第一話
書くのって難しい。
昼下がりのギルド、入口から入って右奥。
依頼受注カウンターの隣の達成報告カウンター、ささっと報告を済ますつもりだった。
「また、一人で行かれたんですか?」
またか。
3回目、だろうか。
「・・そうだが」
「そうだが、じゃないんですが!」
「・・・」
「何度言えば分かるんですか?いくら魔物は少ないとは言え、一人じゃとても危ないんですよ?!」
俺は少し顔をしかめた。
「あのですね、私は別に嫌がらせで口酸っぱく言ってる訳じゃなくてですね!一人では何かあった時に大へ」
「大変、ですよね」
「・・それに!」
「効率も悪い、ですか?」
「分かってるなら言わせないで下さい!!」
「はあ」
会話が終わったな、置いてあった依頼書を受付嬢の方に寄せた。
彼女はまだ怒りは収まってないようだが、仕事はしてくれる気分になったようだ。ため息をひとつ吐いて、
「また、いつもの所ですか?」
と、片手を差し出した。
「そうだ」
その手にギルドカードを置いて、カウンターには背嚢から出した袋を置いた。
彼女は袋の中を見て「今日は随分と多いんですね」
と袋を閉じて足元に置いた。そしてなにやら依頼書や帳簿の様な物に色々に書き込みはじめた。
何を書いているのかさっぱり分からない。
「今日は運が良かった」
返事はなかった。
彼女は依頼書と帳簿に判子を押し、ギルドカードに朱肉をつけてまた依頼書と帳簿に押すと「ちょっと待ってて下さい」と奥に行ってしまった。
小さなため息を吐いた。
どうやら、無事に今日も引き取って貰えたようだ。
カウンターから目を離し、周りを見てみる。
ギルド内は閑散としていて少し寂しげだ。
カウンターに1番近いイスに座って少し放心した。
「パーティー、か」
そんなもの、この町で作れるわけないだろう。
王都から離れたこの町で冒険者を始める奴なんて、そうはいない。
そもそも、パーティーを組んでまでこなす依頼など貼られてる事などほとんどないのだ。
それに、人と関わるのはなんだか苦手なのだ。
1人の方が気が楽だった。
扉が開く音がした。さっきの受付嬢だった。
「お疲れ様でした、これが今回の報酬です。」
ありがとう、とだけ言って銀貨三枚を受け取った。
さっさと受け取って帰ろうとすると、
「パーティー、そろそろ見つけて下さいね」
余計なお世話だよ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ギルドから出て西門に向かって20分、そこが俺の泊まってる宿屋だった。
お金を払って泊まってる訳ではない。
夜に忙しい日はそこで働いて、そのかわりに泊めて貰っていた。勿論給料は出ない。
ドアを抜けて中に入る。
目の前の受け付けでは男女五人組の冒険者がチェックインしていた、今日のお客さんのようだ。
冒険者達にバレないように右に抜け、宿屋の主人に軽く会釈してから、階段の脇を奥に抜けて従業員スペースの自分の部屋(相部屋だが)に入った。
部屋を二つに割った仕切りのシーツの右側に仕事道具、それに防具を置いて訓練用の剣だけを腰に着けて部屋を出て、そのまま庭に出た。
日が傾いて空が紅く染まっている。風も少し寒くなり始めている感じがした。
時間はあまりない。日課の素振り1000回、終わらせられるだろうか。
剣を抜いて柄をよく握る。そのまま勢いよく剣を振り始めた。
「81,82,83,,,」
日課の素振りも慣れていたものだった。
何しろ何年も続けている。特別キツいとは思わなかった。
自然、暇な頭は別の事を考え始める。
『パーティー、そろそろ見つけて下さいね』
口酸っぱく言われれば、少しは意識する。
そんなにパーティーを組む事が大事なのだろうか。
「300!1,2,…」
パーティー、仲間がいれば楽しいのだろうか。
仲間がいれば前に進めるだろうか。
前に進めれば、自分の人生を誇りに思えるのだろうか。
この町に居着いて3年、生活は安定していたがそれ以外はなかった。
この剣だって鍛えてはいるが、生き物に向かって振ったのはもう何年前なのだろう。
王都から下って4年、あれから自分は何も進めていない。
「900!」
ギィ、と窓が開いた音がした。
きっとさっきの冒険者達だろう。
今日はあの一組以外には来ない筈だ。
なにせ、もうすぐ冬の月だ。
どんどん客足も引いていくのが例年の習わしだ。
それに、そもそもこの町は目標として来るような所ではない。あの冒険者達も道中で寄っただけで一泊するだけだろう。
「1000!」
「ハァ、ハア・・暑い・・」
体の暑さにたまらなくなってシャツを脱いだ。
体から少し湯気が立っている。
日はすっかり落ちていた。
「早い・・」
やはり、冬の月は日が落ちるのが早い。
この暗さでは直に夕食の準備が始まるだろう。
ちらりと窓の方を見た。
暗いのに目が慣れてないせいか、ぼんやりだが人影が見えた。
どうやら、見られていたようだ。
少し気恥ずかしくなって、半ば慌てるように服を着て建物に入った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
