26.ストリップ?
全ては父の指示によるものでした。僕はただ、あの人の指示に従っていただけなんです。
始まりは、公安大学院大学を紹介された時の事です。僕は大江戸大学に通っていて、普通はその大学の研究室で卒業論文を書きます。でも父は僕に公安大学院大学で勉強するように、一方的に指示してきました。大江戸大学でも権威を持つ兼続の名は、異例の要望にも拒否はしませんでした。そして明石博士も拒否はできませんでした。
僕は明石研究室に入りました。父は僕にこう指示をしました。
「明石先生が研究している特殊な薬物を見つからないように入手しなさい」
そう言われたのです。
そんなまねはしたくありませんでした。でも父は僕にとっても絶対的な存在で、それに逆らうことなどできなかったんです。
なるべく早めに事を済ませたかった僕は、4月の中旬に15個のアンプルを盗みました。そして父にそれを渡しました。いずれそれには気づかれてしまうとは思っていました。けど、なかなか見つかることもなく、使われる気配もなく、しばらくは誰も気づきませんでした。
父は手に入れたアンプルを自ら調べ、ある程度その薬の内容がわかってくると、父は僕に、新たな指示を出してきました。インターネット上でその薬を何人かに渡すよう言ってきたのです。
身分証明書の要らないネットカフェから海外の無料サイトを経由して栗林広男に連絡を取ったのは僕です。それについてもあれほど気づかれないとは思ってもみませんでした。
インターネット上に掲載した内容について僕はよく知りませんでした。僕は父から渡された文面をそのまま写して貼り付けただけです。
あ、やっぱり、それは嘘か。写しているときに読みます。意識的に、それは読まないようにしていたけど、目には入ってきます。
中王子医師や千葉の海外実習生に薬を送ったのも僕です。荷物を運んだり送ったりしたのは女の子だって話でしたよね。
ああ、あれ、実は僕なんです。簡単です。女装しただけですから。僕の部屋を調べれば女物の服とストレートヘアのかつらが出てくるはずです。かなりうまく女装できたみたいで、誰にも気づかれませんでした。
本当に驚きました。皆、どうして僕を疑らないのか、僕だけはみそっかすみたいに犯人扱いされなかったんです。父もそれをよんでいたのですかね。
皆久保空馬、彼にネットを通じて薬の場所を知らせたのも僕です。父は中王子さんから情報を仕入れていましたから、患者の情報も得ていたんですね。薬が欲しいとサイトを通じて連絡してきた皆久保に患者の情報を提供しました。
全ての犯罪を僕は知っていました。でも何も知らないふりをしていただけです。
後は何でしょう。ああ、そうだ。明石研に新しく入った助手の花木華は捜査一課の潜入捜査員だってわかったから排除したんです。
あれやこれやと聞いてくるし、なんかおかしいなと思ったら一課の恩田シオンと隠れて連絡を取ってたから直ぐにわかりました。
大学のパソコンから神林さんに、明石先生に新人の助手がちょっかいを出しているってメールを送っておいたんです。どうなりましたかね。
ああ、そうだ。それも父の仕業ですよ。父が全てです。
蓮見もえみさんを殴ったのは父です。自殺するために踏み台にしようとしていた椅子で殴ったんです。僕はそれを見てました。
本当です。
自殺?そう、父は自殺しました。たぶんもう生きてはいないでしょう。
遺書も残してあります。父はちゃんと書いてくれました。全ての責任が自分にあると。
↓
翌朝、鳥のさえずりを聞きながら、もえみは白いふかふかのベッドの上で目を覚ました。
頭が痛いと、感じた。でも、それよりもここがどこだかわからないという不安が襲ってきた。
部屋を見回した。その部屋にはベッドと本棚くらいしか見られなかった。
本棚にはいろいろな小説が並んでいた。あまり本を読まないもえみにはそれがどういった小説かは気にならなかった。
部屋の隅には立て鏡があり、その隣には備え付けのクローゼットがあった。
もえみは立ち上がり、鏡に自分の姿を写してみた。頭の半分に包帯が巻かれていた。着ているものは女性用のピンク色したパジャマだった。
いったい何があったのか、まるで思い出せない。
「たしか、兼続教授の家にお邪魔して。書庫みたいな、そうだ、何か骨壺みないなものと写真があった。由比三樹。彼が現れた。えーと。それでえ」
ガチャ!!
