回転木馬に誘われた娘
夏のホラー2017応募作品です。
掲載ナンバー49・・・・。
「ユミ!」
私は、日暮れの遊園地の中で、オルガンの音で奏でられる音楽を鳴り響かせながら、今ではレトロな印象をより強く感じさせる白熱電球を点滅させながら回転するメリーゴーラウンドの白い馬に跨って居る、自分の娘に声を掛けた。
メリーゴーラウンドは今、動き出したばかりだ。
ユミは、メリーゴーラウンドに取り付けられた証明の光をキラキラと反射しながら、上下にゆっくと動く調度品の様な白馬を随分と気に入ったらしく、楽しそうにして、白馬に取り付けられたハンドルを右手でしっかりと掴みながら、私に向かって左手を大きく振った。
ああ・・・・ユミが楽しそうにしている。
今日は少し強引な予定だったが、私はそれだけで、ここに来られて良かったと思った。
そして、最後のアトラクションが、ジェットコースター等の絶叫マシンでは無く、とても穏やかで心が和む、アトラクションと呼ぶにはクラシカルな乗り物、メリーゴーラウンドになった事に、何故かしらシミジミとして、その光景を少し不思議な気持ちで眺めて居た。
メリーゴーラウンドの屋根や床の外周に沢山取り付けられた点滅する電球や、その中を照らす照明の眩くも思える明かりの中、いくつもの回転する単体の木馬や、馬に引かれた馬車には、たった一人、娘のユミ以外は誰も乗って居ない・・・。
もう少し早い時間だったら、何人かユミと一緒に乗り合わせる子供達や、カップル等が居ただろう。
そんな誰も乗っていないメリーゴーラウンドに、娘一人だけが乗るのは寂しく無いだろうかとも思ったのだが・・・。
ユミが帰り際、私と一緒にここに差し掛かった時に、『パパ!最後にこれに乗りたい!』と言い出した際には、私はそんな事が気掛かりであった。それで一度、「もう、遅いから、1人で乗ってもつまんないよ、きっと・・・。だから帰ろう?」と、私は娘に言って諦めさせようとしたのだ・・・・。
しかし、大人の私がそんなふうに思うより、子供は素直に自分のする事を楽しめる様で・・・・その結果、私の心配をよそに、ユミはこの美しいメリーゴーラウンドを独り占めしている事を、とても楽しんでいる様だ。
「来て、良かったな・・・・」私は、ポケットにしまっていたスマホを取り出して、そんな娘の幸せそうな光景を画像として残そうと思い、カメラを起動した・・・。
それが、私の人生の幸せな時が終わる瞬間を記録する事になるとも知らずに・・・・。
8月の水曜日の午後2時過ぎ。
この日は、この季節にしては比較的、涼しく感じられた・・・。
と言っても、エアコンの効いた室内に私達は居たのだが・・・。
私達とは、私と、夏休み真っ最中の小学校6年生の娘のユミのことで、二人はアパートの居間の床に寝転がり、ゴロゴロと寛ぎ、二人して見るともなくテレビを見て居た。
私は、そんな感じで日頃の仕事の疲れを癒やして居たのだが、内心、娘のユミが友達と遊びに出掛けるでも無く、自分と一緒に、こんな風にアパートの一室でダラダラとした1日を過して居るのは、どうなのかと思ってもいた・・・。
思えば、私が離婚してから、4年が経つ・・・・。
それからは娘との二人暮らしを、このアパートで続けてきた・・・・。
二人がそうして居る内に、テレビの情報番組の中では、東京近郊の遊園地が紹介されていた。
そこには、大掛かりなアトラクションや、目が眩む様な高さから駆け落ちるジェットコースター等が、大騒ぎするタレントと伴に映し出されていて、私は、ダラダラとして居る自分達の今の光景と、そのテレビの中のハイテンションとのギャップに、少しの疲れを感じて居た・・・。
しかし、私の横で一緒にゴロゴロとして居た娘が、突然にスクッと立ち上がり、意外過ぎる事を言った。
「パパ!ユミも遊園地に行きたい!!」
私とテレビとの間に立った娘のユミは、私を振り返り様、キラキラと目を輝かせて、そう言ったので、私は一瞬、呆気にとられてしまい、気が付けば無意識に頷いてしまっていた。
私の休みは仕事の都合上、シフト制なので、平日に休みになることがよくあったのだが、この次の休みの予定は日曜日となっていた。
日曜日は、遊園地等は相当に混むことだろう・・・・平日なら学生達が夏休みと言っても、休日よりは大分空いているだろう。
それに、時刻はもう午後2時をまわっているし、もう少ししたら更に空いてくるのでは無いだろうか?
