第2話:今後について
「…………」
俺は今、砦近くの街にいて、その大通りの縁石に座り込むことになっていた。
そして呆然としているわけだが、さすがに予想外の事態だったからな。
正直、かなりショックだった。
努力して得た騎士の立場を、ほんの半日の出来事で失ってしまったのだ。
ただまぁ、呆然とばかりはしていられなかった。
こみ上げるものがあるのだ。
脳裏に浮かぶのは、俺に追放を言い渡してきた騎士団長の顔だ。
あのブタ顔を思い出すと、どうにもこう……
「……こうか? いや、こうして……こうか?」
「あの、何なんです? いきなり虚空で手をわきわきさせて」
「いやな、あのブタ団長殿をな? 次会ったら、どうシメてやろうかってな」
「シメてって、シェド様の中じゃ完全に豚扱いなんですね」
「まぁ、美味そうでなければ、本物の豚さんに失礼な話ではあるが……って、ちょっといいか?」
「はい、どうぞ」
「エギン。なんでお前がここにいるんだ?」
首をかしげつつ隣に目を向ける。
そこには、騎士団の正装では無く、旅装束に身を包んだエギンが座っていた。
コイツは別に追放などを言い渡されたわけでは無いはずなのだ。
不思議の思いしかなかったが、そのエギンは俺に呆れの視線を返してきた。
「うわ、道中一緒に歩いてきて今さらですか。尋ねるのが大分遅くありません?」
そう言えばそうだったか?
道中とやらを思い出して、俺は一度頷きを見せることになった。
「あー、そうだったような。そりゃすまんかったが、察しろ。俺だってけっこうショック受けてんだよ。それで何だ? 騎士団はどうした? お見送りにしたって、ここまで着いてくるこた無いだろ」
俺の疑問の声に、エギンは目に見えて呆れの表情を深めてきたのだった。
「この人は本当に……ショックを受けてただか知りませんけどね。覚えてないんですか? 僕も一緒に追放処分ってことになったんですよ?」
「は? マジか?」
「マジです。シェド様の従者だからってついでに追放されました。やっぱ、最後に暴れたのがなぁ。僕は制止した側なんですけど、同類だって思われたみたいで」
俺は「うっ」と言葉に詰まり、エギンから目を逸らすことになった。
そ、そうか、俺が暴れた結果でな。
もちろん、そもそもとして俺への追放処分が不当であれば、全ての非はあの騎士団長にある。
エギンを追放したのだって、そりゃあの騎士団長が悪い。
ただ、俺が大人しく追放されていればコイツは残れたのかと思うと……そうね、ちょっとね。
「……それはなんつーか。悪いことをしたな」
「いえ、別にいいです。気にしないで下さい」
俺はエギンに向き直ることになる。
言葉通り、コイツの視線には怒りも不満の色も無かった。
「えーと、いいのか? 気にしなくても」
「いいですいいです。ノースキルじゃ無いですけど、僕だって大したスキル持って無いですし。騎士団でこれ以上の出世なんて無かったでしょうから。それに……アレですよ? あの騎士団長ですよ?」
そう口にするエギンは露骨な嫌悪の表情を見せてきた。
「アレは本当に腹が立つっていうか、態度がもう本当に。あんなのが騎士団に居座るってなら追放だって歓迎ですよ。居心地が悪いだなんてもんじゃない」
その不満の声に、俺はもちろん同意しかなかった。
「まぁ、そうだな。あれが騎士団長じゃあな」
「本当、なーんで今さら騎士団に来るつもりになったのか。ともあれ、気にしなくていいですから。わざわざ謝らなくっていいですからね」
俺はちょっとジーンとすることになった。
エギンの少女然とした顔を見つめてしまう。
「エギン……さすがだ。さすがは俺の従者だな」
「いえ、もう従者でもなんでも無いですけど、しかし、どうします? 僕もシェド様も新しい働き口を見つけないとですが」
俺は眉をひそめることになった。
確かにその通りだ。
騎士団を辞めさせられた以上、今後どう生きていくのかを考えなけれならない。
だが、うーん。
しかしだな、俺は正直だな。
「俺はあの豚野郎に目にものを見せてやりたいんだがなぁ……」
「あー、そこにこだわってるんですか」
「当たり前だ! あのやろう、ふざけた理由で俺を追放しやがって。シメてやって食卓に上げてやらにゃ気がすまんだろうが!」
「その食卓に僕は絶対に呼ばないで下さいね。まぁ、気持ちだけは分かりますが、現実を見た方が良い気がしますけどねぇ」
俺は大きく首をかしげることになる。
「はぁ? 現実だと?」
「気に入らないヤツですけど、アイツはアルミニウス騎士団の団長で、この国の公爵様なんです。到底、僕たちが手を出せる相手じゃありませんよ」
俺は黙り込むことになる。
反論は難しかった。
相手は強大と言うか仰がなければならないような存在だ。
俺とエギン、どちらにしても太刀打ち出来る相手ではない。
だが、どうにかしたいのだ。
本当にもう、何とかどうにかしてあの豚男の鼻を明かしてやりたい。
きっと何か方法はあるはずだ。
