勇者のフクロウ
「勇者様」
そう呼ばれた青年は振り返り――
「ホゥホゥ」
肩に乗ったフクロウが代わりに答えた。
「だーかーらー、アンタはフクロウで勇者様じゃないだろうがー!!」
呼びかけた剣士の言葉にフクロウは首をくるくる回し返事をする。
「すげー、馬鹿にされてる気がするんだけど、やっぱり、コイツ、魔物なんじゃ」
剣士がジト眼で見るがフクロウは気にせずに首をクルクル回している。
「こいつが魔物だったら、俺は何も信じられないな」
勇者は苦笑いを浮かべると、掌に光を生み出した。
それは神の加護によって生み出される光。魔物を追い払い、邪を祓う聖なる光だ。
「ホォホォ」
フクロウは勇者の掌に飛び降りると、その聖なる光の中で羽をバタバタさせたり、掌にグリグリと身体を押し付けたりしている。
「水浴びならぬ聖光浴びですね」
神官の青年の言葉に剣士はあきれたように溜息をついた。
くるくると身体を擦りつけながら回るフクロウを魔術師の青年がじぃっと見詰めている。
「正常なフクロウであれば光に驚き逃げる。その為、魔物と勘違いされる事が多いが、訓練された動物でなければ、驚いて逃げる」
若いが英知をこれでもかと詰め込んだ魔術師の言葉に剣士が頭をガリガリ掻く。
「だから怪しんだろう、こんなに光を喜ぶなんて、ありえないって」
「でも、聖なる使いではない、極普通の存在なのですよね」
神官がフクロウに指を伸ばすと、フクロウは眼を細めながら顔を擦り寄らせ――その指で痒い所を自分で掻いていた。
「賢く可愛いから良いじゃないか」
勇者の言葉にフクロウは羽を広げて答える。
「やっぱり、こいつ、胡散臭い」
剣士の呟きに答える者は居なかった。
●
勇者のフクロウと言えば、ちょっとした有名な存在だった。
と言うのも、王や貴族と謁見する時でも、その肩に乗ったままだからだ。
不敬だと怒る者も居るが、勇者がフクロウと同席でなければその場に行かない、と、珍しく我侭を言う為、ますます有名になってしまった。
そのフクロウは神官が認める聖なる存在ではないのだが、聖なる光を好む。
そして――
「ホホォー!!」
フクロウの叫びは衝撃波となり、に勇者の背後に忍び寄っていた魔物をぶちのめす。
「本当に魔物じゃねーのかよ!! 魔法を使うフクロウって異常だろう!! 魔法を使う動物は魔物だけだろうが!!」
「分類学上、人間も動物、その理論だと魔術師も魔物になる」
「だぁぁぁ、魔術師、本当に人間も動物なのか!!」
「人間だけ特別だと思い上がるのが問題である」
魔術師は剣士に冷静に突っ込みを入れる。
「神に選ばれるのは人間だけだろう?」
剣士が魔物を切り伏せながら叫ぶ。
「聖獣の存在をお忘れですか?」
神官がにこやかに笑いながら、どでかい鈍器で魔物を叩き潰す。
「じゃあ、こいつ、ナンなんだよー!!!」
剣士が叫ぶ。
「俺の可愛いフクロウ」
「魔法を使うフクロウ」
「聖光浴びをするフクロウ」
三者三様の返事があり、それに切れながら魔物を切り伏せる剣士。
それもまた、ちょっと有名な戦闘風景だった。
●
勇者とは世界に満ちる魔物を倒す為に神に選ばれた存在だ。
その為、神殿の最高位は勇者となる。
神殿は勇者の魔物退治を円滑に進める事と、魔物の被害を受けた地域の復興を担う。
国々の役目は神殿の要請に従い、勇者が求める戦力を提供する事になる。
勇者によって求める戦力は違う、ある時の勇者は大軍を求め、ある時の勇者は神官の強化を求めた。
当代の勇者は寡兵による大型魔物の討伐と、一般兵団による小型魔物の掃討を好んだ。
勇者に付き従う者は各国からの選りすぐりの剣士や魔術師、兵士らだ。
そんな彼らにとって、勇者のフクロウは謎でしかなかった。
魔術師らは勇者を取り囲み、その肩に居座るフクロウをあーだこーだと観察、研究している。
剣士や戦士らは戦闘訓練中も肩から離れないフクロウを、積極的に狙ってみて、衝撃波でふっとばされている。
そして、神官達は――
「ほーら、こちらの聖光はいかがですの?」
妙齢の女性神官が掌に聖なる光を出現させ、フクロウを呼ぶ。
「いえ、私の方が宜しいですわ」
張り合うように国元では聖女と呼ばれている少女が聖なる光を灯し、呼ぶ。
「いやいや、ワシのはどうじゃ?」
某国の神殿長の座を蹴り、勇者に従う老神官も掌に聖なる光を呼ぶ。
「ホォォ…」
勇者のフクロウはそんな三人を見ながら、首をクルクルさせるだけだ。
「もう、こちらに来てくださいな」
「やっぱり勇者様が良いのですね、残念ですわ、是非撫ぜたかったのに」
「うーむ、やはり若い男が良いとなると、雌か?雌なのか?」
老神官の言葉に周囲の視線がフクロウに突き刺さる。
「なあ、勇者様ー、それ、どっちなの?」
