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なんてね

作者: 海野幸洋

パートナーから箱が欲しいなんて言われるものだから、記者は箱売りの店へ取材へと出向いた。記者は記者だ。本当に記者の仕事をしている。ただ今回の取材が自主的なものというだけで。

箱を売る者。白い格好をしたその売人は、仕事柄ねと言って自身の格好へと疑問を投げかけた記者に説明をした。箱を売る者を名乗るその人の店の中には多くを箱が並び、一点ものと札に書かれたいわゆる高級品から特徴のない量産品の箱までが売られている。

「一点ものは値段が張る分あまり売れないのですよ。こうして店の目立つ場所に置いているのですがね。」

残念そうに語る売人をよそにして確かに多くの客は店に入ってすぐの場所に配置された一点ものの箱を見ながらも、少し店の奥に置かれる量産の箱へと目を向けていく。量産の箱にはそれぞれに種類を示すラベルが貼られ、客がそれを手に取り見比べているとすぐさま斜めになった棚の後ろからまた同じ箱が目の前へと補充された。

「それでも多くの種類があるのですね。」

その光景を見ながら暗い表情を浮かべる売人に話を振る。折角の取材なのだ明るい話題がほしい。

「あんなもの種類のうちには入りませんよ。箱は最近ブームですから皆買いに来ますがね、結局みんな仲間内で同じものを買ってははしゃぐだけです。何のバラエティもない。」

売人を励ましたつもりだったが逆に機嫌を損ねる発言に若干の申し訳なさを感じる。

「やはり今の箱は一点ものに限ります。何より昔ながらのものですから。」

「昔ながら。」

「一種の比喩ですよ。」

売人は呆れ半分といった表情で、いつの時代も変わらない。そう売人は語った。


箱。それが今のこの世界で流行している商品。社会へ出てからの経験が浅い記者にとって、その道具は無用の長物でしかないけれど。何かものを詰め込むための道具に何故そこまで固執するのかと疑問に思う。今回の取材もきっかけがあるとはいえ、箱に疑問を持つ記者が行った個人での趣味のようなものだから。


流行とは普段若者から流行るもの。でも箱は珍しく中年層の男女を中心に流行り始めた商品だと言われている。そして今現在ではその流行も若者に広がりを見せだした外これもまた珍しく流行は高年齢層にまで広がりを見せだした。噂によると金持ちの家なんかではすでに子供に箱を買い与えた家が存在するらしい。ただそんな金持ちの家は別として、流行はしているといっても、量産品までもが市場で売れているといっても、箱の値段が高いことには変わりがない。

「ですからねえ、どおせ高い買い物なんです。少し値は張りますが一点ものを買って頂きたいものですよ。高いといっても箱の価値を考えれば安いものですから。」

取材時にとった売人との会話が脳裏に浮かぶ。たまたま目にとまったコマーシャルでは、とある会社が新しく売り出す、量産品の箱に備え付けられた新機能について大々的に宣伝されている。たくさんの機能を取り付ければいいってものでもないのに。コマーシャルを眺める記者の心には取材の結果か不思議な感情が沸き上がっている。それが収まると記者は立ち上がり別の、箱を売る店へと連絡をした。趣味で取材をしていた記者であったが箱に対する興味は一段と増しているようだ。

箱のことを考えて先日とは違う大型の店舗へと取材に向かう。昨夜アポイントを取ると連絡に応えた担当者は明日にでも是非と言ってすぐに取材の許可を出してくれた。店先で出迎えてくれたこの店の店員らしき売人はやっぱり白い恰好をしている。が、先日のあの人とは違い営業スマイルに長けている。ムスッとした顔もせず、大きく開けた店の中を案内してくれた。どうやら店内には箱そのものの他にも箱をデコレーションするための商品なんかが売られているらしい。さらにオプション品と書かれたコーナーまでが店内には存在している。箱そのもの以外の商品には買った箱に飽きた時のために何時でも交換可能と売り文句が書かれていた。

