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とっかかり ~特殊試行捜査係の事件簿~  作者: こころも りょうち
13/28

13.ドS開化

 格子状の隙間から外からの光がわずかに降り注ぐ。狭い取調室で、恩田シオンは声をあらげる。

「いい加減に吐いたらどうだ!どこから薬を手に入れた?捜査に協力しろ」

「何ですか?協力したら減刑してくれるってやつですか。そういうつもりもないのでしょう?あなた少し、汗の出方がよくないなあ?精神的に心がお疲れのようだ。一週間ほどバカンスでも取った方がいいのではないですかねえ」

 この人を小バカにした態度を取るのは、精神科医師の中王子だ。

 シオンは千葉の海外実習生の取り調べを終え、中王子医師の取り調べに移っていた。しかしこの男はなかなか手強い。

「ふざけるな!どうして入手ルートを言わない?何が目的で、どこから手に入れた?」

「それを知ってどうする?何の意味がある?アンプルを渡した患者はもう見つかってるでしょう。それで事件は終わりですよね。これ以上取り調べても仕方なくありませんか?無駄だと思いません?」

 中王子はインターネットから入手したと口にしているが、いつどうやって手に入れかは供述(きょうじゅつ)していない。シオンはその点がずっと引っ掛かっている。

「誰から受け取ったのか?郵送されたのか?なぜ言わない?」

 中王子はしらっとしている。その冷静な態度はシオンの感情をイラつかせる。


 ガチャ!

 取調室の扉が突如開いた。そこにはスラッとしていて綺麗に年齢を重ねた30代の女性が立っていた。とっかかりの佐久間美麻だ。

「何しに来た?」

 シオンはとっかかりのメンバーをすんなりとは受け入れてくれない。

「わたしも一緒にいいかしら?」

「聞いてないぞ?誰が許した?」

「羽田さんがいいって」

「バカな!だいたい、あなたと羽田さんは仲悪かったろ!」

「まあ、そこはそうなんだけどね。わたしじゃなくて、有馬さんがね」

 シオンが美麻から目を話すと、扉はまだ開いたままだった。そしてその奥に、痩せたおじさんが立っていた。とっかかりの有馬佑真だ。

「まさか?あれをやるつもりか?」

「いや、その必要はない。ちょっと確認に来ただけさ」

 有馬はゆっくりと取調室の奥に座る中王子に近づいて、彼の眼鏡の奥にある眼光(がんこう)(とら)えていた。

催眠(さいみん)?わたしは精神科の医師ですよ。そういったものにはかかりません」

「君は、二重橋大学出身だったね」

「ええ、それが何か?」

「なるほど。そして、同じ大学の明石音麿とは、友人関係にあった」

 中王子は軽く笑みを浮かべた。

「それ、調べましたか」と言った。

「何だって!そんな情報、どこにもないぞ」

 シオンはオーバーに両手を広げ驚いた。

「我々の調査では、二人は兼続教授を通じて知り合った。明石音麿(あかしおとまろ)は二重橋大学で兼続金雄(かねつぐかねお)の助手をしていた。君は医学部だが、兼続教授の実験には興味があり、ちょくちょく彼の(もと)を訪れていた。そして明石とは互いに、同じ研究に興味を持ち会う関係となり、二人でも会う友人関係となった」

「それは?あなたの憶測ですね」

「いくつかの調べは付いている。二重橋大学にいる兼続教授の研究を引き継いだ先生が、君がよく兼続研を訪れていたと証言している。明石音麿の同僚だった研究生が、彼が君の友人だったと証言した」

「ふうむ。それは少し厄介(やっかい)だ。そこには気づかれないようにしていたんだがね」

 中王子は眼鏡の繋ぎ目をいじって考え込む。

「白状しろ!あいつから渡されたのか?」

 すかさずシオンが追求する。

「そう、思われないよう。彼に、及ばないように、迷惑掛からないよう、黙ってた。ただそれだけだ」

 バンッ!

「ふざけるな!ここまで知られて、しらを切り通せると思ってるのか!」

 シオンは机を叩いて、中王子を脅す。

「やはり、君は精神的にちょっとおかしくなっている。休んだ方がいい」

 中王子は笑う。悔しがるシオンを有馬が止める。

「いいんだ。彼はそう言うと思っていた。わたしはさっきから彼の目を見て、真意を探っていた。何が嘘で、何が本当かを」

「なるほど。それで目を見ていた。わたしの心理は簡単には見抜けないと思うが」

「君は確かに、わたしが心理を見抜こうとしているのをうまくかわすテクニックを持っている。これ以上、追求してもうまく交わし続けるだろう。だからここまでだ。後は明石音麿に答えてもらおう」