お調子者だが有能と評判の弓手が興味津々の顔で神官とフクロウを見る。
「知らないな、おい、どっちなんだ?」
勇者がフクロウの顔を見る。
「ホゥ……」
フクロウはじぃぃっと勇者の顔を見る、と、ぱさぱさっと誤魔化すように羽を広げた。
「もしかして、自分でも判らない?」
勇者の言葉にフクロウは、また、バサバサバサと羽を広げた。
「やっぱり、こいつ、人間の言葉が判ってるって!!」
剣士が指差す、と、フクロウは毛づくろいを始めた。
その誤魔化すような様子に、やはり、と、眼を光らせる魔術師軍団だった。
●
勇者のフクロウと呼ばれるフクロウは、勇者の眠りを守りながら、静かに枕元に座り込んでいた。
(雄か雌か、それも判らない…… それどころか私は何なのか判らない)
確かにフクロウは人間の言葉を理解していた、それどころか、動物の言葉も魔物の言葉も理解していた。
もっとも、魔物は言葉を発していても恨みや欲情、食欲と言った情報しかない言葉なので、聞くだけ無駄だと感じていた。
魔術師が使う不思議な言葉も、神官が使う祈の言葉も、なにもかもを理解していた。
それなのに、己が何かさっぱり判らないのだ。
(うーむ、軍馬共、発情期が来たら判るとか、適当な事を。乗っかりたくなったら雄で、乗っかられたら雌だとか、適当すぎる、が、それも真理か)
そんな事を考えながら、勇者の寝顔を見る。
起きていれば凛々しい顔も、寝顔は幼く見える、そんなところが可愛いのだ。
(それにしても、魔物なら聖光で消滅するのだが、風の魔法を使うのは魔物だけ。聖獣なら魔法を使わない、となると、私は本当に何なのだ?)
そっと衝撃波を操作し、窓を押し開けば、月が見える。
窓枠に乗り、月を見上げる。
(私は何者だろうか?)
「僕のフクロウ、それで良いんじゃないの?」
驚いて後ろを見れば、勇者がじっとフクロウを見ていた。
「また、悩んでたの? 己の存在意義について」
「ホォ」
「僕のフクロウで良いだろう、おいで」
「ホォホォ」
呼ばれ、枕元に飛び移れば指先で撫でられる。
その感触が心地良く、眼が細くなり、眠くなる。
「お休み、僕のフクロウ」
「ぉゃ」
不思議な音が部屋に響く。
「フクロウ?」
だがそれ以上の音も何も無く、フクロウは眠る。
そんなフクロウを勇者はじぃっと見詰めているのだった。
●
とある国に巣食っていた大型魔物とその配下を倒した勇者一行に対し、王宮より祝賀会の招待が届いた。
「面倒なので代表で行ってきてください」
勇者は良い笑顔で某大国の有名な騎士にお願いをする。
「私がですか?」
騎士は嫌そうな顔をする、何故なら、大抵この手の祝賀会には勇者と縁付く事を望む者が多くいる。
それなのに勇者が不在となると、その事であれこれ言われるのが代理で出席した騎士の役目となる。
下手すると、騎士に縁談が舞いこんでくるのだ。
それはまだまだ修行に明け暮れた生活をしたい騎士としては断固反対なのだ。
「優良婿候補が行くのが後々揉めないからな」
魔術師の言葉に騎士がすごく傷ついた顔をした。
「まだ婿に行く気はありません!」
「ホホゥ」
勇者のフクロウが珍しく、勇者の肩から騎士の肩へと飛び移った。
「え? ど、どうした、フクロウ?」
騎士が慌てた様子で肩のフクロウを見る。
「ホーホホー…ホ?」
首をクルクルさせながらフクロウが騎士を見る。
「ホウ」
フクロウの首が止まった。
「ガ・ン・バ・レ」
不思議な音がその場に広がった。
「えええええ!!!!!!」
絶叫が響き渡る。
「待って、ちょっと待って、フクロウ、喋ったの?喋ったのか??」
勇者が慌てた様子で騎士からフクロウを奪取する。
「タ・ブ・ン」
不思議な音が部屋に広がった。
「今の無し、無し!! 最初に話すなら僕だよね、僕に話しかけなきゃダメじゃない、どうして騎士なんかに最初に話したの!!」
勇者が顔色を変えて、手の中に閉じ込めたフクロウを見る。
「ナン・ト・ナク?」
「なんとなくとか言わないでよぉぉぉぉ」
普段と違う勇者の様子に苦笑いやらなんやらが部屋に広がるが、本人はまったく気にしない。
ひたすら焦った様子でフクロウを見ている。
「もしかして、衝撃波を操作し、声のようにしているのですか?」
魔術師が勇者の側に駆け寄り、フクロウをじっと見る。
「ウン」
フクロウがクルクルと首を回しながら周囲を見る。
「てか、お前、何者よ!!」
剣士の叫びに周囲は固唾を呑んだ。
「ワカン・ナイ」
「僕のフクロウ、そうだよね!!」
勇者が悲痛な声で叫ぶ。
「ウン」
フクロウは眼を細めて答えた。
こうして、勇者のフクロウは衝撃波で会話をするというますます謎の生物に進化を遂げた。
勇者のフクロウの正体は相変わらず不明である。
「んで、雄?雌?」
「ワカ・ラ・ナイ」
そちらも不明のままだった。