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ギルド・ティルナノーグサーガ『還ってきた男』  作者: 路地裏の喫茶店
第三章 ルカ平原の戦い
28/38

セイラ・シスリークロス


登場人物:


ヴェスカード: 獅子斬りと呼ばれた斧槍使い(グラデュエーター)

パジャ:老人の暗黒魔導師(ダークメイジ)

セバスチャン:騎士風の甲冑剣士(ソーズマン)

モンド: (サムライ)見習いの若者

セイラ:優男風の野伏(レンジャー)


5


「セバスチャン――何をしているッ!?」




 砦から駆ける早駆けのオークに向き直り長剣を抜き放った甲冑剣士に山男の叫び声が飛んだ。



「……このままでは追手に阻まれる。私が食い止めるからお前達は早く馬に乗って逃げてくれ!」



「馬鹿な!何を言うッ!お前だけを置いてゆくなどできるか!」

 怒声を発しながらセバスチャンの肩に手をかける山男だったがその瞬間息を呑んだ。振り返ったセバスチャンの眼には死地に赴く決意がありありと秘められていたからであった。



「気持ちは嬉しいがヴェスカード、わかるだろうッ!誰かが阻まねば!それに――モンドを、モンドを死なせたくないのだ!だから頼む!――パジャさん!!」

「――!!」

 甲冑剣士は伝え人であるモンドを見やり、ヴェスカードの肩越しに先にいるパジャに目配せをした。



「そ、そんな……!」

 手から離れぬ封印の箱のことも忘れてそれしか言えぬモンド。僅かな目配せの中に幾百もの無言の言葉が秘められたような、そんな気がした。


 セバスチャンは――己の渡し人は自分を疎ましく、軽く考えているのではなかったのか――?




「――だが!そんな事!ならば俺も……ッ!」

 山男が魔法銀(ミスリル)斧槍(ハルバード)を構えようとする。セバスチャンが言う様にその場の誰もがこのままでは追いつかれる。それは頭ではわかっていたのだ。

 だがヴェスカードには――かつての祖父アイスクレイスのギルドの時代、多くの仲間が死んでいったという戦いを経験してきたこの男には、共に道中を旅してきた仲間を置き去りに逃げるという選択肢はどうしても取ることができなかったのだった。




(――病める傀儡師の糸(ダークネスマリオネト)!!)


 すると突然山男の後方から小さな声が聞こえ、男の後方から見えざる糸が伸び男の体の自由と意識を奪っていったのだった。


「パ……パジャ……き、貴様――」

 山男が必死に振り返るとそこには胸の前で印を切る、厳しい顔をした導師の姿があった。彼が唱えたのは体の自由と意識を奪う暗黒魔導だった。ガクンと顔を落とし森の方へと向き直るヴェスカード。そして彼は何事もなかったかの様に廃墟の砦のある森へと向けて、導師によって操られ走り出されていたのだった。



 非情――!

非情とも、ある意味では言うべきパジャの行動であった。

 それは死地にセバスチャンのみを止め置く判断であった。だがそれは同時にこの場で最も一行の被害が少なく撤退できるかを瞬時に判断したのが導師とセバスチャンだけであったという事でもある。彼等は長年冒険に身を投じた経験から、この場で誰かが止まらない限り窮地を脱する方法はないと理解していたのだ。


 ヴェスカードとて若い頃長年ギルドに身を置き幾多の冒険を潜り抜けてきた猛者だ。ギルドから抜けても密かに鍛錬は欠かしたことがなく戦闘力においては当時と遜色ない、否より腕は上がっていただろう。だが冒険において瞬時に生死を分ける刹那の判断という点においては、やはりブランクがあった分現役の冒険者に一時の遅れをとったと言わざるを得なかった。




「う――ああ、セバスチャン……さん――」


 ヴェスカードがパジャに操られ踵を返しても尚、若き侍はその場を動けないでいた。


 この危機からなんとしても逃げ出したかった。そう思っていたはずなのに――憎んでいた渡し人、薄緑の甲冑剣士との突然の別れという場面に際し脚が動かなくなっていたのだった。



 その時再度セバスチャンはこちらに迫る俊足のオークに向き直り剣を構えていた。が、もう一度顔だけモンドの、己が伝え人の方をチラと見やっていった。




「すまぬな、全てを伝え切れぬうちに――だが、だがお前には生きて、生き延びて欲しい。だから、さあ、行け!!――頑張れよ、モンド!!」



 そう言って、ニカっと、初めて――甲冑剣士はモンドに笑いかけたのだった。




「う……あぁ――」




(暗黒の御手――!!)