やはりというかなんというか、今日のお客さんはあの一組みたいだ。
床を掃き、机と椅子を拭いて食器を並べていく。
それらをササッと終わらせ、厨房に入るとどうやら厨房の方も殆どの準備が終わったようだった。
食堂の扉を開けて、厨房に置いた椅子に座った。
「・・・」
どうやら、直ぐに来る気配はなかった。
俺は適当な食器にポテトサラダ、シチュー、パン、それに野菜出汁のスープを器に入れて食べ始めた。
これがいつもの俺の晩御飯だった。
30分位して入口の方から声が聞こえてきた。
どうやらようやく来たようだ。
置いていた食器にポテトサラダ、シチュー、それにパンを大量にバスケットに盛って次々と出していった。
出し終わったら、人数分のジョッキを引っ張り出してビールを注ぎ始めた。
「おーう!ありがとな!」
1番ガタイのでかい大男がそう言ってバスケットとシチューの器を取っていった。
他の四人はさっさと自分の分のを取って席に持っていった。
一つずつ、入れた分のビールジョッキを前に出していると、一人の女性が駆け寄ってきた。
黒髪の長髪に切れ目の長い目、上着のカーディガンは薄い生地だが色は真っ黒で体のラインは見えない。
それに、短めのスカートとタイツを履いていた。
オシャレをしているが、動きやすい格好だ。
少しみただけで、その聡明さと大人の色香を感じとった。
近づいてきて自然、目が合った。
目の中の、黒紫が綺麗だ。
少しビールを入れる手を止めていると
「私、飲めないので4つで充分です」と、
置いてあったジョッキを4つ持って席へ戻っていった。
少し呆けて、手に持ったジョッキを見るとまだ入れずに済んだのか綺麗なままだった。
ジョッキを仕舞い、厨房の窓口前の席に座る。
そして、前の席に座る五人組を眺めた。
「なんだ、結局新しいのは買わなかったのか!」
まずさっきのガタイのいい大男、大口で勢いよく食べて比較的大声で喋っているが皿の周りは綺麗だ。
スキンヘッドと顎髭がよく合っている。
「ああ、あの爺さんがまだ使えるだとか何とか言って新しいのさえ見せてくれなかったよ」
次にその隣に座っている長身で髪の毛ツンツンの男。
体格は長身のお陰で細く見えるがしっかりとしているのが見て取れる。好青年感が強く出ているが少し荒々しさもあった。
そして席の傍に剣が立てかけてあった。
「道具使いが荒いのがバレてるのよ」
長身の男の向かいの女性、灰色の長い髪を2つに纏めて長めのツインテールにしていた。身長が少し低いようだが、長身が向かいにいるため余計小さく見えた。
皮のローブを羽織っている。髪もローブも地面スレスレまで伸びていた。
「・・・」
大男の向かいには赤い髪の女性が座っていた。
身長は女性にしては高めなのか向かいの大男に負けない位ありそうだ。(隣のお陰でそう見えるだけかも)
凛とした佇まいで背中も綺麗な一本線が通っているようだった。
その清廉な佇まいがなんだか見るのも少し躊躇わせたのか他の三人よりも直ぐに視線を切った。
そして奥側に座っている、黒髪の女性。
丁度自分と向かい合っている形になっていた。
「」
視線がバレたのか、一瞬片目でウインクしてきた。
一瞬ビックリしてドギマギしていると、直ぐに視線を仲間の方に戻して会話の中に戻っていった。
「、、、」
立ち上がって、水汲み用のバケツを持ち出した。
なんだか居た堪れないような、落ち着かない感じがした。
そのまま厨房を出て、宿屋の奥さんに「水汲みに行ってきます」と伝えて上着も着ずにそのまま外に出た。
息を吐くと少し白い息が見えた。
流石にここまで空が真っ暗だとすこぶる寒い。
冷気が体に澄み入るようだ。
体を震わせて、小走りに井戸に向かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
勢いで外に出て井戸に向かったはいいが、手袋を忘れた事に気がついた時には一度戻るか迷った。
結局そのまま井戸まで行って水を汲んで来たのだが、
帰ってくる頃には寒すぎて掌の感覚が無くなっていた。
手をほっぺたや首に当てて何とか握った拳を解き、厨房の横の貯水タンクに運んで入れるだけで、気疲れを起こした。
どうやら、あの五人は食事を終えていたようで既に片付けに入っていた。
代わります、と言って食器の汚れ落としを代わって、温かい水で満たされたシンクに手を入れた時は体中が喜びに震えたように満ち足りた。
そうして片付けを終え、館内の明かりを消して回っていて歩いてる時だった。
「アッ こんなーーろで」
「いーーろ?ほら、もうーーなになっーるぞ」
ぴたりと足が止まった。
声を聞こうと耳を凝らす。
「 」
「 」
何かを喋っているようだが、細かいところまでは聞き取れなかった。
その内足を前に出し、また消灯作業に戻った。
頭の中はさっきの声の事で夢中だった。
もしーー
もし、さっきの声の主が、彼女だったらーーーー、と。
2階はもう真っ暗で最後に階段裏の明かりの火に皿を被せる時に、微かにあえぎ声が聞こえた気がしてその手が止まった。
今の声はーーー、
声の主は分からなかった。
明かりの火を消した。
布団に入って寝た。
よろしく