第10話:順調攻略②
入ってきたのは男性の老人だった。
足どころでは無く体調が悪いといった様子で、2人の男に支えられながら部屋に上がってくる。
その表情は、緊張によるものかひどくこわばっているように見えた。
「……失礼。ルクサの当主殿がいらっしゃると聞き、まかり越しましたが……」
そのしわがれた細い声に、ルミアナは首をかしげながらに疑問の声を返す。
「私がそうですが、貴方は?」
すぐに返答は無かった。
老人は落ちくぼんだ両目を一杯に見開き黙り込む。そして、
「……る、ルノア様の……奥様の生き写しのように見えますが、その……」
老人の様子に戸惑っているらしいルミアナだったが、ともかくといった風で頷きを見せる。
「あ、あぁ、そうだな。もちろん血縁だ。ルノアは我が祖母に当たるが……」
「お、おぉ、お孫様で。して、そのルノア様は……」
「残念だが、祖母殿は少し前にな。母が死に、父が死にで、かなり弱ってしまい……って、お、おい!」
ルミアナが慌てて老人に駆け寄ったが、それは老人がその場に崩れ落ちたからだ。
まぁ、おそらくは平伏しようとしたのだろうけどな。
老人は顔を上げることなく言葉を絞り出してくる。
「……な、なんとお詫びすれば、いやお詫びのしようも……当時はやむにやまれずに裏切りに加担し、しかし、これは……」
その鬼気迫る様子に、ルミアナはたじろぎながらに応じた。
「あ、あー、あまりその、気落ちしないでくれると助かるが。祖母にしてもな、旧臣たちへの恨み節は一言も口にはしなかった。やむにやまれずの事情があったと理解していたと思うが」
「で、ですが、ルノア様は異郷の地でさぞ……さぞご無念を……ど、どうか、参陣をお許しいただきたい! ルノア家の家臣として最後の忠誠を尽くす機会を、どうか、どうか……っ!」
まぁ、なんだ。
期待通りの展開と言っても良いかと思うのだが、ルミアナの意識はそこには無いようだった。
「それはともかくだが、貴殿はどうした? 体調が優れているようには見えないが」
老人の健康状況が心配らしい。
老人は平伏したままに答えてくる。
「かつての後悔から、酒に頼り眠る日々が続いたもので……あらゆる意味で自業自得です。どうかお気になさらずに」
そうは言われてもといった様子のルミアナだった。
すがるよな目を俺に向けてきたが、きっとそういう意味だろうし、最初から俺もそのつもりだった。
もちろんのこと、ルミアナのような善意があっての思惑じゃない。
いや、少し以上に哀れみもあったが、それ以上に……くくく、予定通りを超えて美味しいな。
俺の【全盛期化】の良い活かしどころがやってきたか。
俺は平伏する老人に近づいて、その前にしゃがみこむ。
「ちょいと失礼。名前をうかがっても?」
不意の尋ねかけに驚いたらしい。
老人はわずかに顔を上げてきた。
「ドノヴァンと申すが……貴殿は?」
「シェドって言いますが、えーと」
対応はそこそこに、スキルに意識を向ける。
《ドノヴァンを【全盛期化】の対象に設定しますか? ※想定コストは35相当》
コストの数字がちょいと気になったが、もちろんのこと了とする。
目に見えて反応があった。
ドノヴァンは「は?」と目を丸くする。
そして、慌てる介助者を尻目に、その場にすくっと立ち上がった。
「こ、これは……一体これは!? 何がどうなっている!?」
その元気な叫びに、ルミアナは安堵の笑みを浮かべた。
「良かった。貴殿にも効果があったのか。これはな、そこのシェドのスキ……」
「あいやしばらく。この件については俺から説明させてもらおう」
彼女の目を丸くさせることになったが、これも説明してなかったっけな?
