ファルデリア・ア・ファールン(ファーファ)
東京での基準で言えばほとんど真っ暗だが、さっきの場所よりずっと明るい木のベンチに一人分の間を空けて並んで座る。
すぐにファーファは体をひねり、真正面に祐司を見据え懇願の色に満ちた表情を浮かべている。
内容は祐司が想像したとおりのものだった。
「どうしても弟子にしてもらえないのですか」
ファーファは祐司の目を真っ直ぐに見つめ問いを投げかける。ファーファが女子と知ってしまったためか、照れずにその目を真っ直ぐ見つめ返すのは祐司にとって努力が必要だった。
彼は実習で同じグループになった春華と玲奈以外ほとんどクラスの女の子と話をしたことがなかった。もちろん連絡事項とか授業に関することなどで言葉を交わすことはあったものの、親しく話すことはない。交際を申し込まれたことがなかったわけではないが、(祐司は女子の間では結構点数が高かった)浮ついた感じが好きではなかったし、余裕のなかった祐司は全て断っていた。
春華は、彼女は、恋愛に関心が薄くて、耕輔の丸わかりな態度(本人は隠しているつもり)でさえ気が付かないくらいだったし、祐司もその分気兼ねなく友人として付き合えた。自分に対し恋愛とか抜いて真剣に向き合ってくる女の子は初めてだった。
玲奈は明るく変わった子で祐司の懐にいつの間にか入り込んでいて、軽口を叩ける仲になっていた。祐司は(実際にはいないが)妹のように扱っていた。
意識とは別に上がってしまう鼓動を必死に抑え、その真剣さと向き合わねば失礼に当たると、自分に言い聞かせ真剣な声で事実を告げた。
「俺は、自分は、きみを弟子にする資格がない。
もちろん修行中だということもある。まだまだ未熟というのもある。
だが本当の理由は、俺は、この世界の人間じゃない」
ファーファが目を見開き口に右手を当てる。この辺りの仕草は育ちの良さを感じさせる。
祐司はさらに続ける。
「この世界はいま災厄に見舞われていることは知っている。
そして、それは別の世界からもたらされているのではないかということも知っている。
だから、黙っていたが、きみの希望に添えない本当の理由を言わないわけにはいかない」
そう言ってファーファの目を正面から見つめる。
もう鼓動は平常に戻っている。
「そんな……」
ファーファはベンチの正面方向に座り直し黙り込んでしまった。
二人とも無言でいるとその場の静寂が徐々に遠ざかり、人通りの絶えた街でさえ人の活動に伴うざわめきが耳につくようになってくる。考え込んでいたファーファが口を開く。
「そんなの関係ないよ。
ボクはカミカワの力と技に感激したんだから」
祐司は用意していた言葉を告げる。
「だとしても、俺は、耕輔と落ち合ったらきっとすぐにここから出て行く。
君はここの人間だろう」
ファーファが何かを言おうとするのを手で遮り祐司は、ずっと気になっていたことを口にする。
「どうしても気になることがある」
一旦言葉を切って、表情を見落とさないため心持ち目を見開きファーファの横顔を見つめ先を続ける。
「君は、どうして俺の弟子になりたいんだ。
俺の技や魔法に感動したというのは聞いたが、それが理由だとはどうしても思えない」
「……」
ファーファは返事を返せない。
暫く躊躇していたが軽く目を瞑り、それから目を開き祐司から視線を外したまま話し始めた。
「ボクは魔法がほとんど使えない……
小さい頃はもっと使えたんだけど、ちょっとしたことがあって使えなくなった。
それは悔しかったけど、いいんだ割り切っている」
その言葉は吐くように強く言い切った。
「でも、父上の落胆した顔が一番ショックだった」
声が微妙に震えているのが感じられる。
「この地方を治める父上は魔法が使えなかったから、
ボクに魔法の力があることがわかった時はすごく喜んでお祝いをしてくれたって聞いた。
お祝いは何週間も続いて周りの地方や他の国からもお祝いの使者が沢山来たそうなんだ」
俯いたまま震える声で続ける。
「それだけに父上の期待を裏切った自分が恨めしい。
ファールン家に生まれたものとして、その特権を持ったものとして、
いずれはこの地方のために生きる義務がある。
自分が領主を継ぐかはわからないけど、魔法の力を持ったものとして最もその力があったはずなのに」
ファーファの膝に涙が水滴となって跡をつける。
「別に魔法が使えなくても、治めることはできるんじゃないか?