そこは、夜にパレードがあったりする様な所では無く、一般的な遊園地なのだから・・・・。
娘が行きたいと言った遊園地は、3年前に一度だけ私と二人で行った事がある所だった。
思えば、離婚してからの生活に、だいぶ馴れて来た頃で、その時、私は、日々の生活に追われているだけではダメだ・・・・たまには親らしい・・・親子らしい事をしなくてはと思ったのだ。
そこまで思いを巡らせた私は、コレは久々に娘との思い出を作るチャンスかも知れないと思った。
私は、それならと、娘の気持ちを確かめる様に「良し!ユミ!30分で支度出来るなら、連れて行ってやろう!」と、少しの演技を込めて言った。
娘は、私のそんな言葉を、仁王立ちした後に腕組みをして受け止めた後、大きく頷いた。
そして、いまだ寝転んで居た私をビシッっと指差して、強気に言った。
「20分で支度するから、パパは5分でシャワーを浴びて、5分で支度して!」
午後4時に少し前。
わりと空いていた遊園地の駐車場に車を置いた私達二人は、入り口のチケット売り場で入園券を購入した後、ゲートを潜り、遊園地に入園していた。
予想してはいたが、この時間では、入園する人よりも、退園する人の方が多かった。
それでも、それは短時間で多くのアトラクションを乗りまくろうと思っている私達には、ワクワクする光景に思えた。
こんな時間に入園する見知らぬ同士達も、きっと同じ思いなのだろう。入園する人達は、皆楽しそうにして、そして足早に入り口のゲートを抜けて来る。
「なんか、タイムトライアルって感じがして、ワクワクするね」
私は隣を歩く娘に話し掛けた。
「タイムトライアル?」
「時間に追われながら、どれだけ色んな乗り物に乗ったり出来るかって事さ。」
「ふ~ん・・・・そっか。・・・・じゃパパぁ?・・・弱音は吐かないでね!?」
私はこの後、要らぬ事を言ってしまったと後悔した・・・・。
初めに大きなループを繰り返すジェットコースターに乗り。
更に立て続けに乗ったのは、二人乗りで激しい回転をするジェットコースター・・・・。
休む間もなく、空に向かって打ち上げられた後に一気に落とされる絶叫マシン・・・・。
「今の、落っことされるヤツは・・・・魂が抜けたと思ったよ・・・・。」
私はこの時点までは、娘に感想を言ったつもりだった。
ユミは気が抜けた様に疲れてしまった私の手を引き、更に次のアトラクションへと向かおうとする。
「次の乗り物に乗ったら、一度休もうよ?」
しかし私は、ここに来て。最初に娘に釘を刺されていた弱音を吐いていた・・・。
「しょうがないな~パパは・・・・。」
娘は少し膨れた様に言ったが、その目は笑っていた。
それでもユミは容赦してはくれず、結局は私の手を引いて、又もジェットコースターに乗り込んだのだった・・・・・・。
娘がテンションが上がるのと入れ替わる様に、すっかりと疲れた私は、乗り物の中でも優雅に休む事が出来る、観覧車に乗ることを娘に提案した・・・・アイスクリームも付けるからと・・・・。
「しょうがないな~パパは・・・・。」
大人の私が仕掛けた甘い提案に、まだまだ子供の娘は、その幼さがいっぱいに溢れた笑顔で応えた。
なんとか手にした息抜きの時間・・・・。
私達はアイスクリームを片手に観覧車に乗り、夕暮れの遊園地と遠い街並みを眺めた・・・・。
美しい光景だった・・・・。
それは、向かいの席に、最愛の娘が座って居たからだったろう・・・・。
本当に、幸せだった・・・・。
観覧車を下りた後、それから私達は、暗くなる前にと思い、二人乗りのゴーカートに乗る事にした。
ハンドルがそれぞれの席にあったとは言え、運転の殆どをユミに任せた時には、コースをはみ出さないかとヒヤヒヤとした。
そうして、思いのほか、又も疲れた私の手を引いたユミが希望したアトラクションは・・・・又もジェットコースターだった・・・・・・・・。
しかもそれは、ここに来て二番目に乗った二人乗りの回転しまくるヤツだった・・・・。
もう本当にすっかり疲れた私は、苦し紛れの息抜きに『肝試しの館』というアトラクションに入ろうとユミを誘ったのだが・・・ユミは頑として「入らない!絶対に入らない!!」と言うので諦めて、更に別の絶叫マシンに付き合う事になってしまった・・・・。
もう、すっかりヘトヘトだった。
夢にまで絶叫マシンに乗った光景が出てきそうだった・・・・。
人が減り、日が暮れた遊園地の光景は、疲れた私の心象風景の様にも見えてきた・・・。
「もう、閉園時間も近いね。そろそろ帰ろうか・・・・。」
そう言って、私は娘の手を取った。
娘は少し心残りの様子だったが、仕方なさそうに頷いて、私と一緒に歩き出した。
そんな8時に少し前。
いよいよ閉園時間が迫る中、もう殆どの人達が退園したこの時間。
私は娘のユミの手を引いて遊園地の出口に向かって歩いていた。
すると、通りがかりに近づいたメリーゴーラウンドに、煌々と明かりが灯もっているのが目に入った。
