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ギルド・ティルナノーグサーガ『還ってきた男』  作者: 路地裏の喫茶店
第二章 鍵の行方
13/38

ヴァント・オリオン


登場人物:


ヴェスカード: 獅子斬ししぎりと呼ばれた斧槍使グラデュエーター

フィオレ: かつて王立図書館で働いていた女魔法剣士ルーンナイト

スッパガール: 斧戦士ウォーリアーの女傑

ミーナ:美しき回復術師ヒーラー

ヴァント:快活な長刀使ツヴァイハンダー





2


 ともあれ、五人は舟に乗り込んだ。


 手漕ぎの船の為、力のあるスッパガールとヴェスカードがそれぞれ左右に櫂を持つ。中央に魔導で敵を迎撃するフィオレとミーナ、そして左右前後へと常に敵を警戒するのは若手であるヴァントということになった。




「鳥達は北東の方角を示していたよ」

 スッパガールが湖の中央部分を指差した。


 マレージャ湖の大きさは広大な城壁を持つ城が幾つか入るくらいの大きさである。湖の中央には緑の生え揃う幾つかの小島があるが、祠は恐らくはその島々のどこかであろうと推測された。


 東からの朝焼けを受けた水面がオレンジ色に照らされて、朝靄と交わってさながら現実の光景ではないような、天界のような光景を作り出していた。これが湖畔の散歩であったならどんなにか良かったかもしれぬ。



 舟を漕ぎ出すと凪いだ水面をかき分けて進んでいった。櫂を漕ぎ出す音と、時折チャプンという魚の跳ねる音が静寂を破っていく。



「ヴァント、舟の上での戦闘は常に足元の重心移動に気を配るのだ。攻防の際の踏み込みは舟と水面の揺れを加味して加減した方がいい。今の内に少し慣れておいてくれ」

 山男がスッパガールと息を合わせて櫂を漕ぎながら船頭側に立ち長刀を構える長刀使いに声を掛ける。青年の両手には背丈ほどもある両手剣が握られていた。


「う、ウッス!」

 その両手剣は、刀身は通常の剣よりやや太い。背中に背負う鞘から抜き放たれたそれは中々見事な鍛え方で、数打ちの剣とは違う黒々とした光を放っていた。


 ヴァントの剣はギルドの女流鍛治師ラヴィに打ってもらったのだと、スッパガールの焼き入れから酒場に戻ってきた青年は聞いてもいないのに説明をしだした。

「ラヴィさんは虎徹流派の鍛治師なんスよ!あの高名な!そんな人が、俺に合った剣を打ってくださったんすよぉ!マジ光栄っス!」


 長刀使いは通常この青年のもののような、両手剣としては細身の剣から修練を始める。その剣を自由自在に振り回す事ができ、やがて筋力が追いつき、軽く感じる事ができるようになると更に太い両手剣に持ち替えてゆく。よって、歴戦の長刀使いは自身の腰の太さもあるような鉄板のような、超重量の大剣を携えるようになるのだ。




(剣自体は中々の業物のようだが――はてさて実力の程はどのようなものか、セイラがかなり目をかけて指導していたようだが、なんにせよ、限られたスペースと人数での船上の戦いがもし起こるとすれば、俺やスパも奴が湖に落ちぬ様気を配らなくてはならぬ)


 山男は櫂を漕ぎながらスッパガールと目配せをする。大丈夫、といわんばかりにスッパガールも頷いた。漕ぎ手の彼等だが、いざという時は傍に置いた幅広の斧と斧槍で戦闘に参加する心づもりだった。