ファールン卿のように」
祐司はありきたりの事を言うが、その言葉を口にしたとたん後悔した。
魔法が使える自分が言っても嫌味になるだけで何の説得力も持ち得ない。
「ああ、すまない。
俺が言っても嫌味なばかりだな」
「いいんだ、別に魔法が絶対じゃない事はボクだってわかってる。
でも、強くなりたい。
魔法が使えれば、女の子の自分だって大手を振ってこの家を継ぐ事ができると思っている。
だから、カミカワ。ボクに魔法を教えて」
ファーファは顔を上げ、目を赤くしながらも強い意志を秘めた濃い緑の瞳で祐司を見つめる。
祐司は困ってしまった。
ファーファとは立場は違うが気持ちは分る。神河家は小さいものの郷里の大地主だったし、地方の名士だった。
祐司も小さい頃は単純に自分が神河家を継ぐのだと信じていた。男三人兄弟の中で唯一魔法適性があると言われたからだったが、現代魔法の処置を受けない限りは使えるようにならない。祐司に期待しているそぶりはみせるもの処置を受けさせようとしない父親。それなのに父親は兄弟の誰を後継者にするか曖昧にし競わせようとしていた。その辺りはファーファの父親とは違うが、力を求める気持ちは分かる。
しかし、この世界は誓約を、約束をすればそれに縛られることが判っている。それに、この世界に来ることで魔法の力が極端に強くなった自分にはどうすれば教えられるか判らない。結局視線を外して黙っているしかなかった。
「ボクはそんなに素質がないかな」
ファーファは力なく視線を落とした。
「いやそんなことはない‼︎」
思わず大声を出してしまった。
自分を信じているファーファに失礼だ。自分の信義にも悖る。黙っていることはできなかった。
ファーファが思わずビクッとしてしまう。
声の調子は落としたものの祐司は強い調子で続ける。
「そんなことじゃない。
俺も教えられるなら教えたい。
でも、さっき言ったように俺は他の世界から来た。
実を言うと元の世界ではほとんど魔法は使えなかったんだ」
祐司はこの世界にいる間は決して口にしないと決心していた本当のことを白状していた。
「この世界に来たことで強い魔法が使えるようになった。
だから、どうすればきみに魔法を教えられるかわからないんだ」
ファーファは、最初は唖然とした顔をしていたが、そんなに間を空けず指で涙を拭いながら横を向いたままの祐司に語りかけてくる。
「よかった、ボクに才能がないからじゃないんだ。
教え方がわからないだけなんだ。
カミカワは教えられるなら教えたいと今言ったよね」
祐司はハッとしてファーファをみる、とはいえ一度口に出したことは変えられない。
「大丈夫だよ。
カミカワは強力な魔法剣士なことは間違いない。
この世界に来ることで魔法力が上がったならなんらかの手がかりはあるはず。
それに」
ファーファがにっこり笑う。
「できないことはできないんだから、カミカワは判ったら教えてくれればいいよ」
祐司は目の前で微笑んでいるファーファの顔を見ながら(微笑んでいるファーファからは男の子ぽい雰囲気が全く消え、美少女そのものとなっていた)知り合ったばかりとは思えない親しみを感じていた。
「ということで、ボクもカミカワたちについていくよ」
ファーファはわざとらしく大きく頷いている。
「そばにいればカミカワの力の秘密がわかるかもしれない。
父上には武者修行に出るといって許してもらう」
「えー‼︎」
祐司は思わず喫驚して素っ頓狂な声を出してしまう。その辺りは年齢並みの地が出てしまった。
しかし、ファーファの決意を込めた顔を見ると断ることはできそうになかった。
「判った。きみが来るというなら断ることはできない。
ただ、ひとつだけ。俺のことは祐司と呼んでくれ」
祐司は脱力しながら仕方なしに告げた。弟子のようなものとして扱うことにしたのだ。とはいえ年齢の近い女子に師弟の関係を求めるのは、居心が悪かった。
「それから、友達だからな。
師匠とか呼ぶなよ」
と念を押すのだった。




