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メ イ ク イ ン ラ ブ

作者: 湯城木肌

シェイクスピア作品における、以下の作品内容を参考及び下敷きにした部分がございます。ご了承ください。

ハムレット テンペスト ロミオとジュリエット

 これは、運命に引き裂かれた愛の物語。


 静寂が辺りを包み込み、気軽に出歩いているものは誰もいない。そんな静かな城下町で一つの影が蠢いた。

 その影は月明かりに照らされて姿を現す。

「私は男爵。突然だが、私には今愛する女性がいる。彼女も私のことを想ってくれている。まさに相思相愛! しかしすべてがうまくいっているわけではない。運命は私たちの仲を引き裂いた! 私と彼女では身分が違いすぎるのだ! ああ、なんと呪われた因果か! こんな身分に生まれついたとは!」

  一息で言い終え、男爵力が抜けたようにうなだれた。

 その声が聞こえたのか、城の二階の窓が勢いよく開く。


「男爵、男爵! ああ、男爵!」

 夜の静けさに合った高く透き通った声が窓から飛び出した。耳障りというほど大きくもなく、かぼそいと言うほど小さくはなく、その呼び声は男爵の元にしっかり届いていた。

 男爵は身を起こし、辺りを見回す。

「聞こえる。彼女の声が聞こえる!」

「男爵! こっちです!」

「愛しの君よ! こっちとは、どっちだい?」

「こっちです! 右!」

「右って」

「そちらは左! ナイフを持つほうです!」

「ああ!」


 男爵はとても晴れやかな表情で、声のほうへ身を向けた。声の主も微笑みで返す。

「男爵!」

「クイーン!」

「男爵う!」

「クイーーン!」

 心が通じ合った同士だからこその幸せな空間だった。しかし、嬉しそうだったクイーンの表情が曇る。少し濁った声で男爵に問いかける。


「ああ、男爵! どうしてあなたは男爵なの!」

「それは、私が男爵家に生まれたからです!」

「納得だわ!」

「クイーン! どうしてあなたはクイーンなのですか!」

 今度は男爵がクイーンに大声で訊ねた。

 クイーンは冷静に、トーンを落として答える。

「それは、国王に見初められたからです」

「知っています。でも、今日国王は身罷られた! あなたはもう自由だ!

 さあ、私の手をとって、私とともに行きましょう!」

「ええ!」

 迷いのない返事だった。

 クイーンは窓枠に手をかけて地上を見下ろす。男爵の呼びかけでにこやかになった表情がすぐに険しくなった。クイーンのいる場所から地上まで彼らの約五倍の高さはあり、直接飛び降りることが躊躇われたようだった。