 中王子は無言だった。それ以上は何も答えないとばかりに目を瞑り、口を結んだ。


 ↓


 もえみの目がを責め立て、出流原ゆづるの顔を捉えていた。

「さて、白状してもらいましょうか!あなたは先日の夜中にここで何をしていたんですか?」

 もえみは今まではMキャラだったのに、ここへきてSキャラに変わっている。明石といい、ゆづるといい、へなちょこな態度がもえみのS欲をかき立てる。

 ゆづるは額から汗を垂らし、逃れられないウサギのように怯えていた。

「俺は、何も知らない。何言ってるんだ?」

 しらを切ろうとしているようだがその声は怯えて、まったく信憑性(しんぴょうせい)がない。

 先日の明石からの聞き取りを元に、もえみと充は明石研を訪れていた。

 ゆづるが一人の時間を狙ってやって来たつもりだったが、そこにはすでに明石も戻っていた。

「もういいんですよ。彼が何もしてないって言ってますから」

 明石は甘い言葉をかけ、ゆづるをフォローする。議題は先週の出張前に発表資料が()くなって、明石が資料なく学会に出席した話についてだ。

「先生!これは犯罪です。窃盗罪(せっとうざい)です。わたしの考えでは余罪もあるかと思います。ここで逃したら、先生の命も危ないですよ」

「何も大げさな…」

 明石が言いかけたところで、もえみが話し出す。

「いえ、先生。2ヶ月ほど前にわたしが初めてここに来たとき、先生は倉庫に閉じ込められ、死にかけていましたよね。わたしたちが来なければ死んでいたかもかもしれません。あれも彼の仕業ではないでしょうか?彼は先生を殺そうとしていたんですよ」

「いや違う!あれは事故だ」

 怯えるウサギが思わず口を開いた。

「事故を~?それってどういうこと?」

 もえみがゆづるの顔を覗く。細っちょろい彼をS気味に攻めてプレイを楽しんでいる。

 ゆづるは皆の視線が自分の方に向いているのを感じる。

「あ、あの。すみません」

 追い詰められた気持ちになり、ついに観念して彼はその場に土下座をした。髪の細い頭が震えている。

「殺そうとしたつもりはなくて、ただ薬の保管庫に酸素を薄める薬剤を置いておいた。あそこにはほとんど先生しか入らないから、少し酸欠になればいいと思って」

「なぜそんな真似を?」

 充が疑問に思って尋ねる。

「ちょっと体調不良になったと勘違いして、ここに来れなくなればいいと思って」

「どうして?」

「つまり」ゆづるは頭を上げる。「この研究室は僕が頑張ってるから持っているんだ!それなのに、僕は全く評価されない!いつまで経っても助手扱いだ。ドジな明石博士がいなくなれば、この研究室は僕のものだ!」

「博士!これがこの男の本音ですよ。もう許したっていいことありません」

 もえみは明石に伝える。

「いや、まあ、間違ってはないし」

 どんなに真実が明るみになっても明石には(こた)えない。明石はいまだにゆづるを(かば)おうとする。


 ガッガア!!

 そんなところで研究室の扉が開いた。外からは買い出しに出掛けていた神林香美と兼続みつおが入ってきた。

 状況を(さっ)するや否や、香美がゆづるの近寄っていった。正座の状態で座っていたゆづるの胸ぐらを掴み立ち上がらせて怒鳴る。

「あんた。白状しなさい!いつまでも隠しとおせると思ってるの!?」

「いや、もう白状してるから」

 充がチラッと正論を突きつける。香美は少し場も悪くなり固まるが、すぐに一言力強く言い放った。

「何よ!わたしには嘘ばっか付くくせに!」

 ゆづるはふて腐れた様子で、香美の目を反らして突っ立っていた。

「さて、どうしますかあ?」

 もえみはこの状況をどう対処するか思い付かずにいる。そんな時、口を開いたのは明石博士だった。

「もういいんだよ。全部無かったことにして…」

「あま~い!!!」香美がそこを突っ込む。「この男は警察に連れてってもらいましょ。それで今までの全てを白状してもらいましょう。他にも余罪はあるのよ。わたしはずっといろいろ見てたんですよ!先生!」

