第4話:楽しいお茶会
「……おぉ? なんかこう、良い香りだな」
応接間においてだ。
席の1つに着いている俺は、手にあるカップを覗き込むことになっていた。
紅茶なんだっけか?
そこには琥珀色の水面があるのだが、なんか本当良い香り。
柑橘系の爽やかさの中に、どこか甘みとコクを感じさせると言うか。
「ですねー。淹れている時からどんな味なんだろうってワクワクでしたよ」
隣に座るエギンが楽しそうに声を上げれば、対面に座るルミアナもまた笑顔で応じてくる。
「だな。この辺りの名産らしいが私も初めてでなぁ」
この弾んだ声に、同じく卓を囲んでいるエンネにレンドーンが笑みを見せてきた。
「はっはっは、初めてでしたかね。でしたら、そりゃしっかりとねぇ?」
「ルクサ家の歴代の当主が親しんでこられたものですからな。どうぞ味わっていただきたい」
そう聞いて、俺は軽くカップを卓につけることになった。
こんなことを聞けばまぁな。
いの一番はルミアナってことになるだろうさ。
当人もまた心得たものだった。
彼女は笑みでカップを掲げる。
「では、いただくとしようか」
ルミアナが口をつけるのに合わせて、俺もまたご相伴に預かる。
ほっと一息をつくことになる。
爽やかな香気が喉から鼻に抜けて、なんとも心地よい。
皆もそんな感じだった。
それぞれがカップに口をつけながら、それぞれ落ち着いた時間を過ごしているのだが……うん。
どうしたもんかな、これ。
誰もそのことについて切りだそうとはしなかった。
いやまぁ、分かる。
俺だって触れたく無いし。
だが、こんな時間をいつまでも続けられるのかって、そんな状況には無いからなぁ。
し、仕方ないか。
俺はカップを机に置くことになる。
ルクサ家の面々は本気で触れたくないのだろうし、エギンは俺を置いて発言はしにくいだろうし。
残念ながら、消去法でこの役目は俺ということになるだろうさ。
「……じゃあ、うん。本題を話題にさせてもらっていいか?」
一度落ち着いた方が良いということで茶会をしていたのだが、これで終わりということだ。
返事は無かった。
代わりに、全員がそろって肩を落としてカップを置いた。
「……正直、私はさっきのことを半分ぐらい記憶から消し飛ばしているのだが……本当だったのかなぁ、あれ」
最初に口を開いたのはルミアナだった。
若干うつろな目つきをしていて、肯定を返すのが可哀想なところではあるが、
「ざ、残念ながら、本当のことだと思うが」
「私たちを反乱の当事者として征伐してやるって?」
「大体そんな感じだったが、うむ」
「……何故だ?」
「へ?」
「なんで私たちが反乱軍扱いなんだ!! こんなの絶対おかしいだろうが!!」
卓をばんばん叩きながらの訴えだった。
次いでだが、エンネのため息が応接間に響いてくる。
「はぁ。本当にねぇ……呆気に取られて怒りも湧いてこないよ」
「まったくだ。怒りを通り越して、無気力な冷静さが湧いてくる」
応じたのはレンドーンだったが、その後だ。
老雄2人はそろって俺を見つめてきた。
なんのこっちゃと見返すことになるが、そんな俺に横からエギンが声をかけてくる。
「お2人はシェド様の見解をお聞きしたいみたいですよ?」
「は? 見解?」
「さっきのアレについてです。なんでこんなことになってるのかってことで」
2人を見れば頷きを返ってきた。
どうやら、エギンの言うとおりのことを求められているらしいが、
「ん、んなこと聞かれたってな。俺だって困るわ、そんなの」
「ですか?」
「俺も逆に冷静になったクチだからな。色々考えてはみたが……分からん。本気で分からん。あえて口にするんだったら、王家の初動の遅さに原因を見ることが出来るかもしれんが」
エギンはなるほどと頷きを見せてきた。
「そう言えば、調べたところじゃかなり遅かったみたいですね」
「不甲斐ないほどに遅かったらしいな。その点の挽回のために、俺たちを反乱者として活躍の場を得た可能性が……い、いやいや、無いわな。んなバカなことがあってたまるかっての」
「まぁ、さすがにそれは」
エギンが苦笑を浮かべてきて、俺は頷きを返すことに。
