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とっかかり ~特殊試行捜査係の事件簿~  作者: こころも りょうち
17/28

17ー1.クライマックス!!!

 国会議事堂を訪れるのは初めてではない。子供の頃に社会科の授業で内部を見学に来たことがある。あれから30年後、まさかこういう形でここに来るとは思わなかった。

 国会議事堂前は荒れていた。本日の衆議院投票で、新たなインターネット規制法が制定される予定だ。数の力からこの法案が通るのは間違いない。だが通さない方法はある。投票そのものが中止されれば法案は通らない。

 力ずくだ。強引に停止させる。デモなんてやっても無駄だ。そんなちんけな活動では実行力がない。

 デモ隊は叫んでいる。

「インターネット規制改正法反対!」

「絶対認めるな!」

 この法案が通るとネット上での様々な情報が規制される。たとえば爆弾の作り方や殺害方法などを掲載するだけで逮捕される可能性が出てくる。

 ここに集まる多くの人間はただの情報規制を嫌う連中でしかない。爆弾や銃、戦闘機の本格的なマニアがいるわけではない。実害(じつがい)はない奴らばかりだ。

 俺は仲間二人と多くのプラカードを掲げるデモ隊の中に(まぎ)れ込んでいた。仲間の一人は元鍵職人の盗人(ぬすっと)だ。この法案が通ると盗人稼業(ぬすっとかぎょう)支障(ししょう)が出る。別件逮捕をされる危険があるからだ。本人としては泥棒していて捕まる分には仕方ないが、それ以外で捕まるのは納得いかないと言っている。変わった男だ。

 もう一人は殺人マニアだ。といっても実際に人を殺したことはない。ただどうやったら人をうまく殺せるかを真剣に考え、ネット上で語っているヤバい奴だ。

 まあ、そうは言っても俺も人の事は言えない。社会を恨んで気に入らない会社に爆弾を仕掛け(おど)す。そういう脅迫(きょうはく)をして恵まれない奴の味方のふりをしている。本当はただ金持ちの社長が(あわ)を吹かすのを喜んでいるだけだ。

 さて、時間は午後2時、もうすぐスタートだ。

「やるぞ」

 俺は二人の仲間にそう声を掛けた。二人の仲間はその声に(うなず)いた。

 まずは隠し持っていた注射薬を胸に打つ。どうだろう。うまくいくだろうか。2ヶ月ほど前に手に入れた情報で、この注射薬を使うと常人(じょうじん)を超える力が発揮できるという。どれ程の力かは定かではない。

 そしてデモ隊から外れ、国会議事堂の門へと向かった。二人の仲間も付いてくる。

 門にいた警備員が立ちはだかる。

「この先は入れないよ?デモは外までだ」

 警備員は俺たちを恐れていない。見た目はただの(やわ)な若者にしか見えないのだろう。俺らをただのデモの連中と見ているようだ。

 俺は警備員の肩をドンと押した。

「ぐわあ!か肩が」

 ちょっと押しただけなのにすごく痛がっている。これはすごい。

 殺人マニアの仲間も驚いて、その力に自信を持ったようだ。リュックから爆弾を取り出し、門に仕掛けた。


 ド、ドカーーーン!

 耳が潰れそうなほどに大きな音が鳴り響いた。やってやった。これでいける。

 煙が立ち、門が破壊された。

「突っ込むぞ」

 そう言って走り出した門の先に、二人の男たちが姿を現した。


 ↓


 警察庁の情報では国会でインターネット規制改正法の法案が通される日に、反対する者たちが国会に集まり、テロも起きる可能性があるとの情報があった。

 この情報が正しいとも限らない。その他にいくつかの情報もあって、捜査一課特殊試行捜査係、通称とっかかりはそれらの情報先に別れて、皆久保空馬(みなくぼくうま)を追っていた。

