『自傷』スキル持ちの少女は最強になりたかった
「……君はもう限界だ」
冷静にそう告げたのは魔導師のフレン・フェイス。
青い髪を後ろで束ねた青年で、中性的な顔立ちをしているが立派な男。
パーティの中では誰よりも優しく、後衛としても優秀だった。
そんな彼が、心配するように口にしたのだった。
「限界なんかじゃ、ない」
フレンの言葉に、息を荒くした少女――シュリは答える。
肩にかかるくらいの黒髪に、幼さの残る顔立ちをしている。
ただ、全身には痛々しく包帯を巻き、今も仲間の一人――聖女と呼ばれるニナ・オルトーに治癒魔法を施されているところだった。
ニナもフレンと同じく、つらそうな表情でシュリの手を握る。
「シュリ、さん。お気持ちは分かります。あなたのおかげで、私達もここまで来られたんですから」
ここまで、というのは魔王を討伐する旅の途中――《死の街道》バジェズの途中だった。
魔王が支配する地域で言えば丁度中間地点。
魔王の幹部の二人目を倒してまだそんなに時間の立っていない頃だった。
幹部を倒しても魔王軍の攻撃は止むことはない。
直接的な戦闘は避けつつ、勇者パーティの一行は身をひそめながら確実に敵戦力を削いでいた。
ただ、シュリだけがパーティの中で限界に思われていた。
「わたしは、まだやれるよ」
「……君のやれるは違う」
「違わない、戦えるよっ!」
「私達だって、死を覚悟していないわけではないです。いつだって死なないように、平和な日が訪れることを願って戦っているんです。けれどシュリさん――あなたはこのまま戦ったら確実に死にます」
ニナの言葉に、シュリは唇を噛む。
否定のできない事実ではあった。
勇者パーティに選ばれた者達は《女神の信託》を得て、スキルを持つ者達で構成されている。
およそ数万人に一人の割合で与えられる才能だ。
シュリの幼馴染であり、勇者でもある少女――アイは複数のスキルを持つ破格の天才だった。
魔法から剣術まであらゆる者に特化している――だからアイは何でもできるし、勇者にふさわしい人物だった。
対して、シュリの持つスキルは異質中の異質――《自傷》と呼ばれるスキルだった。
剣を振るうといった行動や魔法の発動に際して、スキルを発動することでその威力を高めることができる。
その代償として、シュリは怪我をする。
皮膚がさけて出血し、激しい痛みを伴う。
今も、先の戦闘でシュリはまともに動くことができなくなっていた。
「君は確かにスキルを使えば強い。それでも、勇者であるアイには劣る。正直に言おう――強さに見合ったデメリットではないよ、君のスキルは」
「わ、分かってるよ。でも、それでもわたしは――」
アイと一緒にいたいんだ――そう言おうとしたときに、少し離れたところにいるアイと目があった。
同じ黒い髪で、けれどサラサラとした長くて美しい、アイによく似合っている。
小柄だけれど、鎧を着た姿はいつ見ても可愛らしいとシュリは思っていた。
けれど、表情はいつも以上に悲しそうで、今にも泣きだしそうな顔をしていた。
「……っ」
(わたしのせいだ……)
我儘を言って、自分が傷つくだけならいいと思っていた。
アイと一緒に戦えるならそれでもいいと。
けれど、どこまでも自分よがりな考えだった。
パーティの皆が心配するのは当然だ。
皆優しくて、大事な仲間なのだから。
その中には、シュリも含まれている。
だからこそ、彼らの決断は悩み抜いたうえでの優しく、非情な決断だった。
「これは僕たちの総意だ。シュリ、君とはここでお別れだよ」
「……」
シュリはそれ以上言い返すことができなかった。
これ以上パーティにいたところで、役に立つことができないのは目に見えていた。
(わたしが、弱いからだ……っ!)
シュリは決意をする。
このスキルを使いこなして、最強となることを。
そして、必ずまたアイの隣に立つということを、誓ったのだった。
***
それからシュリは死に物狂いで戦った。
冒険者となって、血に塗れながらも戦い続けた。
回復魔法を会得して、自傷スキルで強化することによりスキルで傷ついた身体も含めて回復する――そんな技能まで手に入れた。
痛みには慣れた。
痛くても我慢して動ける。
シュリは気がつくと、冒険者の最高位であるSランクとなっていた。
これでまた、アイの隣で戦える。
ほんの数ヶ月で辿りついた境地。
そして、シュリが再び旅に出ようと決意をしてから数日後のことだ。
勇者アイによって魔王は討伐されたのだった。
***
「あ、黒騎士さん。おはようございます」
ギルドの受付に声をかけられて、黒騎士と呼ばれた少女は頷く。
黒騎士というのは、全身に黒い鎧を着ているからそう呼ばれているだけだった。
黒の方が、血の色が目立たなくて済むという単純な理由だ。
華奢で小柄な体系の黒騎士――シュリを町で知らない者はいない。
最強と呼ばれるシュリとパーティを組める者はおらず、今も一人で仕事を引き受ける。
(わたし、何で強くなりたかったんだろう)
そんなことを考えながら、シュリは森の方へと向かっていた。
《ウルファング》の討伐というシュリが受けるにはあまりにも簡単な仕事。
けれど、今日は特段受ける仕事もなかった。
暇つぶし程度に森にやってきただけだ。
森に入ってしばらくすると、ウルファングが警戒しながら近づいてくる。
縄張りに入ったからだ。
けれど、シュリは構えない。
(魔王もいない。平和な世界――そんなものも結局なかった)
魔王がいなくなったところで、魔物による被害はなくならない。
あくまで一つの脅威がいなくなっただけだった。
(くだらない。いっそのこと、死んだ方が――)
「あ、危ないです!」
ドンッと横から体当たりをされて、シュリがバランスを崩す。
目の前にウルファングが迫っていたのだ。
突然体当たりをしてきた少女は、それを見て危険だと思ったのだろう。
ウルファングなど、噛まれたくらいではシュリには怪我のうちに入らない。
シュリのかわりに攻撃を受けた少女は、ウルファングの爪によって右腕から大量に出血していた。
ふわりとした栗色の髪の少女は、腰から剣を抜くと、涙目になりながらウルファングに剣を向ける。
「い、痛いけど……痛くないですっ」
(……誰?)