ともあれ、今はドノヴァンだ。
彼は驚きをたたえた顔で俺を見つめてくる。
「ぜ、是非とも説明を。これはあの一体?」
「くくく、効果については貴殿が経験した通りだが、もちろんのこと、これは俺などの力では無い。これはルクサ家当主、ルミアナ・ルクサ様の敬虔なる力に他ならず」
は? とか聞こえてきたが、そっちは無視する。
ドノヴァンは飛び出そうなほどに目を見開いてきた。
「な、なんと!? ということは、これは当主殿のスキルということで?」
「いや、違う。スキルなどと、そんな誰しも生まれついて持っているような世俗的なものじゃない。ルミアナ様はな、授かったのだ」
「さ、授かる?」
意味が分からないといった様子のドノヴァンに、俺は満面の笑みを見せつけてやるのだった。
「ふふふ……そうとも!! 神から授かったのだ!! 裏切り者の手から領民たちを救い、何より忸怩たる思いを抱える老臣たちにその思いを遂げさせたまえと、ルミアナ様はその身にこの偉大にして聖なる力をお授かりに……っ!!」
「い、いやいや何をワケの分からないことを!! これは私の力じゃないぞ!! これは紛れも無く、そこのシェドのスキルで……む、むぐ!?」
異論を叫んでくれたルミアナだが、そこはエギンが気を効かせてくれた。
すかさず口を塞いでくれたのだが、まったくさすがだ。
さすがお前は良く分かっているな。
称賛を口にしたかったが、それは後にさせてもらおう。
かなり俺の言葉に感化されているらしい。
ドノヴァンは「おぉ……」と表情に感動をたたえている。
「と、当主殿にそのような」
「ルミアナ様の領民と家臣への誠実な思いに、神も応えざるを得なかったのだろうな。時に、ドノヴァン殿? ルクサ家に味方をしたいと考えているのは貴殿だけでは無いと思うが……」
「もちろん! 思い切ることが出来なくとも、迷いの中にいる旧臣たちが山ほど!」
案の定だが、素晴らしい状況だった。
俺はニヤリとした笑みを彼に向ける。
「どうでしょうかな? あるいは貴殿のその姿を見せれば」
「私が死の床にあったことは周知の事実。ルクサ家への天命を実感するには十分であり……い、いかん! こんなところでのんびりとしてはおれんぞ!」
ドノヴァンはルミアナに一礼をすると、10代の若者のような勢いで扉の向こうに消えていった。
介助者が慌ててその後を追いかけるのだが、今まで傍観していたエンネ婆さんもゆるりと動き出す。
「さて、ワシはアイツの面倒を見てやればいいのかい?」
「くくく、さすがエンネ殿だ。よろしく頼んだ」
「はいよ。しかしねぇ。お前さんの育ちが心配になるね。悪知恵も良いところだがね、まったく」
「わ、悪知恵。いやあの、素直に褒めてもらってもいいんですがね?」
「もちろん褒め言葉さ。じゃあ、吉報を待っておいで」
エンネもまた扉の向こうに消えていく。
残されたのは俺とエギン、それにようやく話す自由を得たルミアナだった。
「お、おい、シェド! なんだ今のは! 神だなんだとよく分からんことを!」
そうして疑問の声をぶつけてきたのだが、ふーむ?