「あれは何ですか。」

案内をされていると、店の壁へ飾られたポスターを見つけた。何だろうか。箱の両側面や底面、蓋が分解された形で図式化され、文字とともに写っている。分解はされているもののそれが箱を構成するための板であると分かる部品の近くには、部品と同じ形をしているが色や模様だけが違う板が描かれている。笑顔を見せる店員はそれに対しても気前よく説明をしてくれた。

「うちで売り出す予定のカスタマイズができる箱ですよ。これまでは外に取りつける、取り外しが可能な後付け品しか売り出しの許可が出されてませんでしたが法律が変わって、いよいよ買手によりカスタマイズ可能な商品が売り出されるんです。値段はその分高くなりますし量産品にはどうしても値段で言えば勝てそうにありませんが、そのうち一点ものなんかよりよほど売れる商品になると我々は踏んでいるんですよ。」

その気迫に記者は少し押される。先ほどまでの愛想のよかった店員であるがその時ばかりは何か声に熱がこもっていた。その後店内を見て回ったものは基本先日の店で見た光景と何ら変わらないものだった。何種類かの箱を品定めする買手たちの光景。ただ店舗の規模が大きいからか店の販売能力が高いからか、先日の店との違いとして幅広い年齢層が箱を買ってる姿を散見することができた。

見たいと思ったものは全て見て回り、案内をしてくれた店員に御礼を言うと店を後にする。そして家路につく中で頭の中には店員が話したカスタマイズできる箱のことが浮かんでいた。


二つの店を取材してから少しの間が空いた日。太陽も姿を隠そうとしている時に、取材やら執筆やらで記者は普段より疲れて自宅への帰路についていた。自分から興味が湧いて調べていた箱の取材だが油断して上司にその話をすると、そんなことよりこちらを調べろと、ちゃんとした仕事を申し渡されたからだ。但し幸い明日は休日を確保してある。仕事をするのはそれが終わってからでいい。上司に渡された申し訳程度の、残りはお前が調べろとでも言われているような気分にもなる少ない資料を放置して家の寝床に身体を埋めるとその中で記者は明日の楽しみについてを考え出した。


「やっぱり箱が欲しい。二人の思い出をいっぱい詰め込みたいの。」

確保した休日は自身のパートナーと示し合わせた休日だった。そんな休日の日、一緒に食事をしようと立ち寄った箱なんて一つも置いていないその店で、パートナーは欲を言う。記者はその言葉を言葉として理解することはできても安易に受け入れることに躊躇し黙ってしまう。

「だめかな。」

もう一度聞かれる。そこでようやく口を開く。

「この前仕事柄なのか自分で箱を売る店に取材に行ったんだ。でも高いよ。そりゃ子供でも買っていると噂はあるけど、そんなお金があるなら別のことに使いたい。それに流行ってるのは中年層じゃないか。二人はまだ若い。」

事実今の記者という仕事もまだ始めたばかりの仕事だ。収入はあっても生活そのものが安定しているわけではない。お金だって箱を買うだけの額を用意できるかと言えば難しい。

待って。そう説得する。箱は買えなくてもパートナーとの関係を崩したくはない。だからとでまかせでもいいから関係を保つ言葉を探す。そして思いついた言葉が一つだけあった。

