一騎駆け
登場人物:
ヴェスカード: 獅子斬りと呼ばれた斧槍使い
フィオレ: かつて王立図書館で働いていた女魔法剣士
パジャ:老人の暗黒魔導師
スッパガール:斧戦士の女傑
セバスチャン:騎士風の甲冑剣士
モンド: 侍見習いの若者
セイラ:優男風の野伏
ミーナ:美しき回復術師
リュシター:バレーナ防衛隊隊長
10
闇祭司バルフスの号令によりバレーナ城門前に陣取った防衛隊に向け豚鬼軍が進軍を開始する。
先駆けを務めるのは豚鬼の中でも脚の早い豚鬼や雑兵格の者達であった。彼等は一様に得物を振り上げ奇声を発しながら突撃してくる。
「大剣を」
リュシターが後方に備える部下に命ずると若い男の部下は重そうに一振りの大剣を差し出した。それを手に取るとリュシターは大剣を肩に担ぐ。その様は堂に入っており見る間に隊長から一介の騎乗大剣使いへと変貌するかの様であった。
「初めて見た時からわかっていたぞ。お前がかなりの使い手であると言う事はな」
そのリュシターに山男が豚鬼を見やりながら話しかける。
「立地的優位はありませんが私達はどうしても街を――そして街に住む物達を外敵から護らなくてはなりませんから――」
「ウム、俺やクリラの故郷でもあるこの街を、思い出の詰まったバレーナを護りたいというのは俺とて同じよ。だがリュシター、お前は今この軍の将であろう。おいそれと敵軍の中に突撃させるわけにはゆかぬよ。先駆けは俺が務めよう」
「ヴェスカード殿!」
言うや山男は祖父譲りの魔法銀の斧槍を片手に敵先鋒隊へと単騎駆け出してしまった。
山男の馬と敵先鋒隊の距離が双方一気に縮まってゆく。山男は斧槍を後方に水平に構えると、鬼神が乗り移ったかの様な形相で「おおお――ッッ!!」と雄叫びを挙げた!
まるで眼に見えぬ衝撃波の様な何かが身体の前方に当たったかと思うと先鋒の豚鬼達は一瞬金縛りにかかったかの様な感覚を覚えて脚が止まった。目の前に迫ってくる、人間にしては大柄な一騎の戦士が見た目以上に大きく感じられたのだ。
「おおッッッ!!!」
男が半身を引いた上半身からその剛腕と腰の回転を最大限に引き出した膂力で斧槍を振るうと、広範囲に及んだその斬撃は一振りで五匹の豚鬼の上半身や頭を宙に舞わせたのだ。
馬上でなくともその延伸力や重心移動を駆使して斧槍の奮い方を熟知したヴェスカードであったが、彼の扱う様な棒状武器は馬上において更なる効果が付与されると言ってもいい。馬上という高さのある場所からの振り下ろし、ないし薙ぎ払い、そして突進の際に馬の疾さが加わり加速されるのだ。
まるでバターを斬るバターナイフの如く、ヴェスカードが斧槍を振るうと豚鬼達が斃れていった。それはまるで暴風の様だった。バルフスが封印の箱より天を覆わせた曇天、時折響く雷鳴が瞬間山男の顔を光らせる。鬼、鬼の様だ!!そう脳裏をよぎった次の瞬間その豚鬼の上半身は叩き割られていた。
(機先は制したか――!?)