木製のドアが開いた。もえみは身体を強張らせてそっちを見る。
そこに現れたのは、にこやかに笑みを浮かべた少年のような男、兼続みつおだった。
「あっ、目覚めました。おはようございます。頭の方は大丈夫ですか?」
「え?頭?わたし、どうしたんだろう?」
「ああ、覚えてないんですね。すみません。父です。父があなたを殴ったんです。それで血が出て。僕が応急処置をしておきましたから、たぶん大丈夫です」
「ええと、ここは?」
もえみは兼続に襲われたことも気になったが、それ以上にここがどこなのか知りたかった。
「ここは、うちの別荘です。昨晩、父が急に暴れ出して、危ないと思ったんで、ここまで車で、あなたを連れて逃げてきました。驚きましたか?」
もえみは記憶を取り戻そうとする。何かを覚えている気がする。何かモヤモヤしたものが頭の中をぐるぐる回っている。
自分の服を見る。パジャマだ。
「あっ、ごめんなさい。勝手に着替えさせてもらいました。あなたの服は血で汚れてしまったので、お風呂場で洗って、乾かしています」
「え、えーと、じゃあ」
もえみは一度下着姿にされたことを思い赤面した。可愛くないスポーツブラにトランクスタイプのパンツだったことを思い出した。
「あっ、ごめんなさい。でもすぐにパジャマを着せましたから。それは母の物です。嫌でしたか?」
もえみは黙って横に首を振る。
「もう少し横になって休んでいてください。何か食事を買ってきます。戻ったらご飯にしますから」
みつおはにこやかにそう言って、部屋を出ていった。
もえみはすぐにベッドで休む気にはなれなかった。
『わたしはここに寝かされるまでの間、本当に全く意識が無かったのだろうか?実は、みつおくんと、あんなことやこんなこと?』
「いや、そうじゃなくて」
もえみは変な妄想モードに入りそうな頭を一旦振り払う。
するとふと、みつおの声を思い出す。彼は昨夜、もえみの枕元へとやって来た。そして一つ一つ事件の真相を語った。
『あれは夢?うーん、夢じゃない。わたしは思うように動けなかった。だけど覚えている』
そしてその記憶は確信に変わった。ふと我に返ったかのように辺りを見回す。
『携帯電話だ』
もえみはベッドの脇や、本棚の空いているスペースを探す。携帯はどこにも置いてない。
クローゼットを開く。そこには女物のドレスやらコートやらがたくさん掛けられている。もえみの私物は無い。クローゼットの床面を見る。携帯電話がこんなところにはあるはずもないが探さずにはいられなかった。
でも代わりに何かが落ちているのを発見した。
「これは?」
拾い上げる。それはアンプルだ。さらにクローゼットに掛かる服の下に隠れて何かが落ちている。特殊な注射器だ。ギザギザが付いていて、反対側にアンプルを差し込む挿入口がある。
「これって確か」
もえみはそれを拾い上げ、部屋の入口のドアへ向かった。そしてガチャっとドアを開けた。
「みつおくん!どういうこと?教えて!」
声を張り上げたがそこにみつおはいなかった。みつおではなく、そこにはマッチョで卑しい顔をした、金髪のかりあげの男が立っていた。
「誰?」
「こんにちは。お嬢さん。今日は楽しみにしてたよ。嬉しいねえ。可愛いピチピチの女の子だあ」
「みつおくん!」
もえみはそのかりあげ男に警戒しながら別荘のどこかにいるであろう、みつおを呼ぶ。
みつおは意外にもかりあげ男の後に隠れて何も声を発せずに立っていた。
「何、どういうこと?」
「あの、この人、もえみさん、タイプじゃないですか?強そうな人、好きですよね」
「何?何を言ってるの?」
「あの、この人、女の子をレイプするのが趣味なんです。できれば事の終わりに殺したいって言ってましたよ。だからうってつけの相手として、もえみさんを紹介したんです」