「ヴァント君、素直ですよね」

 船首で左右を警戒するヴァントを見やり、フィオレが山男に囁いた。


「……そうさな、ウム、確かに……」

 同じくらいの年頃のモンドがセバスチャンに反抗するところを何度か見ているので、余計に山男もそう思わなくもない。だが、どこか引っ掛かるような気もした。


「ヴェスカードさんはヴァント君くらいの頃、どんな青年だったのですか?昔から今のような感じではなかったのですよね?」

 古文書の解読、パジャの用事、そして本日朝一のマレージャ湖への冒険――それらが怒涛の波のように彼女を突き動かして、その勢いに当てられた為か、いつもより幾分だけ彼女を多弁にさせていた。


「俺が彼奴くらいの頃……?そうさな――」

 話に付き合おうとした矢先である。山男はふとした変化に気がついた。


 



「警戒しろ!いつの間にか小魚の気配が消えている――」

 その言葉にヴァントはより周囲を警戒し、フィオレは細剣を、ミーナは杖を構える。



「見ろ――前方!!」

 眼の一番良いスッパガールが舟前方を指差す。



 朝靄に隠されて僅かではあるが、湖面に人の上半身が出ているような影があった。言うや、その影はトプンと湖に沈む!



「来るぞ!ヴァント、敵の起こりを見逃すな――!!」


「ハイッッ!!」

 長刀使いが剣を握る手に力を込めた。ごくりと唾を飲む。




 ――一瞬の静寂――!




 すると、右舷前方の湖面から水飛沫と共に人くらいの大きさの何者かが飛び出してきた!


 水底に群生する苔のような濃緑色をした鱗に全身を覆われたそれは、腕や足、頬のあたりに魚のようなヒレを持っている。白く濁った死んだ魚のような二つの目玉が獰猛に冒険者達を睨んでいた。


半魚人サファグンだ!!」


 半魚人サファグンは船首に飛び乗ると、手に持った銛でヴァントに襲いかかった。

 一撃、二撃長剣で受け止めたヴァントは、返す刀で妖魔を払う。銛で受けようとする半魚人だが、重さのある長剣に耐えきれず胴を払われた。よろけた妖魔をヴァントが舟から蹴り出す。


「どんなもんじゃい!」

 舟後方の仲間に向けてガッツポーズをするヴァントだったが――。




半魚人サファグンは群れで襲ってくる!一匹じゃないぞッ!!」

 スッパガールが櫂を動かしながら叫んだ。

 櫂を止めれば狙い撃ちに遭ってしまう。妖魔が襲ってこようとて、ギリギリのところまでは漕ぎ手は戦うことができぬ。


 今度は左舷から二匹の半魚人サファグンが飛び出して舟に乗り上げた。一気に重量の増えた舟が揺れる。


「ウッ、くっ、糞うッ!」

 長刀使いは囲まれぬよう二匹からやや等間隔に距離を取ると、長刀のリーチを活かしてこちらから撃ち込んだ。船上の戦に慣れたとはまだ言えぬが、長刀による打ち込み自体は剣の重さと自身の重心を心得ていて、修練を積んでいるものと見えた。


 左の半魚人サファグンと切り結んでいるところに、舟腹からミーナが雷線ライトニングの魔導で右手の妖魔を射抜く。三匹目を斬り倒したヴァントが再び妖魔を蹴り落としていく。



「ヴァント!!まだ行けるかッ!?」

 山男が櫂を全力で漕ぎ出しながら叫ぶ。なるべく早くこの水域を抜けなくてはならない!


「大丈夫……ッス!!」

 息が少し切れてきたが、まだ力のある声だ。しかし再び二匹の妖魔が水面から飛びかかってきた。



「やってやるって!何匹でも来いッ!!」

 長刀を構えるヴァントだったが――!