「そう、ありえん。明らかに、王家のために働いた忠義者を裏切るデメリットの方が上回る。評判なんてガタ落ちだろ。周囲からすれば、意味の分からん暴走にしか思えんしな」
エギンは再びの頷きと共に首をかしげてくる。
「評判を稼ぐんだったら、あれだけルミアナさんの美談を流したんですから。領地を与えるだけでも、花も実もある王家って感じでそれなりに得られたでしょうしねー」
「領地を与えるのが嫌って話なら、一度与えた上で統治の不手際を理由に没収ってのが出来るわけで……わ、分からん。本気の本気で、王家の考えていることが俺には分からん」
もう、頭を抱えるしかなかった。
何かしらの崇高で迂遠な意図でも潜んでいるのかも知れなかったが、少なくとも俺には理解出来ない。
「まぁ、アレだね。王家がワシらを敵にしたいってこと、これだけは確かだろうさ」
そう口にしてきたエンネの顔には、今までのような疲れ切った表情は無かった。
戦場にある時のような、思わずゾクリとする鋭い表情を浮かべている。
「とりあえず、ワシの立場を表明させてもらうよ。ルミアナ様を差し出せみたいなことを使者はほざいていたが、んなたわごとはクソ喰らえだ。王家が相手だろうが、喜んで戦わせてもらうよ。おい、レンドーン。お前さんはどうだい?」
「異議は無い。アホなのか傲慢なのかは知らんが、そのたわごとの代価を支払わせてやらねばなるまい」
そうして、2人はルミアナに視線を向けた。
当主としての判断を仰いでいるに違いなく、彼女は少しばかりの間を置いて緊張の面持ちで口を開いた。
「私は……私1人で王家とことを構えずにすむのであればと思わないでも無い。ただ、その、なんだ。ふざけるなとしか言いようの無い怒りを正直覚えている。ルクサ家の家臣たちの働きに対し、この報いはあんまり以上に理不尽だ。皆が望むなら、私はルクサ家の当主として戦いに応じようとも」
それがルミアナの決断らしかった。
なんつーか納得しかないよなぁ。
俺だってそうする。
こんな理不尽に、平然と頭を垂れてなんかいられないわな。
「では、シェド。貴殿はどうする?」
俺は「へ?」と声を上げることになった。
ヤブから棒に何?
自らを指差して尋ね返すことにもなる。
「お、俺? 俺がどうするって、ん?」
「いや、ん? じゃ無くってだな。これがルクサ家としての決定になるとは限らんが、私たち3人に関しては王家に対抗するつもりでいる。貴殿もまた、これからどうするかを考える必要があるだろ?」
「…………あ」
そう言えばそうだったか。
考える必要があったか。
ルミアナは「え?」なんていぶかしげな表情をしたが、横のエギンはあからさまに呆れの表情を見せてきた。
「考えてなかったんですか? そこけっこう大事なことだと思いますけど?」
「し、仕方ないだろうが! 王家があんまりにアホなことを言うから、思わずそこに思考を割かれてだな!」
「まぁ、気持ちは分かりますけど……あの、ルミアナさん。良いですか? ちょっとこの人と少し席を外させてもらっても?」
なんで? って俺は首をかしげることになるが、ルミアナは何かしらを承知しているらしい。
エギンに笑みで頷きを返した。
「あぁ、もちろん。ルクサ家の面々で話し合うこともあればな。自由にしてくれ」
「ありがとうございます。さぁ、シェド様。行きますよ」
何事かさっぱり分からない内に、エギンに退席させられる。
腕を引っ張られて、応接間から廊下へ。
そして、少しばかり廊下を進んだところでだ。
エギンが怖いぐらいに真剣な顔をして俺を見上げてきた。
「え、えーと、エギン?」
「最初に言っておきますが、これから真面目な話をしますので。茶々を入れたりデコピンなんてことは一切無しでお願いします」
冗談など一切許さない。
そんな様子のエギンであり、俺は思わず真剣な表情を作ることになる。
「わ、分かった。しかし、真面目な話ってなんだ? ルミアナたちの前では出来ない話か?」
「そりゃそうです。いいですか? シェド様には2つの道があります。1つには、ルクサ家と共に反逆者として王家と戦う道。2つには、ルクサ家を見捨てる道です」
さすがになんの話なのか理解出来たのだった。




