導入
毎日のように手を引かれ、連れていかれた公園だった。
ブランコがあり砂場があり、そして僕と同年代の子供たちがいる。
子供たちは砂場にあつまり、それぞれの手に持ったスコップをふるっているはずだ。
母親に連れられて、また一人少年がやってきたようだ。少年はまっすぐに砂場へと駆けて行く。それは、彼の足から放たれる小刻みな足音で判断できた。
僕は目と耳をふさいでいたのだが、どうしても彼らの甲高い声は脳みそに響いてしまう。
「よう」「おう」と短い挨拶を交わし、その新しい少年が砂場遊びに参加した。
「なにつくってるん?」
「山、富士山、そんでトンネルとおすねん」
「富士山にトンネルなんてあらへんよ。トンネルとおるんは六甲山やで。ぼく、お父さんに教えてもろたもん」
「富士山にトンネルないからほるんやないか。あるもんほってもしゃあないやろ」
「そやね。ぼくらでないもんほるんやね」
「んでな、穴開いたら水流すんよ」
「うん、川つくろ」
新たな少年を加え、子供たちは山をつくりトンネルを掘る。空虚で、非論理的な会話が自然と理解し合えているのが不思議だ。否、理解などしていないのだろう。彼ら子供は混沌の世界に生きている。
山とトンネルが完成すると、彼らはバケツで水を汲んできて、それを流す。見事にトンネルをとおり、水が反対側から流れ出ると、一団は狂ったような歓声を上げた。
何度も成功している作業だろう。
何故そんなにも喜べるのか。
いつもしている遊びだろう。
何がそんなにも楽しいのか。
僕は一瞬だけうすく目を開き、砂場で遊ぶ子供たちを覗き見た。
白いキャップを被った一人の少年と視線が合う。
見たことのある顔だった。『あっちゃん』と、仲間やその母親に呼ばれている少年だ。無論関心のない僕は、再び目と耳を閉じた。
「ねえねえ、あそこに座ってる子、いつもいてへん?」
「ああ、おるねー。いつも一人で」
「それも、なんかおかしいねんで。あいつ、めぇつむって、指で耳せんしとんねん」
「そんなことしたら、何も聞こえへんし、何もみえへんやんか」
「うちのおかん、あの子と遊んだらあかんゆうてた」
放っていておいて欲しい。僕は誰にも迷惑をかけていないし、誰とも関わりたくはないのだ。毎日毎日、僕の脳みそは無限の情報で満たされる。その大部分が不必要で不細工で、そして意味のないものばかり。そんな無駄な情報を吸収し続ける僕の頭は、もうじき破裂してしまうことだろう。だから僕はこうして、出来得る限り情報を排除しなければならない。無駄なことを頭に入れたくはないのだ。
唐突に僕の右耳は聴力を取り戻し、子供たちの奇声、車のエンジン音などが、一度に大きな騒音となって聞こえてきた。近くの建築現場からは、電動工具が生み出すモーター音も断絶的に響いてくる。それまで静寂の世界にいたぶんだけ、やかましさは格別だった。
僕は驚き、つい眼を開けていた。
そして、目の前でゆれる、小さなスコップを見た。
「いっしょにあそぼうや」
頬を上気させた少年が、泥に汚れた手を僕へと差し出していた。白いキャップを被っている。先ほど目が合った『あっちゃん』だった。
「なあ、そこで座ってるだけじゃおもろないやろ。いっしょにトンネルほろ」
更に手を差し出して、あっちゃんは言った。
僕がなにも言わずにいると、あっちゃんは僕の袖を掴んだ。彼がその袖をぐいぐい引っ張るため、左耳の耳栓も外れてしまった。
感情がない視線で一瞥してから、僕は再び目を閉じる。
たまにではあるが、こうした余計な世話を焼く子供がいる。きっと、『困っている人は助けてあげましょう』『体の不自由な人には優しくしてあげましょう』と教えられ、それを忠実に実行している類の子供なのだろう。しかしこうした世話焼き好きも、僕の凍りついた視線で睨みつけられると、すぐにそばから離れていった。