そして笑顔を浮かべた。
「みつおくん、昨日の夜のこと、わたし、思い出したよ。お父さん、全部お父さんのせいだったんでしょ?」
「あれ?思い出しました。そうか。思い出しましたか。でも違いますよ。あれ、嘘です。本当は全部、僕です。ああ、本当は、昨日のストーリーにするつもりだったんですけど、やっぱりつまらないんで止めました。もえみさんはどうせ死んじゃうでしょうから本当のこと言います。全部、僕なんです。人殺しの手伝いをしたの。試してみたかったんです。あの薬品にどんな力があるか。父は途中から気づいたみたいで、なんか止めさせようとしてきたんですけど、最後はあきらめたみたいで、全部自分のせいにして死ぬことにしたみたいです。こんな息子でも可愛いみたいですね」
「おい、そろそろいいか。もう我慢できねえんだ」
みつおが全ての真実を明かしたところで、かりあげレイプ魔が口を挟んだ。
「はい。そろそろいいです。話したいこと話せたんで、僕もスッキリしました」
「嘘でしょ。みつおくん。お父さんをかばってるのは、あなたの方なんじゃないの?」
みつおはいつもの優しい笑みを浮かべた。だがその顔はかりあげ男の巨体に隠れてすぐに消えていった。
もえみはかりあげ男に平手で押され、後ろに倒れそうになって、二三歩退いたが、倒れずに踏ん張った。
ガチャン!!
部屋の扉は閉められた。部屋はかりあげ男ともえみの二人になった。
「じゃあ、お楽しみに」
ドアの向こうで、みつおくんのくぐもった声がした。それが彼の最後の言葉だった。
「へっへっー。やっと楽しめるぜ」
短パンにティーシャツ姿のその男は黒いティーシャツを自ら脱いでムキムキの裸体を披露する。
もえみは更に後ろへ退く。そして辺りを見回す。そして部屋の窓へ瞬時に移動し、窓を開こうとした。
『開かない。ダメだ』
細工がしてあるのか壊れているのか、窓の鍵は外れないようになっていた。
「残念だったねえ。お嬢ちゃん。頭、怪我してんの?大丈夫」
そう言われると、もえみの頭は少し痛み出した。
「あはあ、そうなんですよ。けがしてるんですう。優しくしてくれます?おにいさん」
もえみは作戦を変えて、相手の同情を誘おうとした。
「いいねえ。そういうの。俺、萌えるんだよね。やりたくなってきた。いたぶりてえ」
逆効果だ。このままではヤバい。
かりあげ男はムキムキの肉体を見せつけ、もえみに迫ってくる。体重差からいって、もえみに勝ち目はない。どうやって逃げるかを考えるしかない。
「ねえねえ、あの、ですねえ。わたしたち、もう二人きりなんだから、そんなに慌てなくてもいいんじゃないですか?」
「何だ?何だって言うんだ?」
もえみはふとグラビアクイーンのようなセクシーポーズを取る。
「あのですねえ。ストリップします」
「おお!!」
「ストリップショー、見てみたいですか?」
「おお、いいだろう」
『よし、きた!』
もえみは心の中でガッツポーズをする。そしてスタスタとベッドの上に移動する。男の後ろ向きになって背中を向ける。
「チャラララララーン、チャララ、ララ、ラーラ」
口でミュージックを口ずさみながら胸元のボタンを外していく。
「おお、いいぞ。なかなか」
かりあげ男はのっている。だが同時に少しずつもえみの後ろから近づいてくるのもわかる。時間はない。もえみは手に持っていたアンプルを注射器に入れ込む。
「おい、何してる?」
かりあげ男は気づきそうだ。
『仕方ない』
もえみは片手で下のパジャマを腰から膝まで下ろす。
「おお!」
長めの上着のパジャマに隠れているけどパンツは見えてしまいそうだ。しかもそのパンツも、全くセクシーではないグレーのトランクスだ。
それと同時にもう片方の手で胸元に注射針を打ち込んだ。液が体の中に入ってくる。