辺りはすっかりと暗くなって居たので、辺りを照らす街灯と比べると、その明かりは眩い程だった。
そうして更に私達がメリーゴーラウンドの近くに来た時、私達は心臓が飛び出るかと思う程に驚き、立ち止まった。
それは突然、オルガンの大きな音が鳴り響き、辺りが静かになっている遊園地の雰囲気とは、かけ離れた軽快な音楽と伴に、メリーゴーラウンドが動き出したからだった。
誰かまだ乗っているんだ・・・。
閉園時間が迫っているのに・・・いや、まだ15分はあるか・・・・。
私は心臓がまだバクバクとしているのを感じながら、自分を落ち着ける様にして、そんな事を思った。
そして、その何か不自然に思える光景を、娘の手を強く握りながら眺めていた。
この時、私は・・・いや、私達は、このメリーゴーラウンドの前を立ち去ろうと、ゆっくりではあったが歩き始めた・・・・。
それは、当然。この遊園地を出る為でだった。
しかし、私は・・・・私達は、その足を止めてしまった・・・・。
それは、止めてはいけない事だったのに・・・・。
私の足を止めたもの。結果として娘の足も止めてしまったもの・・・その光景・・・・。
それは、誰も乗っていないのにメリーゴーラウンドが廻っているという光景だったからだ。
何かのメンテナンスだろうか・・・?
私はそれなりの理由を考えていた。
それにしても、周りのアトラクションが止まって静かになった遊園地の中では、このメリーゴーラウンドの音と光は、大きな存在感を放っていた。
「なんか・・・凄いな・・・・。」私は、独り言を呟いたつもりだった。
「本当!凄い!!・・・・パパ!!これメリーゴーランドでしょ!」
「ああ・・・・パパも昔、『メリーゴーランド』って言ってた・・・・。」
「違うの?」
「うん・・・・『メリーゴーラウンド』って言うんだよ」
「ふ~ん・・・・メリーゴーラウンド・・・・・メリーって名前の、お姫様のために作ったのかな?」
「さぁ・・・どうだろう。詳しくは知らないけど。スマホで知れべれば解るだろうけど。」
そうして、私達が綺羅びやかに光を反射しながら輝く、白馬や、馬車が、優雅に上下に動きながら廻っているメリーゴーラウンドを眺めている内に、オルガンの大きな音が止み、その回転も止まった・・・・。
それと同時に、大きな音から耳が開放されたせいもあってか、辺りは不気味なほどに静かになった・・・・。
『さぁ・・・帰ろう・・・。』と、私が娘に言おうとしたその時。
「お乗りになりますか?」
突然に、低い男の声がした。
見ると、メリーゴーラウンドのワキにある操作室らきし所から、50代くらいかと思われる男がドアを開けて出て来て、こちらに声を掛けていた。
どうやら、遊園地の職員の様で、詰まりは、このメリーゴーラウンドの操作員って事らしいのだが・・・。
しかし何か・・・辺りが暗い所へ、メリーゴーラウンドの明かりが逆光となってなのか、その男の顔は良く見えなかった。
「乗る!!。パパ!私、最後にメリーゴーラウンドに乗りたい!!」
あっと思う間もなく、娘のユミは私の手を放し、メリーゴーラウンドに上がるための階段へと駆けて行ってしまった。
「あ・・ユミ!!」
私は、得体の知れない不安感からか、とっさに娘を呼び止めた。
「大丈夫ですよ。メリーゴーラウンドはお子様一人でも安全な乗り物ですから。」
「いや・・・しかし。もう閉園時間になりますし。」
「それも大丈夫ですよ・・・。こちらからは連絡してありますから・・・・。」
そう言って、遊園地の職員は操作室へと戻って行き、その扉を閉めてしまった・・・・。
「パパぁ!!・・・こっちこっち!!」
見ると、ユミは嬉しそうに白い木馬に跨って、こちらに手を振っていた。
娘を乗せて廻るメリーゴーラウンド・・・。
私は空かさず、その愛らしい姿をスマホのカメラに収める。
それにしても、最近のスマホのカメラは凄い。
動画の機能は以前からの正常進化といった感じではあったが、撮る機能などはとても進化していて、逆光も交じるなか、動くメリーゴーラウンドに乗る娘の最高のシャッターチャンスをモノにするのに、大いに役立っていた。
一度撮影条件を設定しておけば、後はスマホが上手くやってくれる。
後は、そこから出来の良い写真を選ぶなり、或いは全てを保存するなりすれば良い。
私は、廻るメリーゴーラウンドを眺めながら、そこに居る娘を目で追って、自分の前を通り過ぎる度に手を振ったり、声を掛けながら、繰り返し写真を取り溜めて居た。
もう、こうして親子で遊園地に来るのは、これが最後かも知れないな・・・・。
私は、もう小学校6年生になっている娘との今後の関係を思い、そんな事を考えて居た。
そうでなくても、娘は年頃である。
4年前に離婚した私にとっては、娘は掛け替えのない大事な存在なのは当然の事であったが、それだけに、娘が思春期を迎える事によって、今迄の様な仲の良い父と娘という関係を今後も続けて行けるかは、不安に思っていた。
大事な時に、母親が居ないって・・・年頃の女の子にとっては、辛いことなのだろうか・・・・?
