弊させてきている。その美しい肌にいく筋もの汗が伝っている。


「…………」

 暫し無言で矢を射る時間が続いた。




「――俺は、俺はやはり、馬鹿で――結局はタリム・ナクのならず者であった時から変わっていないのだ」

 矢を射りながらセイラが呟いた。


「…………」

 ミーナの治癒が背中に温かく感じられる。



「後先考えず馬鹿をやってしまう癖は――ヴァントの渡し人となってさえ――残される者の事も考えず、治っていない。セバスチャンさんの様な、落ち着いた風であったなら――

 だが、この先どの様な事が起こるかまだわからぬから、今のうちに言っておくよ」


「…………」





「ミーナ、この様な俺だが、これからもずっと傍にいて、俺を支えて欲しい。恋人ではなく、妻として、家族として――」


 絞り出す様な、言葉。

貧しいながらも母親の愛を受けてはいたセイラだったが、無頼の父親を持ち家庭不和に育った過去を持っていた。その彼にとっては妻を娶り家庭を築くと言うことは、憧れはあれど同時に不安なことでもあった。もしかして自身も呪っていた父親と同じ様になってしまうのではないかと言う恐れ。


 だがセイラは信じたいと願うのだ。己のミーナを愛すると言う気持ちと、常に傍らにいてくれるこの愛しい回復術師の事を。きっとこの女となら、一生に一人と定めたミーナとならと。







「…………いやよ……」


 ポツリと呟くミーナ。



「グ……ググ」

 思わず声を出してしまう。味方の援護射撃に誤射があってはならぬからそれを弓矢に伝えはせねど、胸中の動揺は否めない。心を定めて振り絞った告白ではあったのだが……。






「……こんな時に言わないで」

 回復術師はセイラの背に強く手を押し付け治癒魔導を施した。


「それを言うなら、闘いが終わってから――もう一度、言ってよ」

「…………!」





「――結婚式には皆にきて欲しい。から、フィオレ、ヴァント……今回の依頼を皆で無事に終えてから、皆が生きて帰ってから、またその話をしてよ」

「…………」



「セバスチャンさんに憧れるのはいい。でも、セイラはセイラのままでいい。変わる必要なんてない」

「ク…………」




「……だから、だからその話は一旦終わり!

付与の話だけれど、治癒もあるから連続使用は出来ない。けど距離の遠い場所に射る時、普通の射撃では倒すことの出来ない敵に射る時は魔力付与をするわ。私もセイラの射撃を助けるよ……どうせ言ってもやめないんだから――」


 ミーナはセイラに気づかれぬ様に震える声を押し殺しながらポンとその背中を叩いた。その眼には薄ら涙が滲んでいる。



「……ありがとう、ミーナ……」


 セイラが射撃をしながら言った。

すまぬ、と言いかけた。だがそれは言うべきではない様な気がした。



 ミーナとヴァント、そして、セイラが楽しく笑って話をする光景―― 一瞬頭をよぎった回想。


(俺の帰る場所は、とうにあったのだな)



 野伏は唇を噛み締めながら、しかし前にも増して強く弓を引いた。




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