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ギルド・ティルナノーグサーガ『還ってきた男』  作者: 路地裏の喫茶店
第二章 鍵の行方
18/38

モンド・パンク・プリュードック

18


登場人物:


モンド:侍見習いの若者

セイラ:優男風の野伏


7



 後方からセイラの放った弓矢が外套を着込んだ妖魔の右肩を貫くと衝撃で後ろにのけ反る。状況を把握したモンドは横に身を転がして妖魔と距離を取った。



「おおッッ!!」


 野伏がショートボウを石畳に投げ捨てると腰からサーベルを抜き放つ。遠近どの距離でもオールラウンダーに戦う事ができるのがセイラもそうだが多くの野伏の特徴であった。



「セイラさん!」


 モンドの眼の前でセイラの白刃と妖魔の白刃が交差する。

肩を矢で貫かれた妖魔だったが、猛者ゆえかアドレナリンが出て操る剣の動きに大した支障はないと見えた。


 しかしである、セイラの剣技の冴えは遠近どちらでも戦えると言う野伏のそれを凌駕していた。

 まるで舞踏のような軽やかな剣捌きは相手の豪剣を受け流しいなし、そして次第に苛烈に速くなっていった。




(これでは野伏というより……剣士……)


 一瞬死を知覚したモンドは震える手を抑えながら妖魔を圧倒するセイラの剣技に魅入っていた。その動きはどこか、流水のような剣舞の甲冑剣士セバスチャンの剣筋にも似ていると思った。




(あの時あの人に救われてから、俺は自身の剣を一から鍛え直したのだ。いつか――いつかあの人に追いつき、肩を並べられるようになる為に!)


 防戦一方になった妖魔の剣の隙間をすり抜け野伏のサーベルが肩や脇腹を切り裂いた。ピギィという妖魔の声が響く。

 ついにセイラの剣が豚鬼の太腿を深く切り裂くと、一際大きな声を出して妖魔は石畳へと頽れたのだった。



「フゥ、此奴中々の使い手ではあったな――生かして連れて帰り何か情報が聞き出せると良いが――パジャさんあたりならオーク語や虜囚から情報を聞き出せる魔術を心得ているやも知れぬ……」


 太腿を押さえてブフゥブフゥと荒く息をする妖魔の鼻先にサーベルを突きつける。すると、剣を持つ左手にポツリと水滴を感じた。それは瞬く間の内に何粒も降ってきて数瞬の内にバラバラと降り出した。



「む……雨か」

 セイラが妖魔への警戒を絶やさずちろと空を見やる。いつの間にか雨雲が出ていた。


 その横で、自分が制す事ができなかった妖魔がいとも容易く――の様に見えた――切り伏せられたのをモンドは複雑な心中で見やっていた。

 すると、抵抗する体力も気力も奪われた豚鬼もモンドを見やる。



(う――……)


 それは、憎しみ、怨み、といった複数の感情がないまぜになった表情であった。

 野伏が来る前――お前には、お前には負けてなどいなかったのだと。もし野伏が来るのが遅ければ、こうして頽れていたのはお前の筈だったのだと――闘いの運命を分ける賽の目がたまたまこうなってしまっただけなのだと――そのような表情。


 取り返しのつかぬ敗北を喫した時、憎悪の行き先は斬り負けたセイラではなく、モンドへと注がれていた。



「う……あ――」


 その顔から眼を外すことができぬ薄暗い眼の侍は、雨に濡れる柄巻を再び強く握りしめた――。





 モンド・パンク・ブリュードックは東方の国スオウの第二都市ロン・リムに生まれ育った。


 武家の名家ブリュードック家の当主ジムザンには三人の子がおり、長男シスの下に双子のモンドとゼアがいた。


 ジムザンは厳しい人物であったのでどの子にも修練を課していたが、嫡男でありモンドやゼアよりも六つ歳上のシスにはとりわけ苛烈な修行をさせていた。


 だがシスは品行方正にしてジムザンに似て剣の才に優れていたので、当主の課す修行にも挫けることなくその剣を我がものとしていた。



 モンドとゼアはその歳上の兄をいつも頼りにしていたし、ゼアと二人で剣の修行をする時、モンドは決まってキラキラとした眼をしながら


「俺達ももっともっと修行を積んで、将来は兄上の助けになる様になろうな!」

 と剣を交わし合っていた。兄にはまだまだ遠く及ばないもののさすが双子、モンドとゼアは剣の腕も互角であった。




 だが、そんな夢が急転する運命がある時起こった。

シス二十四歳、モンドとゼアが十七歳の時の事である――。



 シスが流行り病で寝込んで後、たちまちのうちに死んでしまったのだ。

 剣の才も性格も、多くの物を天より得ていた嫡男はだが、寿命をだけは与えられていなかった。


 跡取りと考えていたジムザンの動揺はモンドとゼア以上だった。僅かな白髪混じりだった長髪は見る間に総白髪となり、厳しいが優しさと強さもたたたえていた眼差しはいつか、充血し皺は増えさながら剣鬼のような風貌となっていった。



