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ギルド・ティルナノーグサーガ『還ってきた男』  作者: 路地裏の喫茶店
第三章 ルカ平原の戦い
31/38

取引


登場人物:


ヴェスカード: 獅子斬りと呼ばれた斧槍使い(グラデュエーター)

フィオレ: かつて王立図書館で働いていた女魔法剣士(ルーンナイト)

パジャ:老人の暗黒魔導師(ダークメイジ)

スッパガール:斧戦士(ウォーリアー)の女傑

セバスチャン:騎士風の甲冑剣士(ソーズマン)

モンド: (サムライ)見習いの若者

セイラ:優男風の野伏(レンジャー)

ミーナ:美しき回復術師(ヒーラー)

リュシター:バレーナ防衛隊隊長


8


「……取引だと……?」



 防衛隊隊長が聞き返すと心底楽しそうにバルフスは言った。

「左様。ここにいる二人の虜囚とお前等の持つ封印の箱、そして青と赤の鍵と引き換えだ」



「な…………」

 予測はできていたがリュシターは絶句した。封印の箱と二つの鍵が妖魔の手に渡れば、箱に封じられし古代神を再び封印する手立てを失う。


 それ等は始めティルナノーグの隠密クリラが妖魔の砦から古文書と赤の鍵を盗み出し、その意志を引き継いだヴェスカードらが冒険の末青の鍵を手に入れ、バレーナ防衛隊秘匿の姿隠しの衣を使ってオーク砦に潜入し封印の箱を手に入れ揃えたものだったからである。

 それ等によって復活の迫る古代神の封印を再び施し、街に害を為さんとする計画を止める筈だった。だが――。



「リュシター、すまぬ……俺はなんとしても仲間を、セバスチャンとセイラを救いたいのだ」

 リュシターの隣に立つヴェスカードが悲痛な顔で言う。

「私からもお願いします。協力をお願いして本当に申し訳なく思いますが……」

 パジャも頭を下げた。

 リュシターは暫く俯き目を閉じると、やがて。


「……そもそも封印の箱や二つの鍵はティルナノーグの皆さんの協力がなければ得られなかった物……残念ですがここは一旦囚われの戦士達と交換しなくてはなりませんね」

 防衛隊長が力無く言うと山男はその手を力強く握りしめた。


「すまぬ……必ず、必ず再び封印の箱と鍵を奪取するよう尽力する」


「開門せよ――」

 リュシターは頷くと部下に開門を命じた。





 防衛隊は城壁上に最低限の兵を残して街の門前へと出た。その中には騎乗したティルナノーグの面々もいる。街前方の平地を挟んで豚鬼の軍勢と相対する形である。人質交換の場合は両軍対等の場所にて対峙するのがならわしであった。



「隊長!新領主様より伝令――!妖魔を悪戯に刺激するなどの仰せです!」

 リュシターの元に街中央からの伝令が続く。


「わかっている!開戦のつもりはないし妖魔は街に一匹たりとて攻め込ませはしない!領主様は玉座にて安心召されよとお伝え願いたい!」

 伝令にそう伝えると歯を食いしばった。

(そうとも、城壁を盾として迎え撃つならまだしもこの平地で戦うわけにはゆかぬ)


「妖魔よ、こちらの準備は出来ている!先程の言葉通り人質を引き渡して貰いたい!!」

 リュシターは相対する敵首領に叫んだ。




――一方、バルフス達妖魔の陣。


『バルフス様、新領主様より伝書鳩。話が違う。兵を引いてくれとの文です』

 部下が持ち寄った小さく折られた手紙をバルフスは何の感情もなく片手で眺めると、興味がなさそうにくしゃと丸めて捨ててしまった。


『……ククク、捨ておけ。彼奴(あやつ)の役目はもう終わったわ。生贄の供給によく協力しては、くれたがな』

 巨躯の祭司(ドルイド)は厭らしそうに笑った。そうして両隣りの巨大な十字架に磔にされたセイラとセバスチャンに目をやる。

 かろうじて意識を保っていた甲冑剣士はその豚鬼(オーク)と眼があった。


『よくぞ我等が砦まで、二度に渡り人間どもが盗みを働きにきたものよ。しかしそのお陰でようやっと二つの鍵が揃いそうだがな……ククク』

 セバスチャンは僅かに豚鬼の言葉を解した様だった。悔しげに手脚を動かそうともがくが杭に打たれたそれらはまるで動かすことはできず、血が流れた。



「ククク、人間どもよ!では今より人質交換と行こう――!!」





「アタシが行く」


 スッパガールがリュシターやヴェスカードに言い放った。その眼は仲間を残虐な眼に合わせている妖魔への怒りに燃えている。山男は自分が人質交換の場に出ようと考えていたが女傑のその言葉に口を挟むことはできず、すまぬ、頼むとしか言うことができなかった。


