17-2.クライマックス!!!
国会議事堂の三階は傍聴席があり、その入口付近にはたくさんの一般人がいた。もえみは若い男を物色して、顔をよく覗いて観察する。
『ちがう、この人も、どうも違うなあ』
彼女は写真の男を探しているようである。
『この人は?いや、あまりイケメンじゃないなあ』
と思ったが、どうやら違ったようだ。彼女の興味は男の面にあるようだ。写真と照らし合わせているのは、仕事のふりをしている偽りだ。
今日はキチッとしたパンツスーツ姿で、もし敵が襲ってきても動きやすいストレッチの効いた服を着ている。
「皆、逃げろ!」
国会議事堂の広い通路にそんな声が響いた。もえみはふと声の方に目を移す。スラッとしている、黒髪の男が動きやすそうな黒いスウェット姿で立っている。もえみは持っていた写真の男とちゃんと見比べた。そこいる男は写真の男にそっくりだ。
「うわっ、マジか!」
現れた実物に思わず声を上げる。
写真から目を離し、再びその男の姿と辺りの状況を見渡す。男の傍にはスーツ姿の一般人が横になって壁際に倒れていた。そしてスウェットの男はズンズンと、もえみの方に歩き近づいてくる。その後ろからは二人の警備員が追いかけてくる。
そして二人の警備員が男を取り押さえようと手を掛けた。次の瞬間、二人の警備員は左右の両壁にぶっ飛び、ダン!と激突した。
「大丈夫だ!力は制御できている!殺してはいない!俺の目的は人殺しじゃない!」
その男、皆久保空馬は傍聴席の入口付近に向かって、大衆に聞こえるよう大きな声で言い放った。
しかしそんな言葉は何の信用もできないと、周囲の報道記者や一般人は恐れ怯えている。もえみは『ここは私がやるしかない!』と決め込んだ。
「皆さん、安心してください。私は警察です。あの男を捕まえて見せます」
周囲がさらにざわめく。
「ワッハハッハ」そのすぐ後に、皆久保の笑い声が響いた。「おい、女。おまえが俺を止めると?いいだろう。やってみるか?」
自信はないけど、あまりバカにされて、もえみはカチンと来た。空手の構えを取り、ジリジリと皆久保に近寄っていく。
もう少しで相手に攻撃できる範囲まで近寄った。でも相手は背丈があり、手足が長い。自分の拳は打っても相手に届きそうにない。相手の能力からしても、足蹴りしても交わされるだろう。もえみはそれ以上近づけない。
皆久保が後一歩、先に近づいてくれば隙をついて先制攻撃を食らわせられるかもしれない。だが今の位置では確実に避けられる。
皆久保もただの素人よりは確かに出来そうな女だと感心して、それ以上に近づいてこようとはしない。
ただ、皆久保の目的は国家の審議を止めさせることだ。女を相手にしている場合ではない。彼はもえみを無視して、国会の傍聴席に入っていった。
「投票は中止だ!」
国会でのインターネット規制法の投票中に、皆久保は大きな声を上げた。そして傍聴席の階段を降り、中継席から議員席の机の上に飛び降りた。
数メートルの高さがあるのだが、皆久保はうまく力を制御し、身体能力よく、怪我無く机の上に立っている。
もえみは皆久保の姿を追って傍聴席の階段を駆け下りたが、下へは飛び降りるのは無理だと傍聴席の前列から下を見下ろすだけだ。
その時、議員席への入口から、ひなたが姿を現した。もえみはそれを見て、胸がときめいた。
周りの年配議員は突然空から下りてきた皆久保に驚いて茫然としている。
ひなたは議員席の間を一気に走り、皆久保に飛び掛かっていった。皆久保は瞬時の動きに身構えるが、まだ態勢は整えられていなかった。
「うおっ」
そう声を発した次の瞬間、体が宙に浮いていた。ひなたが瞬時に下から上へ皆久保を突き飛ばしたのだ。
結構な高さまでつき上がってから机に落ち、腰を打った。
「投票を中断します」