正直、父親である私には分からない・・・・。
私はそんな事を思いながら、娘が目の前を通り過ぎる度にスマホのシャッターを切っていた。
廻るメリーゴーラウンドは、一定間隔で娘を私の前に運んでくるので、写真を撮る私は意外と忙しく、写真を撮る度に画像の確認をしてくるスマホの機能が煩わしく感じていた。
それで、取った写真は、最初の2枚程は、その移り具合を確認していたのだが、残りの写真は、いちいち見てはいなかった・・・・。
この時、もし私が、この自分が撮ったユミの写真を、しっかりと確認していたならば・・・・。
私はこの事を、後に後悔した・・・・。
異変に気付いたのは、ユミがメリーゴーラウンドに乗ってから、6回程、私の前を通り過ぎた時だった・・・・。
左手にスマホを構えながら、右手で画面を操作して写真を撮る合間、私はユミに手を振って応えて居たのだが・・・・。
「お~い・・・・どっちを向くんだい?・・・あの子は。」
私は、ユミが私が立っている方では無く、何故か途中から、メリーゴーラウンドの内側を見ている事に不満の独り言を漏らした・・・。
それでも、メリーゴーラウンドはそんな私と娘の都合などお構いなしに、廻り続けているので、私はそんな向こうを向いている娘の姿を、すでに2回程、撮影していた。
何だかなぁと思いながら、私は娘をこちらに振り向かせようと思い、ちょっと恥ずかしくはあったが、もう私と娘と従業員の三人しか居ないのだからと思い、大きな声を娘に掛けた。
「ユミー!!こっちに手を振って!!」
メリーゴーラウンドの回転する音と、オルガンで奏でられる大きな音量の音楽に掻き消されているからなのか、娘のユミは、一向に私の方を向かなかった。
それどころか、気付けば娘は、メリーゴーラウンドの内側に向かって大きく手を振っているのだ!?
誰に向かって!?
娘は誰に向かって手を振っているのだろうか!?
メリーゴーラウンドに乗るのは、私の娘の他には、誰もいないのに!?
私は、背中に冷たい汗が流れている事に、この時初めて気が付いた。
理解し難い不安。
いや・・・娘は今、そこに居て・・・・メリーゴーラウンドにただ乗っているだけで・・・・一人で乗っているだけで・・・・・。
何かが起きるはずは無い・・・・?!
私は、いま置かれている状況は、何の不安も無い事を自分に言い聞かせようとした。
そうだ・・・・いったいこの状況の何に不安があると言うのだろう。
誰に説明したって、おかしな事など一つも無い・・・・。
一つも・・・・!?
私の指は、いつの間にか震えていた・・・・。
それは、さっきの従業員の言葉の不自然さに気が付いたからだった・・・・。
どうして・・・さっきあの従業員の男は・・・・私達が乗ると言う前に、私達が遅れると連絡したと言ったのだろう・・・・・・!?
その時だった。
「ユミ!!!」
私は娘の名前を絶叫していた。
それは、廻るメリーゴーラウンドの中で、娘が白馬を下りて私に背を向けて、内側を向いて立って居たからだった!!
「危ない!!何してる!!」
そんな私の声が聴こえていないのか、娘は廻るメリーゴーラウンドの円盤の上をゆっくりと歩き始めた!
娘のそんな危険な行動を目の当たりにした私は、慌てて操作室へと向かって走り出した。
この時、娘の姿は廻るメリーゴーラウンドの回転で反対側に行ってしまったので、ここからは良く見えないが、危険な事は確かだった。
他に誰も乗って居ないのだから、とにかく止めてもらおう!!
