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とっかかり ~特殊試行捜査係の事件簿~  作者: こころも りょうち
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2.せんせー、いきなり死んでしまいますよ!

 駅まで続く狭い路地。下校中の高校生が通り過ぎていく。

 僕はアイツが来るのを待っていた。

 アイツはいつもならグループを為して数人で帰る。だけれど、今日は歯医者に行くから先に帰ると言って、教室を出て行こうとしていた。

 僕はそれよりも早く、授業が終わると速攻で教室を飛び出した。

 友達もいない僕は誰にも目立たず抜け出せた。どこかで誰かに呼び止められないかハラハラしていたけど、それも取り越し苦労だった。

 そしていつもの商店街の路地まで走り、二つ目の人目のない交差点で姿を隠した。

 アイツがここを通らない可能性だってあった。ちょうどいいタイミングで飛び出せるかもわからない。自信はなかった。

 何人かの高校生が通り過ぎた。そしてアイツが通り過ぎた。見逃さなかった。

 早足のアイツを後ろから追い駆け、追い付いた。

 ゴン!

 鈍い音がした。グーに握り締めた拳で、アイツの後頭部を力一杯殴った。

 ドカッ、ドサッ!

 アイツは地面に叩きつけられるように倒れ込んだ。

「どうだ!思い知ったか!いつまでもおまえの言いなりになると思うなよ!」

 スッキリした気持ちで僕は倒れたままのアイツに言ってやった。

 アイツは起き上がらなかった。倒れたままだ。殴った右手が痛かった。痛いというか痺れていて麻痺していた。自分の右手を見ると変な風に折れ曲がっていた。

 あれ?おかしい。

 いくら不意打ちに思いきり殴ったからってこんな事になるのか?

 僕の心臓の鼓動は高鳴った。冷や汗も出てきた。

「おい、おまえ、何やったんだよ」

 知らない高校生の男が僕の肩を掴み、声を掛けてきた。

「大丈夫か?」

 他の高校生が倒れているアイツに声を掛ける。

「お、おい?」

 その高校生は首もとを触る。

「なんか冷たい。なんか、死んでるみたいな」

 周りにざわつく声がする。気がつくと同じ高校の男女の高校生が僕らを囲んでいた。

「救急車だ!」

 誰かがそう言った。

「俺が呼ぶ」

 そしてまた誰かがそう言った。

 周りはザワザワ言っている。

 僕の左手が捕まった。

「逃げるなよ」

 正義感の強そうな高校生の男が言った。

「ち、違うんだ」

 僕はそう言った。でもそれに続く言葉は出てこなかった。


 ↓


 ここ、公安大学院大学は、政経、教育、理工学、医薬学の4部が存在し、各部に20人程度の教授が在籍している。さらに各教授には2人から3人程度の助手や研究員が付いている。

 大学だけど学生はいない。代わりに昇任を目指す警官が全国各地から集まり、短期の講義を受けて帰っていく。常日頃、教授たちは政経や教育学部では警察組織に必要な情報や知識を収集していて、理工学部や医薬学部では様々な実験が行われている。

 25階建てのビルディングには研究室、講義室、実験施設、食堂、宿泊施設、事務室、会議室等のすべてが凝縮されて混在している。

 もえみは美麻に校舎内を案内されながら何階に何があるかを覚えていった。複雑な迷路のような造りの校舎だ。ボケッとしているとあっという間にその迷路の途中に置き去りにされてしまいそうだ。

「あの、あのお、すみませーん。質問です!」

「なあに?」

 次から次へと説明を続ける美麻の口と足を止め、質問する。

「どうしてこんなに複雑な迷路みたいになってるんですか?」

「そうね。ここで行われている研究は外部に漏れててはいけない多くの情報が集まっているの。今、目星を付けている犯人の情報や犯罪の種類、過去の犯罪手口をまとめたもの、それから犯人を逮捕するための最新科学技術とかね」

「あ、なるほど!それを見つけられないようにしてるんですね」

 もえみは人差し指を立て、ピンと来て理解する。

「それで、これから案内するのが私たちと関わり深い理工学部の研究室よ。このエレベーターに乗って直通よ」

 広い空間となっている部屋のど真ん中にエレベーターが1台ポツンと置いてある。

「不思議な空間ですね」

「盗みに入る人間が一番嫌っているのが、だだっ広い空間。隠れる場所がないと泥棒は隠れられないでしょ?」

「透明なガラスに囲まれたエレベーターが一台降りてくる」

 そして美麻はエレベーターにIDカードをかざす。「ここから先は、さらにセキュリティが厳しいから。あなたもIDカードを通して」

「あ、はい」

 もえみは慌ててカードをかざした。ピピッと、自分のカードも無事に認識されて、ほっと一安心だ。

「そして二人が乗り込む。一人か二人か、エレベーター内のAIが管理してるのよ。二人乗るのには、二人のID認証が必要なの」

 透明なエレベーターの中はマジックミラーになっていた。上昇しているけど何階に向かっているのかわからない。直通というだけあって階数ボタンも、階数表示もない。


 エレベーターは意外とすぐに止まった。乗り込んだ階が3階だから6、7階といったところに感じられる。

 エレベーターが開くと、どこかのオフィスのような長い廊下が左右に続いている。ひとっこひとりいない通路は静寂(せいじゃく)に包まれていて、恐怖心を(あお)るような雰囲気を(かもし)し出している。