「キャアアアァァアアッッ――!!!」



 空気を切り裂くような大きな叫び声に後ろを振り向くと、ミーナの白い二の腕を半魚人サファグンがその鋭い歯で噛みついているところだった。


 大型の鰐があぎとで捕らえた獲物を噛みつき回転して獲物を弱らせるかのように――食らいついた妖魔はその身体を跳ねる魚のようにビチビチと動かした。ミーナの腕から血飛沫が舞う。


「あ、ああ……」

 隣にいるフィオレは突然の惨劇にすぐに対応ができぬ。



「いかんッ!!」

 ヴェスカードとスッパガールは櫂を止め横に置いた得物を手に取ろうとした、その瞬間――。




「――――――!!」

 人の耳には注意せねば聞こえぬほど高い叫び声、そしてまるでこれから炎を吐く竜のような、鬼のような形相のヴァントが舟腹に走り込んでいた――。





 ヴァント・オリオンは製鉄を営む小さな街に生まれ育った。


 両親はその街で武器、防具屋を営んでおり、隣町などへ売りに出して生計を立てていた。幼い頃より両親が作る剣や盾などに囲まれて育ったヴァントは自然、それらが好きになった。


 大人になったら両親と一緒に武器、防具屋をやるんだ――と、いつしかそれが少年の夢となった。


 少年には四歳歳上の姉もいて、彼女の夢は冒険者となる事だった。


「ヴァント、私ね、いつか私が冒険者になったら、アンタの作った剣や盾を装備したいな」

 それが姉の口癖だった。


 

 そんな幸せを絵に描いたような家族の暮らしは、少年が年齢を重ね十六歳になるまで続いた。


 その頃ヴァントは大分両親の武具製造を助ける事ができるようになっていた。身体は細かったが背が伸びていた。

 家庭環境を反映してか、性格は素直で健やかだった。

 ただ、最近時折、ほんの時折だが頭の奥底からキイン……という音のようなものが鳴ることがあるのが少し気になってはいたが、頻度も少ないのでさほど気に留めてはいなかった。


 姉はと言うとその頃二十歳になっていて、見目麗しい女となっていた。

 未だ冒険者にはなっておらず、だが定期的に隣町へ剣や戦い方を習いに行っていた。


 冒険者の世界に脚を踏み入れようと言う者としては、スタートがやや遅かったと言うしかない。だがそれは、彼女がヴァントがしっかり育つまでは家を出ないと決めていたからだ。


 だからヴァントは十六歳の誕生日を迎えた夜、姉に言った。


「姉ちゃん、俺や父ちゃん母ちゃんの事をいつも考えていてくれてありがとう。でももう俺も大人だ。だから、姉ちゃんはなりたかった冒険者をやって欲しいんだ」と。


「――ありがとう、ヴァント。嬉しいよ。本当に大丈夫?姉ちゃん、冒険者になってもいいのかな?」


 ヴァントは姉の手を取りにっこり笑った。



「フフ……あ、そうそう、誕生日おめでとう」

 そう言うと、姉は懐から長く白い布を取り出した。


「アイナス木綿で作った鉢巻よ。鉄を鍛える時汗をよく吸ってくれる。アイナス木綿は丈夫だし……あとね、下手くそだけど、端にヴァントのイニシャルも縫っておいたよ」


 そう言い、姉はヴァントの頭に鉢巻を巻いてくれた。ヴァントはそれから、洗う時以外は姉の愛情のいっぱいこもった鉢巻を常に着けていた。




 ――それから数日したある日の朝方、惨劇は起こった。




 小さな製鉄の街を、突如二十数匹の狼男ウェアウルフの群れが襲った。

 狼男ウェアウルフ達は血に飢えていて、常軌を逸したようだった。その群れが悪夢の竜巻の様に、突如として平和な街を蹂躙した。


 自警団も数人で構成された程の規模の街であったから、彼等は真っ先に血祭りに挙げられた。妖魔どもはその他の住民をも襲い、喰らってもあくる事なく逃げ惑う住民を襲った。恐慌状態になった街ではもう殆ど戦闘能力のある者はいなかった。