俺は腕組み考えることになる。そして、
「……なぁ、エギン?」
「なんです? 良い就職先でも?」
「違う。そもそもとして、明らかにおかしいことがあるんだ。それが何かお前は分かるか?」
俺の問いかけに、エギンは軽く目を丸くしてきた。
「へ? おかしいこと? 一体何を言い出したのかって感じですが……あ、騎士団長ですか? そうですね。本当、なんで今さら騎士団に来る気になったんでしょうね?」
「違う。アイツじゃない。俺についてのおかしなことだ」
「シュド様についてですか? えーと、あー、元からおかしいと言うか……今さらあえて言う必要あります?」
なんか腹の立つ発言だったが、重要なの本題だ。
俺は我慢して話を進めることにする。
「まじめに答えろ、まじめに。あるだろうが。俺にまつわる疑問を挟まざるを得ないところが」
「えーと、真面目にってことは、今回の追放に関係してってことですか?」
「まぁ、そうだな」
「ありますか? シュド様が追放されたことに特に疑問の余地はありませんし。騎士団長の趣味、気まぐれってことで全てが片付くような」
俺は首を左右にすることになった。
そこじゃないんだよ。
問題はその辺りのことじゃない。
「違う。他にあるだろうが。俺にまつわる、もっと根本的におかしいところが」
「根本的にですか? さてはて、そんなことを言われてもちょっと……」
「あぁもう、いい加減に気づけ! この俺にスキルが無い! それ以上におかしなところは無いだろうが!」
まったくトロくさいヤツめと呆れることになったが、そのエギンだ。
俺の顔を見ながら、眉をひそめて首をかしげているが、
「なんだ、エギン? まだ分かっていないのか? 察しの悪いヤツめ」
「いえ、言いたいことは分かりましたが……あの、それこそ今さら過ぎません? 疑問に思うのが十年単位で遅いような」
「疑問には思っとったわ! お前な、ノースキルだぞ? そんな奴がいるなんて聞いたことがあるか?」
少なくとも俺は知らないが、それはエギンも同じのようだ。
「無かったんで、実物見て驚きましたね」
「そうだ! だから、ノースキルだなんておかしいんだよ! 俺にはあるはずなんだ。あの豚ヤロウに泣きっ面で吠え面をかかせてやれるような素晴らしいスキルがな!」
それが俺の結論だったが、あー、なんだ? お前のその表情は。
エギンは真顔だった。
それはもう、絵に描いたような真顔だった。
「……うわぁ。この人、無いワラにすらすがり付き始めたぞ」
「もしかしなくてもバカにしてきてるか?」
「バカにしてません。哀れんでます。もしかしなくてもですが、これから教会に向かうつもりですか?」
「そうだ。スキルの鑑定をやり直させないといけないからな」
当然の流れのはずだった。
だが、エギンは言葉通り、哀れむような視線を俺に向けてきやがるのだった。
「あのですね、それは止めましょう? 情けないですってば。人生に失敗した連中が、たまに教会に駆け込むそうなんですけどね。こんなはずじゃなかった、俺には本当は素晴らしいスキルがあって、素晴らしい人生があったはずなんだって。そんな連中と同類になっちゃいますよ? いいんですか?」
俺は「ぐっ」と言葉に詰まることになった。
なかなかこう、胸に染みるところがあったからな。
確かにそんなことをすれば情けない男として蔑まれることは間違いないだろう。だが、
「し、仕方ないだろうが! 高等なスキルでもなけりゃあ、あの豚ヅラに一泡吹かせるなんて夢のまた夢なんだからな!」
「あ、良かった。ちゃんと無茶苦茶言ってる自覚はあったんですね」
「ま、まぁな。ともかく行くぞ、エギン」
その呼びかけに、エギンは軽く首をかしげてきた。
「へ? あの、僕もですか?」
「当たり前だ! 1人じゃ恥ずかしいだろうが!」
1人だったら情けない男でも、2人ならなんとか体裁をつくろえる可能性があるかもしれないし。
しかし、もうコイツは俺の従者じゃないんだよな。
実に返答が気になるところだったが、エギンは仕方ないとばかりに頷きを見せてきた。
「まぁ、はい。心配ですし、いいですよ。ただ、現実を理解したら、ちゃんと現実を見るようにして下さいね。今後のことをしっかり現実的に」
「分かってる、分かってる。スキルに頼らず、あの豚ヅラに報復する方法を考えるさ」
「うーん、さっさと切り替えて仕事先を探した方が良いと思いますけどねぇ」
俺は「ふん」と鼻を鳴らすことになる。
言語道断だった。
あの男に復讐せずの今後の人生などあり得ない。
本当、追放処分だなんて、俺の人生を無茶苦茶にしてくれたことだしな。
よって、復讐するための手段が必要なわけだが……どうかなぁ。
正直、不安だった。
あって欲しいとは思うのだが、果たして俺にスキルがあるのかどうか。
あってくれないと困るのだが、あると盲信出来るような何かがあるわけでは無い。
ともあれ、確認すればすむ話だ。
不安を抱えつつも、俺はエギンと教会に急ぐことにした。