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とっかかり ~特殊試行捜査係の事件簿~  作者: こころも りょうち
16/28

16.推理不純

 あともう一歩のところまで来ている。この苦しみから抜け出すには、奴を叩きのめす以外にはない。

『その後はどうする?』

『その後?その後なんて、決まっていない。そんな事を考えたって無駄だ』

 イゾウは自分の頭の中で、自問(じもん)自答(じとう)した。

 薄暗い部屋に一人でいた。すでに家主を失った六畳一間のアパートの一室に入る日射しはほとんど無かった。

 写真の男。その男を探し回って、早稲田にあるアパートまでやって来た。

 その男の名は、皆久保空馬(みなくぼくうま)という。爆弾マニアが集まるサークルには、たまに姿を現していた。サークルではニットと名乗っていて、その時点で本名(ほんみょう)は不明だった。そこから本名を割り出すのは至難(しなん)(わざ)だったが、電話番号を交換した女から本名を得られた。もちろん電話はすでに繋がらないものであったし、古い電話から居場所を割り出すこともできなかった。

 結局、昔の警察仲間に交通違反者の履歴を調べてもらい、皆久保空馬の所在地を突き止めた。警察に聞いてしまうとひなたたちにも自分が調べている情報が伝わる可能性があった。

『やつらもすぐにここへ()み込んでくるだろう。そうはしたくねえ。この事件は俺のものだ。早く調べなければ』

 しかしここはもはやもぬけの(から)に近い。家具や本や衣類はそのままでも、大切な物は何一つ残っていない。仲間がいて仲間の住み処に移ったか、別の住み処を持っているのか、イゾウにはわからなかった。しかしいずれにしろ、犯人がここに戻る可能性は低いことが感じられた。

 部屋には木製の机と箪笥(たんす)があるだけだ。怪しい場所に大切な物はない。後は押し入れだ。

 押し入れの中にはたくさんの衣装ケースがあった。後は布団くらいだ。

 衣装ケースの中はほとんど殻だ。すでに廃棄(はいき)したか、全て持ち出したか。爆弾魔である皆久保は、推測では電気機器や薬品を持っていたはずだ。しかしそれももうここには無い。

『いくらなんでもおかしい』

 イゾウは不安を感じた。まるで自分がここに来るのをすでに予測していたかのように消え去っている。

『ただの偶然か』

 答えはその方が正しいような気がした。しかしもう一方の仮説が浮かぶ。

 皆久保は近々何か事件を起こそうとしている。その準備が整い、その場へ向かった。だからここにはもう何もない。まだ向かってはいないかもしれないが、決行はそう遠くはない。まもなく何かを起こすつもりだ。

「何を起こそうというんだ」

 心の声がもれた。イゾウは心臓の鼓動を高めた。急がないと大変な事態になる。

 この何もない、薄暗い部屋からはそんな想像しかできなくなっていた。

 イゾウはキッチンや風呂場も含め調べられる限り調べた。しかし見つかるものは何もない。自分の力では限界がある。

『警察の力は借りたくない』

 心の中ではそう思った。だが、何か大事件が起きてからでは、より不快な思いをすることになる。イゾウは仕方なく、携帯を手に取った。そして電話を掛けた。


 ↓


「さて、それでは当日の出来事を事細(ことこまか)かに教えてもらいましょうか?」

 明石研究室では、蓮見もえみが探偵のように二人の男女を問い詰めていた。

 一人は、ペットショップの春日井(かすがい)かすみ。彼女は時折この研究室にやって来て、ここで育てられている動物たちの食事や居住環境(きょじゅうかんきょう)に必要な物品を持ってきてくれる。彼女はアンプルが()くなったとされる日に研究室にやって来ていた可能性がある。

 もう一人は、運送業者の大浦大(おおうらまさる)。彼も研究室に化学関係の物品を運んでくる人物で、当日も納品していたことが納品書から判明している。

「さあ、早くー。どっちでもいいから、白状(はくじょう)しなさい」

 もえみは強い口調で二人に攻め寄るけど、二人はポカンとしているだけで全く口を開かない。

 もえみは近寄る。どちらかと言えば、少しずつ、まさるに近寄る。もうくっつきそうなところまで近寄っている。その顔は、恋する乙女だ。彼女はいつもながら目的を見失っている。身長180以上、がっちり体型で、鼻筋がピンの伸び、濃いめの顔立ちは、もえみのタイプだ。

