見廻り
登場人物:
パジャ:老人の暗黒魔導師
セバスチャン:騎士風の甲冑剣士
モンド:侍見習いの若者
セイラ:優男風の野伏
5
「さすがに今日中には戻らないか……」
仕事帰りの人々が行き交う目抜通りから一本入ったサンラタ通り沿いにある大宿屋『大鹿の毛並み亭』の一階に据え付けられた大酒場の一角にテーブルを囲む四人の姿がある。
パジャ、セバスチャン、セイラ、モンドの、マレージァ湖捜索隊以外の面々であった。
早朝青の鍵捜索隊を見送ってから彼等は街で情報を集めていた。
バレーナからマレージァ湖までは馬で数時間と言った距離である。もし湖での鍵の発見がすんなりと行くのであれば、馬で取って返しても今夜中には戻れる計算にはなる。
だが、街道にはおよそ街灯など殆どない時代である。
陽が落ちてから街道で馬を走らせる者というのは、昼夜を厭わず一刻を争う早馬だとか、密使だとか以外には基本あり得ない。夜闇を押して馬を走らせれば落馬だとか馬の骨折などが懸念されるからであった。
そういう意味では出立の日に戻ってこれるというのはよくよく容易に鍵が手に入った場合のみであり、なんらかの困難や試練などがあった場合には、少なくとも明日以降の戻りになる事は不思議ではなかった。
「明日、戻ってくればな」
「だが、それが数日にも及ぶ様であれば、いよいよ我々もマレージァ湖にいかなくてはならない」
「くそ……ミーナ、ヴァント、心配させやがる」
セイラが焼きもきしながら呟いた。
「そうですね……しかし、我々は我々でこちらで出来る事をせねばなりません」
導師パジャがセイラの杯に葡萄酒を注いで言った。
「それで、直近の人攫いの情報を得た者は?」
「モンドが情報を得たそうです」
甲冑剣士が促すと、土色の東国風の着衣に身を包んだ青年が薄暗い眼を光らせて言った。
「四日前、ドルマ地区で若い女性が一人、失踪しています」
城塞都市バレーナの街は東西南北にて八つの地区に分けられている。ドルマ地区というのは街の北西のエリアであった。
「ドルマ地区……やはりオーク共の人攫いは砦のある街の西よりのエリアが比較的多い様だな」
セバスチャンが聞き込みから失踪者の発覚した場所の目印を街の地図に書き込んでゆくと、そのエリアはバレーナの北から西の中のエリアが八割を占めた。
「その前の人攫いは何日前ですか?」
「ランジーナ地区……西側のエリアですね、そこで九日前に」
導師は難しい顔をした。
「ふむ……やはり数日おきに、大騒ぎにならない程度に、街の人間が攫われている。早目に解決せねば最終的には結構な人数が犠牲になりそうですね」
通常、街では常に行方不明者だとか失踪者が出るものであった。それは例えば街の暗がりに棲む無法者とのいざこざの末であったとか、返すことのできぬ借金からの夜逃げであったりとか、徘徊老人だったりとかという具合である。
そう言った場合すぐに家族から捜索願いの届けが出たりするが、ある意味その多少の行方不明者に紛れられる程度に、巧妙にオークは人攫いを続けていた。
「確率は低いかもしれませんが、今夜ドルマ地区とランジーナ地区を見回ってみますか。もしかしたら何か動きがあるやもしれません」
甲冑剣士が言った。
「もし人攫いのオークを捕らえる事ができればなにか情報を得られるかもしれない。今夜、二人ずつに分かれて行きましょう……導師様は魔導師だから万一近接戦闘になれば身の危険もあるでしょうから、セバスチャンさんと組めば安心かと思います。モンドは俺と……ではどうでしょうか?」
セイラがパジャとセバスチャンの顔を見ながら言った。
「いいですよ。では陽が落ち切ったら住宅街を中心に、見回りに行ってみましょう」
*
陽の落ちたバレーナを二人の冒険者が歩いている。