議長の声が国会内に響く。辺りはざわつき、我に返って状況を僅かばかりか理解した中高年の議員たちが、我先にと一斉に出口へと逃げ惑いながら向かっていった。さすがにお偉い議員さんだけあって生き抜くための強い生命力を持っている。すぐに国会の議員席からは人がいなくなった。
皆久保はすぐに起き上がった。まだ致命傷のダメージは受けていないようだ。
「あぶねえじゃねえか、俺の体の爆弾が爆発するだろ!」
皆久保は脇のポケットから爆弾のスイッチを取り出す。スイッチというより携帯電話のようだ。
「さてまずは」
ポチ
ボカッーーンーー
どこかで大きな音が鳴り響いた。皆久保は三階あたりに仕掛けた爆弾のスイッチを押したようだ。
「きさま」
「まあ、あそこは運が悪くなければ誰もいない場所だ。だが、次は同じようにはいかない」
皆久保はひなたと周りの人間が聞こえるように言う。
「どけ!俺を通せ!」
そしてゆっくりと出口に向かう。
我先にとドアを出て行った議員は慌ててドアから離れ、さらに逃げ惑う。
ひなたも下手に手出しは出来ないと感じ、その場にフリーズする。
ひなたはハンズフリーの電話で、油坂係長に連絡を入れた。
「どうだ。状況は?」
状況の見えていない油坂ら声がすぐに返ってくる。ひなたはすぐに尋ねる。
「公安は動いてますか?」
「まだだ。議事堂の外で待機している」
「そうですか。それは良かった。今はまだあいつは危険です。爆弾を持ちつつ、強化剤を使用している。どうやっても今のまま手を出せば死傷者が出るでしょう」
「爆弾を排除は出来ないのか?」
「今の状況では難しいでしょう。彼が外に出て、安全を確認してからでなくては」
「くそっ、失敗か!国会を停止させた上に、犯人を捕まえられない。このままではとっかかりも終わりかもしれんな。俺も馘だ」
油坂は電話越しで悔しがった。
国会議事堂の裏にあるビルの陰から銃口が、出てくる一人一人の人を捕らえていた。しかし出てくるのは国会の職員ばかりで犯人は見当たらない。
それでも、そのスナイパーには自信があった。ここから犯人が出てくると予測していた。
「やはりそっちへ向かっています。もうすぐで出口です」
銃口を構える男の耳元のイヤホンに声が届いた。声の主は鶴見充だ。充は国会衆議院室から出てきた皆久保の後をずっと付けていた。そしてスナイパーにずっと連絡を取っていた。
「外に出ました」
銃口は犯人の手元を捕らえた。
バキューーーン
ガシャン!
銃口は皆久保の持っていた携帯を捕らえ、弾丸は見事に的中した。携帯は瞬時に破壊された。
「くそっ、なんだ」
皆久保の目には、黒い姿の男が飛び込んでくる。
「みなくぼーー」
スナイパーの男は、土黒イゾウだ。彼は国会議事堂の裏口でずっとこの時を待っていた。イゾウは皆久保に快速を飛ばし走り寄っていく。
そして距離を詰めると拳を作って、皆久保の顔面目掛けてパンチを放った。しかし即座の反応で皆久保は頬の前に平手を作ってその攻撃を受け止める。
互いの力は拮抗し合い、衝撃で二人はそれぞれの背後へ吹っ飛んだ。
イゾウは路面をバク転して態勢を立て直す。皆久保は後ろの壁面に背中をぶつけて倒れた。
やったかに思えたがそうはいかなかった。皆久保はすぐに立ち上がった。
「くそっ、あぶねえな。瞬間的に背中の筋肉を増加させて、防御したから無事だったが、あぶない。きさまも使っているのか?」
「俺はあんな異常な物は使わねえ。体に合金やバネを埋め込んでるだけさ。この拳の鋼はくっつけてるだけだ」
イゾウは鋼で覆われた拳を見せて、自分の能力を見せつける。
「どっちが異常だ!」
皆久保は言い返して、路上に落ちた携帯の起爆装置を拾おうとする。携帯はまだ完全には破壊できていないようだ。
ズキューーン!
