第4話:【全盛期化】と、今後の予定
【全盛期化】。
正直、いまいちピンと来なかった。
分かりやすさが無いと言うかな。
【筋力強化】や【魔力増強】のような単純な分かりやすさを【全盛期化】には覚えることは出来ない。
「……えー、それはどんなスキルなのでしょうか?」
尋ねかけると、神父殿は不思議そうに俺を見つめてきた。
「それもまた、当人がよくご存知なのでは?」
「あー、当然の疑問ではありますが、神父殿の解釈を是非お聞かせ願いたいような感じでして。さぁさ、早くどうぞ」
ノースキルであることの説明が面倒であれば、そう催促させてもらった。
神父殿は戸惑いながらにも頷いてくる。
「は、はぁ。よく分かりませんが分かりました。しかし……そうですなぁ。私の得た感覚からですが……人は誰しも、常に最良の状態でいることは難しいかと思いますが、どうですかな?」
一体この口上がどう俺のスキルに関係があるのか?
そこは分からなかったが、内容自体は頷けるものだった。
「それはまぁ。体調もあれば、その日の気分もありますからな」
「えぇ。さらには人は誰しも衰えるものです。体力的にも精神力的にも。人生の長さに比べれば、最良の状態など一夜の夢のようなものでしょう」
「ま、まぁ、人間の一生とはそういうものでしょうが……あの、では私のスキルは? 一体どのようなもので?」
そろそろ明快な説明をお願いしますということだった。
神父殿は苦笑を俺に向けてきた。
「これはすみません。前置きが長くなりましたな」
「いえいえ。ともあれ、よろしければお願いします」
「では、失礼して。体力、精神状態、あるいは老化。その全てを無視して、対象に全盛期の実力を許す能力……というのが私の理解になります」
この説明を聞いても腑に落ちたとは言えなかった。
ただ、うん。ただな?
俺のスキルというものはな? その、もしかしてだがな?
「……けっこうすごいスキルなのでしょうかね?」
神父殿はすかさず頷きを見せてきた。
「格という意味では間違いなく。おそらく、対象は自身だけでは無く他人も含まれるでしょう。そして、内容は単純な強化のたぐいで無ければ概念的な代物。上級を超えて、特位に値するスキルかと」
俺は目を丸くすることになった。
特位。
俺は強力なスキル持ちだらけのアルミニウス騎士団に在籍していたのだ。
俺自身にスキルは無くても、その言葉の意味するところはさすがに知っていた。
「と、特位? 特位とはあの?」
「はい、最上位ということになります。だからこそ、私は貴方にアルミニウス騎士団の方かと尋ねさせていただいたのですが。この近辺で、これほどのスキルを持つ方がいらっしゃるのはあそこぐらいでしょうからね」
神父殿が俺の所属について言及してきた理由は分かったが、今はちょっとその点に関心を持つことは難しかった。
「え、エギン」
思わず隣に目を向けると、エギンは苦笑を俺に返してきた。
「何と言うか、まだ信じがたい思いもありますけど……良かったですね、シェド様」
「あぁ、ありがとう! 良かった! 本当に良かった!」
「あはは。まったく、なんて顔してるんですかもう。しかしまぁ、ちょっと気になりますね」
俺はエギンに首をかしげることになる。
「ん? 気になる? えーと、何が?」
「そんな強力なスキルがあるのに、なんでノースキルなんてことになっていたのでしょうね? 気になりません?」
俺は頷くことになる。それは確かに気になる。
もちろん、俺にノースキル判定をしやがった当人はここにはいない。
よって、真相については知りようがない。
ただ、同じ【スキル鑑定】を持つこの人であれば推測ぐらいは聞けるだろうかね?
そう思って神父殿を見つめさせてもらうのだが……な、なんだ?