「ねえ、いっしょにあそぼ」
あっちゃんは諦めなかった。僕の腕をさらに引っ張り、ゆする。
「なあ、一回だけでもいいから、トンネルほってみよて」
無理やりに、僕はスコップを握らされていた。
そして気がつくと、僕は砂場に向かって歩き出していた。あっちゃんはぐいぐいと僕の手を引き、砂場へと導いてゆく。抵抗しようと思えばできたはずだった。あっちゃんはほぼ同年齢のように見えたが、身体は小さく、線も細い。当時から大柄な子供であった僕からすれば、腕力で負ける相手ではなかった。
しかし僕はなすすべなく、砂場へと引っ張られていた。
正直になろう。僕は、それまでに一度たりとも、実際に砂場で遊んだことがなかった。何をして遊ぶ場所なのか、知識としては知っていた。しかし、実体験はないのだ。そんな僕は、泥まみれになって遊ぶことに、一種の羨望を持っていたのかもしれない。
砂場で遊んでいた他の子供たちが、僕が近づいてくるのが分かると奇声をあげて逃げ出した。
これはいつものことだ。もう、慣れている。
それでもあっちゃんは、僕の手を引くことを止めなかった。
「おーい。みんなどうしたん」
どうやらあっちゃんは、この公園では新参者のようだ。実際僕も、あっちゃんをみかけたのは7回だけだった。
「ま、いいやね。二人で遊ぼう」
あっちゃんと僕は、二人だけの砂場で山をつくることとなった。スコップで砂をすくい、山にかけるという単純作業だ。やはり予想したとおり、何ひとつ面白いものはなかった。
「じゃあ次はトンネルほるよ。君は、反対側からほってな。ほるときは、スコップよりも手の方が具合ええよ」
あっちゃんは自分が指導する立場という気負いからか、重要な手順を省いていた。
「水」
僕は単語だけを口にした。しかしその言葉だけでは、あっちゃんは気づかなかった。
あっちゃんは砂山を掘る。しかし、掘った場所は上から砂が崩れ落ち、形を止めない。
「水をかけなくていいの?」
仕方なく、僕は教えてやった。サラサラに乾いた状態である砂山を、いくら掘っても無駄である。水をかけ、ある程度固めなければ、トンネルを掘ることはできない。それくらいは、見て学んでいた。
「そうか。じゃあ水かけよ」
あっちゃんは砂場に転がっていた誰の物とも知れぬバケツを持って、水飲み場から並々と水を汲んできた。そして、その水を豪快に砂山にかける。
あっちゃんが乱暴にかけた水のせいで、山の形が崩れてしまった。あっちゃんと僕はまずその修復作業にかかり、そして再度トンネル掘りをはじめる。
先に言われたとおり、僕は素手でトンネルを掘った。水を含んだ砂は冷たく、その粒子が爪の間に入り込む。それは、極めて不快なものであった。何故子供たちは、このような嫌な思いをして、砂場で遊び続けるのだろうか。それも、同じ作業を何度も繰り返すのだ。
「もうちょっと。もうちょっとでとおんで」
肩まで入りそうなほど、反対側のあっちゃんは掘り進んでいた。僕は、あっちゃんの体の向きを計算し、彼が掘り進めるルートと一直線上になるよう、濡れた砂山を掘った。
ふと、指先の抵抗が弱まり、温かなものを感じた。
「わー。かんつうした」
僕の指と、あっちゃんの指が、砂山の中で絡み合う。
濡れた砂は相変わらず不快であったが、指先に感じるあっちゃんの体温はとても暖かく、心地よいものに思えた。
僕はなぜか、不思議な感動すら覚えていた。その感覚は、言葉で言い表すことができない。安直な表現をするとすれば、心の触れ合いか。子供たちが飽きることなく砂山をつくり、トンネルを掘るのは、これが目的であったのだ。私はそこで、ようやく理解できた。
「やったね。次はもっと大きい山つくろ」
僕は、自然と笑顔になっていた。