すっかり戦意を喪失しかけている敵先鋒隊を尻目にその後ろに続く敵主力部隊を見やる。歳をより食った個体や歴戦の個体が隊を成す部隊だ。だが先鋒隊と比べてどこか様子が違う。闘いの高揚感は持ち合わせているが、先鋒隊の様に何がなんでも人間に刃を食い込ませたいと言う様な狂気の熱がない。
(待っているな、何かを――深入りはまだ危険だが)
山男は最後に一振りで数匹の豚鬼を狩ると、馬を自陣に取って返した。後ろ目に見える敵中央部分――バルフスのいるであろう部隊の部分からほのかな光が立ち昇っているのが見えた。
(あそこまで――早い内に辿り着かねば――)
「弓隊、大楯隊、用意――!!」
ヴェスカードが自陣まで近づいた頃リュシターの号令によって最前列に弓隊が整列する。掛け声と共に弓隊が天へ向けて整列射すると、大きく放物線を描いて敵方へと矢の雨を降らせる、と同時に敵方からも弓射があった。
大楯隊は二重に並び構えた大楯に身を隠す。多くの敵の矢が大楯によって防がれ、その後方へ飛んだ矢も兵士が払ったり、パジャの近くセバスチャンやフィオレの周りは導師による魔法の壁が張られた。
突如進軍を開始してきた豚鬼の軍にバレーナ側防衛隊は内心浮き足立ちかけていたが、先鋒隊を打ち払ったヴェスカードの一騎駆けによっていつもの訓練の動きを思い出す余地が生まれていた。だが敵方も大楯によって多くの矢を防いでいる。
「ム!」
敵方大楯の間から幾つかの人間の頭大の火球が飛んできて防衛隊の大楯に火をつけた。燃え盛り何人かの兵士が大楯を手放す。
「敵方にも魔道士がいるな……早めに潰さないと危なそうだ」
リュシターやヴェスカードがいる自陣中央より左翼側につけたスッパガールがヴァントに話しかけながら火球の出所に目星をつけた。
「中央部から両軍激突が始まる。アタシらも出よう。ヴァント、囲まれる様な動きをしないようにね」
「ウッス!!」
騎乗の女傑と長刀使いは武器を握り締めた。
「見事な一騎駆けでしたよ」
自陣に戻った山男に導師が声を掛ける。
「ウム、だがあの闇祭司の所を早目に潰さねば古神とやらが不味いことになりそうだ。中央の主力部隊を抜けて奴の所まで行かねばならぬ」
「そうですね、天に良くない気が満ち満ちている……何とかせねばなりません。私が魔導で援護をしますからどうか相手の軍を抜いてください」
「承知した」
山男は馬を取って返して迫り来る敵主力部隊を睨み据え、軍の先頭に立った。
(――なんと勇猛な……)
リュシターはそのやり取りを横で見ながら感嘆した。一騎駆けで敵先鋒隊を蹴散らし、再度敵軍の突撃の先頭に立つと言う。そしてこの年老いた導師も斧槍使いの実力を毛程も疑っておらぬ。
(これが勇猛、猛者の集まりで知られるティルナノーグの中でもかつて獅子斬りと呼ばれた男――)
「フィオレ、私は範囲魔導を掛けますから暫くセバスチャンの治癒をお願いします」
導師は負傷した甲冑剣士の治癒を解きフィオレに託すと錫杖を構えた。
*
膝をつき息も絶え絶えの甲冑剣士の鎧は傷つき、へこみ身体のあちこちから血を流している。パジャとフィオレの集中治癒により塞がった傷もあるが、それはまだ皮一枚の事であった。剣を杖に立ちあがろうと試みるが、その度に膝が言うことを聞かなくなる様であった。
「セバスチャンさん、まだ無理はしないで下さい!」
「〜〜〜――――……!!」
フィオレが必至に治癒魔導を続ける。
(お前が弱すぎるからあの強き剣士はこうなった――)
「うううッッ!!」
傍らに佇むモンドは響く声を振り払おうと頭を抱えた。
「違う!!違うッ!!己は――ッッ!!ヴァアッ!!」
その声から必死に逃げたいと、もうこの声に耐えられぬと感じた侍は横の馬に騎乗すると手綱を握り馬の横腹を蹴り付けた。驚いた様に馬は走り出し、前線大楯の間を抜けて左翼、敵方から見て敵右翼の方へと駆けてしまったのだ。
「モンドさん!!」
フィオレが叫ぶがその声は届かなかった。
「モン――ド……!!」
治療中の甲冑剣士も力ない声を振り絞ろうとする。
とうとう陣中央部にて敵主力部隊と自陣前線が衝突した。
*
「姐さん!モンドが!!」
「チイ、アイツッ!」
左翼前に駆けて行くモンドを認めたスッパガールとヴァントは中央に続き突進を開始した敵右翼に単身突っ込んでゆくモンドを追いかけようと馬を走らせた。が、先に駆け出したモンドに追いつくまでには距離がある。止めようとする前に刀を閃かせて敵部隊の中へと飛び込んでしまった。
「モンド――!戻せ!単騎では危険だ!!」
叫ぶがその声は届いたか届かぬか――!