神父殿は軽く目を丸くしていた。
「ノースキル? それは貴方についての話ですか?」
その様子は俺とエギンの会話を耳にしてのものらしかった。俺は頷きを見せることに。
「はい。実は、ノースキルだなんて判定されて今まで生きてきまして……あの、そういうことあるもんなんですかね? モグリの鑑定師なんかがいたりも?」
神父殿は悩ましげに首をひねる。
「まさか、モグリなどとは。可能性があるとすれば……出自があるかもしれません」
「出自? 俺は平民と言いますか、農家の8男坊ですが、それが?」
神父殿は「あぁ」と申し訳なさそうに納得を呟いてきた。
「そうでしたか、なるほど。何とも申し訳無いのですが、【スキル鑑定】を持つ聖職者には、妙な思想を持つ者も中にはおりましてな」
「思想ですか?」
「はい。選民思想と申しますか、血統主義とも呼べば良いのか。優れたるスキルは優れた家柄の優れた者に宿ると」
聖職者界隈に知り合いもいなければ初耳だった。
しかし……ふーむ。
俺は農民だ。ど平民だ。
となると、察せられる部分が大いにあると言うか。
「あー、何となく分かってきたような」
「はい。農民に特位のスキルなどあるはずが無い。その思いが、判断を誤らせた可能性は大いに。なにぶん、【スキル鑑定】は感覚の世界ですので。無いはずだと思えば、無いものになってしまう余地が存在してしまうのです」
俺には当然【スキル鑑定】なんて無いからな。
その感覚は理解しかねるが、まぁ、この誠実そうな神父殿が言うのであればだ。
「ふーむ、なるほど。そういうものなのですな」
「ともあれ、貴殿には多大なご迷惑をおかけしたようで。同職として、なんとお詫びをすれば良いものか」
心底申し訳無さそうな神父殿は頭を下げてきた。
しかしもちろん、この人に責任があるわけじゃない。
俺は笑みを作って首を左右にする。
「いえ、お気になさらずに。それよりも……スキル。スキルかぁ、ふふふふ」
俺にスキルがあった。それも、特位なんて評されるようなスキルが。
そこにまつわる喜びの方が、ノースキルだとされていたことへの怒りよりもはるかに勝る。
しかし、【全盛期化】か。
俺はちょいと首をひねることになる。
少し気になることがあると言うか、あるような気がすると言うか。
神父殿は何と言ってたっけな?
俺のスキルに対して、体調や精神状態、それに老化を無視するものと。
老化……ねぇ?
連想されるものが確かにあるわけだが。
「なぁ、エギン?」
呼びかけると、コイツも何か思うところがあるのか。腕組みをしながらに応じてくる。
「えーと、なんでしょうか? もしかして、アルミニウス騎士団についての話で?」
「奇遇だな。まったくもってその通りだが、【全盛期化】……なぁ?」
「【全盛期化】……ですねぇ?」
俺はエギンと頷きを交わすことになる。
「だよな? おかしいとは思ってたんだ。あの老人共、50そこらの割には元気すぎるってな」
「僕もちょっと。かつての英雄たちとは言え、そろってあの健在ぶりは何か秘密がって思っていましたが……そういうことですかね?」
「多分としか言えんが……くくく」
これはもう、笑い声を抑えることなんて出来なかった。
「はっはっは!! ざまぁないな!! 最強を自負するアルミニウス騎士団、その老雄共を根本から支えてやっていた男を団長自ら追放するなどとは!! マヌケにもほどがあるわ!!」
正直、すっげー愉快。
この事実にあの豚ヅラがどんな表情をするのかって考えたら、そりゃもう笑いが止まらないわけだが……んー?
俺はエギンの顔を見つめる。
豚ヅラへの不平不満を口にしていたわりには、喜びが見えないのだが、
「あー、どうした? お前は面白くはないのか?」
「まぁ、実際のところがまだ分かりませんし。それに、別に考えることがありますよね?」
俺は「ん?」と首をひねることになった。
「なんだ? 別に考えること?」
「仮に、今の騎士団の実力がシェド様と関係なかったとしてもです。スキル【全盛期化】を最も必要としているのは、きっとあの騎士団ですよね?」
それはそうであれば、反応はとりあえず頷きだった。
「あそこ爺さんばっかだからな。今の実力が俺のスキルと関係無かったとしても、衰えが予想出来ればそりゃあな。俺のスキルと関係があったとすればなおさらだが」
「売りつける相手としてはうってつけですよ? 騎士団長に頭を下げさせるぐらいのことも容易いかと」
俺もまた腕組み考えることになった。
確かにだ。
それで、あの豚男にひと泡吹かせるという望みは高い水準で叶うことになるだろう。
ただ、うーむ。
「……お前の言うことは分かる。だが、それでは豚ヤロウも得することになってしまうじゃないのか。アイツは変わらず、最強の騎士団を手にすることになるわけだ」
「それは確かにそうですけど、では?」
では?