「言ってあったような気がするのだが、気のせいか?」
「気のせいだ! なぁ、エギン? 貴殿も聞いてはいないよな? そうだよな?」
「まぁ、僕は色々と察したので口をふさがせてもらいましたけど、はい。聞いてないですね。シェド様の勘違いです」
どうやらそういうことらしい。だったら、しっかりと説明する必要があるか。
「別に大した話じゃないんだが、こっちの方が良いだろ? この力はルミアナのもので、それも神に授かったとか適当に盛っておけばな。旧臣たちへの聞こえが良いっつーか、よし味方しようって気にもなるって言うか」
いわゆるイメージ戦略ってヤツだな。
賢い彼女は、少しばかり怪訝な様子ではあっても頷きを見せてきた。
「確かにそれは……まぁ、そうかもしれんが。でも盛り過ぎな気はするし、有り体に言ってしまえば嘘だろ?」
その通りではあるが、嘘にも大小があるわけでな。
「他愛ない嘘であれば気にするなって。実は王家の後援を得ているだとか、そんな話じゃないんだ。実際に力はある。ただ、持ち主はルミアナじゃなくて俺だって、それだけの話なんだからな」
「それもまたそうだが……しかし、良いのか?」
何が? って、俺は首をかしげることになる。
「良いのか? って、どういうことだ?」
「いや、貴殿の名誉がな。せっかくの貴殿の貢献が私の物になってしまうような気がするが。それは約束とは違ってくるだろう?」
なるほどと俺は頷くことになる。
俺は今回で、出世を約束されるような大活躍をするつもりなのだ。
確かにこれでは、俺のスキルによる貢献がルミアナの物になってはしまうが、
「まぁ、優先すべきはルクサ家の勝利だからな。それもまた約束だろう?」
「あぁ、約束だ。では、私の約束は?」
「そりゃ最後でいいさ。取るに足らないはずのルクサ家残党が起こした、至上稀に見る奇跡。その立役者が実はこの俺だったとついに世間に明かされ、そして……くくくく」
楽しい想像しか出来なければ笑いなんて止まりようが無かった。
「思ったよりも早く、あの豚ヅラクソ野郎をひざまずかせることが出来るかもしれんな。ふふふ、ははは、はぁーはっはっは!!」
「うわぁ、バカがバカヅラさらしてる……って、ぬわっと!」
飛びすさるエギンに俺は怒声を浴びせることになる。
「えぇい! 避けるな、たわけが! 」
「手刀が降ってくれば誰でも避けますってば! あー、なんにせよ、笑っている場合じゃないですって。ここからが本番なんですから」
「それが分からん俺だと思うか! ではな、うむ。エギン!」
「はいはい。そろそろ、兵糧人員の集結に関しての手配を始めます。集結箇所に関しては僕の独断でいいですね?」
俺はすかさず頷きを見せる。
その手の作業には事務的な能力の他に、戦略的、戦術的な感覚が必要なわけだが、エギンはその点について文句のつけようが無い。
「任せる。頼りにしてるぞ」
「はい。では、頼られて差し上げましょう」
「あ、あーと、私はどうだ? 私は何かすることはあるか?」
大事を前にじっとしてはいられないといったルミアナだったが、俺はその様子に思わず苦笑することになる。
「あんまり気張るなよ。いよいよの大勝負という時には、君には先頭に立って家臣たちを鼓舞してもらわないといけないんだからな」
「その家臣たちが今も頑張っているんだ。私だけが安穏としていられるわけが無いだろうさ」
まぁ、さすがあの歴戦の老雄どもに、当主として敬意と信頼を向けられるだけあるって言うか。
良い責任感だった。
じっとしているのが居心地が悪いって様子でもあれば、ここはそうだな。
「ははは、そりゃそうか。じゃあ、エギンの手伝いを頼む。俺たちはしょせんよそ者だからな。ルクサ家当主の言葉であればこそ動く連中も多いだろうし、力を貸してやってくれ」
「分かった。飾り物にならないように努力させてもらう」
2人の仕事は決まった。
俺はと言えば、状況をにらみつつ、適宜指示を出していくとなるが……くくく。
「全ては順調。目指すは短期決戦だな。周辺諸侯や王家に、活躍の余地なんぞ一片も残してはやらんぞ」
「あんまり焦らない方が良いと思いますけどねぇ。今が順調とは言え、圧倒的な多勢に無勢であることは確かですし」
エギンが呆れ調子で忠告してきたが、分かってるっての、そんなことは。
「心構えの問題だ! 長期化すると思ってたら長期化しちまうんだよ! もうね、10日だ! こんな反乱、10日で解決してやるからな!」
「まぁ、多勢に無勢ですから。地力に差があれば短期決戦を望むべきですけどね。でも、僕は正直30は超えてくると思いますが」
なんとも悠長なご意見だった。
俺は「ふん」と鼻で笑ってみせる。
「超えさせてたまるか! 俺たちには【全盛期化】があるんだ。待ってろよ、あの豚ヅラめ。アルミニウス軍団なんぞに出番など残さなければ度肝を抜いてやるからな!! くくく、かーはっは!!」




