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第3話【side:カルヌン宰相】:宰相と王女

(これは一体どうすれば良いのか……)


 謁見の間を辞したルギエルは、どうしようもなく肩を落とすことになる。


 頭にあるのはユスファンの決定だった。

 考えれば考えるほど恐ろしいのだ。

 道義にもとるというだけでは無い。

 この決定は、カルヌンに大きな災厄をもたらすに違いなかった。


「カッセル殿?」


 これが知らぬ誰かの呼びかけであれば、ルギエルは顔を上げることが出来なかっただろう。


 それほどの心労の渦中に彼はあるのだ。

 だが、この涼しげな女性の声は、間違いなく彼が礼を尽くさなければならない……いや、心からの尽くしたい相手のものであった。


「……フェルディナ様でございますか」


 力なく顔を上げるルギエルの前には、侍女を従えた1人の女性が立っていた。


 簡素なドレスをまとった、痩せすぎの貧相な女。

 一見するところでは、多くの者がそれだけの感想を抱くだろう。


 ただ、彼女はそれだけの者では無かった。

 まずはその立場だ。

 フェルディナ・カルーナ。

 それが彼女の名前であり立場だった。


 そのフェルディナは、悄然(しょうぜん)とするルギエルにすっと目を細めてきた。


「……心労から解放されたであろうお祝いにと思って会いに参りましたが……何かまた不条理なことを仰せつかったので?」


 その鋭く光る藍色の瞳を向けられて、ルギエルは思わず大きく肩を落としていた。

 落胆していたのだ。

 それはもちろん、彼女に対しての感情では無い。


(何故貴女は男性の長子として生まれて下さらなかったのか……)


 言うなれば、彼は運命に対して落胆していた。


 この現王の妹には、人を労れるだけの人徳と、人の表情から状況を察するだけの明敏さが少なくとも備わっている。


 どちらもユスファンには無いものだった。

 彼女が男性の長子であれば、王位を継承していてくれれば。

 ルギエルはそう嘆かざるを得なかったのだ。


 ともあれ、彼の様子は、明敏なフェルディナに状況を伝えるのには十分だったらしい。

 彼女は深く眉根にシワを刻んだ。


「やはりですか。詳細について、お聞かせいただけますか?」

「は。すでに聞き及んでおられるようですが、西の反乱が鎮圧されたとのことです」

「不甲斐ない王家に代わっての大功。いくら感謝しても足りないほどですが……それで話がすまないのですね?」


 ルギエルは肩を落として頷きを返す。


「はい。フェルディナ様の得られた感慨が、王家として得るべきものだと思うのですが……」

「は?」

「陛下は決定されました。鎮圧に貢献した者たちを、新たな反乱の当事者として王家の力をもって鎮圧すると」


 やはりと言うべきか、フェルディナは賢かった。

 彼女の両目は剣呑に細められていく。


「面子……でしょうか?」

「はい。王家の威信を示す好機だと、妙な横道にお迷いに」

「まったく、あのお方は……」

「申し訳ございません。第一宰相の立場にありながら、陛下をお止め立てすることが叶わず」


 ルギエルはうつむくことになる。

 自身の不出来が招いた結果であれば、文字通り合わせる顔が無かったのだ。


 そうして、彼はうつむき続け……不意に、年甲斐も無く泣きそうになった。


 背を撫でられる感触があったのだ。

 それは間違いなくフェルディナの細い手によるもので、ルギエルを慰めるためのものだった。


「カッセル殿。貴殿の王家への忠義、カルヌン国民への誠意。私はよくよく存じておりますから」

「……フェルディナ様。大変……大変申し訳なく……」

「ですから、落ち込まないで下さい。しかし……どうにも止めようはないのですか?」


 顔を上げれば、彼女はすがるような目つきでルギエルを見つめてきていた。


 彼女のために、期待された言葉を返したい。

 そんな衝動に駆られはしても、彼に出来るのはうつむいて首を左右にすることだけだった。


「私ではもはや。陛下の側近には、陛下の失政をあえて望む者たちもいるようで」

「厄介な太鼓持ちどもがいると?」

「はい。デナウ公爵など、血筋と実力で物を申せる者もいるのですが、どうにも太鼓持ちどもの背後にいるのがその手の連中らしく」

「……陛下をお止め出来る余地が無ければ、一寸先はという状況ですね」

「まったくもってその通りです。これでは、早晩カルヌンは、その民々は……」


 大きな災厄に晒されることになる。

 そして、自身にそれを止める力は無い。

 

