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そのジジイの方がマシ

 突然の衝撃は、継母とミシェリアが帰宅した数日後の夕食にやってきた。

 ルイゼリナも必ず同席するように。と父親から強く言われた時点で嫌な予感はしていた。


 普段ルイゼリナは部屋で食事を済ますことが多いのだが、家族も一緒に食卓を囲みたいとは思っていないのだろう。それを咎められたことなどなかった。

 なのに同席を求められるなんて、嫌な予感しかしないではないか。


 ルイゼリナが夕食の席に姿を現すと、継母とミシェリアは露骨に顔をしかめる。

 しかしなにやら目配せをしたかと思えば、二人は王都での豪遊話を持ち出して優越感に浸ることとしたらしい。

 どこぞの有名店の食事がいかに美味しいものであったか、いかに王都のファッションは洗練されているか、対してルイゼリナの格好がどれほど田舎くさいのか。かしましく喋りながら、せせら笑う口元を隠そうともせずにわざとらしく視線を送ってくる。


(本当に外見以外、優れたところの無い人たちよね)


 心底哀れだとは思うものの、この状況はひたすらに鬱陶しい。用事があるのなら早く済ませてほしい。と、父親に視線を送れば――なぜか父親の方も忌々しそうにルイゼリナを見ている。

 呼んでおいてなんなのだ。こちらこそ一刻も早く部屋に引っ込みたいのに。と内心吐き捨てながらため息をひとつこぼせば、ようやく父親が口を開く。


「ルイゼリナに縁談の申し込みがきている」


 が、内容が予想外すぎてこの場の時間が一瞬止まった。


「……はい?」


 当の本人だけではなく、継母とミシェリアまでもがポカンとした間抜けな顔をさらしている。

 それほど、普段引きこもってばかりのルイゼリナに縁談などとは誰も思っていなかったのだ。


「お父様、あの……お姉様になど、一体どなたから……?」

「ナイトレイ公爵だ」


 その名前に、先日玄関ホールで鉢合わせた男の顔が浮かぶ。


(公爵っ!? やはりあの方がナイトレイ公爵!)


 社交界に詳しいどころかデビューすらさせてもらえなかったルイゼリナだが、引きこもっていたぶん時間はたっぷりとあった。図書室の本を片っ端から読みあさることに大半の時間を割き、貴族名鑑をも網羅しているルイゼリナには、名乗られたときから相手の正体は予想がついていた。


「ナイトレイ公爵……ですか?」


 だというのに、パーティー大好きのくせしてミシェリアにはピンと来ないらしい。こてん、となかなかあざとい仕草で首を傾げる。

 いやいや、あれだけ整った顔の美丈夫をミシェリアのような男好きが放っておくはずがないだろう。と、ルイゼリナこそ内心首を傾げた。この異母妹が恋愛に奔放であることは、使用人たちからも数多くの逸話を聞いている。


「お母様はご存じ?」

「いえ、お見かけしたことは……あ」


 何かを思い出したような継母が、嘲笑うかのような笑みを浮かべてルイゼリナに視線を向けた。


「確か……ご高齢でパーティーにも出席できないとか」

「まあっ!」


 継母の横で、わざとらしいほど大きく目を見開いたミシェリアが口元に手を当てて、芝居かかった嘆き声を上げる。

 だが先日の男はどう見ても二十代前半の青年だ。最新の貴族名鑑にもナイトレイ公爵家の当主の名には確かアランデリンとあったことを照らし合わせて、どうやら代替わりをしたらしいとルイゼリナは一人納得した。


 しかし継母と異母妹は、疎ましいルイゼリナが高齢の老人から縁談を申し込まれたということに大盛り上がりだった。彼女らにとっては、またとない最高の餌になったのだろう。


「パーティーにもご出席できないほどのご老人だなんて……ふふっ、お姉様かわいそう」

「それでいてこんな年下を望むだなんて、一体どんな事情があるのかしら? うふっ」

「ひどい、わたしだったら耐えられないわ……!」


 言外に『色欲ジジイ』と匂わせながら、言葉とは裏腹、瞳が爛々と愉快そうに輝いている。堪えきれない笑いが端々から漏れている。


「慎みなさい二人とも。ナイトレイ公爵はそのような方ではなく、とても素敵な――」

「でもお父様、だって、一体おいくつ年上になるのかと……っ、ふふっ」

「先日お見えになった際ルイゼリナを見初めたようだが――」

「あら、やはり若さなのかしら。うふふっ」


 盛り上がる妻と娘に、珍しくも父親が割って入るが声はことごとく掻き消された。元よりこの父親は継母と異母妹に甘く、強くなど出られないのだ。二人にとってナイトレイ公爵はすっかり色欲ジジイとなってしまったらしい。