「あのお、もえみさん?いきなり半年も前の事を話せって言われても覚えてないですよ」

 側で見ていた充はいつもよりも冷静な言葉を意外にも(はっ)する。

「でも、何かしてたら覚えているでしょ!」

 今日のもえみは強気(つよき)だ。充が先輩であるのも忘れているようだ。

「あの、何も覚えちゃいないっすけど、その日の納品書なら残ってますよ。薬品が三種類とガーゼに、ホース。ほら」

 大浦まさるはもえみにその物品表(ぶっぴんひょう)のコピーを見せる。彼は本当にただ納品しに来ただけだということを伝えたいらしい。

 もえみはこの男が黒服の男ではないかと疑っていた。背が高く、姿勢がいい。全身を一瞥(いちべつ)し、さらに体つきをよく見る。

『ステキ』

 完全に目的を失っている。

「もえみさん。有馬班長の話では、例の黒服の男は身長175くらいで、細身。大浦さんは明らかに180以上あるし、細身でもないですよね。明らかに違います」

 この日は、充がいいカバーをしている。実況見分(じっきょうけんぶん)も必要はない。この人物は明らかに白だ。何しろ、ただもえみがお近づきになりたかっただけなのだ。

「あの、帰っていいっすか?今日は用がありまして、早めに仕事終わらせて帰りたかったんで」

「何?なんで帰ろうとしているの?」

「勘弁してくださいよ。今日は妻の誕生日なんですよ。レストラン予約してるんで、遅れたら怒られちゃうっす」

『妻と!レストラン!』

 もえみの心に衝撃が走る。

「あの!指輪もしてませんよね。本当に結婚してるんですかあ?」

「ええ、仕事中は外してるんで。それが何か?」

『ガーン』

 問題は大有りだ。と言いたいもえみだが、そこは抑える。もはやあきらめるしかない。でもこのままでは悔しい。

「あの、春日井さん!あなたはあの日なぜここに来たのかしらあ?さあ、白状しなさい」

 もえみはこのどこにぶつけらたいいかわからない怒りを、大浦まさるの隣に立っている、目が丸々としてポニーテールが可愛い春日井かすみにぶつける。

「いや、わたしは、ぜんぜん覚えてませんけど。いつも呼ばれて来るだけなので」

「あのですね。春日井さんは僕が呼んでいるんです。いつも飼っている動物の世話の仕方で気になるときに電話して」

 そう話し出したのは、兼続みつおだ。彼はまだ声変わりしてないかのような声で、春日井について説明する。

「しょっちゅう来てるんで、いつのことだかさっぱりで」

 春日井かすみは苦笑いを浮かべ、まったく知らないといったふうな表情を浮かべる。

「私も春日井さんは関係ないと思いますよ。彼女はいつも私たちの誰かが一緒ですし、ここへ来てもすぐに動物のいる部屋へと入ってそこから出るとすぐ帰りますから」

 アンプル情報を中王子に()らした責務は取られることなく無事に研究室に戻っていた明石博士がそう付け加える。

「明石先生!春日井さんをかばう理由はありませんよ!」

 そう否定したのは神林香美だ。彼女は自分ではない女を気に掛けた明石が気に入らなかったようだ。それが理由で今までつまらなそうにしていたのに、急に話へ交じってくる。

「あの、帰っていいっすか」と、まさるが言う。

「先生!春日井さんは怪しいと思います!」と香美。

「わたしは何も知りませんよお!」

 香美が嫌いなのか、春日井かすみは意外と強気に言い返した。それから二人は不穏な空気で言い合い出した。

「何よ!この女」

「何ですか!勝手に決めつけないでいださいよお」

「あなたがやったんでしょ。泥棒猫」

「何で猫なんですか?猫は可愛いからいいけど、泥棒とか言われたくありません!」


「春日井さんは知らないと思うんだよな」

 やがてぼそりと明石が言った。

「僕は彼女を呼びましたけど、怪しいことなんてないと思いますよ」と、みつおが明石に付け加え、二人は協調し合いながら、かすみをかばう。

 それからは、それぞれがそれぞれにあれやこれやと話を続け、もはや誰が何を言っているのかわからない状態になっていった。

「あ、あのお、皆さん、静かに、落ち着いてください」

 状況は混乱し、もえみは皆の声を掛けるが、誰も言うことを聞かない。


 トゥルルルルル!

