パラレル・タイムセール
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と、内容についての記録の一編。
あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。
うん! やはり月に一度は好きなもんをたらふく食べると、気持ちいいもんだな!
本当は酒ももっと飲みたいところなんだがな、ここんところ酒に弱くなったように思う。やっぱり定期的にある程度の量を飲まないと、肝臓が休眠状態に入っちまうのかね?
せっかく、酒が飲める体質に生まれついたんだ。フルに使った方がいいような気もするし、今後の体調も考えて、セーブした方がいいような気もするし……やれやれ、神様も一個くらい駄目になってもいいように、予備の臓器とかプレゼントしてくれないもんかねえ。
――おう、そうだ。プレゼントで思い出した。
昔、プレゼントをめぐって、俺自身、不思議な体験をしたんだよ。あれだったなら、今の俺の望みも叶うかもだが……ちょっとやる気にはなれねえな。
その時の話、聞いてみないか?
ゲームに猛烈にはまった、小学生の頃。その年もまた、新しいゲーム機器の発売の情報が流れ始めていた。
携帯ゲーム機のソフトを差し込み、据え置き機にセットすることで仲立ちとなって、テレビの画面で携帯ゲーム機ソフトを楽しめるようになる、互換機のはしり。
携帯ゲーム機の画面とテレビの画面では、サイズが違う。テレビに映した時にはゲーム画面以外の部分が空いてしまうんだが、「ピクチャーフレーム」が使われる。
起動させるソフトにより、その内容にふさわしい背景絵が登場。あたかも額縁のようにして、ゲーム画面を彩ってくれる。それをコマーシャルで見た俺は、猛烈に欲しくなったんだ。
発売日は連休の初日。しかし、俺の財布の中身は寒く、誕生日などとも重なっていない。しかも俺が知った時点で、近所のゲーム屋は予約がすべて締め切られているほどの、人気ぶり。
すぐには手に入らないことが分かりきっていたがゆえに、いっそう想像はたくましくなっていった。
そしてその連休には親戚の一家が、うちへ遊びにくることになっていたんだ。
その日の午前中、全員で墓参りをしている時のこと。俺は久しぶりにあったおじさんと話をする。
親戚一家が来る機会は、一年でそれなりに多い。三連休以上の休みがあると、たいていは顔を合わせる。けれどおじさん本人は仕事の関係で、三回に一回くらいしか我が家にやってくることはない。
おじさんは当時の俺が尊敬するくらいの、ゲームマニア。どうやら今回の互換機についてもすでに予約をしているようで、家に帰ってからゆっくり楽しむ予定とのこと。
一刻も早く手に入れたい心境の俺に対し、その余裕ある姿を見せられると、無性に悔しくなる。
おじさんは俺の顔から、事情を察したようだった。一度、くっと曇り空を見上げた。午後から雷を伴う雨の予報で、西の空にはもう、ひときわ黒みを帯びた雲が湧き出しているのが分かる。
おじさんはそのまま空を見つめつつ、僕にだけ聞こえるようにぽつりとつぶやいた。
「昼ご飯を食べたら、出かけてみようか。ちょっと危ないかもしれないが……どうだい?」
思わぬ言葉に、一瞬、俺の心臓は興奮して跳ね上がったけど、すぐに落ち着きを取り戻す。
先にも話したように、俺はすでに付近の店が、予約を打ち切っているのを確認している。
ここは何年も過ごしてきた地元。俺が見つけられず、おじさんが見つけられる店なんて、あるとは思えなかった。
「ぬか喜びは嫌いだしな」と俺はハナから期待しない。
そんなことはおくびにも出さず、あたかも無邪気に喜ぶふりをして、俺はおじさんの厚意に甘えたんだ。
昼ご飯を食べてから、適当な理由をつけて外に出た俺とおじさん。
てっきり車で遠めの店に足を運ぶものだと思っていたから、おじさんが、「歩きで行こう」と提案してきた時には、さすがに自分の調査結果を伝えざるを得なかった。
近くの店はどこも、すでに予約を閉め切るほどの人気ぶりだったこと。
仮に、開店と共に店頭で売るような店があったとしても、午後のこの時間からじゃ、すでに売り切れてしまっているであろうことを話す。
「だろうな」と、おじさんは顔色を変えずに歩を進め続ける。その手には大振りの傘がおさめられていた。空は午前中に比べ、ますますその暗さを増しつつある。
「でも、それは店の中の話だろう? 時期さえ合えば、外でもタイムサービスにありつけるものさ」
そう語るおじさんは、僕の手を引き、某企業の駐車場脇にたたずむ道祖神の前へ。
俺たちの地元の道祖神は、上中下の台に「道祖神」の文字が刻まれた棹石と、午前中に見たお墓とほぼ同じつくり。水鉢に当たる部分は深めに掘ってあり、そこにお賽銭やお供えものをあげるのが、通例となっている。
「タイムセールの合図は、往々にして雷の時さ」
