再会
登場人物:
ヴェスカード: 獅子斬りと呼ばれた斧槍使い
フィオレ: かつて王立図書館で働いていた女魔法剣士
スッパガール: 斧戦士の女傑
ミーナ:美しき回復術師
ヴァント: 鬼付きの長刀使い
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老翁はその刹那、ヴェスカードに笑いかけた。その口端からはごぽりと鮮血が滲み出す。
黄土色の魔法銀の斧槍の刺突部分が胸を貫いている。ヴェスカードはその光景が信じられぬかの様に斧槍を持つ手をカタカタと震わせていた。
老翁が何かを言いかけたが言葉は出てこなかった。己を貫く斧槍の刃の下、太刀打の部分を手に取ると、祖父の身体は白く発光した――。
*
「ム――……」
眼を開くと眼前の焚き火の火はちろちろと弱くなっていた。山男は頭を掻いて起き上がる。焚き火ごしのフィオレはまだ眼を覚ましてはいなかった。
(久方ぶりに見たな……昨日フィオレに話をしたせいか……)
祖父との別離の瞬間――その光景を山男はギルドを抜けてから夢に見ていた。それは繰り返される悪夢の如く、定期的に、鮮明に男の眠りに忍び込んだ。
この依頼にメンバーと臨んでからはまだ一度も見ていなかったのだが――。
出立の準備をしようと鎧を身につけようとすると、ズボンの後ろポケットの奥から一枚の硬貨がこぼれ落ちた。不思議に思い拾ってみると、それは賭博場の遊戯機に使用する銅貨であった。いつかの折にそこにしまい忘れたままになっているようであったが。
(…………)
山男はそれを虚な眼をして眺めた。チッと小さく舌打ちをすると後ろポケットの奥底にまたしまう。
いつまでも久方ぶりに見た悪夢の事を引きずる訳にはいかなかった。ここは正体不明の、まだ出口もわからぬ次元界なのだ。石巨人の戦いの後別れたスッパガール達とも早めに合流せねばならなかった。
*
「フィオレ、起きろ。夜が明けた。ここを発つぞ」
女魔法剣士の肩をゆすって起こす。もっと眠らせてやりたいが状況がそれを許さぬ。口によだれが垂れているのは見なかったことにしておいた。
「ふぁ……あ、おはようございます……」
フィオレが眼をこすりながら起き上がると洞窟の外は次元界独特の桃色の光が差し込んでいた。どうやら夜が明けた様だった。
額を触ってみると微熱は綺麗に引いていた。睡眠と食事をよく取ったからかもしれなかった。
「外の様子を少し見てきたが、上流に登る奇妙な濁流の河辺はこの先に登り道になっている。このまま進めばスパ達の丘陵地と合流できるやもしれん」
すっかり出立の準備を終えている山男を見てフィオレも慌てて準備を整える。山男は洞窟の入り口の方を眺めている様であったが。
(…………)
その背中を見て数瞬フィオレも山男のことを考えていた。自分の祖父であり初代ギルドマスターを手にかけたと言うこの男……。
だがそれを今は気にしている暇はなかった。女魔法剣士は急ぎ支度を終え紺色のマントを羽織る。
「大丈夫です。行きましょうヴェスカードさん」
「ウム、では行こう」
焚き火に砂をかけ二人の戦士は洞窟を後にした。
外に出ると濁流の脇には針葉樹が森となっている。川の上流(ここでは上に向かって水が流れている方角)を見やると確かに森の地面も緩やかな登りとなっていた。
「シッ……!」
森をかき分け進んでいくと突然先を進む山男が後方のフィオレを手で制す。息を潜めてかがみ込むと、近くからドシン、ドシンという重量音がした。
(見ろ)
山男の指し示す森の方角を見ると少し離れて石巨人が歩き回るところであった。
転移先の入り口で出会った石巨人よりはかなりサイズが小さいが、二人はそれが通り過ぎるまでじっと気配を消した。
(どうやらこの次元界は石巨人が跋扈しているようだ。あのサイズなら怖くもないが、なるべく戦闘は避けてゆこう)
二人は石巨人が歩き去ると静かに上流を目指した。
*
「ヴェス!!」
濁流の脇の森を抜け上り道を上り切ると丘陵地と合流し、そこの大きな岩場に腰掛けていたスッパガールが手を振った。
「おうスパ!無事であったか」
「そっちこそな!アンタがあのくらいでなんとかなるとは思っちゃいなかったが!」
「ウム、なんとか川から上がって洞窟で一夜を凌いだ。そっちはどうだったのだ」
「ああ、あの後少しまた小型の石巨人の攻撃を受けてな、上り道を進みつつアタシ達も岩場が囲いになったところで一夜を過ごしたよ。兎が生息していたので可哀想だが仕留めて食べた」
女傑の耳に口を寄せて山男が密やかに。
(アイツ――ヴァントの鬼付きは大丈夫だったのか?)