「もう少し時間を置けばもっと良い箱が売り出されるから。」

それが取材の結果。と低いトーンの声が記者の耳の中で響く。こくりと首を振って記者はそれに応える。

「本当ね。」

「ああ。」

その言葉を聞いてパートナーはやっと提案を聞き入れた。未来では箱を購入するという約束と同時に。

正直箱なんて高いだけだと隣にいるパートナーと折角の楽しみの中で歩きながら考える。その思考はその通りに値段からくる答えなのか先日取材に行った箱を売る売人が言っていた言葉に感化されたものなのか判断に困るものだった。パートナーはどんな箱が欲しいのだろう。種類豊富な量産品かそれとも一点ものの高級品か。もしくは、法律が変わり売り出しが決定したカスタマイズ可能な箱なのか。箱と言っても用途は様々でパートナーが何にそれを使うかは分からない。箱の中に何を入れるかも。いや世間一般には箱は思い出をしまい込むものなのが普通なのだけれど。どんなものでもそうであるが、箱もそれらと同じく良いことにも使えるし悪いことにも使うことができる。箱という道具を人々はどんなことに使うのだろう。若い人は。自身との同世代は。もっと上の世代の人々は。量産品と一点ものでは何が違うのだろう。みんなが買うから同じものを買う。一点ものを買う人は変わり者なのだろうか。それにカスタマイズ品。わざわざ特徴を増やして箱はどんなことを行えるのだろうか。特徴が欲しければ一点ものでも十分であるし、オプションでもデコレーションでも十分だ。それとも量産品よりもさらに特徴が欲しくないからカスタマイズするのか。箱は箱でしかない。箱は何かを入れる道具でしかない。かっこよくでも可愛くでもしたいのならば箱そのものを変えるのではなく要求にあったラッピングをすればいい。箱の中に何かそういう可愛らしいものやかっこいい何かをしまい込めばいい。それなのに今の流行は。

難しい顔しているよ。パートナーが悲しそうな顔を向けて言葉をかけた。

「ごめん。」

「さっきの話。流行に乗るなんて変だよね。」

あなたはそういうのが嫌いな性格なのかと確認するように。

「大丈夫だよ。流行が終わっても産業になったものはそうそう完全には終わらないから。」

それに今売られる箱は完全な、何かを収納するための物とは違うのだから。

「それじゃ意味ないでしょ。」

そうかな。パートナーへ反論する。

「買いすぎが良いってことはないよ。それに今箱を買いすぎたら、まあ子供でも買ってはいるけれど次の世代が買う箱の数が減少してしまうかもしれない。どんなものでも丁度いいっていう数があるんだから。」

「そうやって諦めるのはどうなの。」

「諦めてはないさ。ただ今二人に箱は必要ないってだけで。」

パートナーはそこで口を開いたがそれを遮って言葉を発する。まるで自身のパートナーの考えを蔑むように。

「この話はこれでお終いにしよう。どのみち二人の経済力では箱を買うことはまだできない。もう少し時間をたっぷりととってから話そう。」

それからのパートナーはおそらく自身と同じような思いつめた表情をしていた。それでもパートナーが恋人との別れについてをそれからも口に出さないことだけが幸いだった。時間が経って、たくさんのお金がたまってから箱を買えばいい。どの道二人には箱が必要になる時がいずれ訪れるのだから。箱は一人でも買うことができるけれど、記者自身もやっぱり箱には二人でものをしまいたいという気持ちを持っていたから。


次の日からはまた次の休日まで仕事場へ出向き用意された資料と自身が仕事を渡されてからアポイントを取って、取材をして手に入れた資料をもとに記事を書く。記者としての仕事はまだ始めたばかりで立派と言われるだけの記事を書いたことはないけれど、上司から命令された今回のそれは、なんとなくテーマを見ていると上手い文章を書けるような自信を記者に感じさせた。


