リュシター隊長
登場人物:
ヴェスカード: 獅子斬りと呼ばれた斧槍使い
フィオレ: かつて王立図書館で働いていた女魔法剣士
パジャ:老人の暗黒魔導師
スッパガール: 斧戦士の女傑
セバスチャン:騎士風の甲冑剣士
モンド:侍見習いの若者
セイラ:優男風の野伏
ミーナ:美しき回復術師
ヴァント:快活な長刀使い
*
11
フィオレとヴァントが図書館で古文書の手がかりを得た頃、既に昼過ぎになっていた。バレーナの目抜き通りは朝よりも多くの人で賑わっていて所々に出店も出ていた。
「あ、姐さん見てくださいこれこれ!」
宿への帰路黒髪の長刀使いがついつい出店に寄ってしまう。
その出店には数多くの革製だったり、丈夫な紙製だったり陶器製の仮面がかけられていた。眼の部分を隠すもの、顔全体を覆うもの、様々な種類があり、その表情も笑みや泣き笑い、怒りの仮面など様々であった。
ヴァントはその一つを手に取ってみる。
「ヴァント君寄り道をしている場合では……あら、マスカラッドのお面なのね」
嗜めようとしてつい興味を惹かれてしまう。
マスカラッドとはこの辺り一帯――本場はこの城塞都市バレーナの更に北の水の都タリム・ナクでもう半月もすればとり行われる大きな祭りのことだ。祭りの開催中は皆仮面をつけて仮装をするのがならわしで、その仮装のまま酒や食事、舞踏に酔いしれる。その祭りに必要な仮面はもう今頃から売り出されて、ヴァントだけではなく道ゆく人々や子供までもが自分に合う仮面を探しては試着をしていた。
「皆で一緒にマスカラッドで遊べたらいいっスよねえ!」
ヴァントも手に取った仮面を装着してみる。泣き笑いの面を着けた快活な長刀使いは、当然だがその表情が見えなくなるとまるで道化のようにも、ある種不気味な男の様にも見えた。
「そうねえ……依頼があるから間に合うかしらね……あ、そんな事言っている場合じゃあないわよ。古文書の事を皆に知らせに行かなくっちゃ」
「そ、そうっすねスミマセン……」
仮面を戻すと二人の冒険者は急ぎ仲間が待つ宿へと向かったのだった。
二人が宿に着くと仲間達が宿を出るところだった。パジャ、ヴェスカード、スッパガール、セバスチャン、モンドであった。
「あら皆さんどうされたの?」
「おやフィオレ、古文書の解読の件はどうでした?」
導師がフィオレを見つけて言った。
「ええ、かなり解読できたと思います。皆さんどちらかへ行かれるの?」
「オークの人攫いもどうやら一件だけではないとの事でしたし、そうなればこの街の防衛隊にも話をしておかないといけないでしょう。そう言うわけで今朝のうちに話をつけておいたんですよ。そうしたらこの時間なら空いていると言うことでして。フィオレの解読結果もすぐにでも聞きたいのですが、向こうも忙しいようでしてね」
「フィオレ、お前達も一緒に行くか?」
山男が問うと、
「え、ええ、行きます行きます。ね、ヴァント君も」
本当は一刻も早く解読結果を皆に話したいとう気持ちもあったが、なるべく多くの情報を自身で見聞きしたいと思った。
「わかりました。では皆で行きましょう」
という訳で七人は街の中心部にある防衛隊の本拠地を目指した。セイラとミーナは街に聞き込みに出かけている。
*
「私はこの街の防衛隊隊長、リュシターと申します。この度はどう言ったご用件ですかな」
隊の作戦会議室に通された彼等の向かいに座り、歳の頃はヴェスカードやセバスチャンとそう変わらぬであろう体格のいい騎士が名乗った。
短く刈り上げた短髪に口元に蓄えた口髭、そして誠実そうな眼が印象的だった。
「お時間を頂きすみませんね。私達は先だって通達した通りティルナノーグというギルドの者です」
「ティルナノーグ!存じております。知る人ぞ知る猛者の集まりで色々な街に支部を構えていると……確かこのバレーナにも支部があると聞いております。ですから今日はお話を聞いてみようと――」
