魔法実習授業
「すいませーん。矢野耕輔遅刻しましたー」
「同じく、神河祐司遅刻しました」
大声で自己申告しつつ二人は実習室に入ってきた。その声に春華は現実に引き戻される。授業はもう始まっていた。
そして長々としつこい皮肉を交えた説教が始まるのだった。
「魔法使いは特別な能力を持っているのだから」云々かんぬん・・・。
「社会で求められる立場は、特別な技能を持つがゆえにより規範となるべく義務が・・・」
「先の世代は偏見と戦って今の魔法使いの地位と尊敬を勝ち取ってきたのだ・・・」「人間主義の差別意識はまだまだ根強く残っており、些細なことで足許をすくわれる」
などなどかなりしつこい説教が続く。確かに多和良が言っていることは、当たり前のことなのだが余りにくどいので生徒たちの頭の上を通り過ぎてしまっていた。多和良の横に立ち説教されている当の二人はチラチラと春華と玲奈に訴えかけるような情けない視線を送ってきていた。
ひと通りの説教がやっと終わり授業が始まった。
「この時限で一年生の俺の魔法実習は終わりだ。
今日は魔法行使の例として俺が代表的魔法をみせてやろう。
ちょうど今日は助手が二人いるからな」
そう言って耕輔と祐司の方を見てニヤリと笑う。
耕輔と祐司は、顔を見合わせて露骨に嫌な表情を浮かべたが、多和良は無視するように視線を二人の方に残したまま正面を向きつつ嬉しそうな表情を浮かべた。実習の授業とはいえ教師は基本監視と補助を行うだけで授業で魔法を使うことはない。
今日は生徒の前で魔法行使ができる唯一の日なのだ。
実際のところ魔法の実習を観れる教師は少ない。魔法使いの絶対数が少ないのだから当たり前である。
魔法実習の授業といっても一年の間は、本格的魔法実習の準備が主であるし、A・Bクラスと違いC・Dクラスあたりだと魔法が使える生徒は少なく事故が起こるほどの事象改変力はない。A・Bクラスほど緊張は強いられないし、E・Fクラスは注意深く面倒を見る必要がある上に別の教師の担当である。ある意味退屈なクラスと多和良は思っていたのだった。
「まず電撃魔法だが」
多和良が微妙な顔をする。
「矢野、お前うどん臭いな」
教室のあちこちに押し殺した笑いが起きる。
「まあいい、矢野、お前の得意分野だったな。
そこに立ってあのターゲットに向けて電撃を飛ばしてみろ」
多和良が指し示した先には、教室の一部に数m四方の金属板が貼ってあり、リークした電流が周りに漏れないようにアースしてある。
「えっ。導体の上で電撃魔法を使うんですか?
帰還電流で感電します」
驚いた顔をして言い返す。
「まあ、その靴なら大丈夫だろう」
そう言って耕輔の履いているスニーカーを目で示す。
「どうせ靴底が絶縁破壊するほどの電撃は出せないだろ」
そう言われて、負けず嫌いの耕輔はムカついたのか、机の上の魔法用の杖を乱暴に手に取る。スタスタと金属板まで歩いていき上に乗り、軽く目を瞑ると口の中で魔法式をつぶやいた。
クラスメイトたちは、心配そうな顔と期待する顔が半々で静かに見つめている。
耕輔は、精神を集中できたのか目を開けて杖を振る。ターゲットに取り付けられた3cmほどの金属球から薄い紫色の稲妻がうねるように四方に10cmほど広がり、一番太い稲妻がパチパチと音を立て20cmほどの距離にある耕輔の杖に走った。
「おおっ」
感嘆の声が上がる。この程度でもクラスの中では魔法が使える方なのだった。
その直後、耕輔ははじかれたように腕を後ろに振ってひっくり返った。
「痛ってー」
その声を聞いて半数の生徒が笑い声を上げた。
期待通りだったのだろう。耕輔が視線を巡らせると、玲奈は目を見開き口元を手で隠し心配そうな顔をしていた。春華は?少し斜め横を向いて視線を落とし、彼女はこちらを見ないようにしている。
もしや、自分に関心を持っていなのではないかという思いが頭をかすめ、感電したことより耕輔は落ち込んだ。春香は、友人が失敗するのを見るのが嫌で、見ないようにしていただけなのに、耕輔の独り合点であった。
それはさておき、ターゲットのセンサーには幅広の山形の波形が表示されており電圧の最高値は十万ボルトを表示していた。ゴムの靴底のおかげで漏えいした電流でちょっと感電するするだけで済んだのだった。
さっと走り寄った祐司に助け起こされながら思わず強めの声で文句をいう。
「やっぱり、感電したじゃないですか」
そう言いながら多和良を怒り顏で睨みつけた。
多和良はニヤニヤ顏のまま嘯く
「おう、大したもんじゃないか。
感電するほどの電撃が出せたしな。
しかし、単純バカだな」
「なにが、単純なんですか。バカにするんですか」
耕輔は、食ってかかりそうな顔で睨む。
多和良はそれに質問で返す。
「矢野。電撃魔法の作用機序はなんだ?」
「量子的電荷の対称性への干渉による任意方向の疑似電磁場の生成です」
ぶっきらぼうに返事する。
「よし、自分の得意技は勉強しているようだな。
さて、お前は自分の杖とターゲットの間の空間に電場を形成して稲妻を飛ばした。