 双子の兄であるモンドはだが、尊敬する兄シスが夭逝した以上兄の意志を継ぐのは己の使命なのだと、悲しみも癒えぬまま前以上に修行に打ち込んだ。



 だが――ある日の深夜、父からモンドとゼアが道場に呼び出されると、「跡継ぎを賭けて二人で真剣に立ち会え」と木剣を手渡された。

 父の眼は正気を失っている様でも何かに怒りを覚えている様でもあった。だがその尋常ならざる立ち振る舞いに何も言い返すことができぬ双子は、ついに木剣を手に取った。



(拙いことになった――己とゼアの剣技は互角。この立ち会いどちらが勝つかは己にもわからぬ)




「仕合えいっ――!!」


 ジムザンの掛け声と共に動き出し剣を交えた二人。板敷の道場に素足の擦れる音と木剣の交錯する音が響く。



 

「!!?」

 だが、最近かすかに抱いていた僅かな違和感はこの時ついに顕在化した。


 弟の、ゼアの剣が己がニ撃撃つ間に三撃放たれる。同じタイミングで撃ち込んでもゼアの剣の方が一歩速い――。


「な、何――」

 それは初め僅かな差だったが、次第に如実な差となっていった。気づけば防戦一方になるモンド。


 幼少より見慣れたはずの、己とそっくりな双子の弟の顔が初めて見る者のような、どこか今の父親にも似ている様に感じられた時、動揺を縫って撃ち下ろされた弟の剣はモンドの木剣を弾き落とした――喉元に突きつけられる剣――。



「其れ迄――ッ!」


 ジムザンの声が道場に響いた。



「ゼアの勝ちとする……。今後シスの跡はゼアが継ぐものとし、双子の序列はゼア、お前を兄とする」



「ど、どうして――……」

 知らず口をついたモンド。眼前に立つ父と弟がまるで知らぬ人間の様な錯覚を覚えた。



「まだわからぬか、モンド……。ゼアはずっと、お前と互角の様に演じていただけと言うことを……」


 父の言葉にゼアを見るモンド。双子の弟は視線を合わさず顔を落とした。 



「同じ時に産まれ同じ修練を積んで差が出る……これが才と言うものだ。シスの才を受け継ぐ者はゼアとする」



 呆気に取られるモンドをよそに、ゼアを跡継ぎとする動きは瞬く間に進んでいった――。

 そうしてすぐに、父の旧交のあった西国のティルナノーグへと長い修練の旅を命ぜられたのであった――それは程の良い厄介払いでもあった。



 従者に連れられ長期間の旅路を行く間にモンドは父を弟を、そして己を憎む様になった。

 澄んだ瞳をしていた青年の目はやがて陰が落ち、俯きがちに人を下から睨め上げる様になっていったのだった。

 その手には館を出る前に宝物庫から盗み出した、一の奥義の書が握られていた。


 かくして東国の侍の青年は、ティルナノーグへとやってきたのであった――。





「うあっ、ウアアぁ――!!」





 その刀は一瞬の間に豚鬼の喉笛を貫いていた。


 鋼鉄の塊を差し込まれた妖魔は口と鼻から血を吐き出すと手で刀身を掴み、異様なかぎろいを持つ青年の眼を忌々しげに睨んだ。が、それもすぐの事で致命傷を受けた豚鬼はそのまま生き絶えた。



「モンドッ!お前、何を――!!」

 セイラが肩を掴み妖魔から引き離そうとすると、青年は刀を手放し後ろにのけぞる。刺し貫かれた豚鬼は前のめりに土下座の様な格好で倒れ込み動かなくなった。


 骸となった豚鬼を、セイラを、モンドを、激しくなった夏の雨が容赦なく叩きつける。




「何で、どうして殺した――!?」


 襟首を掴み上げるセイラ。






「――う……くぅ、ウ……」


 雨に濡れ前髪が眼を隠すモンドの顔を水滴が滴り落ちた。

それを見た野伏は襟首を持つ手を緩めて。






「雨――いや、モンド……お前、泣いて――……」




 しかしその真偽はわからぬ程に瞬間的な豪雨となった雨は、戦士二人と妖魔の骸を激しい雨音の中へと包んでいったのであった。





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