牛の獣人の彼は気が優しくて力持ちでちょっと暴走気味です
ある時、日本に「そんなに獣人が好きならなってみれば」という謎の声と共に光線がふりそそいだ。そして全日本人が獣人化した。
それは私が好きな人に告白をしようと、ラブレターを書き終えた直後のことだった。
「何の獣人になった?」
という話題が日本どころか世界をかっさらっていった今日、高校の昼休み中。
私は頭に生えた第3、第4の三角耳をくるくる動かして彼を探している。
昼休みにラブレターをさーっと渡してさーっと逃げ去ろうと思ったのだけど、今日に限ってみんなも彼もいつもと違う行動をしていて見つからない。
なら別の日に渡したらいいのかもだけど、今日渡したいって思ったんだもの。
初志貫徹するんだ!
一緒に探してくれている友達が「あ!」と言って私の肩を叩いた。
鷹獣人になった友達は世界一と噂される優れた視力で、窓の外を指差す。
「あそこにいる!」
それは校舎裏。売り物が水とお茶ばかりで人気がない方の自動販売機がある場所だった。
その場所に近づくと、話し声が聞こえてきた。あの人の声だ。
あの人とは部活中に出会った。
私は吹奏楽部なのだけど、みんなで重い楽器を運んでいたら、たまたま通りがかった彼が手伝ってくれたことがある。
「手伝うよ」
と言ってチューバの子が運んでいた重い楽器ケースを持ち上げ「もう一個持てるかも」ともう一個持ち上げて運んで行った彼。
それ以来、楽器運びの時ひまだったら手伝うから言って、と彼のクラスメイトだという吹奏楽部員に言い、たまに本当に手伝いに来てくれている。
顔はのほんとしてるから恋のライバルは少ないけど、私はそうして手伝いに来てくれる彼を好きになってしまった。
その彼の声が聞こえた。
「牛なんてどうせ『ミルク出るのか? あ、オスは無理か! はっはっは!』ってセクハラされる運命なんだ」
「どんまい。まぁ、俺も正直言いたいそのジョーク」
「分かる。俺も他人だったらすげぇ言いたい」
彼はどうやら牛の獣人になったらしい。
「女の子で牛とか大変そうだな」
「まぁセクハラはとがめられる時代だしなんとかなるだろ。たぶん」
はぁ、と深刻そうにため息をつく彼とその友達。
あと少し前へ進めば角から出て彼の目に入る。
ここまでくると緊張して一歩が出ない。後ろにいる鷹の獣人になった孝子ちゃんを見て「どうしよう〜」と目でうったえる。
グッと握りこぶしを作って応援された。
うえーん。行くしかないのは分かってるけど分かってるんだけど。
「せっかく獣人なのにもふもふも神秘性もないとかおいしくないよねとか言われるし」
「分かる。馬もな、足速くなっただけ」
「いいじゃん馬。かっこいいよ。うらやましい」
「牛もほら、みてるとのどか〜な気持ちになっていいと思うよ、うん」
獣人になった私たちは獣人形態と獣形態の両方に化けられるようになった。
「一緒に牧場でもいくか?」
「俺どうせなら競馬で稼ぎたいわ」
「急に現実的」
「牛も闘牛とかあるよな?」
「人間ならみんな格闘家になるわけじゃないから。闘牛とか無理だから」
私もそんな怪我しそうなことして欲しくないよ。
「ツノを生かしていっそ悪魔を名乗った方がウケるんじゃね」
え、ツノがあるの!? なにそれ見たい。
そろっと前に進む。
「……いいなそれ」
「けっこうおいしいんじゃね牛。馬のが人型のとき耳しか特徴なくておいしくないわ」
「いやいや。尻尾あるじゃん! ふさふさうらやましい。牛なんかこんなだぞ。ひょろ〜って。ツノとか服着るのすげぇ大変だから、なくていいと思うよ」
「そっか。でもまぁやっぱ犬とか猫とかライオンとかが強いよなぁ」
「うらやましすぎる。鳥もいいよな。飛べるんだろあいつら」
「いや筋力不足で無理らしい。見た目は天使だけど現実はニワトリ」
「あ、そうなんだ。それぞれ大変なんだな」
「だなぁ」
ちらっと校舎の角から顔だけ出して見る。
彼ののぼーんとした顔の上、頭の両脇に二本の牛なツノがあった。おおお。
あ、気づかれた。目があった。
「あのー……」
おそるおそる声をかけると、目を見開いていた彼がぽつりと呟く。
「ねこ……」
「猫だ。勝ち組だ、やっぱかわいい」
「かわいい」
かわいい?