私はそう思って、操作室の前にたどり着いた。
そして、そのドアを激しく叩いた。
「すいません!!娘が、中で立ち上がって歩いて居るんです!!止めて下さい!!」
しかし、数秒待ったが、返事も何も無い。
何の為の操作員なのか!!
私は、娘の安全を見ていない従業員に、怒りが込み上げてきた。
丁度この時、娘が跨っていた白馬が私の前を通り過ぎようとしていた。
娘は無事か!?
私は、とっさにそこへ目を向けた。
私はその異様な光景を、一生忘れる事は無いだろう・・・・・!!
娘は、明らかに誰かの手を掴んでいる動きをしていた・・・。
まるで、パントマイムの様にも見えたが・・・・娘がそんな事をしているのを私は今迄一度も見たことは無かったし、今、それをして居るとすれば、その意味も理解できない・・・・。
娘が左手を前に差し出して『誰かの手を取っている』様にしか見えないのだ・・・!
しかし、誰が?
そこに?
その誰かは見えない・・・・見えないのに、確かに『そこに居る』としか思えない動きを娘はしている!!
そして・・・・・・その娘のユミの顔は、恐ろしい程に青白く無表情で・・・・。
死人の様な顔になっていた・・・・。
大変な事が起きている!!
私は半狂乱になった!
そして、娘の姿がまた見えなくなった瞬間に、思い切って操作室の扉の取っ手を掴んで、その扉を開いた!
中を見て、私はあ然とした・・・・どういう事なのか理解出来無かった。
それは、そこに誰も居なかったからだった・・・。
このメリーゴーラウンドは、無人で動いている!!
それも、私の娘を乗せたままで?!!
全身がガクガクと震えた・・・・・。
従業員がここに入るのを私は見た。
その従業員は、私が娘に気を取られている間に、どこかに行ってしまったというのか!?
そんな、無責任な事があるのか!?
このメリーゴーラウンドは、勝手に止まってくれるのか!?
わからない!?
しかし、娘はまだ、メリーゴーラウンドに乗っているのだ!!
私は、ハッとしてメリーゴーラウンドの方を見た。
それは、この一定のリズムに反応して、今、丁度、娘のユミが目の前を通り過ぎると直感したからだった。
その直感は当たった。
それは、きっと二つ同時にだった・・・・。
一つは、先の通り、この瞬間を感じ取った事・・・・。
そして・・・・・。
もう一つは・・・・・。
心の奥底で感じ、恐怖していた・・・・・。
この世成らざる者が、娘の目の前に現れて居るという事だった・・・・。
いつの間にか、メリーゴーラウンドの馬車に座って居た娘は、氷の様に冷たい引きつった微笑を湛えて、白い顔で、死人の様に座って居た。
その微笑は、誰も居ないはずの、馬車の隣の席に向けられてる。
そこに隣り合って座る『二人は』、まるでスローモーションの様に、私の前を通り過ぎようとしていた。
私は、喉が張り付いた様にカラカラになっていた・・・・。
声が・・・・声が出ない!?
娘に声を掛けなければ!!
娘を、ユミを『引き止め』なければ!!!
そして、娘が通り過ぎる直前・・・・私は操作室から身を乗り出した。
「ユミー!!行くなー!!!」
私は、私の娘を引き止めようとする叫び声を聞いた・・・・。
幻だったろうか・・・・?
いや・・・違う。
娘は一瞬、私の方を見たのだ・・・・。
その目は、まるで大人の女性が別れを告げる時、悲しみに満ちた視線を投げ掛けるのに似ていたのを、私ははっきりと見たのだ・・・・。
私は、ユミと視線を交わした直後、自分でも驚く程に急に冷静になり、操作室の中を見渡した。
すると直ぐに非常停止ボタンがある事に気が付き、私は迷わずそのボタンを叩いた!!
メリーゴーラウンドは、直ぐに止まった。
場違いな程、オルガンが奏でる明るく優雅な音楽が止むのと伴に・・・・・。
辺りは、耳鳴りがする程に静かだった。
私は、恐る恐るメリーゴーラウンドに上がる階段へと近づき、娘の姿を捜し求めて、それを上った。
正直、娘が居ないわけが無いと自分に言い聞かせながら探していたのが、後になってみれば、不思議であり・・・・そして、ある種の予感があったのかと思う。
そう・・・・メリーゴーラウンドの上には、自分以外、誰も居なかったのだ・・・・。
そして・・・私はこの時になって、自分の目を疑った・・・・・。
それは、この美しいと思って見て居たメリーゴーラウンドが、酷く傷んでいて・・・・明かりすらも点いて居なかったからだった・・・・。
どういう事だ・・・・!?