 ヒートアップする香美はもえみに近づいて訴えてくる。

「ねえ、蓮見さん。この男を捕まえてください」

「はああ、あはは」

 あまりの勢いにもえみはたじろぎ、変な笑い声を混ぜて誤魔化(ごまか)した。

「まあまあ」そこに出てきたのは中学生みたいな顔つきのみつおだった。「ここは大学の研究室ですし、ここは先生が許すと言っているのでいいじゃないですか」

「みつおくんは黙っていて!わたしは前からこの男を追い出したかったの!」

 香美が言い返す。みつおは冷や汗をかきながらも、香美を冷静にさせようと笑みを浮かべてなだめようとする。

「さっき言ってた研究資料の話ですよね。先生はうまく学会を切り抜けたわけですし、そこまでしなくても」

「違いますよ。先生が倉庫で酸素不足になって死ぬところだったって話です」

 もえみはその事実を知らなかったみつおに話す。

「え!そんなことあったんですか!」

「ちょっとあんた!何したの!」

 その事件を知らないのは、みつおだけでなく香美もだったようだ。香美はさらに怒り、再びゆづるの胸ぐらを掴んだ。

「まぁまぁ」

 あまりに激しい香美を今度は充が制止(せいし)する。

 もえみは混乱状態の研究室をもなんとか治めようと次の言葉を考える。そして、()()と手を一回叩きて喋り出す。

「そうですね。これは立派な殺人未遂ですよね。殺害するつもりがあったかどうかは別として、殺害される可能性があったのだから刑事事件です。やはり彼を連れていきましょう」

「まあでもそこをなんとか」

 明石がまたもや止めようとするので収集が付かない。困り果てた状態の中、観念したゆづるが口を開いた。

「いや、もういいですよ。どっちにしても、ここにはもういられませんから。連れていってください」


 ガアア!!

 そこへ再び研究室のドアが開いた。やって来たのは佐久間美麻と有馬佑真だった。

「明石博士。聞きたいことがあります」

 混乱の上に混乱が重なりそうな展開だ。

「な、何でしょうか?」

「中王子医師との関係について、話していただけませんか?」

「いや、それは」

 今度は明石博士が口篭(くちごも)ってしまった。

「いったい何のことですかあ?」

 もえみが美麻に尋ねる。

「中王子医師の取り調べで、彼が明石博士と知り合いであったことを吐いたのよ。有馬さんがずっと調べてたの。過去の経歴から二人には何かしらの接点があったんじゃないかってね」

「ええええーーー。初耳なんですけど!教えてもらえなくて残念ですう」

 もえみは有馬に近づいて、しくしくポーズをとって悲しみをアピールする。だが有馬は全くもえみの方を見ていない。。彼の視線はずっと明石の方にある。

「ここでは話しにくいこともあるでしょう。一緒に来てもらってもいいですか?」

 有馬の一言に明石は小さく縦に首を振った。

 美麻が先導し、明石が付いていき、有馬も去っていった。

 残されたメンバーはポカンとしている。

「あの。それで、私は、どうしたらよいでしょうか」

 眼鏡がキラリと光り、ゆづるがもえみに尋ねてきた。どうしたらいいかよく分からない状況になっている。この研究室はいったいどうなってしまうのだろう。

「じゃあ、僕たちもいきましょー」

 充があっけらかんと言う。彼にはそういった諸事情(しょじじょう)は関係ないらしい。

「香美さん、すみませんが、後はみつおくんと二人で、よろしくお願いします」

 よくわからいがもはやここへ居ても仕方ないと悟ったもえみは、頭をペコリと下げ、そそくさと部屋を退出した。


 有馬らはまだ研究室を出てすぐの通路を歩いていた。もえみと充は走って追いかけ、三人に追い付いた。

「わたしたちもいっしょに話を聞かせてください」

「ふううん、意外と頑張るのね」美麻は不適(ふてき)な笑みを浮かべる。「いいわよ。じゃあ、5人くらいは入れる部屋がいいわね。近くの会議室にしましょう」

 研究室の並ぶフロアを離れて、5人は小講義室が並ぶ大学の研修フロアに移った。大学院大学は特定の学生がいるわけではないので、大きな講義室はない。50人が定員の中程度の講義室が大きい方で、後は20人程度が定員の講義室がたくさん並んでいる。