「やはり本命どおり、ここに来たか。俺がいるからには敵じゃない」

 現れた皆久保とその仲間を前に、由比三樹(ゆいみき)は強気な態度を見せる。

「甘く見るな。こいつらはアンプルを使っている。力は半端ない」

 大地ひなたが由比三樹をたしなめる。

「だけど、こっちもすでに注入済みですよ」

「アンプルを使った者同士でやりあったことは、俺もない。筋肉増強剤の攻撃力は間違いないが、防御力はあまり無い。やり合うにしても、受け止めるのは危険だ」

「ご忠告どうも。だけど、俺もそのあたりは分かってますよ」

 現れた爆弾魔は、目の前に立ちはだかる二人がまだ何者なのか理解していない。

 皆久保と二人のテロリストは(かま)えて、相手の動きに(そな)えている。

「どうやら、俺たちの事をすでに知っているみたいだ。この二人は危険だ。俺たちの目的はこいつらを倒すことではない。避けるぞ」

 皆久保は仲間の二人にそう伝えた。

 それから議事堂の周りを(おお)う壁の内側に沿って走り出した。仲間の二人も皆久保の後を付いていく。

「逃げるのか」

 そう言って、由比三樹が後を追う。

 奴らは正面玄関ではなく、回り込んで国会の脇にある入口から入ろうと狙っているようだ。その入口には別の警備員が立っている。

「ヤバい!警備員が殺される」

 由比三樹は追うが、なかなか素早い彼らに追い付けない。

 そこへ空から人が降りてくる。

「残念だな。ここはおいらが通さねえ」

 そう言って現れたのは氷見翔(ひみしょう)だ。氷見翔は足に空飛ぶ()()()()(通称(そら)かき)を付けて、空に浮き、手から光線を放った。

「うわっ」

 爆弾魔三人は目を(くら)ませ、立ち止まった。

「おお、なかなか効くね、この目眩(めくら)まし」

 氷見翔は公安大学院大学理工学部で開発された新たな武器を手に笑顔を見せた。

 入口に立つ警備員は何が起こったのか分からず驚いている。

「君、いったい何をしている」

「こいつらはあんたら警備員で手の負える相手じゃねえ。早く逃げな」

 警備員はあまり納得していない。

 そこへ由比三樹が追い付き、爆弾魔集団の一人に蹴りを食わせる。爆弾魔の人殺しマニアはぶっ飛び、近くにあった垣根に落ちて倒れ込んだ。

「おう、三樹。裏門からぶっ飛んで来てやったぜ」

 氷見翔は余裕そうに由比三樹を見て言う。

「気を付けた方がいいですよ。氷見さん。こいつらはもう強化剤使ってますから」

「うわ、マジか。ヤバッ」

 氷見翔はそう言って空かきに乗ったまま、バックして敵と距離を取る。

 垣根から立ち上がった、ひょろっとした男は二人の仲間に駆け寄り、再び三人で態勢を整える。

 そこへ遅れてきたひなたが到着。さらには空かきを使わず裏口から内部を抜けてやって来た宇郷増高(うごうますたか)が通用口の中から現れる。

「バカか、翔。こんなとこで空かき使ったら目立つだろう」

「あるもんは使うだろ!」

 氷見翔には社会的通念が無い。

「警察が俺たちを追っていたのはこっちも知ってた。あんたたちみたいな変な奴らがいるのも調べちゃいたんだ」

 皆久保が近寄ってきたとっかかりの面々(めんめん)に声を発する。皆久保とその仲間はそれぞれの背中を寄せて、バックから攻撃を封じる。

 通用口付近には増高がいて、国会のサイド側には氷見翔がいる。正面玄関側には由比三樹がいて、外側にはひなたがいる。警備員はすでに待避していたが、三人の犯罪者はすでに四方を囲まれている。

「4対3だな」

 数的有利に立った氷見翔が言う。

「翔、気を付けろ」

 ひなたが余裕そうな氷見翔に注意を促す。

「わかってますって。筋肉増強剤を使ってるんでしょ」

「いや、それだけじゃない。奴らが背中に背負っているリュックには爆弾が入っている。下手に攻撃したら、爆発する」

 その言葉に由比三樹、宇郷増高もドキリとする。

 皆久保空馬はニヤリとする。

「なかなか調べが進んでいるようだな。その通りだ。俺たちには下手に近づかない方が正解だぜ」

 爆弾魔三人は背中を付き合いながらゆっくりと通用口から国会議事堂内に入っていこうと、増高の方に進んでいく。

 宇郷増高は両手を開き、とおせんぼをし、三人を通らせないようにする。

「邪魔なんだよ!」

 元鍵職人の岸貴士(きしたかし)は筋肉増強剤の力を試すように増高にボディーブローを繰り出してきた。

 ゴン!