 そんな時に充の携帯電話に着信が入った。画面には知らない電話番号が表示されている。

 ピッ

「もしもーし」

 充は周りの状況を全く気にせず着信に出る。

「俺だ」

「イゾウさん!」

『俺だ』で分かるところがすごい。

「どうしたんですか?」

近々(ちかぢか)爆弾魔が動き出す」

「爆弾魔って!まさか」

 爆弾魔という耳慣れない脅威(きょうい)のフレーズに、周囲がそれぞれの話を止める。

 電話の向こうの男は話を続ける。

「ああ、おまえを病院送りにした奴だ。名前は、皆久保空馬(みなくぼくうま)。そいつが爆弾魔の名前だ。今、俺はそいつの家にいる。ここに奴はもういない。しかも爆弾を持っていきやがった。間違いなく近々何かを起こす」

「何かって、言われましても」

「バカヤロー!だからそれを調べろ!俺も調べるが時間がない。警察組織の全てを使え」

「はい!」

 充は引き締まって、見えない電話の相手に敬礼する。

「ああ、それから。おまえらが調べていた三浦海岸にいた黒服の男が、皆久保空馬だ。捜査理由は十分だろ。時間がない。俺の名前は出すな。すぐに全員に伝えろ」

「了解です!」

 土黒イゾウからの電話はそこで切れた。皆が充の顔を見ている。

撤収(てっしゅう)です。すぐにとっかかり事務所に戻って作戦会議です」

 ここに集められたメンバー皆が、いったいこれまでのやり取りは何だったのか?という表情を浮かべた。しかしすぐに気持ちを切り替え、解放されたという気持ちになってホッとした表情を浮かべた。

「じゃあ、失礼しやす」

 大浦まさるはそそくさと帰っていった。

「では、私も帰りますね。また用があったら呼んでください」

 そう言って春日井かすみも香美との言い合いも忘れて帰っていった。

 研究室の面々もそれぞれにやっていた作業に戻っていった。

 充ともえみは何もなかったかのように、そそくさと研究室を出ていった。


「つまりは、三浦海岸で女を殺害したと思われる黒服の男が爆弾魔で、その爆弾魔が何かしらの事件を近々起こす。しかもアンプルを持っている可能性も高いってことですね」

 もえみは事務所に戻りながら、充に状況を確認する。

「そうなんだよ。イゾウさんの話だから確かだと思う。あっ、イゾウさんの名前は出さないでって言われてるから」

「どうしてですかあ?」

「多分、自分は警察じゃないのに勝手に捜査してると問題になるからでしょ」

「じゃあ、誰からの情報にするんですか」

「あっ、そうですねえ。それは困った」

 充はやはり頼りない。

「それでは、ひなた班長からって話にしましょう。ひなたさんは黒服の男を追ってましたから。今日も探していて事務所にはいないはずですし」

「でも、ひなたさんは俺じゃないって言うんじゃないですか」

「んーん、でも、そこは多分大丈夫ですよ」

 何の根拠もないけど、もえみは自信たっぷりに充に答えた。


 ガアア!!