 尚も立ち尽くすモンドの襟首を、見えざる魔導のエネルギーが掴んで引っ張った。見る間に遠く――遠くなる師の姿。






「セバスチャン――ッ!!……必ず、必ず助けに戻ります!!」



 導師が走りながら後方に叫んだ。セバスチャンはいよいよ迫り来る先駆けのオークに長剣を水平に構えながらニヤリと不敵に笑う。



「フフ……感謝!!されど、無用ッ!!」


 言うや、セバスチャンは長剣を駆りオークの尖兵へと踊りかかった。長剣使いとしては異例なほどの攻撃範囲を持つ彼の剣技はこの俊敏な足取りにこそあった。

 まだ少し距離があるかと思っていたオーク達は、突如として眼前に転移してきたかの様な甲冑剣士に一振りで三匹が薙ぎ倒された。ギィという唸り声を上げて狼狽する豚鬼(オーク)達。




「ここは――ここは通さぬぞ!仲間達が逃げることができるまではな――!」


 続き二匹のオークを斬り伏せるセバスチャン。想定外とも言うべきセバスチャンの絶剣に彼を抜ける事ができないでいたが――。




「ムウッ――!」


 斬り伏せる尖兵のオーク達の後方、オーク砦の入り口から二体の騎乗兵が出てきたのが見えた。


豚鬼騎乗兵(オークライダー)魔犬(オルタロス)か――!まずい)



 オーク砦の数少ない魔犬に跨り戦う騎乗兵であった。魔犬は短距離ならば馬より速い。彼等は真っ直ぐにセバスチャンに立ち向かうのではなく彼を左右に大きく迂回してその後ろの逃走者を追跡しようとしている。

 いかに攻撃範囲の広いセバスチャンともいえど二体同時には斬り伏せることのできない距離を取って駆ける騎乗兵。


(どちらかだけでも――!)


 左右どちらの騎乗兵に向かうか逡巡した。中央からは鈍重だが力自慢の主力豚鬼も迫っているのだ。




 その時だった――!



 ヒヒュンと風を切る音を立てて左右に二本の矢が放たれた。矢は的を違える事なくセバスチャンの左右を抜けんとする豚鬼騎乗兵の喉笛を正確に貫き、落馬させた。


 ハッと後ろを見やるセバスチャン。そこには弓をつがえた痩身の野伏、セイラの姿があったのだった。





「セ――セイラ……!?」



 言われて野伏の青年は楽しそうにウインクする。



「フッ……水臭いですよセバスチャンさん。俺があなたを置いて行ける訳がないじゃあないですか」

 セイラはセバスチャンに笑いかけた。





「ハ、ハハ………………馬鹿――――者……」



 セバスチャンは呆れたように、だが、どこか、ほんの少しだけ嬉しそうに言った。





 セイラ・シスリークロスはバレーナより更に北の海に面した大水上都市タリム・ナクに産まれた。

 幼い頃父親の蒸発した母親にスラム街で育てられていたが程なくして母親も病に伏して病死してしまい、天涯孤独の身となった。


 財産の蓄えもなく生き延びる為に必死だった少年は盗み、騙しなどできうる限りの犯罪を働いた。幼少の頃よりエルフの子供と見まごうばかりの美少年だった彼は、時として醜悪な老人に一晩を買われたこともよくあった。

 生きる為には、タリム・ナクのスラム街で生きていくには仕方のない事であった。


 だが日のあまり当たらぬ場所で植物が真っ直ぐに育たない様に、一般市民の住む階層とは違う下水道と同じ階層のスラム街で育つ彼の心根は徐々に汚れて、青年の頃には端正だが目つきは鋭く狡賢い表情をする事が多くなった。



 ある時毒商人に売りつける為の毒草を採取しに森へ行くと同じく採取に来ていたのか美しい女が魔牛の群れに囲まれていた。

 女は魔導師の様であったが魔牛は魔導に耐性がある。まだ強力な魔導を放てない様な女の攻撃では追い払う事ができない様だった。セイラは考えるよりも先にショートボウと短剣で数多くの魔牛に襲いかかっていた。