 ()を描いたパンチは増高のボディに当たり、鈍い音が響いた。

「ぐっ、ぐわあ。いてえ」

 痛み出したのはテロリストの岸貴士の方だ。彼の拳は赤く晴れ上がっている。

「そんなバカな」

「これぞ、我らとっかかり特注の鎧。お前のパンチなんぞには負けねえ」

 増高の警備服は殴られた腹のところのボタンが取れてはだけていた。だがその下には硬そうな黒い鎧が見える。

「どけっ!」と声がした。

 ボカアーン!!

 次の瞬間、増高は煙に包まれた。皆久保は手榴弾のような爆弾を前置きなしに投げたのだ。

「ますたかー!」

 氷見翔が声を上げる。しかし煙に包まれていて、通用口の入口付近は見えない。

 煙が少しずつ晴れていくと、増高は壁際に飛ばされていた。ガードの体勢を取っていたが、顔からかなり出血している。

 一緒に爆薬を食らった。岸貴士は爆発した通用口の入口で倒れていて、全く動かない。氷見翔は皆久保ともう一人を探したが、二人はすでにその場から居なくなっていた。

「追うぞ。三樹!翔は増高を頼む」

 ひなたと由比三樹は負傷した増高を氷見翔に任せ、国会の中に入ったと思われる皆久保を追って、通用口へと入っていった。

「増高!大丈夫か!死ぬな」

 氷見翔の呼び掛けに増高は目を開けて反応した。

「ああ」

 そう答えた。が、すぐに目を閉じ、その場にぐったりと倒れ込んでしまった。

「ますたかー!」

 氷見翔は増高を胸に抱き、大きな声で増高を呼んだ。その声は怒りと悲しみに満ちていた。

 ひなたと由比三樹は国会内部に入り込んだが、爆弾魔二人の行き先を見失っていた。国会の一階には一般職員が仕事をする部屋が並んでいて、職員はそれぞれの部署で仕事をしているようで通路はとても物静かだ。

「どこへ行った?」

 見えない相手を探す術はない。左右正面と通路は別れていて、さらに二階へと進む階段もある。由比三樹は焦りを感じる。

「おそらく、奴らは二手に別れている。一人は二階へと行き、一人は一階にいる。俺は二階へ向かう。三樹はこの辺りを捜索しろ」

「オッケー」

 二人は二手に別れた。ひなたは左へ周り、階段を上っていく。由比三樹は正面を突っ走っていった。


 ↓


 その頃、爆弾魔が国会内部に入り込んだ情報が一課長の宇島勝馬まで伝わった。

「何てこった。中に入られてしまうとは。もうとっかかりには任せておけない」

 アンプルの話もあって、公安上層部はこのテロ情報を大きくしたくなかったので、爆弾魔の逮捕はとっかかりのみに(たく)していた。しかしテロリストが国会に入り込んだとなれば、すでに緊急事態が増している。

 宇島課長はとっかかりの事務所に電話する。

「はい、とっかかりい」

 係長の油坂は威勢(いせい)のいい声で電話に出る。

「油坂係長、これはどうなっているんだ。爆弾魔に国会内部に入られたと情報が来たぞ。もう入口で爆発も起きている」

「しかし、今下手に動けば、逆に警察に犠牲者が出ますよ」

「分かっている。分かってるが、もうそうも言ってらんねえだろ!」

 宇島課長は声を(あら)げる。

 その大声に耳を傷めた油坂は耳元から受話器を遠ざけ、困った顔を見せた。視線を上げたところに、二班の有馬班長が立っていた。

「係長、大丈夫だ。次の手段は打ってある」

 その言葉を聞いて、油坂は安堵(あんど)の笑みを浮かべた。

「宇島課長!次の手は打ってある!まあ見ときなさい!」

 油坂は何の手かも知らないが、強気な態度で宇島一課長に言い捨て電話を切った。


 鶴見充(つるみみつる)は国会議事堂内で来訪者に混じって攻めてくるかもしれないテロリストの攻撃に備えていた。国会議事堂以外にもテロリストが狙うかもしれない危険な場所はあったが、有馬班長のコンピューターは80%以上の確率で国会に現れるのを読んでいた。充はその予測に従って、すでに国会内の2階で待機していた。