瞬時に弾丸が起爆装置となる携帯電話を弾き飛ばした。
皆久保が弾丸の飛んできた方向に目をやった。そこには柔そうな男が立っていた。鶴見充だ。
辺りを見回すと、すでに全方向を警官に取り囲まれていた。
「そこまでだ。観念しろ!」
充は強い口調で皆久保をあきらめさせようとする。
「甘いな。その程度で勝ったつもりか。ただ時間はない」
皆久保は作戦を変えて、路上を走り出し、周りを囲う警官の方へと向かう。
イゾウも駆け出し、逃げようとする皆久保に走り寄る。
「逃がさねえよ」
イゾウの二の腕付近からは細いワイヤーが飛び出し、それが皆久保の体に巻き付いた。
「なんだこれは?」
皆久保は逃げられずに立ち止まった。下手に動けば自らの異常能力の力でワイヤーに切り刻まれる恐れがあるからだ。
「きさまには恨みがある。この半年、きさまを追い続けた。居酒屋チェーン店本社の爆弾事件、犯人はおまえだな」
そこで初めてイゾウの鋭い目を、皆久保は見た。
「そうか。彼の邪魔をしたのはお前らか。あのブラック企業の不正に怒りを持った彼は自爆した。二人の刑事の邪魔が入ったためだ。邪魔をしなければ、彼は無事だったのだが」
「やはり、きさまが裏で操っていたのか」
「あれを邪魔したのも、あんたか」
「きさまら爆弾魔の犯行は許さねえよ。充!仕返しだ!」
イゾウは近くにいる充の方をちらりと見て、それからさらにワイヤーを手で強く握り締めた。
しかしイゾウの力は思ったより伝わらない。皆久保はワイヤーを手で引き返し、綱引きのようにイゾウを引っ張っていた。
力は皆久保の方が上のようだ。強く引っ張り返され、イゾウは地面に倒れ込んだ。
「イゾウさん!」
バキューン!
充は叫んですぐに拳銃を放ったが、皆久保はその弾丸を筋肉を強化させて腕で受け止めた。
「腕じゃダメだ。脳天を撃ち抜け!」
イゾウが充に伝えるが、充は躊躇する。周りの警官も銃を引くには躊躇している。
「残念だったな。日本のお優しい警察じゃ、俺を殺すことはできねえ」
皆久保はイゾウを引っ張り、ぐるぐる回し出した。宙を浮いて回り出したイゾウはワイヤーを手離した。そしてワイヤーが弛んだ。
逃げられる!そう思った瞬間、銃弾が皆久保の脳を貫いた。
「誰だ!」
イゾウは自分じゃないし、充でもないことをすぐに見抜いた。そして銃口の方向に目を向けた。
若干宙に浮いている細い男がそこにはいた。
「ますたかの仇だ!てめえは許さねえ」
そこにいたのは氷見翔だ。
「まさか、撃ち抜くとは」
そう言ったのは、頭を撃たれた皆久保本人だった。
あれ俺生きていると、不思議に感じた次の瞬間、皆久保はその場にぶっ倒れた。
「安心しな。新型の麻酔銃だ。死にはしない」
「確保!」
周りを囲んでいた公安警察が一斉に皆久保に飛び掛かっていく。
もみくちゃになって、意識を失った皆久保は確保された。
「やりましたね」
充は安堵して、イゾウに近寄っていった。ホッとしていたイゾウが笑みを浮かべた。そのイゾウの手には、手錠が掛けられた。
「な、なんで俺が!」
「すみませんが、銃刀法違反に、迷惑防止条例等で、連行します」
「おい、まじか、充」
「ええ、まあそうなりますね。イゾウさん、今は警官じゃなくて民間人なんで」
鶴見充。この男はいつも何考えているのかわからないところがある。とっかかりでは師弟関係であったイゾウも彼の考えがよくわかっていない。
しかしここは逆らわずに連れていかれるしかない。状況からして彼に捕まっておいた方が逃げるよりすぐに釈放される可能性が高い。
「わかったよ」
イゾウは充に連行されることにした。
辺りは報道陣も多く集まり、かなりざわついていた状況になっている。
移送車がやって来て、窓に鉄格子の付いた車に、意識を失っている皆久保空馬がぶちこまれた。
とっかかりの面々は少し離れたところから無事に事件が解決した様子を見ていた。
戦いは終わった。これで全てが解決したかのように、メンバーには安堵が訪れる。しかし本当の目的は果たされたのだろうか。彼らは大切な事件の真相を忘れている。残された筋肉増強剤はまだ見つかっていない。
その全てが発見されるまで、彼らの事件は終わらないのである。
つづく




