第11話:樹霊姫の告白
勝敗はすぐに決した。
怪物を操る怪物の登場があれば当然のことだ。
シャルケドの操るつるの巨人たちが戦場を席巻した結果、敵さんはあっという間に白旗を上げてくることになったの。
そして戦闘が終われば、何が起きるかは明白だった。
「シャルケド様っ!!」
まぁ、こうなるわなって光景だ。
夜通しの戦闘の末の朝焼けの森だ。
その赤らんだ景色の中で、エルフたちは歓声を上げながら1人の老婆を囲んでいた。
老婆はもちろんシャルケドだ。
ふーむ、英雄ってのはやっぱりこういうもんだよな。
華やかなもんだった。
悠然と立つ彼女に、エルフたちは称賛に言葉を尽くしている。
「……良いなぁ」
んで、その光景に俺は思わず呟くことになった。
なんかもう、良いなぁ。羨ましいなぁ。
「いや、仕方ないでしょ。あの人の活躍が全てだったんですから」
隣に立つエギンが呆れの口調を向けてくる。
それはまぁな。なにが勝因だったのかって、俺はもちろん理解しているが。
「俺だってなぁ。けっこうがんばったと思うんだけどなぁ」
「そこは同意しますけど、帰還した英傑がものの見事に窮地を救ったわけですから。ドラマ性的に勝てるものはありませんって」
「そこも分かる。ただ……称賛なぁ。良いなぁ」
俺の承認要求が非常にむずがゆさを覚えているわけでな。
ぐわー、認められてー。褒められてー。
どうしても羨望の眼差しを向けざるを得ない。
そんな俺にエギンは呆れの視線を向けてくる。
「まぁ、今さら俗っぽい点について言及はしませんけどね。嫉妬で邪魔に入るようなことだけは止めてくださいよ」
「お、お前は俺をなんだと思っているのか。さすがにそんな下衆な真似は……しないでもないかもな」
エギンは「はぁ?」と呆れの表情を強めてきたが、いやいや。
度を超えた低俗さの発露とかでは無くってだな。
ちょっと気づいたのだ。
エルフたちの輪の中心にいるシャルケドだが、どうやら俺を見つめているようだった。
そこにある表情はいつもどおりの穏やかな笑みだ。
ただ、そこにある感情はと言えば……ふーむ。
「おい。ちょっといいか?」
声を上げれば、シャルケドを含んだエルフたちの視線が俺に集中する。
俺は彼らを見渡した上で、再び口を開いた。
「ちょいとシャルケド殿に用事があってな。大事な用事だ。悪いが、他の連中は外してもらっていいか?」
盛り上がりに水を差す発言だったが、指揮官として一応敬意を抱いてはもらえていたらしい。
若干渋々といった様子だが、エルフたちは森の木陰に消えていった。
「……はぁ。感謝するぞ」
軽くため息をはいてのシャルケドだった。
その様子に俺は思わず腕組みをすることになる。
「そんな気はしたが困ってたんだな。なんか、居心地が悪そうに見えたっていうか」
「まぁな。彼らを助けられたこと自体は良かったが、別に彼らのために出向いたわけでは無いからな。自分たちを助けにきたと喜ばれても……うむ」
なるほどだった。
それはまぁ、同胞たちの称賛はさぞ居心地が悪かっただろうが……そこはともあれだな。
「ありがとな、シャルケド。アンタのおかげでなんとか命拾いしたみたいだ」
とにかく礼を伝えさせてもらう。
これに対して、彼女は苦笑を返してきた。
「むしろ、感謝すべきはこちらだろうに。同胞たちのために命を賭けてくれたようでな」
「いやいや。結果的に命を賭けざるを得ない状況になっただけで、そこまでの気概は無かったが……ふーむ」
俺は腕組みに加えて首をかしげることになる。
同胞たちへの愛情自体はあるんだよな。
今も、彼らへの無事を喜ばしいものとして語っていたし。
そんな彼女なのに、戦場に出たのはようやくの今日。
しかも、目的は同胞たちを助けるためじゃなかったって来たもんだ。
「……なぁ、シャルケド?」
「なんだ? あらたまって」
「やはり気になるが……なんなんだ? アンタが同胞たちを素直に助けられない理由だけどさ」
そこは本当、どうしても気になるところだった。
なんで今日、戦場に出てくれたのかとセットで非常に非常に気にかかる。