 とっかかり事務所の自動ドアを開ける。予想通り、ひなた(ひき)いる一班の面々(めんめん)はいなかった。二人はチャンスとばかりに、奥にある油坂係長の席に向かった。

「所長!ひなたさんからの連絡で‥」

 そしてひなた班長からの話で、黒服の男が近々何か行動を起こすことを説明した。

「そうか。わかった」

 ひなたからの話であることが効いたのか、油坂は何の疑いもなくその話はすぐに信じた。

 そして有馬と美麻を呼び、すぐに皆久保空馬という人物を調べるよう指示を出した。二人はパソコンで捜査を始める。

 油坂は、さらに一課の宇島課長に連絡した。

「何!本当か!それはうちでは対処できないな」

 宇島課長は電話を受けるとすぐに公安上層部へ報告した。そして報告は(またた)く間に警察庁のあらゆる関連機関に伝わった。

 あまりの一大事となってしまったため、もえみは恐怖さえ感じていた。もしこの報告が部外者である土黒イゾウからであるという嘘だとばれたら、懲戒免職(ちょうかいめんしょく)にもなりかねない。

 自分が言った発言を撤回(てっかい)したい。

「さすが鶴見刑事!すごいですー」

 さりげなくその案は充の案であって自分は知らないという風にすり替えようとする。

「え、ええ」

 充はそれを感じず、何も言わない。これは充のせいにできると、もえみは小さくガッツポーズを作る。


 ガァー!

 とっかかり事務所のドアが開き、ひなたと由比三樹が慌てて帰って来た。とっさにもえみは彼らの視界から外れるようにデスクの方を向いて座った。

「ひなた君。戻ってきたか。話は充くんから聞いている。君の調べた情報は、すでに事態は警察組織全体へと伝わっている。もちろん、アンプルの件は秘密だ」

 ひなたはすでに警察組織が爆弾テロ捜査を始めたとの情報を別ルートから得ていた。もちろん自分が情報源でないことはわかっている。

「その事なんですけど、俺もよくわかっていない。いや、知らないとは言わない。充。どういう事だ!」

 もえみの隣のデスクに座っていた充に声を飛ばす。

「いや、それは、蓮見(はすみ)さんが言い出したことで、ひなたさんが掴んだ情報だってことにした方がいいって」

 充の久々の直球で、全てをもえみのせいにする。もえみはびくりとする。そしてゆっくりとイスを回転させ、ひなたの方を見る。

「いやだなあ。わたしは何も知らないですよ。ぜーんぶ、充先輩です!」

 手を充に向け、全てを押し付けようとする。

「いやいや」

 二人は互いに言い分をぶつけ合う。

「およその検討は付いてるよ。イゾウだろ。あいつが先に犯人を突き止めた。いいさ。俺が情報源だってことにしとけば。そうじゃなくちゃ組織は動かない。責任は全部、俺が取ってやる。間違いだったらイゾウの奴を叩きのめしてやるまでさ」

 ひなたはもえみの責任のなすり付けとは180度反対の態度で、熱血ある態度でカッコいい姿を現わす。

「そうなんですう。わたしが、ひなたさんが言ったことにした方がいいって」

 ひなたが名案だったと認めたところで、もえみはイスを飛ばすほどドカッと立ち上がって、手のひらを乙女チックに合わせて嬉しそうにひなたに駆け寄っていく。

「蓮見もえみ!」

「あ、はい」

 ひなたの声に驚き、もえみはビクッとし、ひなたの一メートル前で立ち止まる。

「自分の言った言動には責任を持て。最後まで、この事件には付き合ってもらう」

 ちょっと恐いけどドキドキする。そのドキドキが恐くてなのか嬉しくてなのか、もえみ自身は判断つかないような気持ちになる。

『快感』と思う。

「あのねえ。君たち、責任を取らされるのは、私なの!」油坂係長がそこに一声加える。「こんな事態になって、もし情報が誤っていたらシャレにならんよ。今からならまだ訂正できるかもしれん」

 皆がその言葉を聞いて、一瞬にして静まる。

「しかし、それでは、事件が起きたらどうするんですか?」

 ひなたが声を上げる。

「そうだよ。係長の責任はより大きくなるぜ」と、由比三樹が付け加える。

「そうだ。だからこそ、この全容は我らが解決しなくてはならん。冷静に判断して、私は、私の部下、部下だった者も含め全員を信じている。君たちの信念に従って、この事件を解決に導きなさい。全力を尽くせ。全ては私が責任を取る」

 油坂はハゲ頭をいつも以上にテカらせて、凛々(りり)しい顔で皆を鼓舞(こぶ)した。

「よし、行くぞ!」

 皆の指揮が上がり、それぞれの捜査へと移っていった。


 つづく

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