第1話:騎士団追放
「シェド。本日を持って、貴様の騎士の位を剥奪する。早急に、このアルミニウス騎士団を去りたまえ」
壮麗な円卓の間においてだった。
上座に偉そうにふんぞり返る太り過ぎのじいさん……アルミニウス騎士団長はそんなことを告げてきた。
俺は思わず首をかしげることになる。
何を言われているのかは理解出来た。
ただ、予定と違いすぎれば妙に現実感が無い。
そうなのだ。
こんな予定では無かったのだ。
◆
始まりはと言えば、訓練を終えての昼休憩だった。
「シェド様。伝言ですが、騎士団長から円卓の間に来るようにとのことでしたよ」
そんなことを告げられたのだ。
伝え主は、一見男装した少女のようにも見える俺の従者――エギンだったが、まぁ、そこはどうでもいい。
その時、食堂で優雅に昼食を味わっていた俺は、思わず首をかしげることになった。
「騎士団長だ? そいつはアレか? 普段は砦にロクも顔を見せない、だらしなく太って豚みたいだと噂のあの公爵殿か?」
「同意しにくいことを言うのは止めて欲しいんですけど、まぁ、その公爵様です。それで伝言についてですが、なんでしょうかね? いよいよシェド様の悪評が騎士団長殿まで届いたんでしょうか?」
馬鹿らしい物言いだったからな。
俺は当然、鼻を鳴らして返すことになった。
「はん。何を言っているんだ、お前は。俺の悪評だと? ノースキルの平民にも関わらず、騎士に叙任されるまでになった俺に悪評だと? くくく。そんなものがあり得ると思うか? んん?」
「いやまぁ、実力はそうでしょうけど、人格がともなっているとは……って、いたっ!?」
エギンは額を押さえてあとずさったが、それは俺がデコピンをかましてやった結果だった。
「ふん、相変わらず口の減らないヤツめ。しかし、気になるな。日頃不在の騎士団長が俺を呼ぶ理由か」
「い、いたたた。僕が思うにですね、やっぱり素行の悪さが原因で何らかの処分が……に、2度目は無し! 同じ所に2度目は無しですよ!」
「だったら従者らしい態度を見せんか! まぁ、おそらくアレだろうな。次のセネカ騎士団との模擬戦だ。俺の優秀さを見込んで総指揮を見せるとか、そんな話だろうさ」
俺がそう確信する一方で、何やら異論がありそうなエギンだった。
「えーと、はい。もうです。もう内容については何も言いませんから」
「それで間違いなければ肯定はしろ。そして、もしかしてだ。その結果次第によっては、俺の副騎士団長への昇格なども……」
良い予感しか浮かばなかったが、エギンは呆れの表情で水を差してきたのだった。
「何も言いたくはありませんけど、戦争を知る老雄が元気に大挙してるこの騎士団ですよ? そんなことがあり得ると思います?」
「だからだろうが! この騎士団はちまたじゃ老人会ともバカにされているからな。その風潮を打ち壊すために、優秀な新進気鋭に大権を任せることも十分にあり得る」
「まぁ、そんなことはあり得るかもですが、誰が一体優秀な新進気鋭だと……って、いだだだ!!」
ともあれ、その時の俺は本当に期待で一杯だった。
昼食もそこそこに、颯爽と椅子から立ち上がることになった。
「では、出向くとしようか! 我が素晴らしき前途を迎えに行くとしよう!」
そうしてだった。
俺はエギンを連れて円卓の間にまで出向き、一人その中に通されたのだが……
◆
そうなのだ。
思わず今までを思い浮かべていた俺だが、あらためて現実に向き直る。
ほくそ笑んでいる腹デカ騎士団長を見つめる。
俺――シェドを騎士団から追放する。
そうとしか理解出来ないことを、あの豚男はほざいたような気がするのだが……うーむ。
「閣下。お聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「かまわん。餞別だと思って答えてやろう」
「妙なことを耳にしたような気がするのですが、あの、次の模擬戦の話などではないので? 俺にその指揮を任せるという話では?」
豚男は眉をひそめての不快の表情を見せてきた。
「はぁ? お前は一体何を言っているんだ?」
「模擬戦の結果次第では、私を副騎士団長に昇格させるなどといった話は?」
「そもそも、お前に次の模擬戦の出番などは無いぞ。今日をもって追放されるのだから当然の話だがな」
そうして、豚っぽい騎士団長はいやらしく目を細めてきたが……うん。
さすがに理解するしか無かった。
この豚ヤロウ。
本気で俺を騎士団から追い出すつもりらしいな。
「は、はぁぁ!? おい、テメ……いや、騎士団長殿!! この私がなんで追放されなければならないのか!! どうか、ご説明を!!」
怒鳴りかけて、詰寄ろうともしたのだがそれは果たせなかった。
アイツの両隣に控えていた護衛どもが俺に立ちふさがってくる。
そしてその向こうで、陰湿豚男はクソみたいな笑みを深めてきやがったのだった。
「説明が必要か? 生まれに違わぬその粗暴な言動。それでこの王国の最精鋭たるアルミニウス騎士団に籍を置けると思うか?」
「んなの今さらでしょうが!! 籍を置けるから騎士に叙任されたんじゃないんですかね!?」
少なくとも今まではそれが現実だった。
だが、陰湿豚野郎は不愉快そうに鼻を鳴らしてきた。
「ふん。ま、何かの間違いだろうな。お前の昇進に私は関与してはおらんが、間違いは正すに限る。粗暴で下賤の身の上にあり、そして……ノースキルであるお前のような男についてはな」
俺は思わず黙り込むことになった。
その点は間違いなく、俺の最大のウィークポイントだった。だが、
「……その点をおぎなって余りある実力は見せてきたと思いますが」
剣術、槍術、馬術。
あるいは、大人数の指揮術。
騎士として必要とされたことについては、常に十分以上の成果を出してきたはずだったのだが。
だが、騎士団長を称する豚ヤロウが見せてきたのは、引き続きの嘲りの笑みだった。
「よく分からんことをほざくな。お前はな、存在自体が不釣り合いなのだ。我がアルミニウス騎士団における居場所などは、お前のような下賤な凡夫には存在せん」
そうして豚ヤロウは大げさに俺を指差してきた。
いや、俺の背後にあるはずの扉を指し示してきた。
「さっさと出ていけ。お前のために費やす時間など、これ以上は無いぞ」
とりあえずしばき倒してやろうかと思ったわけだが、それでこの男が意見を曲げるとは思えなかった。
この男の表情からは、俺への侮蔑の感情しか読み取れない。
これは諦めて言うとおりにするしかない。
そうは思えた。
ただ、このクッソむかつく豚腹ジジイの言うとおりにしたいかと言えば……そりゃあな?
「えぇい、でりゃクソ!! 納得出来るかこの豚ヤロウが!! おい、エギン!! やるぞ!! こんな騎士団、今日で終わらせてやらぁ!!」
とにかく暴れることにしたが、まぁ、多勢に無勢であれば結論が変わることも無く。
俺はアルミニウス騎士団から追放されたのだった。