『自動車と電話機の比較』


取材を重ねたそのテーマが先日まで趣味として調べた箱についてと似ていると感じた。コマーシャルでは前に見た新機能を搭載した箱と共に法律の改正から販売を許可されたカスタマイズできる箱についてまで、またそれぞれの箱を売る者たちが出す従来品の箱までと幅広いそれが流されている。それが記者には自動車や電話機と何か共通性があると感じさせられる。自動車の目的は走る。電話機の目的は話す。では箱は。箱そのものに、人々は何を求める。箱は何かを入れるだけで走れないし電話機の向こうにいる相手と話すこともできない。もしかしたら発展しそれを目的とした箱が生まれるかもしれないけれど、今はそれは夢物語でしかないし、もし実現できたからと言って記者はそんな箱を欲しいとは思わない。車は人や物、それこそ箱なんかを乗せて走ることが最初の目的だった。最初の車と言われる蒸気自動車は武器を運ぶという役割があった。そして今の車は。車には例えば音楽を聴くという機能が搭載された。車は音楽を聴きながら運転を楽しむ一種の娯楽へと発展した。スピードなんかでも物を運ぶ車は早く目的地へそれを運ぶために改良を施された。今では車にはプロペラや羽が取り付けられたりしている。空を車が飛べば早く目的地へと到着できると人類は考えたから。電話機も。電話機は昔は家に備え付けられていた。備え付けられていない家も存在していた。手紙とは違って遠くへいる人とリアルタイムでのやり取りが可能だった。それがいつの間にか人と共に移動するように進化した。進化に伴って博物館で見るような大きい電話から今使われているようなとても小さな大きさにまでダウンサイジングをされた。機能面でも自動車と同じように電話機には娯楽の機能が取り入れられていく。通話を主体としていたのに電話そのものが手紙を相手へ出せるように進化をした。手紙といっても歩いてはいけないような場所にいる人に送るしっかりとした手紙ではなく、短い文が連なった遊び心ある手紙へと。強く娯楽を押し出すなら昔の人が子供たちが家から出て別の場所で集まって行っていた遊びだって電話機でできるようになってしまった。箱もいつかそんな風になっていくのだろうか。でもそれは箱なのだろうか。箱そのものが娯楽の対象へとなるのだろうか。考えすぎなのだろう。しかし土地によっては。

記事を書かず資料を眺めながら考え事にふけっていると見回りにきた上司が記者を注意する。全く進まない文章に気づいた記者は急ぎ仕事に取り掛かった。


やっと、箱を買う約束をした二人の経済力も、箱を買えるだけのものになった。二人の絆は前までのものより一層に深まりまた経済面でもたくさんのお金を必要とする箱を買うことができる程度には充実している。

「確かにあなたたちには箱が必要でしょうね。」

すでに見知った顔になった記者に売人は言う。どんな箱がいいのだろう。パートナーから箱が欲しいと言われてからというもの悩んだ記者は箱を売る売人の店へとこれまでに箱を買う訳でもないのに通い詰めるなどをしていた。そして今日いよいよ箱を買う決心をした記者とパートナーの二人は箱を買うのに信頼ができるとあの売人の店を訪れているのだ。

「それでどんな箱をお買い求めですか。当店では一点ものから量産品。さらにはカスタマイズ品まで幅広い箱を揃えておりますが。」

引きつったようにも見える営業スマイルを見せながら売人はパートナーと記者に店にある箱たちを案内して回る。店内の雰囲気は入ってすぐでは気づかなくとも、奥へと入りこめば売人の努力が伺える程度の変わり方を見せている。努力したんだなあ。店へと今まで通いつめてきた記者は心の中で呟く。店の奥には量産品と並び前に大型の店で発見したカスタマイズ品がそのパーツと共に並べられている。

「最近の流行りはこのカスタマイズ品なのよねえ。」

「そうですね。一点ものと違いその個性を買手が決めることも可能です。それに最近量産品はこちらも法律が改正されて法人なんかでも買うことが可能になりましたから趣味や遊びのような形でカスタマイズ品を買う人々が増加しています。」

量産品の方が安全だとは分かっているのだけどねえ。パートナーは売人にそんなことを口走る。記者はそれを聞いて心配になり売人の顔を見るが少し引きつった表情に代わりはなかった。

「カスタマイズ品は売り出された最初のころこそ何かを入れるには壊れやすくやわだとメディアで騒がれましたが、今では開発元でもその問題を克服しています。壊れにくさの面で話を進めるのであれば今ではそれも一点ものも量産品も変わりませんよ。」

そうなの。納得した表情を見せるパートナーは手を振って、遠くから売人との会話を見つめる記者に呼びかける。その顔からして、どうやらパートナーがカスタマイズ品を買おうとしていることは確定したことであるようだ。

それからの会話は色はどんな色がいいか蓋の色は本体と同じでいいのか違う方がいいのか。箱につける機能について後付けでデコレーションを外部に注文するかなんかの会話を行う。記者自身これまでに店へと通い詰めた経験からカスタマイズ品でも充分に良いと思っている。全てが決まると箱は丁度箱がぴったしに収まる袋に梱包され売人が記者たち二人に手渡しをした。記者の場合値段はやっと軌道に乗った仕事で手に入れた給料のほとんどが失われる状態だった。ただそれはパートナーも変わらないようであり記者の財布の中身を見るパートナーは二人の間に親和性を感じたのか記者の身体に自身の身体を寄せ二人で頑張ろうと話すのである。