 身を乗り出したり戻したり逡巡していると、クイーンの背後にゆらりと影が現れた。

「まさか我の妹を誑かそうとしているのかね? 男爵くん」

「あっ!」

 思いがけない登場にクイーンは驚愕の表情を示し、男爵は思わずその名を口にしていた。

「あなたは、兄上様!」

「誰が兄上様だ!」

「クイーンと結婚したら、そう呼ぶしかないのです兄上様!」

 堂々と言い切る男爵に、兄上様はわなわなと体を震わせた。

「二度も呼んだな! 妹にも呼ばれたことないのだぞ! そして妹にはお兄ちゃんと呼ばれたいのだぞ!」

 なるほどと男爵は頷いた。

「お兄ちゃん様!」

「やめないか!」


 いつまでも続きそうな二人の言い合いにクイーンがすっと割って入った。

「私より先に生まれた、父上の子供様!」

「どうした愛しの妹よ!」

 先ほど怒りをあらわにしていたものと同じとは思えない穏やかな表情で兄上様がクイーンに笑いかける。

 クイーンは一呼吸おいて、すっと言葉をぶつけた。

「私、ほんの少しの間外に出てまいります。その間留守をお頼みします」

「ならん。ならんぞ! この男爵と共に行くつもりであろう? そして戻ってこないのだろう? そのようなこと許可できようものか! お兄ちゃん寂しい!」

 シスコンぶりを如何なく発揮して怒ったり駄々をこねたりする兄上様に対し、クイーンの顔つきは変わらなかった。


 男爵は身をくるりと回し、月を仰ぎ見る。

「ああ、悲劇だ。愛し合う者同士が引き裂かれなければいけないなど、悲劇以外になんと呼べばいい?」

「ふん。勝手に悲劇に浸りおって。お前が妹に求婚するなど、身の程知らずも極まったものだ」

「私の二個上の、母上の息子様。どうして許していただけないのですか?」

「そんなものは決まっている。決まりきっている! 国王様では仕方なかったが、それ以外の者に、私の可愛い妹を渡す兄がいると思うか!」

「そうですか」

兄上様の熱とは反対にクイーンの声は冷たかった。

「わかってくれたか」

 安堵したのもつかの間、クイーンの思いがけない行動に兄上様は慌てふためいた。クイーンはナイフを自身に突きつけていた。

「死にます」

「待て待て待て待て!」

 兄上様の慌てぶりに身を翻し、クイーンの様子を見て男爵も必死に叫ぶ。

「そうだ! 君が死ぬことなんてない!」

「ですが、男爵と結ばれないこの世など無意味に等しい。ならあの世で結ばれことを、私は選びます。男爵、それでいいですか?」

 おろおろする兄上様など目もくれず、クイーンは男爵を見つめた。男爵も無言でクイーンを見つめ返す。


「ああ、君がそれを望むのなら。私も共に行こう」

「待て待て待て待て! 早まるではない! 私がお前たちを許せば、死ぬ必要はない。そうだろう?」

「本当ですか! お兄……上様!」

「私たちのことを認めていただけるんですね!」

 兄上様はほっと息をつく。しかしすぐさま険しい表情で付け加えた。

「ああ、ただし条件がある」

「条件ですか?」

「身構えなくていい。一度死を決意した男爵くんなら簡単な条件だ」

「まさか!」

 クイーンははっと息をのみ、男爵を見やった。


「ある場所に潜入し、とあるレシピを盗み出す。どうだ、簡単だろう?」

「それなら」

「いけないわ!」

「少し黙っていなさい。今私は男爵くんに聞いているのだ」

 兄上様の言葉に、クイーンはキッと睨みつける。

「いいえ、黙りません」そして不安げな表情で男爵に向き直った。「お願い男爵、お受けにならないで。あそこの奴らは私たちを生き物だなんて思っていない。捕まれば最後、死よりも恐ろしい結末が待っているのよ!」

 クイーンの訴えに、男爵は穏やかな表情で返す。

「ありがとう、クイーン。君の言葉で決心がついたよ。私は君と結ばれるためなら、なんだってするさ」

 男爵の答えに、クイーンはただ崩れ落ちるしかなかった。


「ああ、なんてこと。私は彼を止められない。私の静止の叫びは、彼の気持ちをより強めてしまう。彼を思うがゆえに、彼を止められないなんて!」

 兄上様は邪魔者をもう葬り去ってしまったかのように勝ち誇った。

「その言や良し。ただその威勢がいつまでもつのやら」

「愛を証明できるというのなら、私はすべてを捨てる覚悟です」

「奴らに捕まった者は皮を剥がれ、全身を切り刻まれ、熱した油に身を投じられるという。それを聞いても、気持ちは揺らがぬというのか?」

「やめて! もう聞きたくないわ!」


 兄上様の煽り、クイーンの悲しむ声を聞いても、男爵の決意は揺らがなかった。

「私はクイーンを愛しています。たとえ兄上、お兄ちゃん、兄貴、お兄たん全ての愛を束ねようとも、私一人の愛の大きさには敵わないのです。私たち二人に降りかかるすべての障害を跳ね除け、愛を勝ち取るつもりです。たとえその障害が、兄上様であっても」


「ならばやりとげてみるがいい!」

「クイーン、待っていてくれ。私は必ず君の元へ帰ってくる。では、また会おう」

 自信に満ちた言葉と表情で、クイーンに声をかける。しかし、崩れ落ちたままのクイーンは窓から身を出すことはなかった。男爵は最後にクイーンを見ることなく、去っていった。

 小さくなっていく男爵を見て、兄上様はにやりとした。

「これで、これでようやくあの男がいなくなったのだ」

 高らかに笑いながら、兄上様はその場を去っていった。


 残されたクイーンは窓から外を見つめたが、男爵の姿は見えなかった。

「ああ、男爵。どうかあなたにもポタトの恩寵がありますように」




 クイーンは男爵の帰りを待ち続けた。

 しかしいくら待っても、ザ・ガイム王国に帰ってくることはなかった。





 城の外を回って待ってみても、変わらず男爵の姿はない。

 月を見つめ、クイーンは男爵の姿を思い描いた。

「あなた様のことを信じていないわけではありません。ただもう信じないわけにはいかないようです。男爵、今からあなたの下へ参ります」

 クイーンは自身の皮を引きちぎり、口の中に突っ込んだ。数秒も経たず、クイーンはその場に倒れ、動かなくなった。

 運が良いのか悪いのか、その時になって男爵は王国に帰りついた。体中を引き裂かれ、傷ついた体であったが、無事たどり着いていた。

 息を荒くしたまま城を見上げる。

「どうにかやつらの魔の手から逃れ帰ることが出来た。もう少しで奴らの掌の上で料理されるところだった。だが私はそれを逃れ、手に入れたのだ! これで兄上様もお認めに」

 そこでようやく男爵は城の前で倒れているクイーンに気が付いた。男爵は急いで駆け寄る。

「大丈夫か!」


 男爵がクイーンの体を揺さぶると、クイーンはか細い声で応える。

「ああ、男爵が見えるわ。もう天国に着いたのね」

「馬鹿を言うな。確かに死にかけもしたが、遺伝子組み換えの手術により、五体満足で帰ってこれたのだ」

「そう、よかった。あなたが無事で」

「私が無事でも君が無事ではない。クイーン、どうして君は苦しそうなんだ」

「ごめんなさい。あなたが死んだと思って、私も一緒にと」

「まさか」

「芽を飲んだの」

「冗談だろう。私たちジャガイモの芽は、毒なんだぞ!」

「ああ、意識が」

「死ぬな。死ぬんじゃない!」

「ごめんなさい」

「謝るな! 君が死んだら約束はどうなる? 私たちは結婚するんだろう? 結婚して、死ぬときは一緒のポテトチップの袋に入ろうって約束したじゃないか!」

「ごめんなさい」

「そうだ。遺伝子組み換えすれば、君も助かるかもしれない。助かるんだ!」

「……さい」

「さあ、シェイモスピア先生のところへ行こう!」

「……」

「クイーン? クイーン。クイーン! メイクイーーン!」






 男爵は泣いた。芋目も憚らずに泣いた。クイーンの身が涙で覆われる程泣いた。

 しょっぱい味が全身に染み付くほどに。





「私の涙程塩味が効いたポテトチップが、このたびポタトカンパニーより新発売!」

「ポテトチップ濃い塩味! 是非、お近くのスーパー、コンビニで!」

「「お買い求めください!」」




 ジャガイモであなたを笑顔に。

 ポタトカンパニー


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