(ああ、フィオレが川に落ちたことでかなり心配をしていて少し出かかったがな、あたしがなだめたよ)
(そうか、俺の心配もしてほしいものだが)
(フフフ、フィオレと一晩二人っきりでいて、その、仲良くなったかい?)
と女傑が悪戯じみた顔をすると山男は意外そうな顔をして、
(馬鹿言うな、なんともなってやせんよ。夜を凌いだだけだ。お前発想が少しオッサン臭いぞ)
(フフフそうかい、ならば後でフィオレに聞いてみよう)
(バッ馬鹿それはやめろ――いや、本当に何もないのだが……)
フィオレの体調のためにやむなく下着姿にしたのを思い出した。
「フィオレ――無事でよかった!!」
ミーナがフィオレの元に走り寄るとジャンプして抱きつく。
「うわっ!フフフ、ミーナ心配かけてごめんね……これからも私、うまくいかない時があるかもしれないけれど――ミーナが困ったりうまくいかない時は私がフォローするし、私が何かしでかした時はあなたの助けを借りるわ」
「ンン……?フフ、はい。わかったわよ。どうしたのフィオレちゃんはぁ」
フィオレの無事を安堵してか、目の端に涙を浮かべながらミーナが抱きしめて頭を撫でた。
「えへへ、なんでもないよー」
「…………」
二人の仲睦まじい様子を見てヴァントは、自分もフィオレの元に駆け付けたかったのだが完全に機を逃していた。そして二人が抱き合っているのを羨ましそうな顔で見ていた。
「全く、しょうがないねぇ……」
それを見た女傑が両手を広げる。
「ホレ」
「え……」
「あたしに抱きついていいよ」
「…………い、いや……大丈夫ッス……」
言うや長刀使いの頭に拳骨が落ちた。
「ヴァント……後で焼きイチ追加だ……」
「いやもう焼き入れてるしィッッ!!」
長刀使いの悲痛な声に山男はガハハと笑った。
*
その後時に石巨人を避けつつ、時に撃破しつつ丘陵地を登りに登ってゆく事数時間、ついに入り口から見えていた建造物が姿を現した。
「城か……古城といった赴きだな」
その建造物は地方領主の城、といった感じの大きさの古びた城であった。
何年も開かれたことのないかの様な重そうな鉄の扉に手をかけると、錠前は掛かっておらずゆっくりとだが金切りのような音を立てて扉が開く。
門が開き切ると中にはワインレッドの絨毯が敷き詰められた洋館のような内装が見える。鎧の立像や彫刻、絵画なども壁に掛けられている……が、どれも埃や蜘蛛の巣が張っていて長い年月ここを訪れた者がいない事を示唆していた。
山男が慎重に武器を構えながら入り口をくぐる。すると玄関の両脇に携えられた小さな獅子の彫像が、オオン……という音を立てて眼を光らせていた。
「う……」
その場に立ち尽くすが何も起こる気配はない。他のメンバーが通り過ぎるたびに獅子は唸ったが、それでも何も起こらなかった。
「……何かを審査?しているかの様だが……わからんな」
とりあえず館の中へと歩を進める。
玄関を真っ直ぐに進むと左右に分かれた大階段があり二階に続いている。
次元界へ転移してきた時にも古城の入り口からも視認できた事だが、古城上部から天を掛ける階段が浮いていて、その先に何か円形の建造物が浮いているのだ。
この次元界の最終目的地はそこにデザインされている様に思えてならず、一行はまず一階の探索よりも古城の最上部を目指すことにした。
ヴェスカード、スッパガール、フィオレ、ミーナ、ヴァントの順に慎重に大階段の左側を一列に登って行く。
そろり、そろりと一段ずつ階段を登るヴァントは前のフィオレとミーナに危険が及ばぬ様注意を払っている。が、突然右脚が重りでも付いたかの様に動かぬ。
(あ、あれ……)
自分は動けないのに前のミーナや皆は階段を登ってゆく。異変を知らせねば!と叫ぼうとすると、後ろから口を塞がれる感覚があった。冷やりと氷の様な感触!