前回は沈黙を守られてしまったが、今回はどうなのか。
シャルケドはわずかに沈黙をはさんだ上で、苦笑で口を開いた。
「まぁ……悩ましいところだがな。聞いてもらうとしようか」
どうやらその気になってくれたらしい。
となれば耳を澄ませざるを得ないのだが、その態度がシャルケドには居心地が悪いものらしかった。
苦笑を深めてくる。
「ふふ。あまり真剣に聞いてくれるな。理由など、一言で足りる程度のものだからな」
「一言? そんな単純な話なのか?」
「ははは、単純だな。私が力を持ちながらに戦場を望まなかったのは……嫉妬。その一言だな」
俺は何かしらを予想していたわけじゃなかった。
それでもこれは予想外と言うかなんと言うか。
思わずエギンと顔を見合わせることになれば、口からは疑問の言葉がついて出る。
「嫉妬って……あの嫉妬か?」
「ふむ? 平地の民には別の意味でもあるのか?」
「無いとは思うが、他人を羨んでるってことか?」
「そういうことだ。私の同胞たちへの嫉妬だ」
なるほどとはもちろんなれなかった。
同胞への嫉妬って、えーと、
「……かつて樹霊姫と讃えられ、そして現在もその実力を持つ老雄が嫉妬か? んなことせにゃならん立場か? 経歴か?」
「ふふふ。そうだな。経緯を話さなければ理解は難しいだろうな」
ってことは経緯を話してくれるって期待してもいいのか?
見つめさせてもらうと、シャルケドはすぐに期待に応えてくれた。
「我はな、かなりのところおだてられるとその気になる方なのだ」
この出だしがどこへどう繋がるのか?
さっぱり理解出来なければ素直に問いかけることになる。
「アンタがおだてに弱かったとして、それが?」
「樹霊姫とおだてられてなぁ。その気になった。戦い続けた。同胞たちの守護者であるなんて、そんな自負を胸にな」
脳裏に確かに浮かぶものがあった。
おそらく、老人たちに実力者がいなかった理由はこれなのだろう。
そして、僻地にある妙な住処。
さらに、エギンの話した老人たちの態度を思えばこれは……
「憎かったのか?」
穏やかな表情の彼女に俺は問いかける。
「争いごとを全部押し付けてきて、自分たちはのうのうと生きている連中が憎かったか? 里から距離を取って生きているのも、それが原因か?」
だとしたら全てに説明がつく。
そう思えたのだが、んー?
シャルケドの表情は再びの苦笑だった。
「お前は人の話を聞かん男だな」
「は、はい?」
「言ったであろう? 原因は嫉妬だ。憎しみなどと一言も言ってはおらん」
それは確かになんて思っていると、彼女はしみじみとして頷きなどを見せてきた。
「まぁ、近しいとこは無いでもないが、まったくもって嫉妬だな。30年前だ。結果は敗北で終わり、ろくでもない統治者を迎えることにはなったが、ともあれ平穏が訪れた。そこで初めてな、我は同胞たちをじっくりと見つめることになった。いや、なってしまった」
彼女は苦笑で肩をすくめてくる。
「いやはや、思い知ることになったぞ。我が樹霊姫などと煽てられ舞い上がっている内にな、同胞たちはまったく健やかな人生を送ってきたわけだ。我と同じ年代で、子を持たない者など1人もいなかった。そして、彼らの子たちもまた、戦無き平穏の中で、誰かを愛し愛され、また自らの子を慈しんでいる」
ここまで聞かされれば、さすがに理解できたのだった。
「……あー、嫉妬ってそういうことか? 自分も恋愛したかった。子供も欲しかったって?」
「ふふふ。そういうことになるな」
「じゃあ、あのエルフの子供たちへの編み物ってのは……」
「そこは言及してくれるな。せめての母親気分を味わいたかったなど、あまりにもミジメであろう?」
冗談めかしたシャルケドの口調だった。
ただ、なんだろうな。
実際の胸中にはそんな冗談めいたところは一片として無いように思えて仕方なかった。
彼女は自嘲らしき笑みを浮かべ、どこか遠くを見つめるように目を細める。