隊長は少しだけ口端を上げながら言った。ヴェスカードなど歴戦の戦士が佇まいを見ればわかるが、リュシターは戦士としても中々の実力を持つ男なのだと見受けた。ティルナノーグの噂を耳にしてその実力の程にも興味を感じたのだろう。
「実は我々はとある依頼を受けてこの街に来ていましてね――」
ギルド幹部である、ギルドの役職で言えばこの面子の中で一番上のパジャがこれまでの経緯を説明した。
「――この街でオークによる人攫いが、人知れず行われているようです。それも一件だけではなく、少しずつ、何人もの人を――」
導師の言葉に隊長は目を見開いた。そして顔を落とす。
「捜索隊か、オーク砦への奪還隊を出した方がいいのではないか?それと何故オークがこの城壁を掻い潜って人攫いができるのかとう謎も突き止めねばならぬ」
山男がパジャの言葉を継いだ。
「……最もなご意見です。しかし、貴公もこの街の出身だと伺ったが」
「そうだ。とはいえ随分昔の話だがな」
「ならばこの街の不文律をご存知なのではと思います。防衛隊は街を守るためにある。こちらからオークどもを刺激しなければあちらも攻撃をしてこないというのは歴史が証明している」
「街の人間が攫われて帰ってこないというのは攻撃ではないのか。時が経てば更に多くの人間が攫われる恐れが――」
山男が身を乗り出さんばかりに言う。
その言葉に、小さく呻き声をあげて隊長は机上の両拳を握りしめた。
「じ、実は――……人攫いの報告は――以前から数件、防衛隊の元に寄せられていたのです」
己を恥じるように脂汗を垂らしながら、悔しそうにリュシターはそう言った。
「私は泣きながら家族が攫われた人を見て――どうにかしてオーク砦から攫われた人を救いたいと考えました。貴公らの言う通り奪還隊の編成を領主様に申し出もしたのですが――」
握りしめた両拳はやがて開き木製の机上をかきむしるかのようにわなわなと震え出した。
「幾度申し出ても、領主様は奪還隊の編成を認めてはくださらなかった……」
「それは何故でしょう」セバスチャンが問う。
「――先程私が申し上げ通り……それがこの街を安泰化させる手段なのだと、オークにこちらから手を出すことはできないと。少数の人攫いで街の人間全体を危険に晒すことはできないと――にべもなく……」
「確か……この街の領主は四年前に代替わりしましたよね」
導師が言うと
「そうです……。在位の長かった前領主様が突然倒れられ、そのご子息が今の領主様です。彼の方は、やはり昔からのこの街の方針を変えることはどうしてもできないと……」
悔しそうに俯くその男を見て、事実その通りの問答があったのだと山男達は推察した。この無骨そうな男はきっと、その役職通りバレーナの街を護る事に心血を注いできたのだと思わせる苦悩の色がありありとその顔に浮かんでいたからだ。
「我々は――防衛隊とは言いますが結局は領主様の元動いている兵でしかないのです……」
「――でも、でもきっと――このままでは、もっと多くの被害が、いずれ出てしまうと思います」
苦悩する防衛隊長にそう言ったのはフィオレだった。
一同が一斉に彼女の方を向き直ると、黒いドレスの女魔法剣士は古びた羊皮紙と手帳を卓上に広げた。
*
「先の経緯にて同胞クリラが鍵と一緒に持ち帰ったのがこの古文書です……。古代サンヴァルト語の源流である言語で書かれた古文書を、今朝ある程度解読できたのです。それにはこう書かれています――
(我等が双子の古神を封じし封印の箱は、約七百年を経てその効力を失う。女神の月と赤竜の月の境目に生け贄を捧げて祈祷すれば依代を得て現世に復活するだろう。
古神を再び封印の箱に押し留め、箱の効力を戻すには、二つの鍵がいる。
一つは赤の鍵、ガリズアの沼に封じられし鍵。
一つは青の鍵、ミレモジアの湖に封じられし鍵。)
――と」
フィオレはそう告げると、皆の顔を見回した。