おじさんの言葉を追いかけるようにして、空がゴロゴロとうなり始める。
ぽつぽつと雨が降り出し、俺は持参したビニール傘を差したけど、おじさんは濡れるのも構わず、ズボンの中から財布を出して、五円玉を手に取った。
「欲しいのは、例の互換機で間違いないね」
雨足がじわじわと強まってくる中、その問いに俺はうなずくと、空が光った。
一回、二回、三回と目の前が瞬く間、俺は見る。
道祖神の目の前に、コマーシャルで見たパッケージに入った、お目当ての互換機が横たわっているのが。
ぱっと見た時には、おじさんの手品だと思った。あらかじめどこかに隠し持っていたものを、あたかも今、現れたように見せかけたのだと。
でも、おじさんは家を出た時から、傘をのぞいて手ぶら。お墓参りの時から服を脱ぎきしておらず、仕込んだとは考えにくかった。
その傘にしたって、家の傘立てに閉じられたまま突っ込んであったのを、引き抜いてきたもの。ここまで一度も開いておらず、中へ滑り込ませるのも不可能……。
思案しかける俺へ、おじさんは人が変わったように急かしてくる。
「早く取るんだ。さっさと帰ろう」
ぴんと、指で五円玉を弾き、水鉢の中へ入れるおじさん。言われるがまま俺はパッケージを手に取った。
おじさんはすぐに俺の背中に手を当て、「走れ」と声をかけてくる。
「傘はできれば閉じな。そしてもし、何かに引っ張られたら、すぐに手放すんだ。いいね?」
おじさんが自分も走りながら、手が当たったままの俺を、前へ押し出そうとする。
俺は言われるがまま走り出したが、まだ昼時だというのに、すでに夕方のように辺りが暗くなりかけていた。
それだけじゃない。ここに着くまでほとんど人通りなどなかったのに、俺たちの帰り道には、ちょうど進む方向を同じくして、のろのろと歩く通行人たちの姿が。
いずれも揃いのフードのついた黄色い雨ガッパを着て、白い長ズボンを履いている。
狭い歩道を塞ぐように二人ずつ横並び、かつほぼ等間隔で、何人も並んでいたんだ。
「車道に出て、走るぞ」
おじさんがガードレールの切れ目から、歩道の外へ。俺もそれにならった。
車がいないのを幸いに、ほとんど車線近くまで飛び出して駆け出すおじさんだったけど、怖くて俺にはできない。
ガードレールすれすれ。排水溝のふたの上を走ったけれど、差していたビニール傘が「むずっ」と押さえられて、ブレーキがかかる。見ると、歩道を塞いでいた人のひとりが手を伸ばして、石突の部分を掴んでいたんだ。
俺は「放せ」と傘を引っ張ったけど、引っ張り返してきた奴の力は、ずっと強い。そのまま後ろへ投げ飛ばされるかと思ったほどで、足がたたらを踏み始めてしまう。
「捨てるんだ。傘はあきらめろ!」
おじさんの声。俺がぱっと手放すと、傘はそのままカッパ着の腕の中へ。引っ張られていた勢いにつられて、つい振り返った時、俺はおじさんの言葉の意味を察したよ。
傘を引っ張った奴は、すでに空いた手で自分のカッパの、前の合わせ部分を開いていた。
その奥には、何もなかったんだ。
本来あるべき身体も、もしそうだとしても、背中に当たる部分のカッパも、すき間からのぞくであろう背後の景色も、全部。目を閉じたように、黒々とした空間になっているばかり。
フードの奥も同じで、はっきり見えるのは、雨粒を直に受ける二本の細い腕と、カッパの下の白いズボンと足だけだったんだ。
腕は、合わせの中へと傘を入れ込む。石突を自分の側へ向け、突き刺すかのような入れ方だったのに、停滞なく取り込まれた傘は、カッパのどこからもはみ出していない。
そして他の連中もまた、同じように俺へ向かって手を伸ばしてくる――。
そこからはおじさんと一緒だ。俺は車道へ完全に飛び出して、家への道をひた走った。
奴らはガードレールを乗り越えようとしたが、その動きは俺たちよりはるかに緩慢。くわえて、家が目に入ってくる時には、すでに姿が見えなくなっていたんだ。
でも、安心はできない。俺たちは「ただいま」を告げるや、自分の家へ直行。パッケージの端が濡れて、気持ちやわらかくなってしまったけど、中身は無事。起動も確かめて、二人して大きくため息をついた。
この互換機の出どころをおじさんに尋ねると、「ここ」じゃない場所から、取り寄せたとのこと。
「雷のタイムセール。あの時だけは、『ここ』と『むこう』の品が大安売りされるのさ。
とてもよく似ていながら、交わらない世界である『ここ』と『むこう』との商売。普段なら自分の命とか、存在とかを支払ってようやく手に入る品々が、あの時だけは格安で手に入る。場合によってはタダすらあり得るんだ。
だが、それは『むこう』も同じこと。『ここ』にあるものが格安、もしくはタダで手に入る時間。あのカッパを着た者たちは、常連客というわけだ。
『ここ』にあるものを手に入れたいがために、その代金を支払い続けた、買い物の亡者というわけさ」