私は、辺りを見回した・・・・・すると、さっき迄は街灯の光が辺りを照らしていた筈の園内には、一つの明かりも点いていない事に気が付いたのだった・・・・。
それは・・・・まるで、ここが営業していない遊園地・・・・・廃園になった遊園地の様にしか見えない光景だった・・・・。
視線を戻すと、さっき私が入っていたメリーゴーラウンドのワキにある操作室も、扉が傾いていた・・・・。
「そんな・・・・そんな・・・・バカな事が・・・・・・。」
私は、娘と二人・・・・廃園になった遊園地で遊んでいたと言うのだろか!?
そんな・・・・そんな、信じられない事が在る筈が無い!!
私は夢中で駆け出した!
自分の体温が、高いのか低いのか分からない・・・・・脂汗が流れているのに、震えが止まらない!
私は自分に言い聞かせた。
入り口では、チケットを買って入園したのだ・・・・ゲートには、誰かが居るに違い無い!!・・・と。
私のその思いは、ゲートにたどり着いた瞬間に、消え失せていた・・・・・。
そこは、今ではゲートと呼ぶには、余りにも荒廃していたからだった。
曲がり錆び付いた鉄柵は、ここがだいぶ前から閉園して居る事を物語っていたのだ・・・・。
アスファルトの隙間から、雑草が生い茂る駐車場に、私の車だけが、ぽつんとあった・・・・。
「どうなっているんだ・・・・!?」
事態が飲み込めないものの、娘が行方不明になっているのは確かだった・・・・。
私は、無我夢中で車を飛ばし、カーナビで検索した近くの町の交番に駆け込んだ。
後で思えば、私はなぜ、この場からスマホを使って警察へ連絡しなかったのだろうと思った。
しかし、余りに不自然なこの体験によって、気が動転していたのか・・・。それで、誰か頼れる『人に』、直接あって、これが現実の事なのか確かめたかったのかも知れない。
それに、実際、私は交番に入った時も、これが夢なら・・・・それがダメなら、自分の妄想であって、本当はユミを連れて来てないのかも・・・・等と、思っていたのだった・・・。
交番の中で私は、きっと信じてもらえないだろうと思いながらも、必死に事情を説明した。
すると、交番勤務の警察官は「あなたね。あそこの遊園地は、2年程前に閉園したんですよ・・・・そんな所に、娘さんを連れて行ったって言うのですか?」と私を訝しげに見ながら、そう言ったのだ。
「2年前に・・・・閉園・・・!?」
そんな筈は・・・・私は・・・まだ営業していた・・・・入園している人達だって、何人もいた遊園地に入った・・・・。
しかし・・・・私は、その自分と娘が体験した事を、この時は言うのを止めてしまった。
何故なら、そんな事を話したなら、きっと私の精神を疑われるばかりだろうし・・・そんな事になれば、娘を探しに行くのが、ますます遅くなってしまうと思ったからだ。
それでも私は、自分が娘と暮らしている事を解ってもらおうと思い、別れた妻に電話を入れる事にした・・・。
警察は、私の言っている事を信じた訳では無いが、別れた妻に電話を入れて、私が娘と暮らしている事を説明してもらったお陰で、娘が行方不明になっている事だけは、取り敢えずだが信じてくれた。
私は、こんな事で元妻と電話で話す事になるとは、思いもしなかったが・・・・お互い、今はそれどころでは無かった・・・。
この時になって、私はスマホの中に、娘の画像がある事を思い出し、今日の遊園地で撮った画像では無く、それ以前に撮った、娘の顔が大きくハッキリと映っている画像を警察に提供した。
この日の遊園地に来た画像を、あえて提供しなかったのも先の理由と同じで・・・今は私が疑われている暇は無く、とにかく娘を探して欲しいと思ったからだった。
それで私は、遊園地でユミを撮影した事を、必死に頭の中から追い出し、今は無い事にした。
その日の夜から、手分けして、行方知れずになった娘を、私と警察は、探し続けた。
しかし・・・・娘は見つからなかった。
翌朝には、私と警察だけでなく別れた妻も駆け付けてくれた・・・・。
更には、周辺の人達にも頼んで、数日に渡って遊園地の敷地内は元より、その周辺も探してもらった・・・・・。
それでも・・・・娘は・・・ユミは見つからなかった。
その上、こんな不可解な出来事だったので、父親の私までも疑われた・・・・・・。
確かに、他人が訊けば、私の証言は、妄想の様にしか聞こえ無いだろう・・・・。
今となっては、元妻でさえ、私を疑っているのは明らかだった・・・・。
しかし、そんな事は、もうどうでも良くなった。
娘は居ないのだ・・・・・・。
どうして、あんな廃園になった遊園地の中に入ったのかと聞かれた時、交番では、たまたまそこを通りかかったら、娘が近くで見てみたいと言ったので入ってしまったと応えていたのだが・・・・娘が見つからなかった今は、信じてもらえるかは兎も角、遊園地で娘と一緒に遊ぶためにに来たのだと正直に答えた・・・・。
しかし・・・・当然だが、警察はそんな私の話を信じてはくれなかった・・・・。
「2年以上も前に廃園になっている遊園地に娘を連れて行こうだなんて・・・・正気とは思えませんよ。」
私を取り知べている刑事は、私が娘をどうにかしたと思っているのは明らかだった・・・・。
それでも私は、まだ犯人としては扱われて居ない様で・・・任意同行ってものだった・・・。
そんな追求が続いていた取り調べ室の中で私は、今更ながら、スマホでメリーゴーラウンドに乗る娘を撮影していたのを思い出した。
それは、私の前で、娘が忽然と消える寸前の姿を写した画像だ・・・・。
そうだ・・・あの日の・・・・あれは・・・・どこ迄が現実だったのだろうか!?
