宿場町の酒場
食事の後、夕闇の迫る中、宿の裏で祐司は狭い馬車で固まった体をほぐすため徒手武術の型を演武していた。
祐司を探しに来たのか、それをしばらく眺めていたバーデンが終わったとみて声を掛けてきた。
「ユウジ、それはお前の流派の型か?
武器を使わない型とは珍しいな」
「これは俺の家の流派の入門用の型なんだよ。
体をほぐすのにちょうどいいんだ」
祐司はすでにバーデンへのわだかまりは解けていた。
護衛に志願したというのを聞いて動機は何であろうと感心したのだった。
「ちょっと殴りかかってみろよ、もちろん本気でな」
祐司はバーデンを冗談ぽく挑発する。
「よし、本気で行くからな」
そう言いざまに殴りかかる。
祐司は立っている場所から動かず右に体を捌いて、軽くバーデンの肩を突く、バーデンは目標を見失ってつんのめってしまう。ムッとして振り返りラグビーのタックルよろしく下半身に取り付こうとする。バーデンの体がぶつかる瞬間に一歩後ろに下がり抱きつくつもりで重心を前に預けていたバーデンの体を上から抑え込む、バーデンは地面に張り付いてしまった。
祐司は体を翻し足を使って抵抗するバーデンの左手を軽々とひねり、後ろ手に抑えて肩のあたりに乗った。右手は反対の足で抑え込み動けないようにしている。
「痛い痛い、分かった降参だ」
祐司は手を離し立ち上がった。
遅れて立ち上がったバーデンは肩を回して祐司に握手を求めた。
「なかなかの腕だな。実戦で使えるかどうか分からんが」
悔しいのか負け惜しみをひと言言わずにはいられなかったようだ。
祐司は、握手しながらこちらもかわした。
「実戦ではバーデンに守ってもらうさ」といって笑い顔になる。
バーデンも悪い気がしないのか笑い声をあげる。
「お、おう、任せておけ」
「それはそうと、宿の主人から仕入れた情報だが、行商人たちが集まる酒場がこの先にあるそうだ。
減ってはいるものの何人かは逗留していて、化け物の情報が手に入るかもしれん。
それで誘いにきたんだが、行ってみないか」
「なるほど、情報は多いに越したことはないな。
耕輔も誘って様子を見に行こう」
祐司は地面に置いていた剣を拾い、バーデンの後につづいた。
「ここか、うわっくせー」
ドアを開けこもった匂いに耕輔は思わずつぶやく。
酒場の中にいた男たちが会話を止めジロリと睨みつけてくる。『やばっ』と耕輔は思ったが、相手が吟遊詩人の若造だと見てとって無視し、会話を再開したのでホッとした。
続いて祐司とバーデン(クラクはきたがったが護衛として残してきた)が入って来てもチラと目をやるものの特に反応してこない。
酒場は十二畳ほどの広さで、獣の油のランプが三つ入り口と中程に吊られている。その程度では明るさが足りず薄暗い。特に奥の方は暗闇に近い。そこに七・八人の酔っ払いが大声で議論したり、うたた寝をしていたりしている。
入り口で剣を預けて端の方の席に三人で座る。バーデンと祐司はエールを耕輔はミルクを頼んだ。祐司は未成年だが、この世界ではそれは言い訳にもならないことを学んでいる。そして、祐司は結構飲める。自分からは飲むことはなかったが、家の儀式などで出された場合は飲まないわけにいかないので酒を飲む機会はそれなりにあったのだ。
耕輔は中学の頃に親が残した気の抜けたビールを一口飲んでひどい目にあって以来飲んだことはない。真っ赤になって、その後気持ち悪くなってしばらく寝込んだほど弱かった。
バーデンは二口ほど飲むとジョッキをそのままに、奥の方に歩いて行きその辺りの商人風の男たちに話しかけた。祐司も立ち上がり話に加わる。
耕輔は興味から付いてきたが後悔していた。
酒の飲めない耕輔は居心地が悪いばかりでちっとも面白くない。
座りの悪い椅子をカタカタいわせながら、ちびちびとミルクを飲みつつ、もう帰ろうかなと考えていた。
耕輔の隣席の顔に刀傷のある男が、耕輔のミルクのコップを睨んでいる。ずいぶん飲んでいるのか表情に締まりがない。
「おいそこの若造、男なら酒を飲め、俺がおごってやる。
おい、亭主、こいつにエールをやれ」
呂律のあやしい声で耕輔に酒を勧める。
「いや、僕は未成年だし、酒飲めないし」
「なんだとう、俺の酒が飲めんというのか」
言うなり殴りかかってくる。
顔を殴ろうとしたのだろうが、酔いで手元が怪しく耕輔は額を殴られた。そのまま後ろに吹っ飛んで勢い良く後ろの席の男の背中にぶち当たる。後ろの男は飲んでいたエールを頭からかぶった。
「何するんだこの野郎」
怒鳴り声をあげ横の席の奴を殴る。
そいつが応戦してエールをかぶった男と殴り合いを始めた。なぜか、あたりで殴り合いが始まる。椅子を振り回している奴もいる。椅子は簡単にバラバラになった。耕輔は巻き込まれ横殴りに引き倒され、床にしたたかに背中を打ち付けた。背中の痛みで動けず、横目で祐司が嬉しそうに殴り合いに加わっているのを見ていた。
裕司は本当に嬉しそうだった。ニコニコ笑いながら、自分より身長も体重もありそうな男を肘打ち一発で吹っ飛ばしている。殴りかかってくる男のパンチをかわし投げ飛ばす。男はテーブルを押しつぶした。いまにも笑い声をあげてもおかしくなさそうに見える。
しばらく騒ぎが続いたが、騒ぎは始まった時と同じように突然終わった。うめき声を立てる男もいたが、元のように酒盛りを始めるのだった。どうやらそういうルールなのか、レクリエーションなのか、此処はそういうものらしいと、耕輔は後で気がついたがもうまっぴらだった。
「人間の男って本当馬鹿よね」
耕輔の頭の上でアギーがたんこぶを眺めている。
耕輔たちは、朝日が昇る前に出発して、朝日とともに山岳地帯に入っていた。
「僕は巻き込まれただけだよ」
耕輔は反論するが『その場に居たんだからおんなじ』とアギーに再反論されて黙るしかなかった。
「耕輔って、ばか?」
玲奈フクロウが言うので、むっとして耕輔はフクロウの頭をグリグリと逆立ててやった。フクロウは案外気持ちよさそうにしていたので耕輔は逆に悔しそうになった。
「それで、化け物の情報は手に入ったの」
アギーからつっこまれる。
「いやね。聞き出す前に殴り合いが始まってね。ほとんど聞けなかったよ」
祐司は周りにうっすらとアザのある目にごまかしの笑みを浮かべ頭を掻いている。
「黒くてでかいトカゲのような魔物というくらいかな」
「なんだよ、それってほとんどわからないって言うのと同じだね」
ファーファは呆れた目をして祐司を見ている。
バーデンはいつものように外を歩いているので追求の的になることはなかった。