 そうしてスッパガールはただ一騎騎乗して、そして虜囚を運ぶ用として馬一頭を従えて両軍の中央へと歩を進めた。その手には封印の箱と二つの鍵、背中には用心の為に戦斧が背負われている。




(――貴公が噂に名高い斧戦士のスッパガールか、会うのは初めてだな。宜しく頼む)


 女傑はバレーナの拠点とした『大鹿の毛並み亭』での事を思い返していた。


(アタシは木樵との兼業でやってるからあまり知っている者は多くないと思っていたが)

(なに、その体躯と佇まいを見れば並みの斧戦士でないとわかるよ。北方の斧戦士ギマルにも引けを取らぬと見た)


(――北方の勇者ギマルか、その斧戦士の噂はアタシも聞いた事があるよ。巨躯に似合わぬ柔軟な筋肉は同時に音速の二連斬を繰り出すとかなんとか――女なのにこんな巨体で悪かったね、ミーナやフィオレみたいじゃ、なくってさ)

(いやいや、セバスチャンさんはそう言うつもりで言った訳じゃあないよ。スパさんが頼りになりそうだと言ったのだよ)

 セイラが二人の会話に入ってきた。


(ふうん、セイラは久しぶりだね、元気してたかい?相変わらずアンタ、綺麗な顔しちゃって)

(ああ元気だよ。だけども綺麗な顔はやめてくれ。こないだなど街で高級女郎の勧誘をされてな、難儀しているし、それに――)

 セイラは酒が入って顔が少し赤くなっている。セバスチャンとスッパガールはそれを少し楽しそうに見ていた。

(ここだけ、ここだけの話だぞ?俺はあまり自身の顔が好きではないのだ!)

(何を?アンタ、そんなに綺麗な顔をしているのに)

 セイラが名前や顔を女のようだと言われるのが好きではないと心得ているからそうは言わないが、


(いや、確かにお陰で餓鬼の時分は生きながらえる事もできたかもしれぬがな……ミーナが……ゴニョゴニョ……)

(え?ミーナがなんだって?)

(だ、誰にも言うなよ?……ミーナが俺のようではなくて、もっと男らしい顔つきの男が好きだったら、どうしようと悩む時がたまにあるのだ……)


 その言葉にセバスチャンとスッパガールはガハハと笑って。

(アッハッハ、アンタ、そんな事を……ぶぷぷ……いや笑っては悪いか、大丈夫だよ――アタシはミーナに聞いた事がある。セイラのあの顔が大好きだってさ)

(ほ、本当か?)

 セイラの顔がパァと明るくなった。スッパガールは涙が出そうな程に可笑しくなってしまう。


(まあ、セイラが捕捉してくれた通りさ、私は貴公を初めて見た時頼りになりそうな、そして素晴らしい斧戦士だとわかったと言う事さ。私も剣士だからな)

 セバスチャンはそう言って杯をスッパガールの杯に重ねる。ややあってセイラも。

(久方ぶりに共に依頼が出来て嬉しいぞ。宜しく頼む)


 その言葉にスッパガールはフフと微笑むのだった。





 ややあって妖魔の陣から巨躯――バルフスよりも更に大柄な、セバスチャンを取り囲んで攻撃した巨躯四兄弟よりも大きな一匹の豚鬼がその両手にセイラとセバスチャンの磔にされた十字架を担いでやってきた。アウグスコスという名の、豚鬼の中では勇者とも呼ばれる傑物であった。


