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とっかかり ~特殊試行捜査係の事件簿~  作者: こころも りょうち
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19.恋のライバル?

 公安大学院大学病院は都心から少し離れた神奈川県の方にある。その病院の8階に、氷見翔(ひみしょう)は向かった。

 ドン!

「ねぇ、おねえさん。今日もお仕事、お疲れ様。今晩、終わったら一杯どう?」

 氷見翔は壁際に若い看護師を追いやり、壁ドンをしてナンパを始めた。

「あの、すみませんが、忙しいので」

「ええ、まじで。じゃあ、また今度ね」

 あきらめは早い。そしてまた綺麗な別の看護師を見つけると。

 ドン!

「ねえ、今晩、暇してない?」

「やめてください」

 そしてまた振られ。そんな行動を繰り返しながら、852病室に着いた。

「さすが病院や。かわいい看護師ちゃんが多すぎるぜ。この病室にたどり着けないかと思ったぜ」

 氷見翔は興奮しすぎて少し疲れぎみに病室へ入っていった。


 ベッドの横には、笑顔を浮かべる女性とまだ小学生くらいの男の子が椅子に座っていて、ベッドに横になる大柄(おおがら)の男と話していた。

「今度ね、試合に出れるんだ。四年生は俺だけなんだぜ」

「そうか。スゴいじゃないか。やっぱし高正(たかまさ)は俺に似て才能があるな」

「え?父ちゃん、サッカーなんてやらねえじゃん」

「父ちゃんは、ラグビーだったからな。ラグビーで日本代表選手に選ばれたからな」

「え、ラグビーよりサッカーの方が難しいんだぜ。サッカーは足しか使っちゃいけないから」

「そうか。やっぱ、高正はスゴいな」

 小学生はベッドの上の男と楽しそうに話をしている。その大柄の男は仰向けになったまま、体を動かせずにいる。

 病室の入口に立つ氷見翔の姿に気づいた椅子に座っている女性は立ち上がり、会釈(えしゃく)をして、近づいてきた。

「宇郷の妻の加奈枝(かなえ)です。えーと、宇郷の?」

「ええ、同僚の氷見翔です。奥さん、ピンクのカーディガンがお似合いですね。今度、ディナーでも一緒にしましょう」

「え?あ、どうも」

「おいおい。俺の妻だ。何、しようとしてるんだ」

 ベッドに横になる増高(ますたか)は笑って、氷見翔に突っ込む。

「高正、ちょっとすまんが、あのおじさんと話があるんだ」

「えええっ、もうちょっと話しようよ」

「高正!」

 少年は母親に(うなが)され、しぶしぶ席を立ち、病室出口にいる母の方へと向かった。

「ちょっと買い物でも行ってきます。ゆっくりお話しててください」

 宇郷加奈枝は一礼して、子供を連れて病室を出ていった。


「どうだ。増高。調子は?」

「ああ、まあ早く動きたいけど、まだ身体中が火傷の(あと)でひきつっててね。まあ、気にするな。後一ヶ月もしたら退院できるさ」

「早く戻ってきてくれよ。おまえがいないから、俺なんて佐久間美麻(さくまみま)と組まされてるんだぜ。恐ろしくて自由がきかない」

 彼はいつもの調子であちこちナンパできない事を言っている。

「あのな。それより、事件はどうだ。真相は掴めたか?」

「まだ何もわからねえ。かなり絞られてはきている。やっぱ、明石研の関係者っぽいんだけど、どうもしっくり来る人物がいないんだよな」

「うーん、俺たちは頭脳班じゃないからな。行動あるべしだしな」

「考えるのは苦手だよな。でも美麻と組まされてると、頭を使えだなんだとうるさくてな」

「ハハハ」

 増高は氷見翔の苦しそうな顔に高笑いする。

「今日はなんだ。美麻の愚痴(ぐち)を言いに来たのか?」

「別にそんなんじゃねえけど、まあ元気そうで良かったよ。早く治ってもらわねえとな」

 氷見翔は笑顔を浮かべた。

 普段はナンパばかりしているふざけたキャラの氷見翔だが、仲間思いのいい奴であることを、宇郷増高はよく解っている。

「俺らには俺らのできることをやるだけさ。すぐに元気になるからそれまで頑張れよ」

 二人はチームの再開を誓い合った。

 氷見翔は仲間をこんな目に合わせた真犯人を捕まえると強く心に誓うのであった。


 ↓


 一方、明石研には新しい研究員が加わっていた。花木華という名の女性で健康的できびきびしている。歳はまだ20代前半で、肌も(うるお)っている。入ったばかりなのに明石博士の仕事を助手としてよく仕事をこなしている。

 神林香美にとっては花木華が明石を(した)うかのような態度が気に入らない。だけど入ったばかりの女を責めるわけにもいかない。すぐにやめてしまったら、ただでさえ問題だらけの明石の評価も低くなる。だから仕方なく怒りをとどめ、顔がひきつりながらも笑顔を作って踏ん張っている。