好きな人にかわいいって言われた。
カーッと顔に熱が集まって後ろに下がろうとした私の肩を孝子ちゃんがぐっと捕まえて押しとどめられる。う、ううう、勇気! 勇気! 勇気を出せ!
「これ、読んで!」
さっと牛な彼にラブレターの白い封筒を差し出して、受け取られると脱兎のごとく逃げ出した。猫だけど。
猫獣人になってから私も足が早く身軽に、そしてジャンプ力がついた。
階段を数段飛ばしでポンポンのぼっていると
「ちょっと! 待って!」
と追いかけてきたのは彼じゃなくて鷹の孝子ちゃんだった。
茶色のかっこいい翼はいつも背中できっちり折りたたまれているのだけど、今は疲労でちょっと開いている。
彼女は背中に翼がはえてから重量のせいで走るのがつらくなったらしい。私と同じく人間だった時より筋力はついて、瞬間速度だけなら速くはなったけれど。
はぁはぁと息を切らせて階段を登っている孝子ちゃんのところに戻る。
「置いてきちゃった、ごめん」
「もう! 仕方ないなぁ。手紙渡せてよかったね」
「うん」
と、いうことがあった昼休みの次の授業が終わった後の、休憩時間。
ドドドドと遠くのクラスから走ってくる足音がしたかと思うと、バーンと教室のドアを開けて牛の彼がやってきた。
な、なに、え? どうしたの?
でも好きな人に会えて嬉しい。
どきどきして見ていると、彼は私を見つけるとまっすぐ歩いてきた。さすがに机を押し除けて走ってはこなかったけど、なんか今にも走り出しそうな圧がある。あれ、なんか急に怖い気がしてきた。
彼は私の目の前にくると、私がおびえてちょっと胸の前に出していた両手をぐっと握った。
手、大きい。一応力加減してくれている。
ときめきでドキドキするけどなんか怖い!
「根駒さん!」
「はい!?」
ビーン! と私の尻尾がびっくりしてのびた。ちなみにスカートにはもう穴を開けてあるので、スカートがめくれることはない。
「根駒さんすごくかわいいと俺も思ってた! 手紙嬉しかった! 俺も好きになった! 結婚しよう!」
「は……え!?」
え、付き合おうじゃなくて!? いきなり、え!?
「猫耳とか可愛いしやばいかわいい! すごくかわいいよね! そのちょっと下向いちゃってるのとか感情が出てるの? かわいい!」
かわいいかわいい言われて嬉しいはずなのに、なんだか心がどんどん逃げていく。尻尾もしょんぼりとおりた。
「あ、あの、手、はなして」
「手、小さくて細くてかわいいよね! 守りたい! すごくかわいい!」
「あの、はなして」
彼の後ろについてきていたらしいあの馬の友達さんが、ぐいっと彼の肩を引っ張った。私たちの間に距離があいた。ほっとして、足まで下がっていた私の尻尾も上がってくる。
「いやがってるじゃん。やめとけ」
「あ、ごめん。そうだよな。聞こえてたのに聞こえてなかった。俺、舞い上がっちゃってちょっとテンパってるかも。でもすげぇかわいいと思うよ!」
猫耳が?
と聞きたい。私のことじゃなくて猫耳の、彼いわく勝ち組の獣人だからかわいいって言ってる気がしてきちゃう。
でもそうだよね、そもそもよく知らないのに付き合ってって手紙書いたの私だし……思い込みはお互い様なのかも。
少し冷静になった私はきっと正しいだろう答えを出した。
「あの、やっぱり友達からでお願いします……」
「俺がフラれた!?」
「がっつきすぎだバカ」
彼とその友達のかけあいにくすりと笑っていると、となりの席にいた孝子ちゃんが、うんうんと納得顔で言った。
「猫って束縛嫌いだもんね」
猫だからかなぁ!?
牛くんがんばってそのうち付き合うようになります。
がんば!