 そんな嘲笑を受けて唇を噛むルイゼリナを前に、彼女たちはすっかりご満悦の様子だった。


 しかし一方のルイゼリナは、落ち込むどころか――握った拳をテーブルに叩きつけたい衝動と戦っていた。

 震える拳を抑えようと噛んだ唇から血の味がする。


(小娘に欲情するおじいちゃんの方がまだいいじゃないのよおおぉぉっ!)


 あの男と対面したときの、生理的に受け付けない――つまり虫唾が走るような嫌悪感を思えば、ただの色欲ジジイが何倍もマシだ。

 父親の言葉を聞くに、本当にあの日偶然玄関ホールで鉢合わせて挨拶を交わしただけで、縁談の申し込みが来たらしい。


 どういうことだ。

 何度思い返してみても、ごきげんよう。はじめまして。程度の会話しかしていない。なんなのだろうあの男は。どうしてこうなった! と思わずにはいられないというものだろう。


 性格は底辺だが外見だけは愛らしく胸も大きいミシェリアと違い、ルイゼリナはこれといって美人でもなく、愛想の欠片も無く、切れ長の瞳は目つきも悪いし胸もそこそこだ。この身体のどこに、なにを見出したのかが全く想像できない。

 肉食獣が完全に狙いを定めたような、獰猛さを押し殺した紫色の瞳を思い出しただけで背筋が冷える。


 ――どう考えても、あいつは、絶対にやばい人間だ……!


 ルイゼリナの中で確定となった事実に身震いすると、父親が全員を窘めるようにゴホンと咳ばらいをした。憐れなルイゼリナを肴に盛り上がっていた継母とミシェリアも、一通り貶し終えたのか口を閉じる。


「この件で、後日またナイトレイ公爵が訪れる。その際はみなで出迎えるように」

「ええ? お父様わたしもですかぁ? でも、仕方ないですわね」

「そうね。仕方ないけれど、大切な我が家の娘のお相手ですもの」


 渋々といった様子を装ってはいるものの、噂の色欲ジジイを見てやろうという野次馬根性が透けて見える二人は相変わらずとして、ルイゼリナは父親の言葉に眉根を寄せる。


 父親はナイトレイ公爵の素顔を知っているはずだ。

 本性がどうあれ、あの男の見目は麗しい。光の加減でキラキラと輝くシルバーの髪と紫の瞳は、派手ではないがとても目を惹く。加えて整った顔とスラリとした佇まいは、女性が放っておかないだろう。煩わしいほど群がる様子が容易く想像できる。


 そんな公爵の前にこの異母妹を出せばどうなるかなんて、馬鹿でもわかる。

 見目の良い男大好きな面食いで頭の足りないミシェリアは、両親に溺愛されたおかげですべてが自分中心。姉が自分よりもいい思いをすることをなによりも嫌がる性根の腐った子だ。そこは胸を張って断言できよう。ここまで揃うといっそ清々しい。

 だが見た目だけは一級品の、庇護欲そそる愛らしさを備えている。


(なるほど……それを狙っているのね)


 父親の意図をおおよそ察したルイゼリナは、夕食を済ませたあと家令であるセドリックの元へ向かった。


「最近の帳簿を見せてもらえる?」

「こちらです」


 言えば、すぐに目当てのものが出てきた。

 夕食時の会話からルイゼリナの行動を予測していたのだろう。さすができる家令セドリック。

 母が嫁いできたときからともにラード家を支えてくれた彼は、すっかり白髪の目立ってきた髪を後ろに撫でつけ、常に背筋を正して屋敷内を駆け回るナイスミドルだ。

 そして、この家ではルイゼリナの味方でいてくれる頼もしい人物。


 パラパラと帳簿を眺めれば、中身は予想通りだった。


「やっぱり収入は変わらず厳しいわね」

「手は尽くしていますが、それでも緩やかに下降しております」


 ラード伯爵領は、決して豊かではない。

 土地が悪いわけではない。小さいながら鉱山だって所有している。これで上手く回らないのは完全に治める領主である父が悪い。

 元々大して能力があるわけではないのに、金にはがめつい。よって、ただただ単純に領民に苦しい政策を強行しようとするのをセドリックがなんとか宥めて抑えて、行き過ぎないよう調整してくれている。けれどそれでは現状維持がやっとだ。