家へと二人でたどり着く。すでに同じ家に住むようになった二人の関係であり当然二人の左手にはその証がはめられている。扉の鍵を開け中に入ると二人は楽しみにしていたかのように、実際楽しみにしていて袋から先ほど買ったばかりの箱を取り出した。パートナーと二人で、デザインした大切な箱だった。

それからというもの二人は箱の中に数えきれないほどの思い出を詰め込んでいったし箱もそれを受け入れていった。一見すると小さく見える箱であったけれど外見とは違ってそれ以上の思い出を箱には入れることができた。

「すっごい。まだものが入るみたい。」

これは流行するものだ。特に自分たちが選んだカスタマイズ品は。パートナーが記者に向かって話す言葉をそうだねと聞きながら改めて記者は箱を買ってよかったと実感し関心しまた予想以上の箱の出来栄えに内心では驚いている。色々なものを詰め込まれても、さながら四次元のようにその全てを受け入れる箱は不気味でもあった。

「きっと一点ものや量産品じゃこうはいかないのよね。」

パートナーは言う。それはその通りで、記事を書いていると自身の周りからは箱がブームになった初期にそれらを買った客たちから不満の声が漏れていると情報があった。

「折角だから新しい箱をもう一つ買えばいいのにね。」

「箱は高いんだ。そう易々とは二つ目を買う決心はできないよ。まあ今だにブームが終わっていないことを考えると、みんなまた新しい箱に手を付けるのだろうけどね。」

「あなたは二つ目の箱が欲しいの。」

「まだ今の箱で十分さ。それにまたもう少しすればもっといい箱が生み出されるかもしれないからね。」

「それもそうね。」

仕事が軌道に乗ったからといってまだ二つ目の箱を買うだけのお金を記者は持っていない。だからこうして昔と同じようにパートナーには一瞬の思い付きを話したのだ。

やがて在庫処理なのか社会情勢なのか量産品の箱が記者の仕事先で買われることになった。一点ものはバラエティ豊かなためか、感覚は娯楽のように、たくさんのお金を持った人々には時々の人気が出るのだという。しかし量産品の箱は見た目が他の箱と何ら変わりもないために、また一時期のブームの結果売れ残りを何処かで使わなければならなくなっていた。

「武装組織が使うよりは平和的だろう。」

そんな言葉と共に仕事場には箱が導入された。昔大型店で売られていたオプションパーツも取り付けられずに。せめてもの気持ちか、仕事場の名前と数字が入れられて。

「あれには何を入れるのです。」

いつの間にか上司にもこのくらいの会話ができるようになって記者は質問をする。いくら道具とはいってもその風貌は自身の家でパートナーとの思いでを詰め込んだ箱と重ねざる負えない。

「一般人が入れるようなものはあの箱には入れないさ。それに入れないほうがきっといい。安心しろ。箱は壁の向こうで管理されるから。」

「いくら道具といってもそれじゃ武器と同じではないですか。」

「しかたないだろ。あれが箱である以上は。」


時と共に記者は上司に、顔にはどうにも隠せない程度には皺も入って、軌道に乗っていた記者という仕事は順調に評価を伸ばしていって前の上司が出世するとともに記者自身が上司の立場に立っている。それでも、だからこそ不満に思うこともある。会社が買った量産品の箱たちは、在庫の掃き出しと言ってもスペックの高い箱を購入していたらしく、それを気に入った上層部は記者が思い出を詰め込むためと思っているはずの箱を、さらに購入し思い出ではないものを詰め込んでいる。特に今までの立場にいて分からなかったことが今の立場に立ってみてからというもの特に際立って目に入ってきた。