 自作の武具を装備した両親が、自身も参戦しようとする姉とヴァントを無理やり押し留めて家の外に出た。

 血に飢えた狼男ウェアウルフ達は新たな標的を見つけるとすぐに襲いかかってきた。


 何かが激しくぶつかり合う音、動物の吠える音、悲鳴――。


 ヴァントはただただ震えながら姉といるしかなかった。気を抜くと意識が朦朧とするかの様に、頭の中にキインと言う音が強くなっていた。



 自ら武具を作る両親である。それらを駆使して、四匹の狼男を倒していた。だがそこまでだった。疲労した両親に新たな狼男ウェアウルフの牙や爪が突き立てられた。



「……絶対にここを出ちゃダメ、ヴァント!ここで大人しくしていなさい!」

 明日、登録したギルドに行く約束を取り付けていた姉であった。姉はヴァントを一瞬抱きしめて頬にキスをすると、両親の作った剣と盾を手に家を飛び出し、扉に閂をかけた。



「姉ちゃん!姉ちゃん!!」



 扉を叩くヴァント。しかし閂のかけられた門はびくともしない。



「オオォオッ――!」

 姉の剣技は中々の物となっていた。元々筋が良かったのだろう。狼男ウェアウルフの群れを相手取って、孤軍奮闘し五頭を葬った。


 だが、だが――この規模の狼男ウェアウルフの群れは、駆け出しの冒険者にはまだ荷が重すぎた。

 もし、姉が冒険者として順調に経験を積めば、これだけの数の狼男ウェアウルフを相手取って立ち回れる剣士となれたやもしれぬ。だがまだ、経験が足りなかった。



 やがて、ギャリーンという金属音に、ボゴォという金属が陥没する音、そして、なにかを食い破る様な音が響いた。

 ヴァントは自分の頭がおかしくなると思った。


「アアアアアアア――――」


 頭の音はその時爆発しそうに大きくなって、同時に心臓の鼓動が普段の倍も早鐘の様に鳴った。




「ギィッッッ!!」




 骸となった姉を食い破る狼男ウェアウルフの後ろで、厚い木製のドアが蹴り破られて吹っ飛んだ。掛けられていた閂は、捻れてちぎれ飛んでいた。


「アアアアアアアッ――!」


 ドアから飛び出た影が、一瞬の内に姉の骸に群がる狼男ウェアウルフ三匹を吹き飛ばした。上半身が肉塊のようになった三匹は、自分が死んだ事に気が付かないまま息耐えた。


 そこに居たのは、両親の武具屋にあった一番長尺の剣を片手に持ったヴァントであった。

 眼は紅く充血し、ぐる、ぐる……と獣の様な唸りを挙げて周りを取り囲む狼男ウェアウルフを睨み据える。まるでどちらが妖魔かわからぬような有様である。


「ウォァア!!!」

 旋風の様に長剣を振り回すヴァントの竜巻に飲み込まれて狼男ウェアウルフが紙のようにちぎれ飛んで行った。五匹、十匹……。その剣は冒険者を目指していた姉でさえ、まだ扱えぬ重量の剣だ。それを手にしたヴァントの両腕や上半身は、細かったいつもの少年とは打って変わって引き絞られた筋肉にバンプアップされている。


 血に飢えた狼男ウェアウルフまでもが本能で逃げなくば殺される――と踵を返そうと考えるまでに、その姿は異様で禍々しかった。

 逃げ去ろうとする狼男ウェアウルフの背中の肩口から長刀を叩きつけると、その刃は心臓のあたりまで滑り込んで、剣が折れた。


 肩で荒い息をするヴァントは、呻き声をあげながら姉と両親の亡骸の元へとまろび寄った。


 これが、これがついさっきまで何気なく過ごしていた両親――そして自分を守ってくれた姉なのか――何を語りかけても骸は何も返さぬ。血まみれの姉の骸を触ったヴァントは、その手で頭を掻きむしった。姉の血で白い鉢巻は、やがて鮮血に染まっていった。




「あれは――」



 その惨状の場に、二人の冒険者が現れた――。


 街の通報を受けて隣町から駆けつけたセイラとミーナであった。








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