「だ、大丈夫ですか?」
「いや、あなたの方が大丈夫?」
「わ、私は大丈夫ですのでっ! あなたは逃げてください!」
見ない顔だと思ったが、どうやらシュリのことを知らないらしい。
今日初めてここに来た冒険者だろうか。
シュリの姿を見て、ウルファングに襲われそうな初心者とでも思ったのだろうか。
(そんなに腰が引けていたら勝てない)
「く、来るなら来いっ」
震えた声で、けれど勇ましいことを言う少女に、シュリは小さくため息をつく。
すっと少女の前に出ると、
「え?」
キィンとわずかに響く金属音。
それと同時に、ウルファングの首は地面に落ちた。
「え、え? 一体何が――」
「あなた、そんなんでよくわたしの前に立てたね」
「え、ええと?」
シュリはちらりと冒険者のライセンスを見せる。
『S』と刻まれた合金でできたライセンスに、少女は青ざめる。
「あ、え? Sランクって……冒険者の最高位じゃ……?」
「そうだけど、あなたは冒険者じゃないの?」
「今日から、その、デビューしたんですけど、ご、ごめんなさいぃ!」
色々と恥ずかしさでいっぱいなのか、顔を真っ赤にして謝る少女。
そんな少女の姿を見て、シュリはそっと右手を握る。
「あ、え?」
「治療、必要でしょ」
「こ、このくらい平気です」
「強がらないで。化膿したら腕なくなるかもよ」
「っ!?」
シュリの言葉に、少女は黙って治療を受け入れた。
他人に対しても治癒魔法は圧倒的なレベルを発揮できる。
強くなったシュリに、目の前の少女は少し眩しかった。
(わたしも少し前までは、ひたむきに強くなりたかったんだけどな)
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして。ところで、あなたはどうして冒険者になんかなったの?」
「え……? それって私に才能がないってことでしょうか……?」
「いや、それは分からないけど」
シュリがそう答えると、少しばつが悪そうに答える。
「その……私、才能がないって言われたんです」
「才能?」
「魔法も剣も、何もかもです」
「それで冒険者?」
「はいっ。だって、憧れなんですから」
「憧れ……?」
「そうです! 誰よりもすごい冒険者になって、私は世界を見たいんですっ」
「……世界」
――魔王を倒したら、一緒に冒険しようね!
少女の言葉を聞いたシュリの脳裏に過ったのは、幼いころの約束だった。
(ああ、わたしも以前はそうだったな)
「あっ、何か言ったら恥ずかしくなってきました……っ! Sランクの冒険者の人に何言ってるんだろう……」
「いいんじゃない。憧れにランクも何も関係ないから」
シュリはそう言いながら、少女に手招きをする。
少女は不思議そうに首をかしげる。
「どうせ暇だったから、少しつきあってあげる」
「えっ、いいんですか!?」
「うん」
シュリは頷くと、黒い兜に手をかけてそれを脱ぐ。
露わになったのは、灰色になった長い髪。
痛みに耐えて、強さを追い求めた結果そうなってしまったものだった。
そんなシュリを見て、少女は一言――
「きれいな髪……」
「え?」
「あ、ご、ごめんなさい。女の人だとは分かっていたんですけど……すごく綺麗な人だと思って」
「……そういうこと、面を向かって言わないで」
「あっ、そ、そうですよね! ごめんなさい……」
「謝らなくてもいいけど」
そんなこと言われたのは幼い頃に両親やアイに言われたくらいだった。
シュリはどういう表情をしていいのか分からなかった。
けれど、少し不思議な気分だった。
同じくらいの年齢の少女と、こうして話すのも久しぶりだったからだ。
「そういえば、あなたの名前聞いてなかった」
「あっ、私ですか? リッタと言いますっ。えっと……」
「シュリよ、よろしくね」
「シュリさん! よろしくお願いしますっ」
リッタと話していると、少しだけ心が楽になる――そんな気がした。
最強を目指した少女が出会ったのは、傷ついた心を癒してくれる少女だった。
最近の流行に乗りつつ百合百合したものを書きたかったけどそこまでいけなかった!