「姐さんが、姐さんが凄かったんスよ!こんな訳分からん古文書を辞典片手に読み解いて!」
ヴァントがまるで自分の手柄のように言う。モンドがウンザリした顔で長刀使いを見やった。
「フィオレ、よくそこまで解読してくれましたね」
導師が優しげにフィオレに微笑みかける。責任のある仕事を任せた者が見事に応えてくれたという誇らしさを見せる笑みだ。
「いえ――私が知る限りの事を総動員して読み解いてみたのですが――確実に合っているとは、言えないのかも知れませんが……」
恐縮してフィオレが小声で答えた。
「と、すればクリラの言うオークどもの邪悪な企みとは、これの事やもしれぬ」
薄緑色の甲冑剣士が古文書を見て呟く。何故か言葉の端に、気づく者は少なかったが――微かな震えと奥の奥に秘めた怒り?のようなものを感じる声色だった。隣に座っていたモンドが初めて見る人間のようにセバスチャンを数秒伺った。
「七百年ってのは、今なのかね?」スッパガールの問いにフィオレは口に手を当てて
「サンヴァルト語がこの辺りで使われていたのは四百年程前、前後ですから、それより更に源流のこの古代語が二〜三百年程前に使われていたと考えると、古文書の書かれた時期から七百年後が今頃、と言うのはあり得る話だと私は思います」
「……そうさね、月は確かに今頃だ。女神の月は今月、赤竜の月は来月な訳だから……」
「ええ、ヴェスカードさん、鍵を見せてもらえますか?」
「ウム――」
山男が古びた鍵を出した。その鍵の持ち手の部分には、古いが血のような輝きを持つ宝石の装飾が確かにあった。
「これが、赤の鍵?しかしガリズアの沼とは聞いたことがないな……ミレモジナの湖というのも……」
「クックック……皆さん甘い、甘いですよ……フッ」
ヴァントが立ち上がり腕を組んで目を瞑りながら呟いた。隣にいたモンドがお前ちょっと座れと袖を引っ張る。
「ヴァ、ヴァント君、どうしたのかな……?――その、つまり、その二つの地名は、サンヴァルト語に言語が移り変わって行った時期に地名が言い換えられていたそうです。この辺りの古い歴史書にそう言った記載が――」
「現在の地名は――?」
リュシターがフィオレの方に身を乗り出した。
「ガリズアの沼は、現在の地名はゴランジアの沼地、ミレモジアの湖は、現在はマレージャの湖という名に変わっています!」
一同ハッとした顔をした。
ゴランジアの沼地と言うのはバレーナ東のオーク砦の更に東に位置する広大な沼地、そしてマレージャの湖というのはバレーナからほぼ、ゴランジアの沼地までの距離を同じく西に位置する湖だったからである。
「彼奴等――オークどもは既にゴランジアの沼地の鍵を手に入れていたと言うことか……しかし、封印の為の鍵をいったい何故……」
「蘇らせようとする古神を再び封印するのを阻止する為……かねえ――」
「ならばマレージャの湖の鍵はまだ手に入れる前だったのかもしれぬな。逆に、こちらに赤の鍵がある事がチャンスになるやもしれぬ」
「湖の青の鍵も手に入れる事ができれば、古神の復活を阻止できる!!」
ヴァントが再び勢いよく立ち上がった。
「リュシター隊長、やはりオークの企みはただの人攫いではないようです。恐らくは、もっと大きな、復活せし古神の力を使った計画を奴らは企てているのではないでしょうか。だとすれば、やはり我々だけの力で阻止できるものではないでしょう。貴方達、防衛隊の力も借りなくてはきっと阻止できない!」
初老の暗黒魔導師がそう言うと、リュシターは強く頷いた。
「私もこの街の者達を護りたい。その為にできる事なら何でもしよう。だが、やはり領主様の許しなしに兵を出す事は――」
「私に少し考えが――後日、もう一度お眼通り願いたい。まずは私達はもう一つの――青の鍵を手に入れる算段を立てます」
普段飄々とした態度を取る導師だったが、この時は至極真面目な面持ちで深々と頭を下げた。




