流血の目覚め:後編
できましたよー
ーーー我々に武器を執らしめるものは、いつも敵に対する恐怖である。しかもしばしば実在しない架空の敵に対する恐怖である。
芥川龍之介ーーー
血が足りない。
血が足りない。
心の臓に達した切っ先によって開いた傷口から多量の血が流れていくのが感じる。
けれど不思議と焦りや恐怖は湧かなかった。むしろ体の奥から力が湧き出るような感じがした。
気がつけばもう立ち上がることができていた。そしてーー、目の前の黒装束の集団に舌舐めずりしていた。体が、本能が、奴らの血を啜れと騒いでいた。
そのうち集団の中から二人、自分に向かってきた。だけどーー、その動きは止まって見えた。
スローモーションより遅く感じる。だから、両手の手刀を二人に振り下ろした。<紅流総合古武術 弌式 双掌刀>。
ただ振り下ろせばいいのではなくコンマ0.1秒以内に0から100のスピードにして手刀を降ろすのだが、骨を折るだけなのに何故か二人を真っ二つにしてしまった。
まあ、そもそも<紅流総合古武術>は相手を確実に殺すために生み出された殺人術である。明治に生まれ、時代とともに進化し精錬されたそれは並ぶものがない。
しかし殺人術であるがゆえに表に出ることはなかったが。
噴き出した血が自らの身体に降り注ぐ。白いドレスも顔も赤く染めているがなぜか嫌な感じはしなかった。むしろさらに力が増したように感じられた。
みれば傷は塞がっていた。ああ、これが私だ。だから、私はそしてさらなる次の獲物を得るために一歩踏み出した。
血を啜り肉を裂き、恐怖でこいつらを支配してやろうとーーーー。
ーー ーー
つい先程まできらびやかなパーティー会場であった大ホールは今では悲惨の一言に尽きるくらい凄惨な場所に変わっていた。
机は荒れに荒れてひっくり返り、逃げ遅れた人たちの死体とそのおびただしい血が床を占領していた。
その中で生きているのは気を失ったこの国の王子ジェイルと彼を囲むように布陣していた黒装束の集団と、先ほど黒装束のうちの二人を手刀で両断した妖しげなオーラを纏うように発するエストレアのみであった。
ーー ーー
暁の影を率いている隊長格の男はたった今目の前で手刀で二人の部下が両断されるというありえない光景に仮面の下で分析していた。
しかしその心境は驚愕で染められていた。暗殺が得意とはいえ一人ひとりが自分には及ばないが単独で正騎士20人と戦えるほどの戦闘のプロである。
黒装束の集団|(暁の影)は隣国”ファンテリム帝国”の非公式の部隊の一つで暗殺を得意とする集団であった。
メンバーは皆入隊する際名前を抹消されるのみならず、過去の情報を消されなおかつ、コードネームしか与えられないほど徹底的に情報を伏せるほどである。
それほどの実力を持つがゆえに口には出ないが互いの心境は一つであった。「ありえない」と・・・・。
人体の構造上、不可能のはずである。高密度の魔力を剣状に纏えば可能かもしれないが、そもそもの人の身ではできない、精霊ぐらいしかいないだろう。だが、否応無しにもこれは現実であるがゆえに認めざるをえなかった。
目の前に立つ血で染めたそれは自分たちに対して舌舐めずりを繰り返し真紅の瞳を向ける。そこから感じられたのは原始の感情、恐怖であった。鋼の心をもつ自分たちが初めて目の前の存在が危険だと、恐ろしいものだと警鐘を鳴らしている。
ーー生物は危機的状況に陥るとに逃げるか、立ち向かうかの2つしかないというーー
ゆえに集団の中から三人が奇声をあげて飛び出していく。制止の言葉をかけたが止まらなかった。
威圧に負け、耐えられなくなったのだろうと推測した。
(馬鹿が・・・・!飛び出したところでさっきのようになるだけだ・・・!)
心のなかで愚痴を溢す。そして飛び出した三人は・・・、一人は頭部を握りつぶされ、一人は蹴り飛ばされ壁に叩きつけられて動かなくなった。最後の一人は手刀で唐竹割りにされた。
「うわあああ、化け物めエエエエエッ」
「くそ、冗談じゃねえぞッッ」
「助けてくれえええっ」
「落ち着け、感情的になるなッ!撤退するぞッ」
これ以上頭を減らしてはいけない。任務は失敗だった。この状況下で再優先目標を仕留めるのは無理であると判断するがすでに冷静に動けていたのは自分だけだった。
そうしているうちに部下は次々と殺されていった。踏み抜かれ、捻じり折られ、寸断され、蹴り飛ばされ、死んでいく。
やがて自分も恐怖で冷静に考えることができなくなりつつあった。
「くそったれ・・・、何なんだお前は・・!」
自分以外、暁の影はいなくなり目の前の化け物に吐き捨てる。
すでにここは地獄絵図であった。屍山血河と呼ぶに相応しい惨状に成り果てた宮殿の大ホール。精鋭であったはずの自分の部隊は全滅、リーダーの自分しかいない。
一矢報いるために駆け出し、そしてあっさり制される。目の前の存在が自分と目を合わせてきた。
真紅の、捕食者たる猛禽類のような瞳で。そして気づくべきだったと後悔した。彼女の口元からみえた牙を。犬歯ではない、牙。
(そういうことか・・・、まさか、滅んだと思っていたが・・!!)
15年前、滅んだとされる種族、吸血鬼だったということに。首筋に走る痛み。噛まれたということを自覚し、その生涯を終えた。
ーー ーー
一歩踏み出した私は再度飛び出してきた黒装束、今度は三人だけどやはり、遅い・・。
欠伸が出るくらい遅い。だから一番先頭の一人の頭を右手で鷲掴み、そのまま握りつぶした。次は右側面からきた一人を膝をまげまげた爪先をまっすぐ突き出す。<紅流総合古武術 四式 轍槍脚>。腹に穴を開け壁に激突する黒装束。
最後にきた黒服はそのまま正中線目掛け手刀を下ろした。
リーダーと思しき男が撤退を匂わせる発言をするが逃がすわけがない。
次第に黒装束たちは恐慌状態になり、リーダー格を除いた全員が飛びかかってきた。
私は逆立ちのような形になり脚をコマのように回転させた。<紅流総合古武術 伍式 天嵐乱舞>。
カポエイラと呼ばれる格闘技がモデルになっていて、少林寺拳法にも似たものがあるらしい。
こぼれたものは遠当てで倒し、あるいは浸透勁を打ち込んで倒した。
残ったのはリーダー格の男だけになっていた。
男が駈け出した。リーダーなだけあり今までで一番速かったけどそれでもまだ、遅い。合気を使い、男の突き出した腕を引き寄せて威力を利用しそのまま回転させて床に引き倒す。コイツはこいつらの中では一番強いだろう、だから私はコイツの首元に牙を突き立て血を啜った。
私の糧になってもらうために死んでもらった。
私は今バルコニーにいた。目の前には大森林が広がっている。私はもうここにはいられないだろう。だからここを離れる。吸血姫として目覚めたいま前世でのリリスの約束を守るために私はシェートリンド王国をあとにした。
流血の目覚め 完 次回へ
最初のチャプター、完!!次回をお楽しみに~ノシ