「!」
脚元を振り返ると、右脚には半透明の人間が床から生えてきてしがみついているのだった。その顔は怨念と恨みに満ち満ちている。という事は口を押さえているのも……。
「……モグぉ、ううおァッ……!」
押さえる手をぬって呻き声を出す。ミーナが、一行が一斉に振り向いた!
「いかん、死霊だッ!」
ミーナがすかさず杖をかざす。杖の先に光を集めると、その光で死霊どもを照らした。上級アンデットなどが使う死の接触とは対極の、言わば生の力によって死霊を浄化させる。
「プ……ぷはあッ!」
口を遮る死霊が消えた事で身体が自由になると、ヴァントは後ろを振り返った。すると登ってきた階段や一階のホールから次々と死霊が湧き出してきた!
「う、ウワァ!」
「くっ!丘陵地は石巨人で、こっちは死霊かい!」
「ここでは戦いづらいぞ!とりあえず階段を登ろう。ミーナ!頼む」
「ええ、任せて!」
ミーナが生なる光を発しながら杖を灯りの様にし一行の先頭に進む。
二階に躍り出るとミーナの後を魔法銀の斧槍を持つヴェスカードが付き、ホール部分の周囲を渡る廊下を進んだ。回復術師の光と魔を祓う効果のある魔法銀によって進路を塞ぐ死霊を祓ってゆく。フィオレも殿に付き後ろを襲う死霊を炎で祓っていった。
だが、死霊は祓っても祓っても次から次へと湧き出してくるかの様だった。
「あそこだ!とりあえずあの部屋で一旦体勢を整えよう!」
山男が廊下の先別棟へ進む入り口をくぐった所で少し先の左側に木の扉を見つけた。一行は扉を開けて中になだれ込む。
「ミーナ、聖結界掛けられるか?」
「ええ、暫くの間しか持たないけれど」
ミーナが扉に杖をつけると詠唱を始める。杖から光が放たれると扉が黄色く光った。暫しの間死霊の侵入を阻む聖なる結界であった。
「ふー……やれやれ」
その部屋は十五人程が集まれる様な会議室の様な大きな部屋であった。古びているが部屋の中央に大きな円卓が置かれている。
銘々軽く埃を払うと椅子に腰掛けた。
「あんなに死霊が出るとはまいったね」
「ウム、一体一体はたいした事ないが面倒でなあ……取り憑かれると厄介だしな」
「鉄の剣じゃ殆ど効果がないんですよね?」
ヴァントが言う様に実態を持たぬ死霊に鉄製の武具では効果が薄い。一行の中ではヴァントの長刀とスッパガールの幅広の斧がそれに当たるが、例えば聖水を武具にかけると効果がある様になる。その他は……
「この塩を得物にすり込んでおけ。多少効果が出る」
山男がスッパガールとヴァントの前に小瓶に入ったアルメル岩塩を置いた。
「すまないね、あたしも死霊を見た時それを思った。ヴェスは塩持っているだろうってね」
「……中々いい塩なんだ。全部使うなよ」
「とは言ってもこの量じゃ……」
結局全ての塩がなくなった。
「少し休憩したらここを出て上階への階段を探そう。とりわけミーナをよく休ませなくてはな」
生なる光を常に発し続けていたミーナの額には汗が滲んでいる。続け様聖結界をかけた事で一時的に魔力を消耗している様であった。
「ここを出たら戦闘をヴェスカードさんと私に一旦変えませんか?死霊は炎も嫌います。魔法剣で炎を纏わせれば……」
「そうさな、それがよかろう。いいアイデアだ」
「フィオレ……ありがとうね」
「ううん、私もできる限りやるわ!」
「俺等も塩塗ったからバッチリ薙ぎ倒しますから!」
ミーナがフィオレとヴァントに笑いかける。彼女によれば後三十分は結界が効くとのことだった。彼等は束の間の休息を取った。
*
ミーナとフィオレの魔導師連中は瞑想をして魔力の回復を図り、スッパガールは武器の点検を。ヴァントとヴェスカードは暫し眼を瞑り体力を蓄えていた。休める時に少しでも休息を取る事は冒険者として必須の技能であった。
(ベス……ベス……)
近くで微かに呼ぶ声がする。聞き違えか?
(ベス……こっちを見んかい)
聞き覚えのある声。そしてヴェスと上手く発音できず、ほぼベスと自分を呼ぶのは過去一人だけであった。
懐かしい呼び名……ハッとなって空き席の左側を見ると、十年近くも前に見たきりの、老翁の姿がそこにはあった。
ギルド・ティルナノーグ初代ギルドマスター・アイスクレイスその人であった――。