あの遊園地での体験は、全て幻だったというのだろうか・・・・?
何が現実だったのか、分からなく成りそうな取り調べ室の中で私は、この時、電源を切らされていたスマホを眺めながら、呆然とそう思った。
もしかしたら私は、このスマホに残された画像と、娘が消えた事を、強く関連付けて思いすぎ、その事を記憶から遠ざけたいと思っていたのかも知れなかった・・・・。
それに、もう一つの不安・・・・それは、私が見て居た光景と・・・・機械の目が見て居た光景との違いを知るのが恐ろしかったからかも知れない・・・・。
後になり、この中に記録されていた画像を思えば、それは私の直感による回避だと言えたのだった。
私は、恐ろしくて・・・・あの日、娘がメリーゴーラウンドに乗った写真を自分で見る事もせずに、警察に、スマホごと渡して、その画像を提出した・・・・。
それは当然、娘を探す手掛かりになるかも知れないと、論理としては考えたからであった。
しかし、その画像が・・・・・また、私の事を不審に思わせる結果になるとは、全く思いもしなかった・・・・。
机を挟んで正面に座り、私を取り知べていた、50代ぐらいに見える場馴れした感じの刑事は、机の上に何かを並べながら、言った。
「この女性は、誰ですか?」
取り調べ室の椅子に座って居た私は、力なく顔を上げて、そこに置かれた物を見た。
それは、私のスマホからプリントした、メリーゴーラウンドに乗る娘のユミが映った写真だった。
始めに撮った写真には、メリーゴーラウンドの白馬に跨って、こちらに手を振る娘のユミが写っていた。
その写真を見て私は・・・・ある意味、予想してはしていたのだが・・・・驚いた。
それは、ユミが跨る木製の白馬は・・・・あの時見た美しい姿とはかけ離れていたからだった・・・・。
そう・・・・この時、私はもとより、娘にも見えてはいなかったのだろう・・・このメリーゴーラウンドが、酷く傷んで薄汚れていた事に・・・・。
その写真を見て、恐怖と同時に、私は思わず涙が込み上げそうになった・・・・しかし・・・・そこから刑事が続けて机に広げていった5枚目の写真を見た時、愕然とした・・・・・。
全身が寒気立ち、身体がワナワナと震えるのを感じた。
「この人は・・・・!?・・・・この女の人は誰ですか!!?」
気が付けば、私は正面に座る刑事に食って掛かる様にして立ち上がり、激しく言い寄っていた。
「それは!こっちが訊いているんですよ!!」
刑事のその言葉に、私はハッと我に返り、、力なく椅子に腰掛けた。
そして震える手で、その問題の写真を手にした・・・・。
そこには、見知らぬ女が娘の手を取って薄汚れた白馬から降ろそうとしている姿がハッキリと映っていた。
それだけでも、恐ろしい写真だった・・・。
更に恐ろしいのは、後に続く写真にも、ソレは映っていて、それは、その女が娘を連れ出そうとしている連続写真の様になっていた事だった・・・・。
そして、最後は、その女と娘が、長い間、風雨に打たれ塗装が剥げ薄汚れたメリーゴーラウンドの盤上で、所々、中の木が剥き出しになりボロボロになった馬車に乗り、二人並んで座っている写真だった・・・。
何だ!?・・・・これは!!?