 アウグスコスは女傑と対峙すると地中に二本の十字架を刺した。妖魔の勇者と比べると大柄のはずのスッパガールでさえ小人族のように見えてしまう。


 スッパガールは用心深く馬を降りると封印の箱と鍵を手にアウグスコスに見せた。


「……盗み出したものは持ってきたようだな」

 アウグスコスは低く腹に響くような声で人語を喋った。バルフスの様に長く生きた個体の中には人語を解する豚鬼がいる。


「……ああ、これを渡すから早く二人を解放しろ!」

 スッパガールが忌々しそうに吐き捨てる。アウグスコスは生意気な子供を見る様な目で不気味に笑うと十字架に打たれた杭を引き抜いていった。

 全ての杭が引き抜かれてゆくとどさりと二人の虜囚が地面へと落ちる。


「貴様ッッッ!!」

 女傑の憤りを気にする様でもなく、愉悦のもれた表情で虜囚を両手に持つ。


「この杭はな、俺が打ち込んだのよ。取るに足らぬ脆弱な人間を死なせない様に磔にするのは骨が折れたがな、カハハ」


 怒りに背中が総毛立つ思いであった。女傑は背中の戦斧に手をかけそうになる気持ちを抑えて巨躯の豚鬼の前に封印の箱と二つの鍵を置いた。

 それを見たアウグスコスは地面の虜囚を両手で摘み上げるとスッパガールの方に投げてよこした。


「グクッッ――!!」

 怒りを堪えながら二人を運搬用の馬へと乗せる。僅かに意識のあるセバスチャンと目が合った。




「よ――し!!双方人質交換は成った。互いに自陣へと戻るが良い!!」

 バルフスがその場の誰にも伝わる声で言う。妖魔の陣に背を向け自陣に帰ろうとするスッパガールにアウグスコスが声を掛けた。


「グックック、これが人間の、お前等小人の脆いところよな。その様なボロ雑巾の為に命懸けで得た物を手放す……愚か者が……!」


「………………!!!」

 妖魔の勇者に言われて背中越しにスッパガールが振り返る。その羽根つき帽子から覗く眼は怒りに満ち満ち

――そしてお前を絶対に、絶対に忘れぬと言う強い意志を秘めて炎の様に猛っていた。


(ヌウッ――あの人間、生意気な眼をする……怒っていた様だがこちらこそ忘れぬぞ)

 封印の箱と二つの鍵を手に持ち自陣へ戻るアウグスコスはそう考えていた。



 セバスチャンとセイラを馬に乗せ戻ってくるスッパガールをヴェスカード、パジャを始めティルナノーグの面々、そしてリュシターは固唾を飲んで見守った。

 確かに人質交換は成ったようであったが、歴史を紐解けば人質交換の帰り道矢で追撃されるなどという場面も多くあったからである。




「何故――何故助けた…………いや、不覚を取った、本当に、本当に――すまぬ……」

 馬上で小さく、呻くようにセバスチャンが呟いた。スッパガールは少し黙り、


「何故?何故と言うか――アタシには、お前等、ティルナノーグの仲間より大事なものなどない……」と言った。


「………………」




 多くの戦士達の心配を他所に、スッパガールは囚われの二人を連れて自陣へと戻る事が出来た。


「……酷い傷だ……!!」


 仲間達が急いで駆け付ける。


「セイラ――セイラ!!いやあっ!」

「セイラさん!しっかりして下さい!!」

 ミーナは馬から降ろされたセイラを見ると悲鳴をあげた。確かに酷い有様であった。二人の虜囚は両手両足に杭を打たれた跡が、そして胴体には斬り傷、刺し傷打撲跡などが滅多やたらとあったからである。


「……!!」

 ミーナはセイラの身体を抱き抱えると身体の内側から暖かな光を発した。全身全霊を持って放つ、自身の身体をも顧みぬ治癒魔導であった。

 それを見てセバスチャンの方もパジャとフィオレが二人がかりで治癒魔導を試みる。


「セバスチャン!しっかりしろ!」

 山男が甲冑剣士の顔を覗き込んで叫んだ。


「グク……すまぬ、迷惑をかけた……しかし、しかしあの鍵、封印の鍵と言われたあの鍵は、もしかしたら……」


「セ、セバスチャンさん……」

 モンドも蒼白な顔をして声を掛ける。


「おお……モンド、無事――であったか……本当に良かった……」

 震える手を挙げてモンドに触れようとしたセバスチャン。だが何故かモンドはその手を握ってやる事が出来ずにいた。



(――お前が弱いから、剣才がないからこうなったのだ――!)

 ドクンと、胸の奥底から響くような鼓動と声。モンドは突然自身の中からそんな、声ならざる声を聞いた気がした。

 セバスチャンではない、セバスチャンはそんな事を言うはずがない。


(お前があそこで姿を晒さなければ、ヘマをしなければセバスチャンもセイラもこの様な姿にはならなかったのだ。どこへ行ってもお前は無用の存在、弱い存在なのだ――)


(違う!違う――!)

 モンドは何故か頭に聞こえてくるそんな言葉を振り払うように頭を押さえた。





「貴様の望み通り封印の箱と二つの鍵は手に入れる事が出来た筈だ!ここでの開戦は貴様の望むところではあるまい!兵を率いて砦に戻るが良い!」


 ティルナノーグの戦士二人が戻ってきたのを見てリュシターは妖魔に言い放った。だが、豚鬼の首領バルフスはそう言われて尚厭らしい顔付きでリュシターらの方を見てはニタリと笑い続けるのだった。








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