『これしかない』
もえみの身体中に液が染み入ってくる。
かりあげ男の手がパジャマのズボンの裾を掴んでいる。もえみは構わず、ズボンをするりと脱ぎ捨て、トランクス姿になって振り返る。
「お、何?」
突然の反応に驚いた男は、低い態勢から顔を上げた。もえみはその顔の頬に、強烈な回し蹴りを食らわせた。
『入った!』
でも男は倒れない。
「何?筋肉増強剤じゃないのお」
思わずもえみは声を上げた。
「やるねえ。ねえちゃん、いいよ。そうこねえと」
どこかでみつおがにやりと笑っている気がした。これは筋肉増強剤ではない。でも、ただの生理食塩水でもないことはわかる。体は熱く燃え上がってきているように感じる。何かが体の中で起きている。
かりあげ男はベッドに上がり、もえみにかなり接近している。
「うへへー」
そして両手を上げて、抱き締めるように飛びかかってくる。
もえみは瞬時に身体を縮ませ、左に回転し、ベッドの下に落ちるように降りた。
すり抜けられたかりあげ男がベッドから見下ろしている。もえみは相手に背を向けないように、ゆっくりと静かにベッド下を横へ横へと移動する。
『しめた』
そこはすでに部屋の出口の扉がある。かりあげ男の方を向いたまま、ノブを回し、押してみる。
ガチャ、ガチャガチャ
「あれ?」
ドアは開かない。外から鍵が掛けられてしまったみたいだ。
「残念だったな。お嬢ちゃん。もう逃げ場はない」
かりあげ男がベッドから飛び降りて迫ってくる。
瞬時にもえみはパジャマの上着を脱ぎ捨て、男の顔に投げつけた。かりあげ男は一瞬目を眩ませる。もえみはしゃがみこみ、それから全力で顎にアッパーを打ち込む。
「ぐっ」
硬くしっかしとした骨格の顎た。むしろ痛かったのはもえみの方だ。かりあげ男は大してダメージを負っていない。
もえみはなんとか横へ回り込み、再び窓を背にする。姿はすでにスポーツブラとトランクス姿になっている。男の顔がにやつく。
『冷静になれ。もえみ』
心の中で自分に言い聞かせる。もえみは何らかの異常能力強化薬を体に射ち込んでいる。何らかの力が上がっているはずだ。
かりあげ男が迫ってくる。冷静に見ていると何かが見えてくる。何かを感じる。臭い、動きの鮮明さ、体を伝わる感触、何かよくわからない感覚が研ぎ澄まされ、男の筋肉の動きが見える。男の体、一つ一つの筋肉の動き、そしてその中には筋肉のない場所も見えてくる。
男の弱々しい場所が浮き彫りになって見える。
「ぐわっはっは。これまでだよ。そろそろあきらめな」
かりあげ男がもえみに手を伸ばしてきた。
瞬時にもえみはその手の手首付近にパンチに食らわせた。手は弾かれ、男の顎が見えた。そして顎の中心には何か弱々しい光が見える。もえみはそこに一発正拳突きを食らわす。男が前のめりに倒れてくる。さらにこめかみに光を見る。もえみは最後の一撃必殺パンチをこめかみに打ち込んだ。
かりあげ男は床の上にぶっ倒れた。
「やったぁ、すごい」
これが新しい薬品の効力、相手の弱点を読む能力だ。もえみはその薬の効用を見事に会得した。
かりあげ男はのした状態で起きそうにはない。まずはここから逃げなくてはならない。でも部屋は閉まっている。どうしようかと悩む。
『でも待てよ?』
もえみは気づく。この密室にずっと二人でいる訳がない。この男はもえみを殺したら部屋から退散したはずである。つまり、かりあげ男は絶対鍵を持っている。
ドアを見ると鍵穴は内側にもあり、この部屋は内と外、どちらからも同じ鍵で掛けたり開けたりすることができるタイプのようだ。
男は上半身裸で何も持っていない。鍵を持っているとしたら、穿いている短パンのポケットだ。
もえみは倒れている男のポケットに手を突っ込もうとする。
ピクリ!!