 ――どうしてそこまで必死になったのかわからない。

だが身体のあちこちに魔牛の角による斬り傷、刺し傷を作りそれらの総数がわからなくなった頃、残った数匹の魔牛は逃げ去っていった。

 思わず膝をつくセイラ。もう立つことすら厳しくなっていた。すると若く美しい女は回復術師のようであった。

 杖をかざすのではなく、セイラの身体を抱きしめる様に包み込む様な回復魔導を放ったのだった。


 こんな暖かい抱擁は――ずっと忘れていた様な気がする。

目の端に涙を溜めながら、謝りながら死なないでと言い続けるセイラは、その女――ミーナと名乗った女の顔を見ながら朧げに思った。

 産まれてこの方自分を最も愛してくれた母親に――どことなく雰囲気が似ているのだ、と。



 女が全魔力を回復に費やし気を失うと、それでもまだ痛みが残るセイラが今度は自宅――スラムの自宅へと連れて介抱しなくてはならなかった。

 汗をかき紅潮する肌、荒い吐息――衣服の上からでもよくわかる豊かな胸の膨らみ……一瞬よからぬ妄想が頭をよぎるが、セイラは汗を手拭で拭き粗末な毛布をかけてやった。

 スラムのあばずれ共のように気軽に手を出してはいけない気がしていた。


 ややあって目を覚ました女は、セイラのこさえた野菜クズの味の薄いスープに口をつけるとこう切り出した。

『お礼がしたい。自分はティルナノーグという冒険者ギルドの新米なのだ。あなたの力がもっと発揮できる場所が見つかるはずだ』と。


 かくしてティルナノーグを紹介されたセイラはパジャによる適正試験をなんなく突破した。生来の器用さと軽い身のこなしを特に見込まれ、野伏が適職だろうと判断された。


 初め渡し人として、その頃のティルナノーグには少なくなっていたベテランの野伏がセイラにはつけられた。

 セイラはこの野伏に野伏としての戦闘技術、追跡術、毒術などを叩き込まれたが、そこには絆とも言うべき信頼関係はついぞ築かれなかった。渡し人の野伏は自身の技術と戦闘術の向上とそれを受け継ぐ後継者にしか興味のない、酷薄な人間だったからであった。


 だからベテラン野伏がある時依頼の中で命を落としたと耳に来た時、セイラは驚く程動揺しなかった。ああ、そうなのかとしか思えなかったからであった。

 その頃には師の技術の殆どは会得していたし、唯一信頼を置けたのはたまに依頼で一緒になるミーナのみであったからだ。


 依頼をこなしミーナと時間を過ごす中で日のあまり刺さぬスラム街での狡賢い表情は徐々に消えていった。だが生きるか死ぬかの中で幼少期を過ごした時に培った勝ち気さと人を中々信頼できぬ癖だけは彼の中から抜ける事がなかったのだ。


 そんな彼も気付けばティルナノーグの中堅となろうとしていた頃、依頼(クエスト)の難易度も段々と高くなっていった。


 ある時とある依頼で魔物巣食う迷宮の奥深くにパーティーごと転移させられてしまった時があった。

 一行は下界へと脱出を図らねばならなかったが、そのリーダーは一行の被害を最小限に抑える為、罠などにかかり分断されてしまった者は助けないと言う方針を打ち出した。凶悪な罠とそれを助けようとした者が二人、瞬時に命を落としてしまったからであり非情の決断でもあった。


 一行に盗賊や隠密がいなかったので一行の罠感知はセイラが担当していたが、極限状態の中ついにセイラも罠にかかり一層下の階に転落させられてしまった。転落地には魔物を集めるアラームがあり、部屋を満たす牛鬼(ミノタウロス)の群れがセイラを襲った。


(ああ、ここが自分の最期の地なのだ)

 という思いをしながら剣と弓で必死に応戦したが多勢に無勢であった。牛鬼の持つポールアクスに削られながら、この依頼にミーナが参戦していなくてよかったと思った。もう一度彼女の笑った顔が見たいとそう思った。が――