 そんな充の目に、怪しい動きをする男が目に入ってきた。男は誰もいない通路に膝をついて座り、リュックから取り出した目覚まし時計のようなものを柱の影に置こうとしていた。

「おい、あなた、何やってるんですか」

 充は丁寧な言葉ながらも男に駆け寄っていく。そいつは爆弾魔の一人、殺人マニアの薄口影朗(うすくちかげろう)だ。カゲロウは笑顔だ。すでに誰かやってくることを予測していたようだ。

「殺してやる」

 手に持っていた金づちを持っていた。彼はそれを振り回しながら、充に近寄ってきた。人殺しを楽しむ殺人鬼のような不気味な笑顔だ。

「おっと、危ない」

 充は見かけによらず俊敏(しゅんびん)だ。普段は能天気で、強そうには見えないが金づちの動きをあっさり交わした。

 カゲロウは次から次へと金づちを振り充に襲い掛かる。しかし金づちは充の体に全く当たらない。

「何なんだ?おまえ。おまえも注射を打ってるのか?」

「強化剤のこと?いえ、僕は人体改造派なんで、あの薬は使いませんよ。ただ、体にバネが入ってるんで、動きが俊敏なんです。あなたも大したものですね。あの薬は使う人によっては使いきれずに自爆するんですけど、かなりうまく抑制できています。素晴らしい」

 充は薬の副作用についての教える必要のない情報をさらりと口にする。

「やっぱりおまえも入口にいた奴らの仲間か。すでにこっちの情報は()れていたのか。こっちだって仲間からは情報は得ているよ。これは体がいうことを効かなくなるからよく抑制して使えってね」

 しかし彼はすでに心得ていたようだ。

「なるほど。その情報も手に入れてるんですね。それは良かった。後は時間の問題ですね。薬は二時間で切れますから」

「二時間か。十分だな」

 とにかく充は全てを喋ってしまう。

 男はさらに金づちを振り、充に迫ってくる。充はそれを交わして、足元を引っかけた。カゲロウは転び、金づちが地面を打った。

 硬い石の床が割れ、破片が飛び散った。

「ぐわああ」

 声を上げたのはカゲロウだ。固い床を叩いた衝撃で腕の骨が折れたらしい。

「だから言ったじゃないですか。力をうまく使えないと自分が傷つくんですよ。あなたには使いこなせない」

「くっ、くそ。せっかく人を殺してみるチャンスだったのに」

 カゲロウは怒りを(あらわ)にする。そして充に迫ってくる。気迫はかなりある。下手には近寄れない。

 そこへカゲロウの後ろ側から国会の職員が何も気づかずに歩いてやってくる。その職員の女は考え事をしているようで危険な状況に全く気付いていない。

 カゲロウはそれに気づくとすぐに標的を代え、その職員の方へと向かった。

「ヤバい」

 充はすぐに追いかけるが間に合いそうにない。

 突然襲いかかってくる男に、職員の女は驚き立ちすくんだ。

「おんなあ、死ね」

 カゲロウは職員に手を伸ばす。

「ダメだ」

 そう思った瞬間、右の通路から現れた男がカゲロウの首を手刀で打った。薄口は地面を倒れ込んで気絶した。

 そこに立っていたのはひなただった。

「みつる。来てたのか?助かった。これで犯人はあと一人だ。とりあえずこいつが目を覚ましても安全なようにどこかへ連れていってくれ」

 走り寄って行った充は安心して足を止めた。

「良かった。危ういところでした。後は任せてください」

 充は異様にぶっとい手錠を出して、それをカゲロウの手足の2ヶ所に掛けた。


 つづく

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