男のごっつい手が動き、もえみの腕を掴もうとした。もえみは瞬時に手を引っ込め、後ろに退いた。
「おしい。やられたふりをして、捕まえてやろうと思ったのに」
男に意識はあった。そして立ち上がる。もえみは慌てて、後ろのベッドに上がり込み、距離を取った。
「もう。わかったよ。あなたには勝てません。もう、好きなようにしてえ」
もえみはあきらめ、甘い声をかりあげ男に投げ掛けた。
「そうか。いいよ」
「優しくしてください」
もえみはベッドの掛け布団にくるまり、ブラを外す。男はズボンを脱ぎ、ベッドに上がり込んでパンツ一丁でもえみに飛び付いてくる。
「いっただきまーす」
『しめた』
もえみは飛び付いてくる男の体を見ていた。急所が見える。もえみは布団の中にもぐり込むようにして、片足を思いっきり蹴り上げた。その足が男の股間に命中する。
「あひーー!!」
かりあげ男は変な声を上げて痛がる。
もえみは手で胸を隠して、布団から抜け出る。
「今度は決める!」
もえみには見えた。かりあげ男の首の後ろに何かとても強い光を感じる。そしてそこへ全身の体重を掛けて、渾身のエルボーを打ち込んだ。
ガツン!!
かりあげ男はベッドの上に泡を吹いてうつ伏せに倒れ込んだ。今度は目覚めそうにない。
「参ったか。わたしの胸は高いのよ」
訳のわからない決め台詞を言って、もえみは側に落ちていたスポーツブラを再び装着した。
「はあああ、ふぅー」
もえみは一度大きく深呼吸した。それから男の脱ぎ捨てた短パンのポケットを探った。予想通り鍵が入っていた。
男が起きるのを恐れ、もえみはすぐに部屋のドアへと向かい、鍵穴に鍵を入れて回した。ドアが開いてその部屋からの脱出に成功した。
そしてすぐに、かりあげ男が出てこないように外から再び鍵を掛けた。
「みつおくーん、いるの?どこかにいるの?」
廊下でもえみは声を上げたけど返事は返ってこない。廊下をそのまま進むと、すぐに玄関口に着いた。そして下駄箱の上に、自分の携帯電話を発見した。
もえみは後先考えずに、すぐに電話を掛けた。
トゥルルルル!
「はい」
「もしもし、蓮見です。蓮見もえみです」
声は震えていた。気がつくと涙も溢れていた。そしてその場にへたりと座り込んだ。
「いまどこだ。大丈夫か?」
「はい、どこだかよく、わかりませんけど、兼続教授の別荘です。何とか無事です」
「すぐに行く」
電話の主はひなただった。電話は切れることなくずっと繋がっていた。やがてひなたが到着するまでの間ずっと繋がっていた。
もえみはその間に別荘の中を調べたけど、みつおの姿はなかった。浴室に入るとみつおの言っていた通り、もえみのスーツが浴槽に浸けおきにされていた。警察手帳と財布、交通ICの入ったケースは洗面台の鏡の前に置かれていた。
もえみが寝ていた隣の部屋は、同じタイプの寝室だった。その部屋のクローゼットには男物の服が入っていた。男物ではあったけど、サイズは大きくなく、もえみはそこからティーシャツとスウェットの上下を拝借して着た。
やがてかりあげ男が起きたようで、部屋の中からドンドン叩く音がした。もえみは出てくるのを恐れたけど、しばらく逃げずにその音を聞き続けていた。
扉は思ったより頑丈なようで、男は出てくることなく、やがてあきらめたように静かになった。
キッチンの丸い椅子に座っていると、パトカーのサイレンが聞こえてきた。
もえみは感じた。
『わたし、助かったんだ』
みつおは事件の真相を全て持ったまま消えてしまった。
ただ、もえみは助かり、みつおから真相らしき告白を半分夢の中で聞かされていた。みつおは姿を消したが、特殊試行捜査犯の事件はついに終わりを迎えようとしていた。
つづく




