宿 その2
お待たせです。
チャポン、
湯けむりの立つ浴場の中に二人の女性がいた。
「んん〜、はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜。」
真紅の長い髪を解放し、しなだれ掛かる女性。
「やっぱりお風呂はいいですよね〜、身体がほぐれます。」
その隣には亜麻色のショートの少女。二人のうち真紅の髪はエストレアであり、亜麻色の少女は魔法使いのアンナである。
浴場の広さはそれほど広くはなく、かといって狭いというわけではない。積み重ねた岩の壁の中に源泉から引っ張ってきたお湯が張られており、お湯は白く濁っている。箱根温泉をイメージするといいかもしれない。
「そういえばエストさんってどこ出身なんですか?あ、別にいえないならいいです。少し聞きたいかな〜と。」
突如アンナは話題を切り出した。エストレアはそういえばとどこから来たかをあまり喋ってないことに今更ながら気がついた。正直にいえばエストレアは養子であるが大貴族、公爵家である。しかしそれを言うのはまずい。故に前世の事を曖昧に答えた。
「遠いところからさ、ここからとても遠いところ。もう帰れないかもしれないな。」
帰れないかもではなく帰ることはできないが‥‥‥。とは言わなかった。前世の記憶はあくまで前世はこんな生き方だったにすぎない。今ある自分として生きていくしかない。前世の私は今の私の経験として存在しているのだから。
「そうなんですか、でもたとえ遠くてもきっと帰れますよ。帰れない故郷なんてよっぽどのことがない限りないんですから。」
励ましのつもりなのだろう、しかし無知とは恐ろしいものだ。嘘を言っている自分も悪いのかもしれないが彼女アンナと自分は違うのだ。まだバレてはいないがエストレアは自分は吸血姫なのだ。種族、思想など今はいいかもしれないがいずれは敵対するかもしれない。そういった意味でお前と私は違う、と叫びたかった。でも少しでも後悔しないために今は我慢することにした。
「ああ、そうだな。そうだといいな。」
ーー
「そら、お待ちかねの一角兎のシチューだよ。残すんじゃないよ、わかったね?」
お盆にのってきたのは二人前はあるんじゃないかというくらいの分量の料理たち。冒険者御用達の宿なのか料理の量は多めのようだ。
「そらあ、残すわけないじゃないですか!」
「ジッドおめぇ、毎回調子にのっておかわりして残したの忘れたのかよ?」
‥‥‥ジッドは前科持ちのようだ。それも毎度の事らしい。呆れた様子でドランがため息をつく。
「う、今日こそ食い切ってやる!ウオオオッッッ(ガツガツ(ウプッ))
いわんこっちゃない。というよりかきこむから食い切れないのでは?と思うのは気のせいだろうか?しっかり噛んで食べればいいのに‥‥バカなのだろうか。
「「「「バカだな(よ)(ね)(さね)」」」」
順にドラン、アンナ、ガペット、女将が声を揃えた。というより心を読まないでください。
「う、ここには俺の味方はいないのか!?」
涙目になって叫ぶジッド。ただし他の皆が笑っているところを見ると弄られているだけだろう。
「ふふ、仲がいいのだな、君たちは。正直羨ましいよ。」
エストレアはかつての自分にああやってふざけあう友がいた。今は世界が異なるために会うことはない。
するとアンナがエストレアの腕を掴み自分たちの席へ移そうとした。
「ん〜〜〜、ならエストさんも混ざろうよ、女将さ〜〜ん、エールちょーだい!」
「あいよ、待ってな。」
程なくして人数分のジョッキが運ばれてくる。この時に飲んだエールはエストレアの中で格別の一杯だった。
ーー
誰も使われてない廃屋。
そこに人影があった。暗闇の中なので人数は把握してないが三人あるいは四人だろうか?
そんな中、拳を壁に叩きつけている大柄な男が。
「くそ、あの女この俺に楯突きやがって!!見てろ、必ず後悔させてやる!!!」
喚く男はゴレスといい、昼間エストレアに軽くあしらわれた挙句気絶させられたのだ。ゴレスにとって女にそれも今日登録しに来た新人にやられたということは何よりも耐え難いことだった。
「おい、お前らあの女について調べろ。それとダーレスの旦那に連絡しろ。」
昼間たてついた女を調べるついでに贔屓にしている奴隷商に連絡する。
ああいう性格の女はいい声で鳴く。ゲスな妄想を抱えながらゴレスは個人的に使っている裏組織の人間にコンタクトを取る。
赤く腫れた顔をさすり、憎悪が篭った瞳はゲスい決意が現れている。しかし彼らは知らない。ターゲットにしているそれは人ではないことをまだ知らない。
続く
すいません、体調を崩していてすぐに投稿できませんでした。食い過ぎが原因で寝込むことになるとわ‥‥‥。
それと何やら物騒な話が陰で行われてますね。まあ、エストレアさんなら問題ないでしょう。