「ふふ。実際に口にすると、自らの情けなさを思い知るな。とにかく、そういうことだ。我の知らない幸せを知る連中のために動くことが、どうしても釈然としなかったのだ」
「……なるほど。それじゃあだが、今回はなんだ? なんで協力してくれたんだ?」
嫉妬から解放されるような何かがあったって、そんなことは無かったと思うのだが。
不意にだ。
シャルケドは何故か、笑顔で俺を指差してきた。
俺は「へ?」と自身を指差すことになる。
「お、俺? それはあー、どういう意味だ?」
「お礼兼謝罪。そうなるだろう」
「う、うむ?」
首をかしげて見せれば、シャルケドは微笑を俺に返してきた。
「良い女と言ってくれたであろう? 内実は魔術士としての評価だったろうが、それがどうにも嬉しくってな。ついつい、その心地に浸っていたくなった。もっと熱意を見せろなどと、たわごとをほざいた上でな」
今までの話が脳裏に浮かび、俺は納得の声を上げることになる。
「あ、あー、なるほど。アレにはそんな意味があったのか」
「そうだ。だからこその、お礼兼謝罪だ。いや、謝罪の意味合いの方が大きいか? せめてこのぐらいはして見せないと、若者をミジメなババァに付き合わせたことと釣り合いは取れまい?」
これで全てを語り終えたらしい。
シャルケドは一息をついた上で、穏やかな笑みで俺の反応を待ち受ける。
俺はすぐに反応とはいかなかった。
俺は腕組みで考えることになる。
これでシャルケドの事情は理解出来たが、嫉妬……ね。
これは難しかった。
本当に難しかった。
嫉妬とは言ったが、これはつまり若かりし時間の使い方への後悔だろう。
彼女から後悔を取り除くには、妙齢の時間を取り戻してもらうしかないが、
「……ぬ、ぬぬぬぬぬ」
思わずうめき声がもれれば、シャルケドは不思議そうに首をかしげてくる。
「あー、なんだ? けっこうな表情をしてどうした?」
「……出来ん」
「出来ん?」
「俺の【全盛期化】をしても、これは……こればかりは……ぐぬぬぬぬ」
彼女はエギンへと視線を移した。
「なんだ? 【全盛期化】などと言っているが」
「あー、えーと、はい。この人のスキルです。老雄に力を取り戻すというのは、はい。こういう内幕でして」
俺が思わず漏らしたこともあれば、シャルケドは信用出来ると判断したのだろう。
エギンは事実を打ち明けて、シャルケドは「あぁ」と納得の表情だった。
「そういうことか。まぁ、神から授かっただの胡散臭いと思っていたがな。そして……あぁ。我をこれからも働かせるにはと悩んでいるわけか?」
確かにだった。
俺の本来の目的はそれだった。
なんとかシャルケドを味方にして、王家に対抗し自分の目的を叶えようって。ただ、
「は? んなことじゃねぇよ」
「ん? 違うのか? では、一体何に悩んでいる?」
「アンタは同胞たちのために体張って来た結果、若い時間を無駄にすることになったんだろう?」
俺の尋ねかけに、シャルケドは自嘲の笑みを浮かべた。
「まぁ、同胞のためと言うよりは、称賛を期待しての自分のためだがな。まったくもって自業自得としか……」
「だとしてもだ! エルフへのアンタの貢献は事実だ! だったら報われにゃ嘘だろうが!」
シャルケドはわずかに目を見張ったようだった。
そして、再びエギンへと視線を移した。
「……あー、うーむ。エギン?」
「えーと、嘘偽りとかはないと思いますよ? ガチです。この人けっこう人情家ですし、武人肌ですし。英雄って呼ばれるような人たちへの思い入れはけっこうあるっぽいんで」
俺は頷きを見せる。
「アンタみたいなのは、そりゃ願いを叶えてしかるべきだろうさ。ただ……う、うーむ。【全盛期化】……これでは、うーむ」
手詰まり感しかなかった。
能力を【全盛期化】させたところで、シャルケドにとっては何の慰めにもならないのだ。
「エギン」
困った時のアイツ頼みだった。
何か方策は無いのかって。
俺には覚えはないが、スキル【若返り付与】なんて存在をエギンであれば知っているかもしれないし。
エギンは「ふーむ」なんて腕組みをしつつ答えてきた。