 うなだれる以外に何も出来なかった。

 しかし、彼は顔を上げることになる。

 不意に双眸を凄絶に光らせたフェルディナを見つめることになる。


「フェルディナ様?」

「鎮圧に貢献した者たちには申し訳ないと思います。ただ、陛下の決定が変わらないのであれば、いっそ可能な限り苛烈に挑むべきなのでしょうか?」

「苛烈に……でしょうか?」


 彼女は感情を押し殺したような真顔で頷いた。


「はい。王家が非道のそしりを受けようとも、徹底的に力を……あるいは残虐さを示すことで、さらなる反乱の目を摘んでいく。我々にはもはや、その道しか残されていないのかと思ったのです」


 ルギエルはフェルディナをあらためて見直すのだった。

 やはりこの女性には、ユスファンよりもはるかに為政者(いせいしゃ)としての素質がある。


 だがしかし、その程度のことを歴戦の政治家であるルギエルが考えていないはずが無かった。

 彼は力なく首を横にする。


「恐れながら、それの実現はかなり困難かと」

「王家にはすでに、それを為せるだけの実力がないと? 兵力の動員は能わぬということでしょうか?」

「いえ、そうでは無いのですが……これは陛下もそうでしたが、鎮圧に貢献した者たちを過小に評価しておられるようで」


 フェルディナはルギエルに首をかしげて見せて来るのだった。


「正直、西の辺境のことと思ってはいましたが」

「反乱を起こした者たちについては、その理解で間違いないと思われます。ただ、問題はそれを鎮圧した者たちです」

「それほどの者たちなので?」

「それほどの者たち……だったというところが問題でしょうな」


 聡明な彼女とは言え、これは理解出来なかったらしい。

 ルギエルに変わらず首をかしげてみせてくる。


「それはあの、カッセル殿?」

「今回の鎮圧には、ルクサ家残党の者たちが活躍したと伝わっております。『火霊の巫女』エンネ、『颶風(ぐふう)』レンドーンなどの名を報告として聞きました。30年前には私もよく聞いた名であり、間違いなくそれほどの者たちなのですが……」

 

 ここまで話せばということだった。

 フェルディナは頷きを見せてくる。


「なるほど。30年前のということが問題で?」

「いかにも。さすがに現在に至って活躍出来るとは考えにくく。しかし、彼らの活躍によって鎮圧がなったと聞いております。となると、おそらくは」

「スキル……でしょうか?」


 ルギエルは同意の頷きを見せる。


「は。特位に相当するスキルが関わっている可能性があります」


 彼が過小評価とした意図の一端が伝わったのだった。

 フェルディナは表情を曇らせる。


「そうなると、簡単にはいかないのでしょうね。ルクサ家にはそのような強力なスキルの所有者が?」

「そこは資料を当たらねば分からぬところですが、ともあれ強力なスキルを彼らは得ている可能性があり、それと……フェルディナ様は市中で流行っている美談についてご存知でしょうか?」


 不意の脱線に目を丸くしていたフェルディナだったが、すぐに頷きを見せてくる。


「はい。侍女から伝えきいております。艱難辛苦(かんなんしんく)を乗り越えての女当主殿のお話で、アレが本当でしたらなかなかの美談ですが」

「どうにも意図的に流された気配があります」


 え? と目を丸くしてきたフェルディナにルギエルは言葉を続ける。


「自然のものとするには異常です。鎮圧から間を置かずにこれだけの広まりを見せたこともそう、噂話にしては画一的な内容であることもそう。伝言によって広まったとすれば、もっと細部の異なるものが広がっても良いものですが」

「細部までが同じだと?」


 その通りであれば、ルギエルは表情を険しくする。


「はい。おそらくは領土の再封(さいほう)を狙って、ルクサ家への好感を得るために流されたものでしょうが……鎮圧した者たちは、そういったことが出来る者たちということになります」


 フェルディナの表情もまた、ルギエルにならうように険しくなる。


「それは……難敵という他ないでしょうね」

「ただの暴力の達人であれば、いくらでもやりようがあります。私が牛耳ってみせます。しかし、この相手はまず間違いなくそんな簡単な相手ではありません」


 そうしてルギエルは、不安の表情で1つ息を吐いた。


「はぁ。そうです、そこが問題なのです。混乱を広めないためには、非道であっても一息に蹂躙するしかありません。ですが、これは……これでは……」


 彼の苦悩を、明晰なフェルディナは我が物として理解したらしかった。


 安易な慰めなどは場には上がらなかった。

 老宰相と王女は、沈黙の中で自らの無力を噛みしめるしかなかった。


ちょっと長くなりました。

次回から、しばらくシェド視点となります。

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