 ルイゼリナがなんとかしようにも、娘の手出しを蛇蝎のごとく嫌うためにどうしようもない。出来ないのに自分でやりたがる迷惑な人間の典型だ。


 母のおかげでできた貯えを食いつぶしている状態だというのに、あの父親は口やかましい母がいなくなって清々したと言わんばかりの振る舞いだし、加えて継母とミシェリアの豪遊という追い打ち。


「なのにこの状況で、先日の豪遊資金はどう工面したのかしら」

「旦那様の個人資産からとは思いますが……そちらの内容までは、頑なに介入を拒否されますので」


 金にはがめついが、継母とミシェリアにはいい顔をしようとする。強請られればなんでも与える。

 そこまでの余裕はないはずなのだが、確認しようにも「俺の金に触るな」と言わんばかりの態度で当主に拒否されれば家令であるセドリックは引き下がるしかないし、それはルイゼリナも同じだ。


「まあいいわ。これで父の狙いもわかったし」

「といいますと?」

「あの人は母と妹には甘いけれど、お金にも強欲よ。ナイトレイ公爵に妹を見初めさせて、私から乗り換えさせようとしているわ」


 自分で言っておきながら、ルイゼリナは父親の下劣さに顔をしかめた。横を見ればセドリックも同じ顔をしている。気が合う。


「妹がナイトレイ公爵に嫁げば、見目が良く金持ちの夫にミシェリアは満足。散財する人間が母一人に減って父も満足。私が嫁いだらそのままラード家と縁を切る可能性が高い……というか、間違いなくそうするけれど、妹なら公爵家との繋がりを保てるし得しかないってところかしら」

「愛する妻子の散財を、公爵家にもなんとかしてもらおうと。……言葉も出ませんなぁ」

「本当にねぇ」

「では、お嬢様はそれを阻止するわけですな!」

「いいえ。父に全力で乗っかるわ!」


 きっぱりハッキリと、なんなら拳を握って言い切れば、セドリックがギョッとしたように目を剥いた。


「よろしいのですか? せっかくこの家から出られる機会ですよ」

「だってあの公爵、絶対に人として不良物件だもの」


 これまでルイゼリナが家族から受けてきた扱いを知るセドリックは好機と思っているようだが、本人にとってはとんでもないことだった。一度しか会ったことのないナイトレイ公爵を思い返し身の毛をよだたせるルイゼリナを見て、セドリックもふむと顎を撫でる。


「お嬢様の直感は無下にできませんからなぁ」


 これまでにも、ルイゼリナは物心つく前から父親を嫌っていたし、母が亡くなった直後から嫌な予感はあったし、継母が屋敷にやってきた直後から警戒していたし、異母妹は見た瞬間から距離を取っていた。

 なんとなく近づいてはならない。という危機察知能力に元々優れていたのだが、現在のように家族から疎まれる生活を長く続けたせいでその能力にも磨きがかかっている。


 そのルイゼリナの身体が全身全霊を以て拒否反応を示したのが、アランデリン・ナイトレイ公爵なのだ。


「ふふふ……それに可愛い妹の恋ですもの。ここは姉として応援してあげなければ……」

「悪い顔をしておりますねぇ。しかし応援しようにもまだ出会ってすらおりませんが」

「いいえ。あの顔を見ればミシェリアは惚れるわ」


 姉が幸せになることなど許さず、なんなら姉の物は自分の物。と、当然のように思っているミシュリアの性格の悪さは信用に値する。


(お父様、初めて思惑が合致しましたわね――全力で協力いたします!)


 ルイゼリナは気合を入れるように天井へ向かって拳を突き上げた。

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