だが、そうすると、対称性操作の結果の余剰電荷は行き場所を失い魔法対象エリアを含んだ全体で中性化しようとする。結果、帰還電流でお前は感電したわけだが。
電場の形成は、定常的生成だけが主じゃない。短距離で動的に形成するとこんなことができる」
多和良は、金属板の上に立ち口の中で魔法式を唱えると杖を振る。その杖から直径2cm以上の明るく光る円盤が杖の先に生じまっすぐ2mほど離れたターゲットに高速で走る。『パン』押しのけられた空気が立てる破裂音とともにターゲットに命中する。ターゲットの金属球の一部が薄っすら気化してしまった。
センサーには鋭いピークが記録され最大値は100万ボルトを超えていた。
「このように微小空間に高電圧を発生させ連続的にイオンを加速すれば外部に電荷が漏れることなく電撃を飛ばせるわけだ。
いや、電撃というよりプラズマ銃だな。はっはっはっ」
気分よさそうに笑い声をあげる。生徒たちは興味深そうに見つめている。
「ちょっと工夫するとこんなことも」
更に杖を振ると連続して円盤が発生し『ブーム』と聞こえるかなり大きな音を立て、眩しい光とともにターゲットに命中する。金属球は四分一ほど蒸発してしまった。
「おお、すげー」
驚く声、目を丸くし感動した顔、生徒たちから感嘆の声が上がる。
さっきまでの説教に辟易としていた顔が今は生き生きとしている。尊敬の眼差しで多和良を見つめているものもいる。なんだかんだと言って魔法使いの卵なのだ、魔法には素直に感動する。
蒸発した金属を集塵フィルタに捕獲するために動き出していた空調が、静かになるころには生徒たちも落ち着いて静かになっていた。
実習室を軽く見回し多和良は講義を続ける。
「これなら感電することもない。
さて、時空間の並進対称性に干渉するとなにができる。
神河。答えろ」
そろそろかなと警戒していた祐司は速やかに答える。
「重力の制御や物体の移動です」
「作用機序は?」
続けて質問する。
「空間を作用軸の垂直方向に勾配をつけて微小縮小すると作用軸方向に疑似重力が発生します」
「ちゃんと理解しているようだな。
本来は質量が時空間を歪め重力が発生するが、魔法で質量近傍と近い状態にすることで疑似重力が発生するわけだ」
多和良は先ほどと違うと動作をする。その杖は祐司を指し示す。すぐには変化はわからなかったが制服の裾や髪の毛が少し浮き上がる。重力が消えているのを示すため、軽く床を蹴ると祐司は天井に向かい上昇し3mほどの所で止まる。先ほどの魔法ほどはウケてないが、生徒たちは真剣に見つめている。
多和良が杖を下ろすなり祐司は落下を始める。彼は、苦にすることなく軽い動作で床に降り立つ。こっちはパラパラと拍手が起こる。見ると耕輔は怒りに顔を赤くしている。
「なんですか、僕だけ感電なんて不公平だ」
多和良に抗議をするがさらりと躱された。
「なんだ、自分だけじゃなく友人も感電させろと?」
不公平感だけで怒りを覚えていたが、友人を引き合いに出されると言い返せなくなってしまった。
「いえ、そんなわけじゃなくて」
律儀に返事をするが、それきり黙ってしまった。
「まあ、今日は助手がいたおかげでなかなかいい実演ができた。
ご苦労様、席に戻ってもいいぞ」と言い多和良はニヤリと笑う。
というわけで、実習室に入る前に、今日は助手をさせられるんじゃないかと二人で予想していたのだが、果たしてその通りになったわけだ。
やっと解放されて耕輔は自分の席に戻った。隣には祐司が座る。
向かいの席の春華が小声で二人に話しかける。
「お疲れ様。神河くんまで遅刻ってどうしたの?」
「まあ、それは後でな」
教師に睨まれたのを目の端で捉えた祐司が、喋ろうとした耕輔を手振りで押しとどめた。四人は正面を向いて授業に集中することにした。
魔法実技の教師、多和良は皮肉家で説教がうるさいため生徒に嫌われていたが、授業そのものは解りやすく、レベルも高かったため私語する生徒はいなかった。
約半年間の授業の結果を簡単に総括した後、生徒達を見回しながら、
「今年度最後の授業なので、俺の授業を聞いていた諸君は理解していると思うが、最後にまとめておく。
魔法の物理干渉の具体的機序はまだ完全には解明されていないが、何が起きているかはかなり解ってきている。
それはなんだ。矢野。答えろ」
「はい、対称性への干渉だと考えられています」
耕輔は突然指名されたがなんとか答えることができた。
「授業をちゃんと聞いているようだな。
だが、正確ではないな。対称性といっても何の対称性か?
神河」
「はい、
物理時空間の並進対称性、回転対称性、量子的内部対称性・・・」
「よし、解っているようだな」
更に答えようとする祐司を片方を上げることで押しとどめ、多和良は講義を続ける。
「原理は置いておいて、ここは魔法実習の授業なので魔法を行使するための技能を学んできた。わかっているように・・・」
多和良は、授業の総括として魔法技能について簡単に説明をするのだった。