 その講義室のうち、空いている部屋を拝借(はいしゃく)して、明石博士の事情聴取が始まった。

「さて、まずは何から話してもらいましょう」

 もえみは恐い顔で、椅子に座る明石を上から(にら)み付けるように迫る。この日はなぜだかSモードが止められない。責め立てるのを楽しんでしまっている。

「いやぁ、その、それは…」

 明石はかなり話しにくそうにしている。

「明石さん、こっちを見てもらっていいかな?」

 有馬は講義台の上から明石の方を見つめ話しかける。もえみの恐い顔を恐れて下をうつむいていた明石は顔を上げ、もえみの向こうにいる有馬の顔を見つめた。

 有馬の鋭い目付きが明石の優しそうな目を捉える。

「中王子はあなたではなく、あなたの恩師である兼続教授の研究に興味を持っていた。彼はあなたとの関係を示唆(しさ)しただけで何も語ってはいない」

「そ、そうですかあ。確かに彼とは知り合いですけど、何も関係ありませんから」

 有馬は明石の強い瞳を捉えていた。

「そうですか。それは残念です」

 その言葉を聞いて、明石は安堵(あんど)する。しかし有馬は続けざまに口を開く。

「あなたはまだ自分の立場がわかっていない」

 今度は驚いた顔をして有馬を見返す。有馬はすでに明石の嘘を見抜いているみたいだった。

「ごめんなさい」

 慌てて明石は謝った。

 美麻が明石に近づいて、優しくもがっかりした声で言う。

「私たちは明石先生が中王子と知り合い以上の関係であったことを、兼続研の研究員から証言を得ているのよ。明石先生には正直に話してほしかった。私はそう願ったんだけとね」

「まさか先生がアンプルを流出させた犯人だったなんて、ええーん」

 もえみは泣きのポーズで、イケメン先生が犯人だったことを残念がる。

「ま、待ってください!たしかに中王子くんとの関係を隠していましたけど、私は彼にアンプルを渡していません。それは誓います」

「じゃあ、どうして?先生は黙ってたの?」

 美麻が少し色っぽく艶っぽく髪をかきあげ、明石に迫る。

「それは、中王子君に秘密を言ってしまったんです。自分が特別な薬品を公安大学院大学で作ってるって。守秘義務なのは分かってました。でも酒の席で、つい」

 明石の話はこういうものだった。


 明石は今年の4月頃、久しぶりに中王子から電話があった。たまには飲んで(なつ)かしい話でもしようという誘いに乗って、渋谷のガヤガヤした居酒屋で酒を()み交わした。

 最初は兼続教授の研究についての話で、複雑な遺伝子配列を組といていく博士を尊敬しているという話だった。

 徐々に酒も入ってきて、中王子が最近の兼続教授の研究についてどういった研究をしているのか、明石にしつこく聞いてきた。明石は兼続教授の最新研究とは何の関わりもなく知らなかった。その話をしているうちに、自分は今、警察の関係で特殊な薬を作っていると明かしてしまった。

「そんなの大したもんじゃないだろ。兼続教授の研究に比べたらくだらない仕事だ」

 明石は中王子にそう馬鹿にされて、頭に血が上った。そして明石は自分の研究を力説し、その薬のすごさを語り出したそうだ。

 その時の中王子はまるで興味無さそうに聞いていたそうだが、今回の逮捕を受けて、あの時の薬の話にかなり興味を持っていたのを知った。


「だけど彼がどうやってアンプルを手に入れたかは、私にもわかりません。この部屋から誰が盗み出し、誰が彼にどうやって渡したのか。私ではないんです。それだけは本当です」

 明石はそう言って、一連の話を終えた。

 もえみは有馬と美麻の顔を交互に見た。二人はその話を信じているようだった。

「よし、じゃあもう、帰りましょう!」

 突然、ただ入口に突っ立っていただけの充が存在感を出してそう声を上げた。

 もえみは思う。

 確かに、その話が事実だとして、明石博士には刑事的に何の罪もない。問えたとしても捕まえるには少し強引すぎる。かと言って、あんな能天気に、じゃあいいや帰るかとしていいのか。

 もえみの頭には少し疑問符が付いていた。

「そうね。とりあえず明石先生は免除しましょう」

 美麻はそう言った。美麻が言うと、もえみも何となくそれでいいと思ってしまう。有馬班長も口を挟む様子はない。

 明石は少しほっとした様子で、大きく一つため息をついた。

「ところで、出流原ゆづるはどうなったんでしたっけ?」

 充が忘れていたことを()し返した。

「あ!忘れてた」

 明石の件が気になってすっかり忘れていたもえみは声を上げた。


 再び、明石研に急いで戻った。

 もえみが部屋に着くと、ゆづるの姿はすでになかった。香美の姿もなく、部屋にいたのは、みつおただ一人だった。

「みつおくん!ゆづるさんと香美さんは?」

「ええ、出ていってしまいました。どうしましょう」

 彼は額から汗をかき、苦笑いを浮かべていた。

「大丈夫よ。とりあえず、明石先生は無罪だから」

 かわいそうな気持ちになったもえみは、お姉さんの気持ちになってみつおを(なぐさ)めた。

 みつおはさほど大きな反応も示さず、「それは良かった。さて、動物たちに(えさ)でもあげるか」と言って、動物たちのいる部屋へと行ってしまった。

 無駄な慰めに終り、自分はこの後どうすればいいかわからず、自分の頭に何も問題ないと言い聞かせて、とっかかりの事務所へと戻るもえみなのであった。


 つづく

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