その疑問の声に、俺は思わず「ふん」と鼻を鳴らしてしまった。
そんなの決まりきった話であればな。
「俺はな、アイツの得になるようなことは一切したくないわけだ。そして、アイツの下に立つような真似もしたくない。むしろ、アイツの上に立ちたい」
「えーと、騎士団長兼公爵の上に?」
当然のことであれば、反応は頷きだ。
「そうだ。アイツを見下す立場になってだな、おやおや? 君はかつての豚ヅラくんではないか? くくく、今さら慈悲を乞うても遅いのだ。君はこれからの一生を、かつてノースキルと罵った男の下でみじめに過ごすのだよ……的な?」
「ほ、ほぉ?」
「やってやりたいじゃないか!! いや、するね!! そこまでやって、初めて俺の溜飲は下がるのだ!! そういうことだろうが!!」
俺の思いは十分に伝わったらしい。何故だか妙な表情はしているが、エギンは頷きを見せてくる。
「シェド様の主張と熱意はよくよく分かりました。ですが……」
「ですが?」
「あのですね? 強力なスキルを得たからって、別にご自身の人間性を犠牲にしなくてもいいんですよ?」
「う、うっさいわ!! 誰が人間性を犠牲にしとるか!!」
なんちゅー指摘をしてくれやがるのかって話だが、エギンの指摘だか忠告だかはまだ続くようだった。
「ちょっと望みが低俗に過ぎますってば。いいじゃないですか。せっかく特別なスキルを得られたんですから。あの騎士団長のことは忘れて、どこかで健全な栄達を目指しましょ? その方がよっぽど幸せになれますって」
なんと言うかひじょーに合理的なご意見だった。
確かにだ。
あの騎士団長と争う道を進むよりかは、そっちの方がはるかに平穏な未来が待っていることだろう。ただ、
「嫌だね!! 俺は何が何でもあの豚男に目にものを見せてやらないと気がすまないんだよ!!」
「うーむ。もはや、騎士団長に人生を支配されてしまっているような……あー、はいはい、分かりました分かりました。それで、どうするんです? とにかく地位を欲されているみたいですが、手に入れる道筋などは浮かんでいるんですか?」
俺はちょいと眉をひそめることになる。
ぶっちゃけ、何も考えてなかったからな。
特位のスキルだということで高揚していたが、さて【全盛期化】を現実に活かすとすれば……
「……とにかく、必要なのは戦場だな」
「戦場ですか?」
「成り上がりと言えば、戦場働きが王道だ。そこでなら、アルミニウス騎士団よろしく【全盛期化】の活躍する余地も十分あるだろう」
「それは確かに。でも、戦場ですか? この国、30年ばかりずっと目立った争いはなかったんですが」
俺は「うっ」と言葉に詰まることになった。
良いことではあるのだが、コイツの言うことはイチイチ的を射てくるな。
ともかくそうなのだ。
この30年間ばかり、この国は平和そのもの。
内乱とも外敵ともさっぱり縁が無く、そしてそれはこれからも続くように思えた。
活躍の場がなぁ。
正直見つからんのよな。
俺はエギンから神父殿に目を移した。
なんかこう、教会の独自の情報網とかそんなものに期待をさせてもらったのだ。
蚊帳の外で目を白黒させていたこの人だが、うーむ、さすがに賢明な感じのする人だった。
すぐさまに俺の視線の意味を理解してくれた。
「せ、戦場ですか? あー、そう言えば……」
「そ、そう言えば? あるのですか戦場が!?」
「は、はぁ。信者たちからの噂話程度ですが、何でも西で内乱が起きたと。真実かどうかは」
間違いなく、俺が会ってきた中で最も善良で最も頼りになったのはこの人だった。
俺は、思わず神父殿の両肩に手を置くことになる。
「感謝します、神父殿!! 俺が英躍した暁には、必ずや恩に報います!! もう、すごい教会を建てて差し上げますからな!!」
「は、はぁ。それはあの、ありがたい……のでしょうか? あー、うーむ」
困惑ばかりといった神父殿だったが、そこはともあれだ。
俺はエギンに再び目を向ける。
「ということだぞ! 分かったな!」
「えーと、西に向かうことは分かりましたが、僕も一緒に行くことになってます?」
首をかしげていぶかしそうなエギンに、俺は当然の頷きを返す。
「当たり前だろうが!! お前があってのシェド、シェドがあってのお前なんだぞ!!」
「いや、そんなこと初めて聞きましたけど……まぁ、はい。貴方がよそ様に迷惑をかけてもあれですし。面倒を見させてもらいますよ」
俺は再び頷きを見せることになる。
なんかこう、手のかかる駄々っ子みたいな扱いを受けているような気はするが、得られた反応には文句のつけようがない。
よって、だ。
俺はエギンと早速西を目指すことにした。