中央部に続いて左翼も敵部隊との交戦が始まってしまった。
「モンド――!!」
敵豚鬼を払いながら敵陣深くに斬り込んでしまったモンドを探すがどこにいるか視認できぬ。すると左側から何か大きな物体が唸りを上げて接近するのが感じ取れた。
「グウウッッ――!」
がああんと轟音が響いた。咄嗟に大斧を盾にしていたが衝撃で女傑は馬から落とされてしまった。
「スパ姐さんッ!!」
受け身を取りすぐに起き上がるスッパガールだったが瞬間何が起こったのかはわからなかった。転倒の際を狙う周囲の敵を警戒したが、奇妙な事に敵は半円を描く様にスッパガールを囲んでいた。
「――チビ、お前だけは先に血祭りに挙げておかないとなあ……!」
小山が動いたのかと錯覚した。
その位大きな怪物がのそりと敵の中から立ち上がったのだった。
「お前は……ッ!!」
それは敵方の勇者、超巨大豚鬼のアウグスコスであった。彼がその巨体に見合った大斧でスッパガールを馬から撃ち落としたのだった。
「チビ……さっきの忌々しい目……脆弱な人間が俺様にした眼を後悔させてやろう。そして古神復活の贄としてやる」
スッパガールはふてぶてしい顔で立ち上がり服の汚れを払うと、馬から撃ち落とされても手放さなかった大斧を肩に担いだ。
「フン……タイマンかい……?」
妖魔が描く遠巻きの半円を見てその意図を察した女傑が睨み据えて言った。
「グブブ……お前の様なチビは俺の手で血祭りに上げたいからな……勝手に戦の中で死なれては、困る」
アウグスコスは小人の様に見える人間の女を見下ろして言う。周りを取り囲む妖魔がギギャッと囃し立てる声を挙げた。
(ね、姐さん……無理っスよ、あんなデカブツ!二人で協力して――)
(モンドが気になる!嫌な予感がする……お前が行って止めてやって欲しい。それに、あのデカブツは放っておけば防衛隊に多くの死人が出る!)
(でも――!でも――!!)
すると女傑は斧の刃をヴァントの顔に近づけて
「次元界で一度アタシを助けてアンタ、アタシを舐めてはいないかい?そんなにアタシが信用ならないかい……?」
するとヴァントは振り絞る様な声で……
「い、いえッッ!俺は、スパ姐さんが絶対に勝つって、信じてるッス!!」
それを聞いて不敵に笑ったスッパガールはヴァントの騎乗する馬の尻を叩いた。
そのヴァントの言葉はアウグスコスの怒りを更に高める一言ではあったが――
「来い――デカブツ」
女傑が大斧をアウグスコスの顔に向けた。
*
――暖かい……。
この暖かさには覚えがある。
スラムで暮らしていた幼い時、冬に父親がどこへ行ったのやら長らく家を空けていた頃――。
薄く冷たいベッドの上で母親が自分の体を包み込んで抱いて寝てくれた。
荒んだ幼少期を過ごしていたセイラにとって、自分に優しくしてくれるのは母親だけであったのだ。あの温もりをセイラは一生忘れることが出来ない。
「……かあさ……いや――ミー……ナ……?」
自分を包み込む様に抱きしめて温かい光を発している存在、肩口から触れる長く美しい髪の匂いはミーナのものだった。
「うう……――、セイラ……セイラ!」
声に気付いて顔を見るミーナ。そう言ううちに見る間に目に涙が溢れた。ミーナが己が目覚めるまでずっと、治癒魔導を施し続けてくれたのだと理解した。
「ミーナ……すまぬ、心配を掛けてしまったな……」
ミーナの頭を抱き寄せるセイラ、ミーナは嗚咽を漏らした。しかしそうして思わず天を仰ぐと、時折雷鳴轟く曇天の空が見えたのだった。
「……ヤバい状況になった……ようだな――」
城門の内側の建物の軒下でミーナに治癒されていたセイラは城壁の上を見上げた。