商店や宿屋、酒場などが多い目抜通りもしくはそこから一本入った通りなどは街灯の数も多いが、そこから更に奥、住宅街に近づくに連れて夜の街は薄暗く、街灯の数も減ってゆく。
「おや、あそこの家は今夜カレーですね」
民家の台所窓から漏れる夕食の香りを嗅いだ導師が呟いた。その前を先導する甲冑剣士ことセバスチャンの右手にはカンテラの火が揺れていた。
「……カレー好きなんですか?」
パジャはマイペースだ。見回りがてらセバスチャンは話に付き合った。
「好き好き、好きなんですよ。辛ーいカレーをね、大盛り二杯はまだいけますよ。私は。私の胃袋は若いですから。昔、アイスクレイスがね、やたら辛いカレーを作ってくれてね、あのカレーは美味かった……」
パジャが遠い眼をするのをセバスチャンは横目で見やった。
「……モンド、セイラとで良かったのですか?私はあなたが居てくれると助かりますが、てっきり組み分けは渡し人のあなたと伝え人のモンドで組むのかと」
この導師はいつもこの調子だ。おどけているようで、急に本筋を見抜いたことを言う。聞こえぬ様に小さく溜息をつくと、甲冑剣士はカンテラの火に眼を落とした。
「……モンドは私が渡し人なのを息苦しく思っている様ですから、たまには他の仲間と組ませるのも息抜きになるかと思いまして」
いつも冷静な剣士が少し困った様な笑みを浮かべた。導師はそれにすぐに答えず、夜空を見上げる。
「私には、モンドにはあなたが渡し人なのがとても合っていると思いますよ」
「本当ですか」
「ええ、いずれモンドも分かってくれると思いますけどねえ」
「そう――だといいのですが。彼には教えたい事や伝えたい事が一杯あるんです」
そう言ったセバスチャンにパジャが笑いかけた。
「ふふ――わかりますよ。是非あの若き侍に時間をかけて色々な事を教えてあげてください。彼が一人前の戦士になるまでね。
……ああ、思い出しますねえ。ヴェスには私とヴェロンが渡し人となって色々な事を教えたんですよ。最もヴェスは最初からずっと、私とヴェロンのこと大好きでしたからねブフォッフォッフォ――……あの頃はまだヴェスも、なかなかかわいい青年でしたよ」
セバスチャンもそう言うパジャの顔を見てニヤリとする。この導師はヴェスカードのいない所であの山男の話をする時、嬉しそうに話すのだ。それは長年渡し人として山男に接してきた導師の昔を想像させた。
「――ン、パジャさん、あちら――西の空……」
ふと、剣士は夜空の異変に気がついた。
西の方角の空が、ほの紅かった。
パジャも言われてその方角を見やる。もっと見晴らしのいい所でその異変を見てみたいが、ここバレーナの堅牢な城壁は夜間、警備兵以外はその上へと登る事を禁止されていた。
「……セバスチャン、少しここにいてもらってもいいですか?」
「え、ええ……」
パジャは手に持つ錫杖に念を込めると、素早く詠唱を始めた。
「暗黒の御手――!」
導師のかざす錫杖の先に巨大なエネルギーの塊の様な、人ならざる者の手が現れた。
杖を振るうと巨大な手はまるで人が跳躍する時の脚の動きの様に、街の石畳を跳ねた。エネルギーの反発に突き動かされたパジャは、近くの鐘楼へと跳躍する。塔の中腹に取り付くと再び塔を掴んで導師の身体を上空へと飛ばす。
それを二回も繰り返すと、たちまちのうちに鐘楼の頂点へと移動していた。
「ムウッ――!!」
恐らく街の西、オーク砦のある方角――!
導師の目に飛び込んできたのは、その上空に帯状に紅い光が吸い込まれてゆく光景だった。
(これは…………)
それは、時間にして二〜三分程の出来事であったかもしれぬ。
だが導師はそれを目の当たりにし、直感的に感じた。時間の猶予はもう、余りないのだと。
(ヴェス――早く、青の鍵を持ち帰ってください――)