「さて、ここまで来たから、あなたにも話すわ」

 美麻の眼鏡がぎらりと光り、怖い顔してもえみを見ている。

「な、なんでしょうかあ?」

 ドキドキして身構えながら次の言葉を促す。

「私たち特殊試行捜査係は、この理工学部で開発された発明品を使って捜査を行う。それが任務なのよ。特殊試行ってそういう意味よ」

「そうなんですか。それって秘密なんですか?」

「ここまでは署内にも知れ渡っているわ。問題はその中身。ここで開発されたものがどのようなものか、それについては秘密。特に、これから案内する研究室は最機密事項だから」

「さいきみつ事項?」

「最も外部に漏らしてはならない情報ってことよ」

 美麻は廊下を奥へと進んでいく。いくつもの研究室を素通りし、その奥にある部屋の前で立ち止まる。

『明石研究室』と書かれたドアの前だ。

 黒いスーツの胸元に入れられたIDカードをまたまたかざし、もえみもそれに(なら)う。

 部屋のロックが解除され、ボタンを押して自動扉がオープンする。

「さあ、入って」

 部屋には1台の大きなテーブルと5脚の椅子があり、パソコンや何かの検査機器の置いてあるデスクがテーブルの周りを囲っている。

「せんせー!明石せんせー」

「誰もいませんね」

 美麻は奥にあるドアをノックする。部屋を開けると、どことなく生活感のあるゴミゴミした部屋があり、ソファーや机、たくさんの本が詰まった棚がある。だけれど見回す限り人はいない。

「留守なんじゃないですかあ?」

「おかしいわねえ。今日は部屋にいるんだけど」

 そう言って美麻はスマホを耳に電話を掛ける。

 机の上でバイブレーションになっているスマホが揺れ動いた。

「ああ、置きっぱだ」

 もえみはそう言って苦笑いをするけど、美麻の表情は曇っている。

「おかしい」

 奥の部屋を出て、最初の部屋に戻る。

 辺りを見回す。美麻は部屋の端の床にカードが落ちているのを発見し、それを拾う。

「これ、明石先生の」

 そしてそのすぐ傍の壁に付いていたカードリーダーに、そのカードをかざす。壁のようになっている場所には扉が現れ、ガチャっといってロックが解除された。

 扉を開くとそこには苦しそうな白衣姿の男が倒れていた。

「明石せんせー!」

 美麻は慌てて男に駆け寄り、肩を(かつ)いで、その部屋の外に出てきた。

「だ、大丈夫ですかー!」

 もえみはバカでかい声で美麻に声を掛けた。すると男は小さく目を開いた。

「あっ!」

 その目がもえみと合う。シュッとしまった顔立ち、優しい茶色の瞳。

『イケメン先生』もえみの心は昇天する。『目が合って、それがわたしたちの最初の出会い。そのとき解き放たれた性への欲望をわたしはもう止めることができなかった』

 もえみの脳裏にはあらぬ妄想が浮かぶ。

「あれ?ここは、どこかな?」

 イケメン先生がもえみに(ささや)くように優しい声を掛ける。

「先生!大丈夫ですか?」

 美麻は男を肩から下ろし、椅子に座らせ、声を掛けた。

「あ、ああ、これは佐久間さん。どうされました」

「わたしは先生に新人を紹介しに連れてきただけです。それより先生はどうなされたんですか?」

「あ、ああ、ええと、そうだ!保管庫に薬剤を取りに行って、保管庫に置いてあった薬剤をこぼしてしまったんだ。薬剤は毒薬ではなかったけど、空気に触れると酸素を薄めてしまう。すぐに出ようと思ったけど扉は閉まっていた。扉はカードがないと中からも開かない仕組みになってた。カードが見つからなくて、気がついたら酸欠状態になり、意識を失った」

「カードなら外に落ちてましたよ」

 美麻が言う。

「そうか、落としたのか。危なく死ぬところだった」

「本当に、先生、ドジなんだから」

 イケメンだけどドジな先生。危険で頼りない。ルックス面では百点だけど頼りない性格は、もえみの好みでない。残念ながら今のところ一番のタイプは、一班班長の大地ひなただ。