 明石研は捜査一課の羽田蝶と恩田シオンが捜査するとなっていたはずだが、彼らは明石研を全く訪れてこない。

 監視カメラで監視しているのか、帰り際を尾行しているのか、それは不明だけど直接の接触はしない手法を取っているようだ。


 明石研の研究内容は、世界中の動物の能力を探り、その得意まれなる能力を生み出す細胞や血液を調べている。そしてそれを人間に応用できないかを試す研究である。

 理学的というよりは医学的に近い。しかし公安大学院大学の研究には、理学も医学も関係ない。やがて捜査に必要となる技術が()み出されればそれでいいのだ。

 そして作り出されたのが、筋肉増強剤等の人間の能力を強化させる薬物、異常能力強化薬だ。

 この薬物がどのように作られているかは明かされていない。その成分や成分比はここで研究している研究員以外は秘密にされている。

 明石博士は学会で『何種類かの動物とその血液や保有ウィルスがどのような役割を果すか』といった研究成果を公表している。しかしそれを人に使っているとか、その効能については一切明かしていない。散々ドジをやらかす明石であっても、その秘密だけはしっかりもらさずにしている。

 入ったばかりの花木華も、明石がどのような研究をしているのかは詳しくは知らない。当面の仕事は、明石の論文を読む事と、動物の世話はする事、後は雑用だ。


 その日、華とみつおは動物が飼われている部屋で、二人で餌やりをしていた。二人は鳥かごの鳥や、(おり)の中にいる小動物に餌をあげながら話をしている。

「ねぇ、みつおくん。あそこには何が入っているの?」

 華は薬品倉庫の事を言っている。入れないのを気にしているようで、みつおに尋ねてきた。

「さぁ、僕も詳しくは知らないんです。何かいろんな薬品が入ってるらしいんですが」

「実験用?」

「ええ、そうだと思いますよ」

「明石先生の恩師、みつおくんのお父さん、兼続教授の助手だったんでしょう?兼続教授は遺伝子研究の権威(けんい)よね。明石先生とはちょっと違った研究よね」

 今度は話を変えて、みつおの父の研究について聞いてくる。入ったばかりであるせいか、華はいろいろな事が気になるみたいだ。

「まあ、直接的には関係ないように見えますけど、遺伝子の研究と動物細胞の研究は違うように見えて、とても近いものがありますからね」

「みつおくんはこれからどういう研究していくの?」

「そうですねえ。まだ決めてません」

「でももう四年生でしょ?この後どうするか決めないと。そうですねえ。多分、修士に行こうと思ってますけど、明石先生のところでいさせてもらえるかなあ」

「ここ、気に入ってるのね。居心地いい?」

「まあそうですね。いろいろありますけど、動物好きなんで」

「でも、ここって檻に入れられた動物ばかりじゃない?少し可哀想に思わない?」

「それもありますよね。でも他の研究室みたく、動物を実験体として殺さず、細胞だけを取るだけだから、まだいいかなって思ってます」

「なるほどね」

「華さんはどうしてここに来たんですか?応募して入ったって聞きましたけど、だいぶ急ですよね」

 何種類かの鳥の餌やりが終わったところで、みつおは華に質問をし返してみた。

「いやいや。ホントにずっと研究室探してまして、募集数も少ないし、どこも相手にしてもらえないし、ほんと運良くです」

「そうですか!ぜんぜん知らずにすみません」

「うーん、いいのよ。研究者は皆、大変ですよ。何とか知り合いづてに研究させてもらってる感じだから。香美さんとかも本当によくやってると思います。彼女もどういう関係で入ったんでしょうね。みつおは何か聞いたことある?」

 再び質問の主導権を華が奪う。彼女は(うさぎ)(たぬき)の小動物担当だ。華はペットフードをお椀に盛りながら口を動かす。みつおは華のペースに少しタジタジである。

「あ、いえ、すみません。香美さんとはあまりプライベートな話はしないので。でも多分、明石先生の募集で来たんじゃないかな?先生はあまり人付き合いが上手ではないので、人づてとか、そんなに無いんじゃないかな」

 華は明石の人付き合いか苦手そうな態度を思い出す。華にとって明石は何を考えているかわからないので、少し苦手にも感じている。

 彼女はそんな明石を思い出し、(さわ)やかな笑みを壊して苦笑いを浮かべる。

「そうですか。わたしまだ入ったばかりで不安なんで、皆さんに迷惑掛けないようにしたいので、ついついいろいろ聞いてしまうかもしれませんがよろしくお願いしますね」

 華はみつおが自分の方を見て、変な顔をしているなと思われているのを慌てて取り消して、そう言った。そして黙って、残りの餌やりをし始めた。

 二人の何気ない会話もそこで途切れる。

 研究室では新しい日々が始まっていた。


 ↓


「はあ~」

 神林香美は大きく一つ溜め息を付いた。

 埼玉へと続く南北に延びる地下鉄に乗って、香美は本日の帰路に着いていた。今日一日に何か悪いことがあったわけではない。この溜め息は日々のマンネリによる疲れから来るものだ。