 転落地の入り口の方から魔物達の悲鳴が聞こえた。

見る間に後方の牛鬼達が薙ぎ倒されてゆく。何事かと思ったその時、魔物の群れの中から返り血と傷だらけのセバスチャンが現れたのだった。



「セ、セバスチャンさん――どうして――」





「諦めるな!セイラ!元の階層に戻るぞ。絶対にこれ以上死者は出さぬ!」



 そう言い膝をつくセイラを血まみれの手で引っ張り上げた。

 その時の余りのセバスチャンの剣技の壮絶さに半ば呆気に取られながらも、リーダーの静止を振り切り下の階層まで危険を犯して救いに来てくれたセバスチャン。


 やがて一行に合流でき地上へと帰還できた時、お前だけでも救うことができて本当に――本当によかった。とセイラの肩に手を置いて笑いかけてくれたのだった。


 セイラは――セイラはその時のセバスチャンの顔を忘れる事ができない。人を信用すると言う事を知らずに育った彼にとって、ミーナに続く二人目の人物であった。

 それはどこか、産まれてこの方見た事も触れた事もない父親というか、父性とも言うべきものをセバスチャンの大きさの中に感じたからでもあった。





「――すまぬ――セイラ……もう、もうここで共に戦ってもらうしか――」


 セイラの尊敬する甲冑剣士は手に持つ長剣を音の鳴るほど握りしめて言った。



 僅かなセバスチャンの言葉にセイラの身体は毒の巡るのも忘れて引き締まる様であった。


 セバスチャンは『お前は逃げろ――』とは言わなかったのだ。


 セイラがモンドやかつての自分の様に、セバスチャンに守られるだけの存在であったなら、若しくはこの場でもいいから逃げるんだ!と言っていたかもしれない。

 だが彼はそう言わなかった。

仲間を街へと無事に逃がす為ここで自分と斬り死にしてくれと、背中を預けるから共に戦ってくれと、そう言ったのだった。


「ええ、セバスチャンさん、ここで敵を出来るだけ斬り倒し食い止めましょう」


 ショートボウを腰にしまいサーベルを抜き放つセイラ。かつて短剣で戦うスタイルだった彼はセバスチャンに助けられて後、この剣に得物を変えた。セバスチャンから手ほどきを受けたことはない。だが彼はあの時に見た彼の剣技を頭に焼き付け、その後も依頼で共になった時は彼の剣技を観ながら覚えて自身の剣技を鍛え直したのだった。



 すると甲冑剣士は腰を深く落とし、右手の長剣はそのままに腰の小刀を左手で抜き放った。


(お、おお……)

 息を呑んでそれを見るセイラ。


(セバスチャンさんが真の本気――仲間の為に敵を斬り殺す事だけに集中した時だけ構える長短剣二刀流(デュアルソード)――あの時以来か……)



「セイラ――一呼吸の後、斬り込むぞ」


「ええ――!共に修羅道を駆けましょうや――」



 そう言いセバスチャンはコオオオオ――――ッ!ととてつもなく長く息を吐き、また長く長く息を吸い込んだ。察したセイラは首元に光るペンダントに一瞬手を掛けると同様に息を継ぐ。


 古代東方の格闘術に端を発する息吹と呼ばれる闘いの呼吸法であった。今では格闘術ならず様々な剣技や武術において名前は違えど奥義の一つとして伝えられる呼吸だ。

 限界まで息を吐き、限界まで息を体内に取り込む――それはこれより臨界まで切り結ぶと言う強烈な意思表示の様でもあった。


 二人の戦士のそれはその場の大気を揺るがせるほどの鼓動をもたらした。追手に差し向けられた筈の豚鬼の集団の脚が止まる程の鬼気迫る迫力であった――。



(尊敬した(おとこ)と共に斬り死できるとは、なんと俺は果報者か――)

(気がかりはといえば、ミーナとヴァントか――)

(ヴァント、まだまだ教えたい事があったがすまない。お前の行末は心配だが真っ直ぐなお前は必ずもっと強くなれるぞ)

(ミーナ、できれば俺はお前と夫婦の契りを結びたいと考えていた――お前と家庭というものを――)

(だが――だが――!お前が愛情を注いでくれた俺は、もしここでセバスチャンさんを見捨ててしまえば、それはお前が愛してくれたセイラ・シスリークロスではないのだ!)




 それは数瞬――セイラとセバスチャンが闘いの呼吸を終えるほんの一時の間の思考!


 ピタと二人の呼吸が止まると、戦士達は引き絞られた弓から放たれた矢の様に敵陣へと一筋の光の様に斬り込んで行ったのだった。





「馬が――!」


 廃墟の砦がある森から砦に待機させていたはずの馬五匹が走り出してきていた。

 念の為にと、乗ってきた馬にも病める傀儡師の糸の魔導をかけていたパジャの手際であった。



(ヴェスカードさんを操り、己を念力で連れ去り、遠くの馬をも操って――この同時魔導の数!)

 モンドは瞬間そんな事を考えたが、パジャの見えざる念力に引っ張られる中後方に見えたのはセイラ、そしてセバスチャンの二人が追手の軍勢の中に飛び込んだ姿であった。





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