『残念だけど、わたしとは相性が悪いわ。先生ごめんなさい』

 もえみは勝手に振って、明石先生との付き合う距離を決める。

「大丈夫ですかあ?先生。わたしは新しく特殊試行捜査係に配属になりました蓮見もえみです」

「あ、私は常日頃(つねひごろ)から公安大学院大学におります明石音麿です」

「先生、なんですか?その紹介?」

「いや、蓮見くんに合わせたらそうなりまして」

 ドジで天然の変な先生。いきなり死体となってご対面とならずに良かったともえみは安心する。

「ところで美麻先輩。さいきみつ事項ってなんですか?」

「そうそう、そもそもそれを説明しにここへ来たのだった。明石先生!もう大丈夫ですか?」

「ああ、もう、何ともないや」

「では、あれについて説明を」

「あれ?ああ、あれねえ」

「はい。あれです」

「あれはつまり、私の要求ではないのだけれど、助手の神林くんがどうしても欲しいというもので、ついなんですけど、買ってしまいました。すみません」

「せ、先生?それは何の話ですか?」

「え、だから、アマゾン奥地に生息する、あの光り輝く鳥、エメラルドインコのことでしょ。一匹1000万という超高価な鳥を研究費で買ってしまって」

「いや、それではなくて、異常能力強化薬の事です」

「ああ、なんだ、それね」

 明石にとっては最機密事項よりインコの方が秘密だったようだ。

「異常能力強化薬とは、私たちの脳内に眠る力を存分に引き出すための筋肉注射薬で、それによって普段は隠されちる人の力を発揮することができる特種な薬の事です。細かく言うと、これはウィルスと体液混ぜ合わさったものであって、様々な動物から集めるのだけど、その液体は人間には合わず、私の研究室で培養や触媒の使用によって、人の細胞に合うように変化させた薬で、それを人に投与すると特種な力を発揮できるとわかった画期的な発明になります」

「難しい話だけど、簡単にいうと、ドーピング剤みたいなものね」明石の話に美麻が付け加えていく。「この注射液はとても危険なもので、人によっては合わずに異常な状態になって死ぬ可能性もあるのよ」

「ええ、そうなんですか!」

 もえみはあまり興味のない話だったけれど、ここは興味深いように感嘆(かんたん)してみた。

「そこで、特殊試行捜査係が作られたの。特殊試行捜査係はこのウィルスの耐性(たいせい)を保有する者を集めた警察組織なのよ。だから高校生の由比三樹も刑事になれた。彼の薬への適合率は99.999%だったから」

「それって珍しいんですか?」

「適合率90%で1250人に1人と言われているわ。全ての警察官は秘密裏に健康診断でこの検査を受けさせれられているの。そして90%以上だった者が、とっかかりの部署に配属になるの」

「ほええ、じゃあ、わたしも?」

「そうよ、蓮見さん。あなたの適合率は98.76%、極めて高い適合率だったわ」

「でもこの注射薬は簡単に使うには危険なんですよ。異常に力が出てしまうから、うまくコントロールできないと自分の骨や皮膚を傷つけてしまうんです」と明石が付け足す。

「適合率が高いだけでも、とっかかりになれない。あなたは武道も達者だったでしょ?そういった能力も評価した上であなたが選ばれたのよ」

 ガーン!!

 もえみは複雑な気持ちになる。望んでそんな危険な職場を選んだわけではない。

「まあ、あなたがすぐに実践で使うなんてことはないから大丈夫よ。今は一班の大地班長と由比三樹しか使ってないわ。そして、もう一つ、そのアンプルは危険な薬だけにここで厳重に保管されている。いくつかはとっかかりが持っているけど、それも厳重に管理されているの。だからまず、その存在をあなたには教えておくけど、決して口外(こうがい)しない。それから決して持ち出そうとしないことを約束してね」

「もちろんです。わたし、そんな恐ろしい薬を持ち出すなんて、とってもできませーん」

 もえみは手を可愛くパタパタ振って全力で否定し、美麻の要求に答えた。

「まあ、厳重に保管されているから、ここから持ち出すなんて不可能よ。その心配には及ばないわ」

 美麻は力強くどや顔で言って、もえみの心配を払拭(ふっしょく)した。

「ところでトロピカルインコって」

 もえみはそっちに興味があった。

「いやあ、あれは、新しい薬の開発のために保菌するウィルスを取り出すためで、決して鑑賞用とかではなくて」

 鑑賞用トロピカルインコ、その他いろいろな動物も、実はこの実験室の奥には飼育されている。怪しい研究室ではあるけど、イケメン博士もいて、なんとなく興味深い、この研究室に心引かれるもえみなのであった。


 つづく

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