第2話:妖狐
ルミアナは固い表情で首を左右にしてきた。
「いや、まだ見つかっていない。生死すら不明だ。ただ……」
「ただ? なにか手がかりぐらいはあったってか?」
期待を込めて尋ねさせてもらう。
しかし、ルミアナは軽く首を左右にしてきた。
「いや。手がかりというほどじゃない。ただ、その英雄について調べ直していて、妙な状況にそれなりに出くわしてな」
「は? 妙な状況?」
「あぁ。見つかってないのかと逆に尋ねてくるんだ。妖狐はまだ見つかっていないのかって、怯えながらに尋ねてくる」
内容に関してはもちろん気になったが、その前に単語の1つに引っかかることになった。
「妖狐?」
思わず口にすれば、エンネが応じてくれた。
「言ってなかったか? 裏切り者側の英雄だが、強力な獣化スキル持ちでな」
「その獣化先が狐……妖狐ってことか?」
「8つの尾を持った巨大な化け物だった。妖狐なんて禍々しい名も妥当なところだな」
そういうことらしかったが、これで内容について意識が向けられるな。
俺はルミアナへと視線を戻す。
「怯えていたか。それは、なんつーか……復讐に怯えてるってそんな雰囲気であるように聞こえたが、そうなのか?」
「私にはそう見えた。居所の分からない復讐者に怯えてるってな」
俺は腕組み考えることになる。
不可解な話には思えた。
なんで、かつての英雄に……味方に怯えにゃならんのかってな。ただ、
「……そもそも、所在不明の生死不明ってところからおかしかったしな」
少し考えてみれば、なんとなくの納得だった。
ルミアナもまたそうらしい。
俺に頷きを見せてくる。
「英雄の状況としては明らかに不自然だ。これは、恐らくは……」
「何かしらがあったことは間違いないだろうさ。英雄からの復讐に怯えなければならないような何かが。その詳細は分からないのか?」
非常に気になるところだったが、ルミアナは難しい表情を見せてきた。
「そこは分からない。誰もが、裏切者……キエロン家が、その英雄に対して何かしらの不義理を働いたのであろうとは言っていた。ただ、その内容については誰も」
俺は眉をひそめて頭をかくことになった。
「シャルケドの時も色々と大変だったがな。コイツはそれ以上かもな」
俺の嘆息混じりの言葉に、エギンが同意を頷いてくる。
「彼女にしても、色々と動けない事情を抱えておられましたからねぇ」
「あぁ。推測通り、その英雄が裏切り者……キエロンの連中に復讐心を抱いているとすればだ」
「少なくとも、キエロン家残党の今後の平穏のためって口説き文句は使えませんね」
「あぁ。それに、そもそもだがまだ生きてるのか?」
俺が首をかしげれば、ルミアナが小さく首を縦にした。
「それは我々も考えた。キエロンへの復讐心があるとすればだ。生存しているのであれば、我々が反乱の鎮圧に乗り出した際に名乗り出てくれてもおかしくはないからな」
納得しかなければ、俺は頷いて応じることに。
「だな。あるいは、ルクサ家に協力出来ない理由があるかもしれないが……」
「死亡と並んで最悪の想像になるな。そうなると、やはり協力は望めないことになる」
なんとも、ため息をつきたくなる状況だった。
一応、希望を持てないことはない。
老いがひどくて、参戦に動くことが出来なかったっていう可能性だな。
であれば、俺の【全盛期化】も魅力的に響くだろうし、今からの参戦を望めるかもしれない。
ただまぁ、今はそれ以前の状況ではあるが。
「いずれにせよ、見つけないことには話にならないか」
「そうなるな。まずはそこだが……そこがなぁ」
ルミアナは机に頬杖を突いて「はぁ」とため息だった。
さっぱり上手くいくところが無いって、それがよく分かる様子だな。
さて。
俺は眉根にシワを寄せて考えることになる。
どうしよっかね、これ。
この状況で俺は一体何をすれば良いのか。
キエロンに恨みを持つ妖狐殿だな。
その彼だか彼女だかを味方と出来ればそれに越したことは無い。
だが、現状はその見込みは非常に薄いと言わざるを得ない。
そもそも土地勘も知り合いもいなければ、俺には探しようがないしな。
ここは騎士団での経験を活かして、軍勢の整備なりに時間を費やすべきか……
「あぁ。そう言えば、レンドーンがシェドに用事があるそうだぞ」
俺は思案を止めて、ルミアナに首をかしげることになる。
「レンドーンが俺に? 【全盛期化】したい相手でも見つかったのか?」
「そういうわけじゃないみたいだぞ。アシュエリ殿について話したいことがあるとか言ってたが」
俺は首をかしげ返すことになった。
「アシュエリ殿? なんだ? 彼女に何かあったのか?」
「いや、そこまでは聞いていないが、あの、誰なんだ? レンドーンからは良く知らないなんて返されてしまったが」
そう言えば、ルミアナやエンネには話してなかったっけか?