「ただいま。」

そう言って自宅の中に入る。仕事も安定しまだ太陽が少し高い状態で玄関の前に立つ。そんな時間だからか途中では何人かの大人とすれ違った。

自宅は家族、が増えたことから前よりも部屋が多く大きな家へと引っ越してある。

玄関の扉をあけてすぐ聞こえたのはパートナーの泣き叫ぶ声だった。何事かと思い急ぎ声の聞こえる部屋へと入る。そこで見た光景は赤黒いパートナーの腕と、同じ液体状の物がこびりついた箱の存在。そして少し離れたところに忍ぶ最近買ったもう一つの箱の存在。

「どうした。」

まずはパートナーに聞く。まずは。

「もう中身がパンパンなのよ。全く記憶が入らない。たくさんの思い出が入るように二人でカスタマイズした箱なのに。」

怒っている。怪我したらしい手を抑えながら何やら電話機をパートナー掴んで。

「あの店に文句言ってやる。こんな不良品を押し付けて。」

ブツブツと言葉を並べておそらく売人の下へと電話を繋ぐ。記者の頭には仕事場の箱のことがよぎる。昔見た売人の表情も。いよいよ電話が繋がろうとした瞬間に記者は電話機を外へと向けて放り投げた。いくら電話機が発展したってこうしてしまえば。すかさず自身の電話機で知り合いへと連絡しもう太陽が見えなくなったというのに気前よく家を訪れた知り合いへ二つの箱を任せると記者はパートナーの手を掴みあの店へ向かった。

箱を売る売人の、コウノトリの店へ。箱とは…。


「どうでしたか。デザイナーベイビーは。」

「あんなに力が強いなんて聞いていません。」

叫ぶ。一言も発する前から、それとも電話機が繋がってのか事情を知った様子の売人はいつもよりもおかしい。

「あなたたちは理想の子供を求めてカスタマイズ品を買ったのでしょう。」

暗がりの中、目の前の売人は笑う。

「あなたたちの他にもいるのですよ。文句を言う輩が。自らデザインしたわが子だというのにね。そもそも箱は箱だ。それは分かっているでしょう。あなたたち人間も最初は空っぽだってことを。最初から何かものが入っている人間なんていない。だから箱なんだ。いくら外身を変えたって箱の役割は変わらない。」

相当の気迫に、何も言い返すことができない。

「怪我をしたのはパラメーターをいじったからですよ。きっと子供を確証もないのに天才と勘違いして記憶を詰め込んだのでしょう。天才も記憶から生み出されると理解できずに。最悪の環境だ。クローンだって。技術への倫理はどうだっていい。でも使用への倫理は問われるべきだ。軍事組織が使わなければいいってものじゃない。それに一時期は平均化を狙って量産品のクローンがブームになった。愛があれば大丈夫と。あなたたちはせいぜい一点もの、体外受精に縋るべきだった。否それでもきっと箱を間違って使って怪我をした。」

箱なんて最初からいらなかったんだ。

「天然品だってあるのですよ。二人だって天然の箱だ。」

それは。しかし反論する気にはなれない。

「最初、箱は病気を除去するためのものでしかなかった。せいぜい子供がいな夫婦のためのもの。」

でも箱は、自動車や電話機のように。あの時からすでに箱は娯楽だった。子供が箱を買った噂があった。でも二人だってまだ子供で。

「昔から子供とは大人のおもちゃなのです。主体性もなく。人が進化をすればベイビーを上手く使える未来が来るかもしれない。それこそ次の世代では。さあ、肌も髪の色も違うあなたたちの箱へ親として今度こそ思い出をしまってください。」


箱は子供。その大きさが増すにつれてメディアでは盛んに反対運動が報道されるようになった。ある地域では病原体のおかげで同じグループの箱が全滅したという。人が進化。いっそ退化しているかもしれない。自身の箱の成績は全ての子供の中で普通だ。そんな中で記者は記事を書いた。今まで趣味で集めた、箱についての内容を。


かかか。それは売人の声。呆れていますよ。売人からすれば自然こそ最高だというのに。一度白い羽根を羽ばたたかせてみてください。一つのことに集中することが馬鹿らしくなりますから。

かかか。箱売りはコウノトリ。

なんてね。

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