こんな事があるのだろうかと私は思った。
ソレらは、私が撮った覚えの無いモノだからだ・・・。
そして、最後の写真は、私にとって・・・一生忘れられない、恐ろしい写真だった・・・・。
きっと、もう。一生見ることが出来ないだろう・・・・。
何故なら、そこに居るはずのない女は、引きつった笑いを浮かべ・・・。
吊り上がった目で、こちらを見て居たのだから・・・。
私は、唇の渇きを感じながら・・・恐る恐る訊ねた・・・。
「刑事さん・・・・この遊園地は・・・・どうして廃園になったんですか・・・・・?」
刑事は、ふぅ~っと、一度溜め息をした後、何故だか少しの間、押し黙ってしまった・・・・。
それから・・・・。
「そうですね・・・・あなたの話を聞いて・・・・私も思い当たりる事があるのですが・・・・ただ・・・。うん・・・・こうした話は・・・・・・本当に稀にある事なんです・・・・。」
それから刑事は、一度、記録を止める様に筆記を担当していた刑事に言った。
「警察ってのは・・・・今では科学捜査が物を言う時代でしてね・・・・・でも・・・この話をあなたが本当に知らないのであれば・・・・。」
刑事は思い出したく無さそうに答えてくれた。
「2年・・・いや閉園前だから、3年程前ですか・・・。あの遊園地ではね・・・・40代の女が、他人の子供に声を掛けて、30分程、園内を連れ回した事件があったんですよ・・・。」
私は・・・手に持った写真を震える手で持ちながら、そこに視線を落としジッと見詰めて居た・・・・。
「しかし・・・・その後・・・女は、その子供に騒がれましてね・・・・。・・・それで、女は・・・・その子供を、刺殺してしまったんですよ・・・・・。・・・閉園間際の・・・まだ、人が残る・・・8時に少し前の事でした・・・。」
刑事は更に続けた・・・・。
「実はコレには共犯も居ましてね・・・・それが更に問題となりまして・・・・つまりは、この遊園地に勤めていた、中年の男なんですよ。・・・・それで、まぁ・・・この二人は、子供をさらって二人で育てるつもりだったらしいのです・・・。・・・・つまり、この二人は・・・夫婦だった訳です。それも、子供の居ないね・・・。」
私は、目の前の刑事の次の言葉を待った・・・・。
「しかし・・・・その子が自分のものにならないと逆情した女は、バッグに隠し持っていたナイフで子供を刺し殺してしまったんですよ。しかも、その直後には、女も自分の胸にナイフを突き刺して・・・・その子に折り重なる様に絶命しました。」
少しの間、重い沈黙が、続いた・・・・。
私は、訊かずには居られなかった。
「男は・・・その男は、逃げたのですか?」
「ええ・・・操作していた遊具を止めてね・・・、仕事を放り出して逃げたのですが・・・・・身柄を確保しようと、その男の自宅へ警察が駆け付けた時には、既に首を吊って死んで居ました。」
私の話を聴き、この話を始めた刑事がそうであるように・・・・。
私にも、この話の結末が、見えようとしていた・・・・。
「それで・・・・その・・・・もしかして・・・殺された子供は・・・小学生の・・・・」
恐ろしい予感に、震える声でそう言った私の言葉に刑事は、ゆっくりと頷いて答えた。
「そうです・・・・女の子です・・・・そして・・・・。」
次の言葉を刑事が言い淀んだ時、私の両手は机の上で写真を掴んだまま、ガタガタと音を立てて震えていた・・・。
そんな私の姿を気の毒そうに見ながら、刑事は残された言葉をゆっくりと言った。
「その・・・・刺殺された現場っていうのはですね・・・・。今、あなたが手に持っている写真・・・・・・・その、メリーゴーラウンドの上ですよ・・・。」
私が刑事のその言葉を聴いた時、私の中には、それまでの恐怖心と入れ替えに、漆黒の暗闇の様な喪失感が広がっていきました・・・・・。
そして、知らぬ間に机の上を濡らしていた自分の涙に気付いた時、私は心の奥底から一気に押し寄せてきた激しい感情を、押さえきれなくなったのです。
「ユミーーーーー!!」
この瞬間、私は諦め切れない思いを、今後、一生背負っていく事になるのに・・・・その反面・・・・恐ろしい程に理解してしまっていたのです・・・・。
ユミにはもう、二度と逢う事は、できないのだという事を・・・・・。
この作品はフィクションなので、おかしな事などは起こらないと思います・・・・・。
でも、もし・・・アナタが、死人の様に青白い肌をした女を見てしまい。思わずその顔を見ると、目がつり上がり、引きつった笑いを浮かべて居たなら・・・そして、その女が、悲しげな姿の小学生ぐらいの女の子を連れていたなら・・・その時は、どうか助けてあげて下さい・・・・。
それは、もしかしたら・・・ユミちゃんかも知れませんから・・・・。