隠すような話でも無ければ、俺はすぐに口を開く。
「ルクサ家の居城を取り戻した時に会った婆様だな。うん。婆さんじゃなくって婆様って感じの人だったが、なぁ?」
コイツは知っているからな。
エギンに同意を求めれば、すかさず頷きが返ってくる。
「はい。上品な方でしたね。品の良いお嬢さんがそのまま素直に年を経られたって感じの」
俺はまったくだと彼女を思い出しながら頷きを返すのだが、エンネもまた反応を見せてきた。
「お上品ね。私らの世代でお上品のままで年を取れたってことは、かなり良いところの生まれなのかい?」
「あぁ。本人は明言しなかったが、まず間違いなくキエロンの一族だろうな」
エンネは「へぇ」と感心を呟いてきた。
「キエロンの一族かい。そんなのが城に残っていたとは意外だね」
「俺も意外だったな。他の連中はみんな逃げ出したもんなぁ」
「キエロンの当主も含めて、まともな気概を持った連中は1人もいないと思っていたが……そうか。そいつは城から逃げなかったのか」
「それどころか、俺を殺そうとしてきた雰囲気もあったな」
思い出して俺は腕組みだった。
それはもちろん感心のためだったが、エンネもまた「ほぉ?」と軽く目を見張ってくる。
「そりゃやるじゃないかい。その女、なかなか良い女だね?」
「あぁ。なかなかな、良い女だった」
俺はエンネと頷きを交わすことになるのだが、そんな俺たちを何故かルミアナは頭が痛そうな表情で見つめてきていた。
「そ、それで良い女なんだな。私にはさっぱり理解出来んが……ともあれ、アシュエリ殿とやらはキエロンの一族なんだな」
「十中八九ぐらいでな」
「どうだろう? そのアシュエリ殿であれば、かつての英雄について知っていることはないだろうか?」
それはさぁて。
俺は首をひねって彼女に応じる。
「レンドーンにはその辺りを伝えた上で彼女を保護してもらっていたからな。知っていることがあるんだったら、レンドーンがすでに聞き出しているんじゃないか?」
であれば、有益な情報は聞き出せなかったということになるだろう。
「そうか。それは残念だな」
「とにかく、会いにいってきてもいいか? 何故呼ばれたのかはよく分からんが、心配っちゃ心配だからな」
ルミアナは笑みで頷きを見せてくれた。
「もちろん。気兼ねなく行ってきてくれ」
俺は笑みを返し、早速彼女に背を向ける。
何事も無いと思うが、果たして何なのかねぇ?
多忙なレンドーンが、わざわざアシュエリの件で時間を作ろうっていうんだからな。
何かしら重要な用件であることは想像に難くないが……まぁ、なんでもいいか。
彼女にはもともと会いに行こうと思ってたしな。
シャルケドとの経験を経て、ちょっと1つ試したいことが……
「しかし、その婆様とやらが当人だったら楽だがねぇ」
俺は立ち止まって、声の主に振り返ることになる。
「あー、エンネ? ヤブから棒にどうした?」
「いやね? キエロンの連中にろくな武人はいなかったんだ。お前さんを殺すぐらいの気概を見せたんであれば、あるいはって思ったんだよ」
なるほどとは思えた。
過去の英雄にふさわしい気概を見せたのが、キエロンの陣営においてはアシュエリぐらいだって話だな。
ただ……それはなぁ。
俺はエギンと苦笑を交わすことになる。
「さすがにな? 彼女は違うわな?」
「はい。さすがに。彼女はまったく」
そんな俺たちの様子に、エンネもまた苦笑を浮かべた。
「そうか。シェドの悪運であればもしやと思ったがな。違うか?」
俺もまた苦笑を返すことになる。
「違うだろうな。そもそも殺そうとしたって言ったって、彼女は武人って柄じゃないんだ。さらに言えば、復讐に燃える妖狐殿なんてな。そんな雰囲気は欠片も無い。気弱なぐらいに優しそうな人なんだ」
であれば、彼女は無いって話だった。
エンネは「そうかい」と首をすくめてくる。
「虫も殺せないって雰囲気だね。では、分かった。呼び止めて悪かったね」
「いやいや。しかし……本当なぁ。彼女が当人だったら楽なんだけどなぁ。エギン?」
同意を求めてみたが、やはりそういう理解にはならんわな。
エギンは引き続きの苦笑だった。
「だから無いですって。そもそも、まさかそんなご都合主義な」
「ははは。そうだな。そんな都合が良いこたぁ無いわな」
「あはは。ですよ。そんな都合が良いことはねぇ?」