 彼女の(てき)である出流原ゆづるは排除されたけど、また新たな敵が彼女の前には現れた。もちろん、まだ敵と決めつけるには早い。花木華は彼女の味方にもなってくれるかもしれない。あわよくば明石先生との恋のキューピッドにもなってくれるかもしれない。でも今はまだ、花木華の存在は危険だ。簡単に心を許すわけにはいかない。

 香美はそんなことを考えながら、自宅のある埼玉へと帰っていく。


 神林香美の人生は面白味もなくつまらないものだ。特に研究大好きで研究者になったわけでもない。ただ理科は得意で、「得意だね」と誰かに()められたからそれを頑張ろうとしただけだ。

 理科系の大学に入学した。就職活動はしたくないから、そのまま大学に残って大学の教授の(すす)めで、博士号まで取った。その先も決めてなかったけど、募集していた公安大学院大学の研究員に応募した。

 運命の出会いはそこで訪れた。香美は一瞬にして恋に()ちた。整った顔立ちに、キリリと通った鼻筋、つぶらな瞳が輝いていて、ゆったりした喋り口調に、優しい笑みが時おり浮かぶ。

 ハッとした。そして彼女は生きがいを見つけた。ずっとおかっぱに黒縁眼鏡だった容姿を変え、パーマをかけ、髪を軽く茶色に染め、コンタクトにした。

 そして出来立てホヤホヤの公安大学院大学の研究員としての新たな一日が始まった。私はこの人の為に仕事をする。

 神林香美の人生に転機が訪れた。と思っていた。

 最初は、好きな先生の(そば)で仕事ができるだけで良かった。でもだんだんといろいろ知りたくなって朝から晩まで行動観察した。結婚もしていないし、彼女もいない。チャンスはあるはずだったけど、なかなか距離は縮まらない。おまけに先生の邪魔をしようとする出流原ゆづるがそこにはいた。

 邪魔なゆづるの行動を観察するうちに香美は気づいた。彼はただ邪魔なのではなく、明石先生に対して明らかにミスを仕掛けるようとしている。

 香美は今回の薬の流出もゆづるの仕業(しわざ)だと考えている。彼が勝手に持ち出して、誰かに渡したんだと疑っている。

 香美の邪魔者はいなくなった。だが気になる存在が新人の花木華だ。ゆづるのような真似はしなそうだが、香美の恋敵(こいがたき)になる危険はある。早めに()()んでおきたい。


 ピンコーン!

 そんな事を考えているところに、携帯のメールが届く着信音が鳴った。普段メールなんて届かない香美の携帯はマナーモードになっておらず、香美は電車の中で慌てて携帯を取り出した。

 マナーモードに替えてからメールのアプリを開く。

 差出人はアドレスが書かれているのみで、知らない宛先からだった。だが迷惑メールという感じでもないように見える。なぜなら件名が、『公安大学院大学一定関係者への重要なお知らせ』となっていたからだ。迷惑メールにしては、あまりにも自分の個人情報に詳しすぎる。

 香美は学校の関係者からのメールだと判断してそのメールを開いた。そこにはまさかの内容が書いてあった。

『当校内にて、某研修生(ぼうけんきゅうせい)が当校職員を名乗る女性に無理やり誘われ、お金を(だま)し取られたという被害の報告がありました。

 某研修生の話では、女性は最近この大学に採用されたと言っており、髪は肩程で、身長は平均的で、きびきびとした明るい感じの女性だったとの情報を得ています。

 この問題は公安委員会直轄(ちょっかつ)の当校において刑事事案には致しませんが、関連のあると思われる関係者に通知致します。

 不可解な行動を取る職員がいた際には、当校の総務部庶務課へご連絡下さい。

 なお、本件は極秘事案の為、メールは確認後、すぐに廃棄するようお願い致します。』

 香美は慌てて周りを見回し、誰にも見ていないことを確認してから、慌ててそのメールを削除した。

 今まで受けたこともないメールだったけど、香美には一人の女性が頭の中に浮かんでいた。

『花木華』

 香美はすぐに、明石が騙されていると勘ぐった。彼女は最初から金目当てで近づいてやってきたにちがいない。やがて明石先生があの女に変な誘惑をされ、全財産を奪われてしまう。そんな恐れが頭の中を過った。

『私が正体を暴いてやる。危険を感じたら刺し違えても仕方がない』

 そんな危険な想像をしながら、花木華への怒りを燃やすのであった。


 つづく

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